第二十四話「神樹様とエーリカ姫」④
「……わしも、率直な感想を申したまでで、帝国のお家事情まではなんとも言えんですな……」
ランドロフィさんも困った顔をしてる……確かに、歴史に埋もれた皇室の裏事情とか、エルフ族には関係ないしね……。
エーリカ姫様も今の帝国の礎を築いたようなものなのに、何故か名前が公式記録から消されちゃってるし、クロ様にしたってそう……二人の名前を残すことが、将来帝国にとって、禍根となると予想されたから?
その割には、公式記録から消しとけばそれでいいと言わんばかりに、ずさんなのは何でなんだろう?
実際、書庫にはエーリカ姫の残した書物や記録は大量に現存していて、隠そうとした形跡もなかった。
皇室書庫は、行政関係者や皇城関係者ならば、ほとんどの人が出入りできるし、大半の書物が閲覧することが出来た……要するに、知ろうと思えば誰でも知れてしまう。
だから、研究者の間でもエーリカ姫の名はよく知られている……それはむしろ当然の話で、帝国の基幹たる数々の科学技術や様々なノウハウの原点を辿ると大体彼女がもたらしている。
不可解なのは、その名を持つ者が何度も出てくることだけど……一番古い記録としては、なんと800年前……。
エルフみたいに長命だったのか……この辺も良く解らない。
うーん、これ……一度、帝都に戻って帝室書庫の記録を洗いざらいひっくり返して調べ直さないと……。
わたしも自分の興味本位で、つまみ食いみたいに目についた書物を読んでただけだから、読んでない書物も結構あるし、禁書の類も本来は閲覧資格がないのに、こっそり読んでた関係でほとんど手付かず……。
「ごめんなさい……確かに、うちのお家事情なんてエルフさんには関係ないですよね」
とりあえず、ランドロフィさんもその辺の事情は解らなさそうなんで、そう言って締めくくる。
「申し訳ないですな……ワシらエルフは長命であるが故に、むしろ見識が狭いのですよ……当時を生きていたと言っても、あの魔王戦争後の厳冬期に倒れてしまった者も多いのです……」
確かに連行されてる間、村人達の姿も目にしたのだけど、ランドロフィさんのような年寄り風のエルフは見かけなかった……。
そう言うのもあるから、ランドロフィさん達長老の権力が強いのかもしれない。
「なんとも色々深い因縁の有りそうな話だな……その化け物……いや、魔王の使徒のクロ様ってのと、アイシア様の共通性か……そうなると、神樹様も何か勘違いしている可能性もあるってことか?」
それまで、じっと話を聞きながら考え込んでいたお兄ちゃんが呟く。
他の皆は、わたしとランドロフィさんの話に全くついていけてなかった様子なんだけど、お兄ちゃんだけはちゃんと話を聞いていて、自分なりに考えてくれてたみたい……さすがだね。
「そう考えるのが妥当ですな……。ですので、リーザとシーリーの二人が神樹様の誤解を解くべく、聖域へと参っております。……皆様の事をよく知る二人でありますし、リーザも元は神樹様のお告げを聞く巫女でありましたからな。なんとか宥めてくれると期待しておるのです」
「なるほど、どおりで二人共顔を見せないわけだ……真っ先に俺達を助けるべく尽力してくれていたとはな。……持つべきものは仲間ってとこか……まったく、一声くらいかけて行けってんだ……水臭い奴らだな」
「そう言う事なのですじゃ。……ですので、皆様はひとまず二人が朗報を持ち帰るのを、ここで待っていてくださらんかな? 神樹様も皆様を見失っているはずなので、余計な手出しはせんでしょうから……実際、皆様をここに隠してからは、追求もなく、他の森の種族も表面上は大人しくなっております」
「解った……他ならんアンタの頼みだしな。事情もおおよそながら、理解出来た。……すでにリーザ達が動いてるなら、邪魔にならないように、俺達は大人しくしているとするか。……そうなると、俺とアイシア様だけ残って、他の連中は街に返すってのもありだな……」
ああ、そっか。
わたしが狙われてるなら、他の皆は関係ないのか……なら、それが一番かも。
他の皆は体のいい巻き添えなんだし……考えてみれば、いい迷惑だよねぇ……。
でも、しっかり自分が残る前提で話してるんだ……お兄ちゃん。
ホント、何があっても見捨てないって言葉を実践してくれてるんだね……。
ううっ……今のはキュンとしたよ。
でも、そうなるとこの洞窟にお兄ちゃんと二人きり?
……夜とか結構冷え込むし、一人じゃ寂しいから、添い寝とかしても……良いのかなっ?
ちょっと、わたし……大胆になっちゃうかもっ! ドキドキッ!
「……エドだけ残って、どうするの……私も残ります。私、アイシア様の家臣にして、メイドですから当然です」
当たり前のように、ソフィアちゃん。
わたしのささやかな甘い夜の想像……終了のお知らせ。
「あたしは残るよ? だって、護衛なのに逆に守られちゃったし、挙句に先に帰るなんて、役立たずもいいとこじゃん!」
「私も残ります……いくらアイシア様でも、エドさんと二人きりにさせるなんて……じゃなくて、サティが心配なんで、残ります……はい」
負けず嫌いのサティちゃん。
カティちゃんは……なんか今、本音がだだ漏れたよ?
お兄ちゃんラブラブなんだよね……知ってた。
わたし、負けないよ?
「俺は、残るに決まってるだろ! 元々、ソフィア姉ちゃんが心配で着いてきたんだからな……それに、アイシア様も目が離せねぇ……護衛がエドの兄貴一人なんて、頼りねぇよ」
「アンタは、心配性が過ぎるのよ……でも、確かにリッキーもなかなか頼りになるからね! もし、一人で帰るとか薄情な事言い出してたら、折檻モノだったよ?」
そう言って、ソフィアちゃんがいたずらっぽく笑う。
「み、みくびんじゃねーよっ! ったくよーっ!」
リッキー君もそうなるよねー。
お兄ちゃんの話だとシスコンらしいけど。
でも、わたしの事も気にかけてくれたんだね……なんか、嬉しいな。
「ははっ、これで僕らだけ帰るとか言えないね……シロウ君」
「そうだな……まぁ、ロボスも帰れって言われて、帰るのか?」
「まさか、そんな訳ないですよ……エドさんもそんな意地悪、言わないくださいね」
……結局、誰ひとりとして帰るとか言わない。
まったく、お兄ちゃんの弟分たちは義理堅いね。
お兄ちゃんも誰もいない方へ身体の向きを変えると、肩を震わせる。
……思わず感動して、男泣きって感じかな。
「まったく……お前らって奴は……つくづく……」
それだけ言って、言葉が続かないようだった。
わたしも、思わずもらい泣き……。
「皆、ありがとね……ありがとね」
もう、それだけ言うのがやっとだった。
……ソフィアちゃんがそっと背中から抱きしめてくれた。




