第二十四話「神樹様とエーリカ姫」③
「結果は……帝国軍どころか、魔王の使徒「クロ」様たったひとり相手に完敗。エルフ族総出で練り上げた大魔術も、鍛え抜かれたエルフの弓術もまったく刃が立たず、まさに一方的な返り討ち……。おまけに誰一人死者すら出さずに全員拘束、もしくは無力化……と言う始末。もちろん、怪我人は山ほどでましたがね……それも皆、クロ様の手で冗談のように完治。いやはや、勝負にすらならなかった上に、情けまでかけられて……まさに完封負け……でしたわ」
思わず息を呑む……なにそれ?
聞いていた話と全然違うどころか、もうむちゃくちゃだった。
交渉? 無血和解?
いやいやいや……一応間違ってないけど、従者の魔王の使徒をけしかけて、犠牲者ゼロで完封勝ちって?
お兄ちゃん達も言ってたけど、樹海で森の住人達相手に戦って勝つなんて、どう考えても不可能。
地の利に加え、高度な隠蔽術……樹海に最適化された魔術の数々。
……本気で勝とうと思ったら万の軍勢でも厳しい相手。
だからこそ、エーリカ姫様の無血和解って話の時点で、賢明なやり方だと言えたし、それを実現したのは十分な偉業だと思ってた訳。
なのだけど……実際は、そんな事になっていたなんて……。
全員ぶちのめして、怪我人も治療して、万事解決とか……超力技……ゴリ押しもゴリ押しで、力技もいいとこだった。
大戦前、帝国がこの地を領有していた頃も、何度も討伐軍を出しては返り討ちにあって、樹海については放置状態だったと言うのに……樹海のエルフはその程度には手に負えない相手。
そんなエルフ達の総力戦を挑まれて、誰一人死者を出さずに完全に無力化したなんて、そんな芸当どうやったら出来るんだろう?
そもそも、戦う以上……人死は避けられない……その程度のこと、わたしだって解る。
「その後……ワシらから事情を聞いて、エーリカ姫様とクロ様が神樹様と直談判に行って話し合ったようなのですが……交渉は決裂。結果的に、神樹様は真っ二つにされて炎上、その力の大半を失い、わしらへの影響力も失い……ある意味、わしらは解放されたのですじゃ」
重ね重ねになるんだけど……エーリカ姫様もクロ様も、むちゃくちゃだった。
そんな神様みたいな相手を真っ二つにしちゃうなんて……。
と言うか、アツく話し合ったって……そう言う意味だったのね……。
今更ながらに、大陸漫遊記の記述を思い返す……軽い調子だったけど、やってた事はメチャクチャ。
それって、拳と拳で語り合ったとかそう言う次元……。
ランドロフィさんがヤンチャな方とか評してたけど、なんか納得。
……けど、結果的にそれで良かったのかな……。
リーザさんとかシーリーちゃん見てると、自由を満喫してるって感じだったし。
結果だけ見ると、平和的に解決してる訳だし……。
そもそも、命令ひとつで、帝国と魔王軍なんて無敵に近い組み合わせに、無謀な戦争を仕掛けさせるなんて……相手がクロ様じゃなかったら、エルフ族……絶滅してたんじゃないだろうか?
……と言うか、そこまで力の差があったら、本来ならそうなる。
そもそも相手の力量からして、読み間違っていたという事。
……眷属を自分の手駒としてしか顧みず、死地へ赴かせる……そんなの神様を名乗るような資格ないだろう……。
ホント、神様なんて邪神と紙一重……そう考えると、エーリカ姫様もクロ様も……百害あって一利なしと判断したのかもしれない。
完膚無きまで叩き潰さなかったのは、エルフ族への義理か、完全に倒す事は出来なかったからとか、そんな理由だったのかもしれない。
「……それって、お伽話の類じゃないのか? エルフ族総出相手に死人一人出さずに勝って、更に神代の化物みたいなのと戦って勝つとか、いくら昔の事で話が盛られてるとしても、さすがに常軌を逸してるぞ?」
まぁ、そう思うのが普通なんだけど……。
アグレッサダムみたいな冗談みたいな建造物を作っちゃうくらいには、魔王の使徒はブッ飛んでたからねぇ……。
魔王軍は、そもそも東方も西方も、始めから眼中になかったとも言われている……。
元々、何かの手違いで魔王城が両軍の睨み合う真っ只中に現れて、なし崩し的に戦場になったって話もある。
神々に戦いを挑むべく魔王が生み出した超常の使徒達。
……その伝説の多くをわたしは、知っている。
だからこそ、わたしはさほど不思議に思わない。
魔王に至っては、巨大な黒い太陽みたい魔物と戦って、内海に沈めた……なんて伝承もあるくらい。
魔王戦争……人々と魔王の総力戦……。
なにがどうなって、そんな戦いが起きたのか?
それがどんな戦いで、どんな経緯だったのか。
それは、歴史の彼方に埋まってしまった物語。
天候すらも何年も影響受けたとか言う話なんだけど……一体、どれだけの戦いだったんだろう。
「……ははっ。ワシも自分の目で見とらなんだら、とても信じられなかったと思いますじゃ……実際、若いもんはお伽話だと思ってますからな……寝付きの悪い子供には、クロ様が来るぞと脅かすのが、定番なんですじゃ」
そう言って、笑うランドロフィさん。
けど、急に真面目な顔になって、わたしの事をじっと見つめる。
「実は、ここだけの話……アイリュシア様は、どこかその「クロ」様とよく似ておられるのですよ。……もちろん、見た目は大分違いますが……面影やその漆黒の髪……この大陸では珍しい髪色のはずでは? 何より、その黒鉄の砂……これがすべて偶然だとはとても思えませぬ」
「……そ、そうなんですか? けど、わたしのご先祖様は、エーリカ姫様の親戚筋に当たる傍流の家系だったって話ですよ……クロ様なんて、そもそも関係ないはずなんですが……」
詳しい事情はよく解らないけど、魔王との戦争で当時の皇帝の一族だったティエルギス家も、エーリカ姫以外の他の皇族が全員亡くなっちゃって、途絶えちゃったんだよね……。
エーリカ姫様も一応帝国の将軍の一人と結婚してたんだけど、子供をもうける前に旦那様が戦死しちゃって……挙句に魔王戦争の終結とほぼ同時に、本人も病に倒れちゃって……。
紆余曲折の末、祖を同じくする一族の者が見つかったって事で、ティエルギス家最後の皇帝となったエーリカ姫自らが、その子を養子とする事で、皇族として仕立て上げて皇帝として即位させたって話みたいなんだけど。
この黒髪も初代ザカリテウス帝国皇帝となった女の子がそうだったって話で……代々何世代かに一度、わたしのように黒髪を持って生まれてくる者がいるらしい。
もっとも、この辺の話も断片的な記録をわたしがつなぎ合わせて、補完した仮説みたいなもん。
……真実は、500年と言う年月の前では夢幻の如くだった。




