第二十六話「神樹様との因縁」①
……アイシアの軟禁状態はかれこれ、一週間近くも続いていた。
本人自身が元々引き篭もりで、自主軟禁みたいな生活を続けてたせいもあってか、洞窟に閉じ込められたようなこの生活でも、あまり困っている様子はなかった。
粗末な食事に文句を言うわけでもなく、眠くなれば薄っぺらい毛布一枚に包まって、地べたでごろ寝……そんな囚人と大差ない扱いなのに、割と平然としている。
さすがに、暇だったらしく書物寄越せとか騒ぎ出して、エルフの書庫から色々史書やらなんやらを借りて、飽きもぜず読みふけっている様子だが……どうも、それが本来の彼女の生活スタイルだったらしい。
書物さえあれば、生きていける……一種の活字中毒……とも言えるのかもしれない。
こうやって、あの膨大な知識を積み上げていったのだろう。
それもあってか……本人的には、割と満足してるような気がしないでもない……。
……そう言えば、ギルドマスター就任後、真っ先にやってたことはギルドの蔵書のチェックだったしなぁ……。
西方の書物なんかを大量発注してたようだけど、こりゃ本格的な書庫を用意すべきかもしれんな。
それはともかく。
何と言うか……実にタフな皇女様だと言うのが正直な所だ。
こちらとしては、宥めたり、話し相手になるとかあまり気を使わなくて済むのは助かっている。
身の回りの面倒もソフィアやカティがいるから、任せて問題も起こっていないようだし……ソフィア達には本当に助けられている。
こう言うのは、やはり同性の方が何かと気遣いが出来る……俺達野郎じゃ、ああはいかないし、着替えの手伝いとか頼まれても、どうすれば良いんだか全然判らんからな。
サティとカティの取っ組み合いで変な刺激でも受けたらしく、妙な行動に出たりもしたけど。
基本ソフィアがつきっきりだし、色々お説教とかもしてたみたいだから、不意打ちたくし上げ……なんて真似はしてこない。
ああ言うのは、偶然目にするとか相手の反応とかで、グッと来るもんであって、みてみてーとばかりに見せられてもなぁ……。
うん、是非とも自重してくれ……ソフィアのお説教が効いたのなら、実にいい仕事をしてくれた。
……さすがに、俺もああ言うのには、どう反応すべきか解らないから、すごく困る。
あの時は、思わず視線が下に行ってしまったけど……多分、気付かれてないだろうし、大丈夫……問題ない。
俺達は……と言うと、ある程度の監視付きながらも、村の中でなら行動の自由を認められていた。
たまに呼び止められて、世間話や力仕事とか頼まれる程度で別に干渉されたりもしない。
……リーザとシーリーは、まだ聖域とやらから戻らないらしい。
さすがに、そろそろ心配にもなるのだが……神樹様も、神樹様の巫女とやらが呼びかけても反応がない状態が続いていると言う。
どうみても、問題が起きているとしか思えない状況なのだが……。
いかんせん、10年、100年単位で物を考えるような連中なので、何かを一つ決めるのにも、やたら時間をかけてくれる。
ラフィアンナの婆様も、他の長老全員、更には自分の氏族の者からも、連日のように入れ替わり立ち替わり、説得されてるようなんだが、一向に折れる様子が無いらしい。
俺も一回、ランドロフィに同行して、話をしてみたのだが……彼女にとっては、神樹様は造物主であり、神にも等しい存在で……それが言うことは絶対であり、逆らおうものなら、神罰が下ると本気で信じているようだった。
俺なりに理解したのは、彼女のそれはもう信仰であり、誰がどう言おうが絶対折れない……つまり、どうにもならないと言うことだった。
ランドロフィには悪いが、こちらも黙ってシュタイナ達を神樹様の聖域とやらに偵察に出している。
予定だと、そろそろ報告に戻ってくるはずなので、俺も悟られないように、村外れで所在なげにしているところだ。
ロボス達は監視がついてるので、偵察に出したりは出来ないのだが、こっそり村の建物の配置や自警団の戦力、見張りの配置や巡回ルートなどを調べさせている。
そもそも、うちの冒険者達からも、エルフの村の防衛体制については色々報告を受けているし、防備の強化のアドバイスなどもしているので、防備上の問題点やら隙も手に取るように解る。
もちろん、一戦交える気などさらさら無いが……情報はあって困る様なものではないし、暇そうにしていたのもある。
サティなんかは、リッキーやロボスと飽きもせず模擬戦やったり、意味もなく走り回ったり、筋トレやらに余念がない。
何故かカティも付き合わされてるのだけど……対抗でもしてるのか、割りと平然と同じメニューをこなしてたりする。
……この辺がカティの見た目にそぐわぬタフさや戦闘力の一因なのだろう。
アイシアがいる限り、弾薬の心配もないという事が解ったので、連中にもドラグーン・ドライを支給して、拳銃の扱い方なんかも教え込んでいるが、どいつもこいつも筋がいいので、あっという間に俺より上手くなっていた。
それにしても、その場で武器や弾薬を無限に量産するとか、その時点で恐るべき能力だと言える。
アイシアの話だともっと大きな武器……大砲やら戦車もコピー出来るかもしれないとか言っていた。
最新鋭兵器を無限に量産する……問題点のフィードバックに基づいた改良をも一瞬で実現。
弾薬すらも無尽蔵に作り出す。
もはや、途方もない話だった……こんなのに率いられた軍隊……想像するだに恐ろしい。
けれど、皇族に率いられた軍勢はその程度ではなかったと言う話だ……つまり、まだまだ底が知れない。
一方、ギルドの方ではプロシア達が帝国兵の棺を担いで、国境警備隊へ葬列を作って訪問。
大々的に星光教会式の葬式までやって帰ってきたらしい。
プロシアには、樹海で帝国兵が大量に野垂れ死にしていたから、遺体を届けてやって欲しいと説明したのだけど、言葉通り受け取ってくれたらしい。
同行したフレドリック卿がちゃんと俺の真意を理解してくれてた事もあって、帝国軍もぐうの音も出なかったらしく、一切の追求もなく、人道的な対応への謝状まで書いてくれたらしい。
なお、協定違反については、一切触れなかったようだが……。
状況的に明らかなのは、向こうも解っているらしく……帰り際に、活動支援金と渉する口止め料を押し付けられたらしい。
酷い手前味噌だが……迷惑料だと思って、貰えるものはもらっておく。
ホスロウ達がとっ捕まえた帝国の密偵連中もあらかた買収されて、偽情報を掴まされてご帰還。
連中は、今後国境警備隊の動向を定期的にこちらに流す二重スパイとして活躍してくれるらしい……。
何人かは……西方へ連行されていったらしく行方不明。
……彼らがどうなるのかは知らんが、再び帝国の土を踏めるかは甚だ怪しい。
ホント、あいつらタチ悪いな。
現状、皇太子派も国境警備隊も、西方から外圧がかかったらしく、これ以上の藪蛇はたまらんとばかりに、大人しくしてくれているようなので、急ぐ必要もなさそうだった。
来月くらいに、臨時の停戦監視委員会が招集されるそうなのだが……アイシア様の公式デビューには時期尚早なので、俺が代理で顔を出して、お茶を濁すとしよう。
議題は、魔王回廊上空の飛行禁止の明文化……らしい……西の奴らもなかなかに手が早い。
そんな風に村外れの樹にもたれかかって、色々思案に耽っていると、背後からささやき声が聞こえた。




