第二十三話「囚われのアイシア様」①
かくして……わたし達は帝国軍の追手を撃破し予定通り、エルフの集落へ向かうこととなった。
追手の兵隊達とも話し合いで解決出来れば、それが一番だったんだけど……。
どうも向こうは、始めからお兄ちゃん達を殺す気満々だったらしい。
追手や刺客と戦う事になるのは予想していたし、敵は兄上配下のわたしの捜索隊!
偶然とは言え、手の届く距離まで迫られていて、状況的にどうにもならなかったのは理解できた。
……でも、全員殺しちゃうことは、なかったんじゃないかな……なんて思うわたしは、たぶん甘いんだろうな。
死んだ人達はちゃんと弔って、帝国に帰してあげるって言ってたけど……あの人達にも親や兄弟がいて……。
……色々想像すると悲しくなってくる。
けど……命懸けで戦って、守ってもらって、それに文句なんて付けられるはずがない。
まかり間違ってれば、皆のうちの誰かが死んでたって可能性もあったし、実際お兄ちゃんやサティちゃんもかなり、危なかった……。
みんな、無事だったんだから、それで良し……そう考える事にした。
とにかく、一番の脅威とも言えた兄上達の放った追手を返り討ちにした以上、当面の脅威もなくエルフとの交渉も問題なくいけば、一息くらいは付けるかな……そう考えてたんだけど……。
……物事ってのは、得てして上手く行かないって、思い知らされることとなった。
順を追って説明すると。
追手を撃破してから、エルフの村までは、まる二日の行程をかけ無事到着した。
……お兄ちゃんがヘバッて、ヨレヨレになってたけど。
なんだかんだで、自力で踏破したから頑張った!
けれど、訳も解らないまま、わたし達はエルフの自警団に包囲され、村外れの洞窟を利用して作られた牢獄に監禁されてしまった。
自警団のエルフさん達もお兄ちゃん達とは顔見知りで、とっても申し訳なさそうにしていたし、シーリーちゃんも猛抗議していたのだけど。
どうやらエルフの長老達の指図だと言うことが解っただけで、詳しい理由も全く告げられなかった。
長老に直談判すると言っていたシーリーちゃんもそのまま戻ってこないし、事前交渉を担っていたはずのリーザさんも姿を見せず、リーザさんに会わせろというお兄ちゃんの要望は完全に無視されてしまった。
通信魔道具も何故か繋がらなくなっていて、リーザさんは完全に行方不明状態。
……相当な腕利きのはずなんだけど、何があったんだろう……。
エルフの村にも、わたし達冒険者ギルドの派遣していた冒険者パーティーが常駐していたのだけど、彼らにも事情は解らず、むしろ先に捕縛されていたような有様で……。
彼らも、立場上下手に抵抗する訳にもいかず、大人しく捕縛されてたみたいなんだけど……。
一応、エドお兄ちゃんが、彼らは無関係だからと交渉して、全員一旦街へ帰還させてもらえる事になったらしい。
役に立てなかったことをしきりに謝られていたけど、無抵抗を貫くと言う判断を下しただけでも立派だと思う。
牢番のエルフの人が言うには、どうも長老の一人が強権発動して、わたし達の監禁を指示したらしく、エルフ族の総意と言う訳でもないらしかった。
詳しいことは、そもそも牢番のエルフさん自体が何も知らされていないようで、ラチがあかなかった。
エルフ族は、明確な縦社会で下っ端には何も知らされない事がほとんど……と言うことで、その辺はどこも一緒みたい……。
「あーっ! もうっ! どうなってんのよっ! アイシア様、もういいでしょ? さっさとこんな所、脱走しちゃおうよっ!」
それまで大人しくしていたサティちゃんが、いよいよブチ切れたようだった。
ツカツカと檻を形作ってる蔓に向かうと、ドカンと一発蹴りつける……。
……天井から土がパラパラと降って来た……この洞窟、崖に素掘りで掘ったような代物だから補強も入ってない……。
あうあう、無茶は止めようよ……生き埋めになるよぉ!
