第二十話「戦後処理」
……それから。
今日のところは、これ以上進まず野営するという事になり、アイシア様達は野営の準備中。
俺はギルドに連絡し帝国騎士達の死体回収の為の要員を手配し、黙々と死体回収作業の指揮を取っていた。
陽光が赤く染まり始め……夜の帳が迫る中の作業。
視界も悪く危険も伴うのだが、これはある意味義務と言える。
高所から叩きつけられて、何がなんだか解らない状態の死体も多く、ひとまず原型をとどめてる部分だけを集めて、あとは認識票やら装備品やらをまとめるに留めて、適当に土に埋めてしまう事にする。
作業は夜になっても続ける予定だ……今のこの気温では腐敗も早い、獣に荒らされてしまうのも不憫だった。
……死者達を故郷に返す……これは、戦いにおける勝者の責任のひとつでもある。
国境警備隊へは、プロシア達を使いとして彼らを送り届けてもらう予定だ。
プロシアはともかく、清濁合わせ飲めるフレドリック卿なら、言わずとも状況は理解出来るはずたから、任せて問題ないだろう。
プロシアが非現実的な博愛主義を貫き通せているのも、裏、表両面でのフレドリック卿の尊い犠牲あってのものだ……。
……盛大な葬列を作って、警備隊の駐屯地に押しかけて、涙と共に死者への追悼の祈りを捧げるプロシアの姿が容易に想像できる。
彼女の本気の善意の前では、追求なんてとても無理だろう……。
ふと……戦場では、こんな光景は当たり前だった事を思い出す……。
つかの間の休戦……双方の死体や怪我人を回収する戦場の後始末。
重砲で吹き飛ばされた退避壕の中なんぞ、こんなもんの比じゃない……人の形を留めてるだけでもマシだ。
気持ちの良い作業ではないのだが、スラムにはこの手の汚れ仕事も平然と請け負う連中もいるから、そいつらや戦馴れしたベテラン冒険者連中を呼び寄せている。
盗賊団のアジトを壊滅させた後なんかも似たようなことをやってるので、俺達にとってはある意味見慣れた光景だ。
戦いともなれば、死人が出るのは当然だ……敵もだが、当然味方にも……。
生存者がいる可能性もあるので、周辺の捜索もさせているが……見つかるのは死体だけ。
あの高さから落ちて即死しなかったある意味不幸な奴も居たようで、墜落地点と思わしき場所から離れた場所で事切れてる者も居たらしい……人間って奴は意外にしぶといものなのだ。
まぁ、下手に生存者なんて見つかっても、始末に困るだけなので生存者皆無と言うことなら、それが一番だった。
さすがに、アイシア様には刺激が強すぎるから、こんな作業はとても見せられない。
なので、離れた場所で野営の準備をするように、言付けてある。
アイシア様は本格的な野営とか初めての経験らしく、エラくはしゃいでいるようで、何とも場違いな黄色い歓声が時折、風に乗って聞こえてくる。
……まぁ、戦闘後の凄惨な死体処理の事なんか、アイシア様が知る必要もないからこれでいい。
こう言う汚れ仕事や暗部は、俺が引き受ける……そう決めたのだから。
ワイバーンの死骸はクオレル商会が買い取ってくれると言うことで話が付いていて、早速作業員が大挙してやってきて、黙々と手際よくバラしている。
シュタイナが落とした方は、さすがに損傷が酷かったが、もう一体は正確に急所を潰されており、多少背中が焦げたのと翼が折れた程度で、非常に状態が良いとの事だった。
ワイバーン自体はさほど珍しくもないのだが、こいつは大型のレアな奴らしくて結構な高値がついた。
爪の先から、腸まで……竜族の身体に無駄なところなんて何一つ無いと言われている。
