第十六話「追跡者現る」①
「エド……後方上空から敵影……上空警戒を厳に」
端的な警告……慌てて、全員に上空警戒のハンドサインを送る。
通じてないソフィアとアイシアには、手招きをして緑のまだら模様の隠蔽シートを展開して、その下に引き入れて姿勢を低くするように伝える。
本来は、この上に草だの枝葉やらを乗せてカモフラージュするのだが、あまり時間がない以上、そこまでは望めない……。
まったく油断してたな……。
他の連中は、何も言わずとも素早い動きで茂みやら樹の下へ潜り込む。
もう、何処にいるのか解らなくなる。
事前に空からの敵を想定して、いざと言うときの対応を言い含めていたんだが……上手くやってるようだった。
ちなみに、この辺の対空隠蔽ノウハウは帝国軍人時代に、共和国の飛行機械なんてのを相手にしてたんで、嫌でも身についた。
しばらくすると、バッサバッサという羽音が聞こえてくる。
木々の隙間から見えたシルエットは一体だけ……距離300、高度は50ってとこか……案の定のワイバーン。
かなり近い上に低い……もっとも、真上を通過されない限り、まず気付かれないだろう。
けれど、複数の羽音が重なって聞こえるから、他にも居る……どこだ?
「エド……連中、魔術師を連れてるな……探索波を放ってたから、こっちも妨害結界で誤魔化しといたぞ。今朝言ってた殿下の追手ってあいつらか? 探索波も漫然と垂れ流してるような感じだから、さほどの腕利きじゃないと思うが……」
伏せながらシロウが近づいてきて小声で囁く。
いい仕事ぶりに感心する。
「ご苦労だった……敵かどうかまだ解らん。追手かもしれないって、リーザが言ってただけだったんが……まさか、本当に来るとはな。シュタイナ、そっちから見えるか?」
「目視範囲だ……どうする? 一応射程内だから、ワイバーン程度ならヘッドショットで撃ち落とす事も出来なくもない……空挺騎兵なら、気づかれる前に乗騎ごと撃ち落とすのがセオリーだな」
「いや、止めておこう……多分雲の上にもう一匹居る。羽音が重なって聞こえた……たぶん、こいつは囮……共和国が帝国山岳兵相手によくやってた手だ……わざとあからさまに低空を飛んで慌てて射掛けてくる奴をあぶり出して、上空に居る本命が爆撃して仕留めるってやり方だ……まだ見つかってないようだから、このまま隠れてやり過ごそう」
「なるほどな……肯定だ」
シュタイナとの通信を切って、しばらく様子を見る……。
徐々に羽音が遠ざかっていき、あたりに静寂が戻ってくる。
アイシアは息まで止めていたようで、苦しそうな顔をしていたのでポンと背中を叩いてやる。
「もう大丈夫だ……別に息まで止める必要なんてなかったんだがな」
そう言って、思わず苦笑する。
「はぁはぁ……エドお兄ちゃん……今のって……?」
アイシアが不安そうに尋ねてくる。
「良く解らんが……何かを捜索してたっぽいな。敵の可能性が高いと見ているが……」
「まさか……アイシア様の追手?」
「その辺はまだ解らんが、なぁに……いざとなれば俺達が対応するまでだ。そうなったら、ソフィアはアイシア様のお守りを頼むぜ?」
不安そうな面持ちのソフィアにそう返すと、生真面目な顔で頷かれる。
ちらりとアイシアの方を見ると、突如その表情がこわばり、青ざめる。
俺の話は関係なく……俺の肩越しに何かを見つけたらしい……目線がそっちに釘付けだ。
ソフィアも同じようにこっちを見て、固まっている。
そっと振り返ると、木の上から降りてきたジャイアントスパイダーがプラーンと揺れていた。
胴体だけで人間の頭くらいの大きさの巨大な蜘蛛……樹海じゃお馴染みの魔物だ。
丸まった状態で降りてきたようなのだが……その長い足をワキワキと広げようとしていた……。
「どぅええええええぇいっ!」
およそ淑女らしからぬ叫びを上げながら、アイシアが流れるような仕草で腰のホルスターから拳銃を抜くと、見事な射撃姿勢で構える!