……と思っていたら、カティちゃんがまぁまぁとか宥めながら、牢屋の檻を破壊しようとしたサティちゃんを手もなく取り押さえる……その手際の良さは、見事としか言いようがなかった。
あっという間にサティちゃんは無力化されて、大人しくなった。
傍目からは、後ろから抱きついたようにしか見えなかったんだけど、両手を後ろ手に固めたと思ったら、バキゴキとか変な音がして……。
サティちゃん……芋虫みたいに両腕が脱力しきった状態でドサッと横たわった。
……さすがに唖然。
でも、ソフィアちゃんは平然としてるし、カティちゃんも暴れちゃ駄目ですよ! とかお説教中……。
……解った! 見なかった事にしようっ!
けど、閉じ込められて丸一日……さすがに、そろそろ情報くらい欲しいところではある……。
もう一つの牢屋の方でも、リッキー君が似たような事を喚いている。
向こうも似たようなもんらしい。
さすがに男女一緒に牢に押し込めるような事もせず、わたし達は男女別に別けられていた。
隣の牢獄では、エドお兄ちゃん達も全員まとめて放り込まれていて、姿は見えないのだけど、お互い声をかければ普通に話も出来たし、別にそれを咎められることもなかった。
もちろん、わたしがその気になれば、こんな牢獄手もなく抜け出せると思うのだけど。
別にわたし達は、エルフ族の皆と喧嘩しに来た訳ではなく、あくまで友好的な表敬訪問であり、敵対の意志はそもそもない。
牢番のエルフさんだって、エドお兄ちゃんの顔見知りらしく……わりと親しげに話とかしてる感じ。
他の皆もエルフの人達とは、結構顔なじみって感じなので、少なくとも手荒な事はしないだろうとの事だった。
う~ん、こんな事になるなら、本の一冊でも持ってくれば良かったなぁ……。
何もしないでボンヤリしてても、別に苦にならないんだけど……無為に時間を過ごすってのもねぇ……。
昼だか夜だかわからない、薄暗い洞窟の中も、帝室書庫の奥深くも似たようなもんだったから、別に気にもならない……むしろ、こう言うところの方が落ち着く。
腕利き二人のシュタイナさんとスタンボルトさんは、念の為にと、わたし達の後から付いて来てたので、難を逃れて、付近で潜伏中らしい。
全員処刑とか無茶やられそうになったら、彼らが助けてくれるはずだから、その点は安心できる。
ロボス君達を表の護衛として張り付けて、最強クラスの腕利きを影の護衛役として付けるなんて、えらく慎重とか思ってたけど、お兄ちゃんはこう言う事態も想定してたのかも知れない。
やっぱ、頼りになるなぁ……お兄ちゃんって! わたしの右腕、参謀って感じだね……。
「おーい、ソフィア……そっちはどうだぁ?」
隣から、緊張感の感じられない様子で、お兄ちゃんが声をかけてきた。
「……私は平気……サティちゃんが暴れそうだったけど、カティちゃんが宥めてくれたから、ひとまず大丈夫……アイシア様もその辺色々解ってるみたいで、隣で大人しくしてますよ」
あの力技で制圧したのを宥めたと言いきるソフィアちゃん。
この二人って、これが日常茶飯事なのかも……。
ちらりと横目で見ると、サティちゃんは相変わらずぐったりと横たわってる。
カティちゃんがにこにこ顔で毛布を掛けながら、愛おしそうにサティちゃんの頬をプニプニと突く……サティちゃんは気絶してるらしく、口半開きでうっすら白目剥いてる……。
大人しくなってるのは、確かなんだけどーっ!
……結論、カティちゃん、怒らせたら駄目な子。
「うん、お兄ちゃんが大人しくしてるんだから、わたしも勝手なことはしないよっ!」
勝手な真似をするとどうなるかは、サティちゃんが身をもって教えてくれた。
そんな事をやってると、ちょうど交代の時間だった牢番のエルフさんが戻ってきたようだった。
……わたし達もとりあえず、奥に引っ込む。