ワイバーンクラスの大物は仕留めれば、大商いが確定するくらいにはいい獲物なんだが……さすがに、この人数では回収しようもないし、捨て置くのも勿体無いと思ってたんだが……。
話を振って、その日のうちにこんな樹海の奥にまですっ飛んでくあたり、さすがクオレル婦人だ。
ちなみに、帝国の重大な協定違反の発覚と言うこともあってホスロウ達も現場検証にやってきていた。
まぁ、こいつらは俺達にくっついてた諜報員からの報告を受けたらしく、呼んでも居ないのに勝手にやってきた。
「……よぉ、エド! しかしまぁ、お前さん達もまた派手にやったなぁ……まったく、皆殺しとは穏やかじゃないぜ……」
俺を見つけたホスロウが苦々しそうな表情を隠さずにやってきた。
「仕方ねぇだろ……向こうもやる気満々の正規軍。正直、危うい状況だったからな……手加減するような余裕は無かった。確かにやり過ぎたかもしれん……反省はしている」
俺がそう返すと、ホスロウがポンと俺の肩を叩く。
「まぁ、そう気に病むな……。しかし、この光景はアイシア様には見せられんな……その辺の配慮は……言うまでもないか」
そう言って、ホスロウは野営地の方を一瞥すると、煙草の火をつけ燻らせる。
いるか? とばかりに煙草を差し出されたので、ご相伴に預かる……もっとも、深く吸い込むとむせるので、火を付けて燻らせるだけ。
まぁ、付き合い煙草ってやつだ。
これも、大人とのコミニュケーション方法のひとつってとこだ。
この程度嗜めないと、舐められるからな。
ちらりと振り返ると野営の焚き火の明かりが遠くで揺らめいているのが見える……あっちは別世界。
アイシア様に変に興味を持たれると困るのだが、リッキーやロボスあたりなら、この手の事情はよく解ってるから、適当に足止めしてくれるだろう。
慣れると、こんな作業の直後でも平然と飯食ってたりするんだが、新米は大抵ゲロ吐いて、2、3日は飯が食えなくなる。
アイシア様も何をやってるかとか薄々勘付いているかもしれないけど……まぁ、知らない方が幸せな事もある。
「で、帝国軍への言い訳としてはどんなのを用意する気だ? 俺達に手伝えることはあるか?」
「さすがに、俺達が始末したってなると色々問題も多いからな……俺達はあくまで樹海で転がってた死体の山を見つけて、回収……善意で母国に返してやったって言い張るさ。無許可で樹海に入り込んだ野盗やモグリの冒険者がゴブリン、オーガあたりに襲われて死体になるなんてのは良くある事だ……誰に殺されたかなんて、死人にゃ語るすべもないからな」
「やれやれ……死人に口なしってな……偶然だとは思うが、アイシア様に手が届く寸前だったとも言えるからな……そこを考えると、皆殺しも止む無しか」
「他の選択もあったんだろうがな……ムカつく野郎だったんでな……つい……な」
言いながら、足元に置かれたバケツ騎士の遺品のバケツヘルムに目を向ける。
貴族士官……こいつらにはロクな思い出が無い。
まぁ、俺が生まれて初めて明確な殺意を持ってぶち殺した相手は、こいつのご同類のクソ貴族様だったんだがな。
無謀な突撃命令を下して部隊まるごと道連れにしようとしやがったから、よく狙いをつけて後ろ頭をぶち抜いてやった。
戦場では、手元が狂って味方打ちと言うのも良くある事故……部隊を引き継いだ下士官の計らいで、俺はお咎めなしだった。
足蹴にしてやろうと思ったが……そこは思いとどまる。
……死者に鞭打つような真似はすべきでない……それは正しくない行いだから。
「戦となれば、殺すか殺されるか……そんなもんだ。しかし、連中も調子に乗ってるとは思ってたんだが、馬鹿な真似やらかしてくれたもんだ……協定を何だと思ってんだか。どうせなら俺達がノシ付けてお届けしてやりたいとこだが、それは筋違いだからな……お前らの好きにしろ。だが、こいつら剣太子の直属と確かにそう言ったんだな?」
