第二十四話「神樹様とエーリカ姫」①
……それから。
ランドロフィさんを囲んで、わたし達は車座になって彼の話を聞くことにした。
妙な横槍とか邪魔が入る心配もなさそうだった。
どうも、先程のリドルさんが洞窟の前で頑張ってるらしい……いい人だね。
わたしは……ちょっと、頑張りすぎたせいで、クールダウン中……ソフィアちゃんの膝枕で横になってる。
女の子に膝枕してもらうってのもアレだけど……。
お兄ちゃんは代表として、ランドロフィさんの話を聞いてもらわないといけないからね!
「アイシア様……大丈夫ですか?」
「平気、平気! ちょっと疲れちゃっただけ……うん、ソフィアちゃんのお御足……フワッフワ! 妾は満足なのだ!」
……お世辞抜きで寝心地抜群! 人肌の温もりっていいなぁ……。
「ええっ……なんですか! それ……でも、さっきはびっくりしましたよ……なんかもう、こうしちゃいられないって感じで、身体が勝手に動いちゃって……」
照れくさそうにソフィアちゃんがそんな事を言う。
うーん、これもわたしの力なのかな? もはや魔術じみてるような気がするんだけど、そう言うものなのかな?
そういや、前にお兄ちゃんも自然に畏敬の念が湧いてきて、気が付いたら跪いてたとか言ってたっけ……。
「いやはや……なかなか貴重な体験じゃった……アイリュシア様、あまり無茶をされるものではありませんぞ? それは……恐らく魔性の力、人を容易く熱狂させる支配者の力とでも言うべきもの……くれぐれも乱用は禁物ですぞ?」
そう言って、苦笑するランドロフィさん。
「あはは……ごめんなさい」
……ソフィアちゃんも、心配そうにそっとわたしの頭を撫でてくれる。
確かに、ちょっと頑張りすぎたかも……けど、やっぱそうなのか……人を心酔させ、熱狂へと導く魔性の力。
こんな力もあるんじゃ、わたし達皇族がその気になれば帝国の支配権なんて、あっさり掌握出来ちゃうだろう。
皇族が表に出るようになってから、それまで帝国を運営してきた帝国議会が全会一致で、あっさり権限放棄して、最終決定権を皇帝陛下に丸投げしちゃったし……。
戦前から独断専行が目立ってた属国や軍部が一斉に皇帝陛下へ忠誠を誓って、一つにまとまったりと……。
大戦自体、権威が落ち目になった帝国の軍部が始めたようなもんだったんだけど。
完全に掌返し……色々おかしなところがあったんだよね……。
まぁ、今は分裂状態なんだけど……。
属国の中には、帝国の支配からの解放を掲げて反乱を起こした国もいくつかあったんだけど、兄上と姉上が直接出向いたら、あっさり手のひら返しちゃったって話だし……。
お父様や兄上達が同じ力を持っているなら、納得できる。
強大極まりない武力と、人を支配する魔性の力。
まさに、帝国の支配者として相応しいもの。
……西方と言う外敵と延々戦ってきたってのもあるけど、帝国が1000年にも渡って、国体を維持できていたのも、この皇族の存在が大きかったのは、事実なのかも知れない。
これは、兄上達だってわたしをほっとくはずがない……ほんの僅かな手がかりでも与えちゃったら、グランドリアへ侵攻とかそれくらいの無茶はやりかねない。
お兄ちゃん達はそれを解ってたからこそ、追手を一人残らず始末する事で、手がかりすら与えない……そう言うつもりだったんだろうね。
「さて……まず、何が起きているかと言うと……エドワーズ殿は、神樹様についてはご存知かのう?」
わたしが色々物思いに耽っているうちに話が進んでいたようだった。
神樹様? 知っている単語に興味をひかれる。
「あ、わたし知ってます……確かこの樹海の奥深くに佇むと言われてる樹齢数千年の大樹の事ですよね……エルフに代表される森の民はその大樹から生まれ、各地に散っていったって言われてるんですよね?」
聞いた事ある話だったんで、お兄ちゃんに振られた話だったのについ答えてしまった。
