第三話「健康と美容のために、食後に一杯の紅茶」①
今日もいつも通り、昼食を馴染みの喫茶店で済ませ、食後のお茶を嗜みながら行き交う人々を眺める。
この俺……エドワーズ・ファルナガンのちょっとした日課だ。
皆忙しそうに、早足ですれ違う……毎日毎日、代わり映えのしない光景。
けれど、俺はこんな日常という光景をこよなく愛していた……だからこそ、この日常を守るために人一倍情熱を傾けている。
俺は、若くしてこの街の冒険者ギルドのサブマスターの要職に就いている。
この街の裏と表両面から、秩序を保ち世のため人のために働く絶対中立の武装集団の取りまとめ。
……と言えば聞こえが良いが、要するに何でも屋の元締めの補佐って所だ。
けれど、俺は俺なりにいい仕事をしているという自覚がある……この日常の風景の観察もその一環だ。
こんな風に人通りを眺めていると、色々気付くことがあるのだ。
経済状況や景気動向、治安傾向なんかも解る。
世の中全体の傾向……要は、活気があるかないか……皆、俯いて歩いてるような街の将来は暗いけれど、笑顔で上を向いて歩いてるやつが多いなら、悪くない傾向だ。
現状のこの街は……少なくとも俯いてトボトボ歩いてるようなのは少数派……悪い傾向ではない。
とまぁ……こんな感じだ。
そして、何よりも注目すべきは、一般人に交じる非日常を生業とする連中。
各国の諜報員だの、日陰者の悪党ども……トラブルの種になりそうな奴ら。
その手の連中をマークして、時に宥め、時に話し合い……たまに、実力行使でお引取り願う。
それもまた俺の日常のひとつだ。
この街に潜入している諜報関係組織やら犯罪組織の数は両手どころか足の指を足してもまだ足りない。
個人単位で動いている名のしれた連中を含めるともはや、要注意団体の数は100にも迫りそうな勢いだった。
それくらいには、この街は混沌としていて、非日常が当たり前のように、日常と同居している。
もちろん治安組織として、警務隊と言う帝国から派遣された武装組織もあるし、住民たちが出資して独自に組織した自警団なんてのもあるのだけど……どちらも致命的に人手が足りていない。
だから、少し裏通りに入れば、無造作に死体が転がっているのも珍しくない……そんな闇と隣り合わせが、この街の実情だ。
……さっきから、広場の隅っこで所在なく佇む、小さな人影もそんな非日常のひとつだ。
濃い緑のハンチング帽を目深に被って、季節外れのオーバーサイズのコートを着込んだ少女。
(なんだありゃ……)
道にでも迷っているのだろうか? 地図か何かを片手にキョロキョロと所在なげにしている。
年の頃は、身体つきや背丈からすると10歳前後……と言ったところだろうか? 17の若造の俺が言うのもなんだが……さすがに、一人でうろつかせるには少々危なっかしい年頃だった。
けれど、帽子から覗く髪の毛は綺麗な黒髪で、身なりも上等……少なくとも貴族関係者だという事は伺える。
明らかに浮いた異様な雰囲気……そもそも、貴族の時点で平民にとってはアンタッチャブルな存在だ。
下手に貴族と関わったばかりに身を滅ぼす……そんな話は珍しくない。
子供と言えど、無難に生きていたいなら、関わってはいけない……それが帝国貴族という存在だった。
この街の人間は、むしろそう言うのに非常に敏感だ。
だから、見てみない振りをして足早に通り過ぎる……賢明な判断だった。
けれど、俺は別のものを彼女から感じていた。
……死の気配とでも言うのだろうか?
彼女の姿を見る前に感じた寒気に似た感触……戦場で銃口を突きつけられた時、空を舞うワイバーンに餌として認識された時の感覚……それと同じ感覚を覚えて、思わず二度見してしまったほどだ。
何かは解らないが、本能に訴えかける恐怖……何故あんな子供がそんなものを纏っているのか解らないが……とにかく、ヤバイ……それだけは解った。
要注意観察対象、脅威判定A+……。
とっさに俺なりの評価を下すのだが、対応に迷う……。
ぶっちゃけ……ガチで迷子になっているだけのような気がしてならない。
迷子の挙げ句、誰も助けてもらえずに、途方に暮れてるのかもしれない。
けど、俺の直感が正しければ、この場の人々を全員瞬殺できる程度の何かをこの少女は持っている。
凄腕の魔術師? ……いや、高位魔術師特有の魔力の流れが感じない……連中とはあきらかに異質だ。
剣士とか銃士の達人の纏う独特の気配とも違う……どちらかと言うと強力な魔物の類に近い気配だった。
場合によっては、無差別テロの人間爆弾などの可能性もある。
つい最近も反帝国活動家による爆弾テロでバザーがやられたばかり……犯人は子供に爆弾を運ばせて、それがバザーの中心で爆発……20人位は死んだ。
いや、それならばもっと目立たず大人しくしているか、そもそも本人は何も知らないはずだ。
死ぬと解ってる自爆テロなんて、よほどの狂信か信念でもないと出来ない。
そもそも、こんなちょっと勘の良い奴なら気付くような、濃厚な死の気配を撒き散らしたりなんかしない。
判断に迷う所だった……ただ、彼女が何者であれ……心底、困っている様子は見て取れた。
一瞬だけ、目が合ったのだけど、そそくさと逸らされた……ちょっと注目しすぎたかもしれない。
と言うか、対象にバレバレの時点でもはや監視になっていなかった。
まぁ……所詮、俺は素人なんだから仕方がない。
本来ならば、道案内でも買って出てやるべき場面なのだけど……。
俺は、自分の直感を疑う習慣はない……彼女に関わる事は、何らかの形で命懸けになる可能性が高い。
……何より俺は、俺の貴重な昼休みを犠牲にするつもりはない。
なにせ食後のお茶もさっき来たばかりで、まだ一口しか飲んでない。
好き好んでトラブルにクビを突っ込むのは、確実に寿命を縮める……俺は賢く、細く、長く生きたい。
結論……様子を見る。
良く解らんのであれば、判断材料が集まるまで待つ。
もし移動するようなら、本職の監視要員を手配し、勘付かれないように尾行させるつもりだ。
……俺は慎重派だった。
落ち着いて紅茶をもう一口啜る……芳醇な白ぶとうを彷彿させる香りとコクと渋み……セカンドフラッシュと呼ばれる晩春の二番摘み……産地は帝国領ターリッシュ高地産……最高級に近いものだ。
相変わらず、ここは良い葉っぱを使っている。
アクセントに何かの香草をブレンドしているらしく、いい感じで紅茶の香りを引き立てていた。
料理もまた同様……銅貨10枚と少々値が張るランチながら、こう言う細かい工夫が気に入って、俺はここの常連と化している。
ちなみに、今日のランチメニューは香草入りのチキンステーキだった。
実に美味かった……今後も贔屓にしたいと思う。
冒険者ギルドのサブマスター職ともなると給金もそれなりに出るので、これくらいの贅沢は許される範囲だ。
……新聞に目を戻すと、帝都でひと騒ぎ起きたような記事が載っていた。
やっと主人公登場です。
サブタイの元ネタは解る人は解るでしょう。(笑)