「ああ、認識票にも部隊コードが記されてたからな……正規の国境警備隊の奴らなのは間違いない。なんなら確認するか?」
「いや、構わんさ。なるほどな……そう言う事なら、うちの本国の外交筋にもこの件は上申しとくぜ。正式な抗議となると、こっちも引っ込みがつかなくなるから、そこまではしないと思うが、剣太子叩きのいいネタにはなる……。そんな軽率な人物が国境警備を預かるなんて、帝国は戦争をしたいとしか思えねぇぞってな! この手の失態は噂話とかでも十分武器になるからな。竜騎兵の魔王回廊上空の飛行については今までグレー扱いだったが、禁止要項が追加されることになるだろうさ……ざまぁみろってんだっ!」
そう言って、ホスロウは物凄く悪い顔をするとクククと笑いを押し殺している。
まぁ、実際証拠物件も山盛りだからな……西方としては、指差して笑いたい位の話だろうさ。
「それと、街で探りを入れてた奴らも何人かこっちで捕縛しているぞ……一応、非武装で民間人に偽装してたらしいんだが……露骨に怪しかったんでな……事情を聞くべくご同行頂いた訳さ」
「ふん、大方肩が当たったとかイチャモンつけて、裏路地へ……ってパターンだろ?」
「まったく……うちの奴らも喧嘩っ早くて困ったもんだ。まぁ、そんなに口の硬い奴らでも無かったもんで、ちょっとばかり接待したらペラペラ喋ってくれた……人間、素直が一番さ」
「接待ねぇ……拳銃突きつけて無理やり、しこたま酒飲ますとかそんなんだろ? で、そいつらはなんと?」
俺がそう言うと、ホスロウはニヤニヤと笑う……当たらずとも遠からず。
こいつらの方がよっぽどひでぇ。
「そうさなぁ……要約すると帝国の要人……アイシア様が何者かに誘拐されたって事になってるらしいぜ? お前……誘拐犯だって事になるな! ……実に笑える話だな」
「ああ、そう来たのか……そんな口実で各地で喧伝して捜索してまわってるのか……嫌なやり方だな」
「まぁ、印象操作は情報戦の常套手段なんだが、たしかに上手いやり方だ……誘拐されたなんて話が広がるとアイシア殿下のイメージダウンにも繋がるからな。そうなると、早いとこ色々実績立てて、足場を確立させた上で表舞台に引き上げてやらんとな。まぁ、こっちはこっちでアイシア様は誘拐されたのではなく、自らの意志で第三勢力の旗印として、協力者を集めながら、東方各地を転々としてるとか適当な噂を流しておいてやるぜ……」
「情報戦はお前らの十八番だからな……その辺は任せるさ」
……そこまで言ったところで、不意に……かさりと、木々の擦れる音。
極めて至近ッ! この俺がここまで接近されて気づかなかっただと?!
ホスロウの顔が険しくなり、俺も反射的に、拳銃に手をかけながら振り返る。
薄暮の中、木々の茂みの中から驚いた顔のやたら小柄の女エルフが両手を上げて立ち上がる。
黄色いボブ・ショートの見覚えのある顔……エルフ族の戦士、シーリーだった。
「わわっ! 撃たないでぇっ! 私、ゴブリンじゃないよっ! って、エドじゃないっ! わーいっ! 会いたかったぁっ!」
そう言って、勢い良く抱きつかれる……思い切り胸に顔をグリグリと埋めて来て、危うく押し倒されかける。
戦後処理です。
まぁ、この手のファンタジーでは、こんな描写はまず省かれるんですが。
戦場でも、戦闘終了後双方白旗を掲げあって、一時休戦の上で戦後処理をすると言うのは正規軍同士の戦いだと当たり前だったりします。




