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第三話「健康と美容のために、食後に一杯の紅茶」②

「皇帝陛下直々に、アイリュシア皇女殿下に継承権第三位を付与? ……なんだそりゃ?」


 思わず、声に出してしまう……これが事実なら、かなりデカい政変になるだろう。

 

(と言うか……次期皇帝は継承権第一位の剣太子ルキウルスと第二位の黒薔薇皇姫フォルテッシアの二択状態で、他の皇族は全員辞退したはずなんだがな……)

 

 皇帝陛下の体調も思わしくなく……陛下の崩御の暁には、剣太子派と黒薔薇皇姫派の帝国を二分した内戦が始まる……そのように予想されていた。

 

 そんな中へ継承権第三位として新たな対抗馬の皇族を引っ張り出すとか、もはや皇族二人とその取り巻きに喧嘩を売っているようなものなのだけど。

 

 皇帝陛下の意向となると、誰も逆らえなかったのだろう。

 

 こうなると、帝国の安定もますます遠く事になるだろう……二人の皇太子が相討って、どちらが生き残るにせよ、次期皇帝が決まってしまえば、向こう数十年は安定する。

 けれど、そこへ第三の候補者の登場となると……ややこしい事になる事は確定だ。

 出来得る限り、この後継者問題は速やかに出来るだけ穏当に片付いて欲しいのが……。

 

 とは言え、皇帝の権威と権限が独裁を可能とするまで高まってしまった今日こんにち


 次代の皇帝がやらかさない保証はまったくない……その点、どちらの皇太子も不安要素しか無い。

 恐怖政治を敷いた挙句に、西方へ改めて宣戦布告……最悪のシナリオなのだが、どっちもやらかしそうな気がする。

 

 その点については、どっちもどっちだった……。


 それにしても、アイリュシア皇女なんて病弱の引き篭もりで、公の場に姿を見せた事すら無いような存在だったはずだ。


 新聞に掲載された顔写真も皇族全員の集合写真の隅っこで、フォルテッシアのスカートに隠れながら、顔半分が見切れいるような代物を無理やり拡大したもの。


 しかも、かなり昔……確か16歳って話ではあるんだけど、多分10歳とか、そんな頃のだ。

 今は、もっと背も伸びてるだろうし、雰囲気も変わってるだろう……まったく、参考にならない。


 とは言え、それくらいには、表に出てこない日陰者だったのだから、しょうがないのだろう。

 

 そんなのが出てくるという時点で……全く意味が解らない。

 いずれにせよ、この采配で誰も得なんてしない……たぶん、当のアイリュシア皇女殿下本人すらも……だろう。

 

 更に続きがあって、皇女殿下の初の公務はここ城塞都市グランドリアの軍事要塞の司令官職へ就任……との事。

 

 ……さすがに凍りついた。

 と言うか……本気で意味が解らない。

 

 元々、この地の要塞と言っても休戦条約でほぼ空城に近い有様だったのに、そんなところに皇族を配置する?

 

 当然、まともな駐留軍なんていないのだから、名目上なのは理解できるが……。

 戦場において無敵の存在と言われた帝国皇族の一人なのだから、戦力的には一騎当千のバケモノと考えていいだろう。

 

 東西双方の間に緩衝地帯を設けることと、軍事力を配備しない……それが西方と結ばれた休戦条約の一つなのだが。

 

 確かに緩衝地域に皇族を配置するなとは、条約には記載されていないから、条約には抵触しないだろう……。

 

 けれど、これは少々無茶がすぎる……緩衝地域の再領有化宣言に等しい。

 こんな新聞にすっぱ抜かれるくらいなのだから、機密どころか、意図的に広げていると思っていいだろう。


 なんらかの政治的意図。

 こうなると、アイリュシア皇女殿下は、誰にとっても目障りな存在になるだろう。

 

 ……暗殺するにせよ、させるにせよここは格好の舞台……そんなところだろう。


 要は、邪魔者を追い払った挙句に四面楚歌の状況に追い込み、あわよくば戦争の火種に有効活用する……そんな意図が透けて見える。


 もっとも、西方は戦争の再開を望んでいない。

 向こうも公言して憚らないのだけど。


 その場合も何らかの譲歩を引き出せる以上、価値はある……実に政治的に有用な一手だった。

 

 さすがに、怒りがこみ上げてくる……。

 

「ざけんな! ……クソッタレなほどに、ハードな状況じゃねぇか……おいっ!」


 思わず、悪態をつく。

 

 この街が最前線となって戦火に塗れたのもわずか3年前なのだけど、もはやすっかり今は昔……やっとここまで復興したのだ。


 その復興の道筋を俺は目の前でつぶさに見ている……俺は、あの戦争で地獄のような戦場に駆り出され、両親や家族……何もかも失った戦災孤児の一人なのだ。

 