もう大丈夫な感じだったんでわたしも座り直して、話をちゃんと聞くことにしよう。
寝っ転がって、メイドさんの膝枕とか失礼だもん……ちょっと名残惜しいけど。
「ほほぅ、アイリュシア殿下……良くご存知で……どこでその知識を? これは外界では、ほとんど知られてない話なのですが」
「うーん、確かエーリカ姫様の書いた「大陸漫遊記」って書物だったかな?」
エーリカ姫様シリーズ第二弾! 「魔王国珍百景」と並ぶ、エーリカ姫様直筆の手記のタイトル。
一言で言えば、エーリカ姫様が盟友と共に、大陸各地を旅した時の旅行記を纏めた本なんだけどね。
北方平原の王者ブラックドラゴンと戦って、ステーキにして食べただの、古代遺跡で守護者と戦って財宝を手に入れただの……割と眉唾な話がてんこ盛りなんだけど……読み物としては、結構面白かった。
神樹様についても、色々行き違いがあったけど、心ゆくまでアツく語り合ったとか、確かそんな風に書かれていた。
「なんとまぁ……エーリカ姫様とはまた、お懐かしい名前ですなぁ……。そう言えば……アイリュシア様は、あのお方のご子孫という事になるのですな……なれば、これからする話とも関係ありますな」
旧友の名前が出たと言わんばかりの、ランドロフィさんの言葉にわたしは驚きを隠せずにいた。
……なんで知ってるの?
「あ、あれ? エーリカ姫様を知ってるんですか? エーリカ姫様の事なんて、皇族でもわたしみたいなモノ好きしか知らないはずなんですが……」
「知ってるも何も……ご本人にもお会いした事がありますぞ? まぁ、何と言うか……なかなかにヤンチャな方でしたなぁ」
そう言って、なんとも言えない顔で苦笑するランドロフィさん。
ああ、そうか……。
ランドロフィさんは、かれこれ700年くらいは生きてるって話なのよね。
……もはやわたし達にとっては、500年前に生きてた人達の事なんて、お伽話の登場人物と大差ないのだけど……彼にとっては、昔懐かしい人々……となるのだろう。
リーザさんやシーリーちゃんなんかも、長生きすれば後世の人達に、わたし達の事を語り継いでくれるかもしれないのかな……あんまりカッコ悪いところは見せないようにしないとね。
「あ、あのっ! エーリカ姫様の事! もっと詳しく教えてもらえませんか!」
思わず身を乗り出してしまう。
エーリカ姫様について、聞いたい事なんて山ほどある。
けど、お兄ちゃんが咳払いを一つする。
「なるほど……俺もそこまでは知らんかった……でかい樹があって、たまにお告げみたいなのをしてくるって話なら、リーザやシーリーから聞いて知ってはいる。アイシア様、ご先祖様の話が気になるのも解るんだが、その話はあとにしてくれないかな? 俺達がなんで監禁されてるのか……その話をまずは聞くべきだろ?」
さすが、お兄ちゃん! ごもっともだった。
「あ、それもそうだねっ! あはは……エーリカ姫様って、謎だらけの人物で、すっごい気になってたんだけど……確かに、今する話じゃないか……ごめんね!」
そう言って、頭を下げるとお兄ちゃんも気にするなと言わんばかりに、頭に手をポンっと乗せてくれる。
なんか子供扱いされてる気もしないでもないけど、不思議と悪い気もしない。
でも、やっぱり気になるなぁ……とりあえず、後で聞きたいことを箇条書きにして、質問攻めにしちゃおう!
「そうですな……ははは……申し訳ない。つい、懐かしい名前を聞いて、話が逸れそうになってしまいましたわい。……殿下、もし興味があれば後ほど、エーリカ姫の話の続きをお聞かせいたしましょう。……まずは、今回の件についての釈明をさせていただいてよろしいかな?」
「は、はい! 是非ともお願いします!」
うんうん、知的好奇心を満たすのは後回し!
でも、ランドロフィさん! 今日は寝かせないから、覚悟しといてねっ!




