第十九話「かくて、戦場は静寂に包まれる」
誰ひとりとして、動けない中……まさかの援護射撃っ!
ワイバーンの首筋の柔らかそうなところ、口の中、目と次々に着弾!
全て急所ッ! その神がったような精密射撃の前には、10mもある巨大なワイバーンもたまらず、もんどり打って転がる!
更に横合いの茂みの中から大きな人影が飛び出してきて、無防備にさらけ出されていたワイバーンの顎の下へ剣を一突き!
続けざまに何度も剣を突き立てられ、完全に絶命したのかワイバーンがぐったりと動かなくなる。
「真打ち登場ってな……まったく、エドもサティもアブねぇとこだったな! いやぁ、腐ってもドラゴン……竜の咆哮とは参った! 参った! こっちもまともに食らっちまって、ちょっとばかり出遅れちまったよ……すまねぇ!」
……血に塗れた双剣を携え、ワイバーンの返り血を浴びた壮年の髭面の剣士が凄絶な笑みを浮かべる。
十傑の一人……鉄血のスタンボルトだった!
「お師匠様……! 来てたんですか?」
サティの顔がぱぁっと輝く……まったく、絶妙過ぎるタイミングでの登場。
こっちはまだ動けねぇってのに……このおっさんも大概だよな……。
「アイシア殿下の護衛を頼まれちゃ嫌とは言えんさ……んで、そこのバケツ頭野郎! どうも俺の愛弟子を可愛がってくれたようだな! ここはいっちょ俺っちと一騎打ちでもやろうぜ? ん?」
「バ、バカな……ワイバーンをこんなあっさり……だが、貴様っ! その顔、知ってるぞ……鉄血のスタンボルト! 西方の蛮族……百人斬りの悪名高い帝国に仇為す者がひとりっ! 良いだろう……相手にとって不足なし……貴様を討ち取って、クソガキ共も皆殺しにして血路を開くとしよう!」
「いやぁ、俺って結構、有名人? まいったねぇ……けど、すまんが……そう言うお前は、何処の何様なんだ? ワリィがバケツに知り合いなんていねーわ」
「なっ! わ、我が名を知らんのか! おのれ小馬鹿にしよって! ならば聞け! 我こそは伝統ある騎士の名門……」
「ああっ! もういい、もういいっ! お前の名なんぞ知るかっ! 俺は無名の田舎騎士なんぞに用はねぇからな……名乗りの続きはあの世でやるんだな!」
スタンボルトは、騎士の名乗りを鬱陶しそうに遮ると、たった一歩踏み込んだだけ……少なくとも俺の目にはそう見えた。
けれども、次の瞬間……すでに騎士の背後へ立っていた。
騎士のバケツ頭が血しぶきと共に宙を舞う……。
名乗りの続きどころか、断末魔の悲鳴一つも残せない……文字通りの瞬殺。
それが、最後まで名も知らぬままだった帝国騎士の最期だった。
「……あれ……「無拍子」って言うんだって……あたし、あの領域にたどり着ける気がしないわぁ……」
ちゃっかりと俺の膝の上にちょこんと収まっていたサティが呆然と呟く。
あの騎士の実力は、かなりのもの……実際、サティやロボスでは手に負えない相手だったのは確かだ。
けれど、スタンボルトと来たら、10mくらいの距離はあったはずなんだが、その間合いを一瞬で詰めて、一刀であっさりと仕留めてしまった。
あの騎士も何が起きたのか解らなかっただろう……やっぱ、こいつら人間やめてるなぁ……。
そんなことを考えていると、背後からトテトテと足音。
振り向く間もなく勢い良く背後から抱きつかれる。
「うぇええええっ! エドっ! 思い切りピンチだったじゃないのっ! ……このバカっ! 頼むから、一人で無茶しないでよぉおおおおおっ!」
なんかポカリと頭を叩かれた。
アイシア様……顔が涙と鼻水で大変な事になっている。
とりあえず、ハンカチを貸してやると、涙を拭くまでは良かったのだが、思い切り鼻までかまれた……そのハンカチ返さなくていいからな。
そう言えば、あの時の援護射撃……まさか……とは思うが……。
「すまん……アイシア様もご無事で何よりだった……それとさっき後ろからワイバーン撃ったのは誰だ?」
「わ、わたしだよっ! もう無我夢中で撃っちゃった! エドお兄ちゃんを助けなきゃって思って必死だったんだよっ!」
……確かに今朝、射撃場で試し撃ちしてた時は恐ろしく正確に的を撃ち抜いてたんだが。
実戦で、味方の命がかかってる局面で、あんな激しく動いている目標に精密射撃を決めるとは……まったく、歴戦の勇士だってこうはいかねぇっての。
とりあえず、後ろから抱きしめられたまま、そっと頭に手を乗せるとワシャワシャと撫で回してやる。
「ありがとな……サティ、お前も礼を言っとけよ! あの援護射撃がなかったら、スタンボルトも間に合わなかっただろうし……命の恩人ってやつだな」
「え? ワイバーンが突然コケたように見えたんだけど、そうだったの? しかも拳銃でって、すごくね? でも、助かったぁ……。あーあっ! あたしってば護衛なのに、護衛対象に守られちゃったのか……あのバケツ頭にも力負けしちゃったし、まだまだ修行が足りないなぁ」
「まぁ、わたしも守られてるだけって訳にはいかないからね……わたしだって、やれば出来るのよ! ちょっとは見直してくれた? あ、サティちゃんちょっと詰めてくれる? んしょっと……」
何を思ったのかサティの隣に無理やりお尻をねじ込んで俺の膝の上にちょこんと座り込むアイシア様。
どっちも小さいとは言え二人も乗られると、さすがに重い……なんだこれはっ!