 だからこそ、この平和がどれだけ貴重なものなのか……多分誰よりも解っていた。

 

 だが……こんな混沌とした情勢を前に俺はあまりに無力だった。


 ……俺は……少しばかり冒険者達を動かせるだけの無力な存在だった。

 この国では15を超えれば、成人と見なされるが、所詮俺は若造だ……。

 

 この殺伐とした世の中の流れを変えるだけの力が欲しい……そう思いながら、力を蓄えていたつもりだったが……まだまだ現実を揺るがすには遠かった。

 

 長く深いため息をつくと再び、チラリと視線を上げる。

 

 ……先程の帽子の少女は相変わらず地図を片手に途方に暮れている。

 座り込んで、顔を伏せて……あれは多分泣いている。

 

 ……あれが演技なら大したものだが……素で困って、心細さに心が折れかけているのは間違いなかった。

 

 だったらもっと、困ってるアピールをしやがれ! ……そんな風に思う。

 ……突っ立ってるだけで、助けを期待するとか甘えるな……誰でも良いから、自分から巻き込んでしまえ!

 

 けれども、そんな俺の思いも虚しく……彼女は座り込んで俯くだけだった。

 

 そして、相変わらず、立ち止まるほど親切な奴もいないようだった。

 ……全く小賢しくも薄情な奴らばかり。

 

 まぁ、盛大に自分のことを棚に上げているけどな。

 

 戦後間もないころもそうだった……やせ細って、目の光を失ってゴミのように死んでいく戦災孤児達。

 

 大人たちは見て見ないふり、手を伸ばしても跳ね除けられる……盗み、強盗、殺し……生きるためならなんだってする……ただそこにいただけで、痛めつけられる事だってあった。


 あの頃から、根本的には何も変わってなかった。

 

 ギルドの依頼も最近は、世知辛い世相を反映したような依頼ばかり増えている。

 

 依頼者も色々後ろ暗い奴らが増えてきたし、冒険者も荒っぽい胡散臭い奴らが増えてきて、トラブルばかり起こしてくれている。

 

 犯罪行為の依頼だのも、巧妙に混ぜ込んでくるから、なかなかにタチが悪い。

 

 護衛の依頼だと聞いていたのに、護衛の冒険者を引き連れて抗争相手のところへ殴り込み……だの。

 物品を受け取って、指定の人物へ渡すだけと言う話が、その実、盗品の運び屋をさせられていた……だの。

 

 まぁ、うちも一回やらかした依頼者はブラックリスト入りさせて、シャットアウトしたり、依頼内容の事前調査などをすることで、可能な限りその手の依頼は排除しているのだけど。


 冒険者たちの話だと、直に話を持ち込んだり、モグリの裏仕事専門の冒険者も居るという話だった。

 

 悪党どもの犯罪行為もうなぎのぼりで、緩衝地域はある意味無法地帯でもあるので、犯罪者や無法者が次々流れ込むようになって、警務隊の手に負えなくなりつつある。


 西方からやってくる冒険者も当たり前のように諜報員だの工作員が混ざっているので、東方側の同業者とかち合わないように色々調整せねばならず、極めて面倒だった。

 

 諜報合戦とか勝手にやってろ……と言うのが正直なところだが、勝手にやらせるとろくな事にならない。


 だから、勝手にはやらせていない……そんな風に諜報員連中やら悪党どもの仲裁だの、交渉だのを重ねるうちに、いつの間にか俺が連中の調停者みたいになってしまったし、裏の組織にも顔が利くようになってしまった。

 

 こんなもの絶対に冒険者ギルドのやる事ではないと思うのだけど……他に出来る立場の組織がある訳でもなし……かくして、俺の苦労ばかりが増えていく。

 

 つくづく損な性分だと自戒しつつ、改めて少女を見ると、状況は変わらないようだった。

 

 もう限界だった……見てられない!

 

 そろそろ、食後の紅茶を諦めて、親切なお兄さんでも演じてやろうと思う……。

 ……新聞を畳み、悪あがきとばかりに残りの紅茶を飲み干す。

 

 善人を気取るならもっと早く率先して動け……と思うのだけど、俺以外の誰かの親切があってもいいし、それを見届けたいと思うのは、悪いことだろうか?

 

 俺は率先して誰かを助けるほど優しくない……俺の手は限られているのだ。

 

 けど、助けを求められたら、迷わず助けるし、誰も助けてやらないなら、俺がやる。

 つまりは……そう言うことだ。

 

 そんな風に思っていたら、先を越されたようで彼女に話しかけている奴がいた。

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