俺に出来たことは……とっさに身体を捻って、その射線から逃れることのみだった。
……それから。
ドラグーン・ドライの全弾をジャイアントスパイダーに叩き込んだアイシア様。
5m程の距離だったのだが、全弾命中させ完璧に仕留めた。
しかしながら、さすがに足を広げたら1m位あるような蜘蛛なんて、刺激が強すぎたらしく座り込んでエグエグと泣きべそをかいている。
……宥め役はソフィアもいるし、騒ぎを聞きつけてサティとカティも戻ってきてるので、奴らに任せた。
恐ろしく手慣れた手付きで射撃していたのだけど、その後がてんで駄目。
この有様で、新手や増援なんぞが出てきたら、対処できないだろう。
もっとも……緑やら紫の体液やらなんやらを盛大にブチ撒けるとかとか、腹の中から子グモがわさわさ湧いてきたり、なかなかにキモいことになったので、無理もない……。
初の実戦らしい実戦としては、こんなもんだろう……俺が近くにいるのに、いきなり全弾ぶっ放すとか勘弁して欲しかったが。
だが……それよりも重大な問題が起こってしまった。
よりによって竜騎兵がウロウロしてるところで思い切り銃声を轟かせてしまった。
魔物なら銃声を聞いたらむしろ逃げるのだが……人間相手だとそうもいかない。
「エドの兄貴! やっぱ戻ってきたみたいだ……数は一匹! 上に籠付けて10人くらいの兵隊乗せてやがる! まっすぐこっちへ向かって来てるぞっ!」
木の上で見張っていたリッキーから、案の定、ワイバーン来襲の報が伝えられる。
「カティ! ソフィアとアイシアを連れて、なるべく遠くで隠れてろ! ロボス! サティ! お前らは俺の隣で脇を固めてくれ……リッキーとシロウは樹上にて潜伏待機!」
素早く全員の配置の指示を出す。
ロボス、サティは俺の護衛役、リッキーとシロウは伏兵としていざという時に備える。
もともと聖術使いのカティは役に立つのは戦闘終了後がほとんど。
そこそこ戦えるので、非戦闘員二人の護衛には最適だと判断した。
シュタイナとスタンボルトには敢えて指示は出さない。
連中にも状況は伝わっているはずで、いざとなれば独自の判断で動いてくれるはずだから、ここは彼らを信頼する。
つまり、二段構えの伏兵を配置してのお出迎え……となる。
俺達も敢えて、奴らから見つけやすいように木々が少しまばらになって、上空の視界が開けた空き地へと移動する。
適度に灌木や茂みと言った遮蔽物もあって、それなりに開けているから足場も良好……戦場とするには悪くない。
樹海にも落雷などで木々が炎上し、こんな風に開けた場所というのがいくつもあるのだ。
やがて、こちらを発見したのかワイバーンが上空を旋回しだし、徐々に高度を落としてくる。
尾を入れると全長10mにも及ぶ騎乗用ワイバーンの威容……近くで見るとなかなかに迫力がある。
野生のワイバーンはもう少し小さいのだけど、これはそれよりも二回りくらい大きい……。
軍用の改良種なのかもしれない……。
……と言うか、こんなもんをぶっつけ本番で乗りこなしたと言うアイシアも色々おかしい。
なんとなくなんだが……アイツはアイツで恐怖心とか色々ぶっ飛んでんじゃないかって気がする……何と言うか、色々と度胸がありすぎる。
さすがに、あの巨体を森の中に着地させるほど、無謀でも不用心でもないらしく、ロープが地上へ向かって何本も垂らされるとスルスルと、甲冑姿の騎士と小銃を構えた銃士が5人ほど降りてくる。
さて、どう出てくるか?
帝国軍の追手。
無事スルー出来てれば、良かったんですが。
戦闘経験のないアイシア様は、所詮こんなもんです。