「うわっ! ア、アイシア様、いきなり何してんのよっ?!」
「ふふん……お兄ちゃんの膝の上はわたしのものなのだ! がんばったサティちゃんには、特別に使用を許可するので、一緒にお兄ちゃん椅子を堪能しようよっ!」
戦闘直後に呑気なものながら……まぁ、助かったのは事実だし、許してやろうか。
……と言うか、まだ体に力が入らないから、立ち上がれないし、力づくで撤去もままならない。
「あ、あたしはいいよっ! っと……あれれ……もしかしてあたし、腰が抜けてる……?」
立ち上がろうとして、ヘロヘロとへたり込むサティ。
とりあえず、抱きしめる形で座らせてやる……こうなったら、いくらでも来いっ!
「あらら……無理しなくていいんじゃないかなー。あ、カティちゃんにソフィアちゃん、やっと来た! おそーいっ!」
人の気配に振り返ると、息を切らせたソフィアとカティの二人がいた。
三人は、銃撃戦の流れ弾の可能性を考慮して、かなり離れた場所に潜伏させていたのだけど……。
どうも、アイシアが一人で突っ走ってしまったらしかった。
「おいおい……お前ら、一応お守り役なのに……置いてけぼり食らってるとかどういう事よ?」
「だって、止める間もなく弾丸みたいにすっ飛んでっちゃうんですもの! それにあの咆哮聞いたら……身体が動かなくなっちゃったし……アイシア様すごすぎっ! と言うか、エド……何やってんの?」
竜の咆哮……ソフィア達も巻き込まれたのか。
それを考えると、アイシアはなんで平気だったんだろう?
……あのスタンボルトすら、影響は免れなかったのに……。
「ああ、その……なんでも、椅子代わりだそうな……なお、俺に拒否権はないらしいっ!」
そう言って苦笑すると、ソフィアに心底呆れた顔をされる。
そんなジト目で見ないでほしいんだが……。
「ああっ! サティっ! ズルい! わ、私もお願いしますっ! えいっ!」
そう言って、今度はカティまで無理やり乗ってきた……。
流石に積載限界を超えた俺は、カティのお尻の一撃がトドメになって後ろに倒れ込む……必然的に三人は団子になって俺の上に雪崩状態でのしかかる。
もう訳が判らん状態である……。
ある意味、役得とも言えるかもしれんが……こんな子供連中にのしかかられて喜ぶような趣味は俺にはないっ!
「と言うか! 誰か助けろよっ!」
俺の叫びが樹海にこだまする……。
「アイシア様……最高のタイミングで颯爽と現れて、味方の危機を救って、カッコよく敵将を討ち取った俺にはお褒めの言葉とか無しですかい? ここはいっちょ、女性陣全員まとめて抱きついてきたって構わん場面だと思うんですが……どうよ?」
空気を読んだんだか、読まないんだか……スタンボルトが実にいい笑顔を浮かべて、なんとも残念なセリフを吐く。
「「「お呼びでなーいっ!」」」
三人の声が見事にハモった……哀れスタンボルト。
ガックシと項垂れたその姿は何とも言えない哀愁が漂ってた。
……絶対、あんたは黙ってた方がいい男だと思う。
かくして、帝国騎士達との戦いは、俺達の完封勝ちという形で幕を閉じたのだった。
戦闘終了っ!
アイシア様、決めてくれました!
彼女は守られ系ヒロインじゃないです。
最強です。
スタンボルトは……残念な方です。(笑)




