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第十四話「エド、執事へクラスチェンジ?」

 そんな訳で……明けて翌日。

 結論から言うと……割と何事もなく過ぎた。

 

 アイシア様も昼過ぎまで寝てて、午後は街の代表者やらギルドの有力メンバーとの挨拶やら会談とすっかり忙しくなった。

 

 本来は、アイシアの街案内を兼ねて、街の有力者を個別訪問する予定だったのだが……。

 何やら探りを入れてる奴らがいるっぽいし、格式を重んじるという事で、急遽使いの者をやって、ご足労いただくことにした。

 

 当然、俺も出ずっぱり……商工会の長だの、ギルド馴染みの商人達、そして東西の大商人の代表……各地域の住民代表だの……。

 

 スラムの元締めやらマフィアのボスと言った裏稼業の連中、更に警務隊のリーダーなんかも来たけど、本国へは内密にすると言う話はホスロウ経由で伝わっていて、実にいい笑顔で快諾してくれた。


 アイシアの事は、ある程度把握はしていたようだが……どう考えても、火種になると判断して、上申は保留にしていたらしかった……そこへ、ホスロウからお願いされちゃ断れないわな。

 

 誰も口には出さなかったのだけど、樹海ルートの解放にアイシアが尽力してくれるという話は伝わっているようで、特に不自由がちな東方系の商人はやたら前のめりで、全面的な協力と資金援助の約束をしてくれた。

 

 おまけに、スラムの元締めなんぞ、アイシアがここを領地とする前提で税率についての提案なんて話をしてたくらいだった。


 元々この街ではそれと言った統治者が居ない関係で、自然発生的な有力者同士の合議制のようになっていて、冒険者ギルドマスターのアレクセイが仕切り役を努めていた。

 その関係もあってか、アイシアには引き続き、その役目を望まれているようだった。

 

 もちろん、将来帝国の皇帝になるかもしれないとあっては、誰もが取り入る気満々と行った調子で……俺としてはなかなかに悪くない会談だったと判断している。

  

 それに、呼びつけるという形式を取ったのも良かった。

 むしろ、それを栄誉として受け取ってくれて、訪問されてた方がかえって困ってた……なんて話をされた。

 

 こっちも周辺警護とか気にせずに済むから、基本的にお偉いさん達がアイシアに陳情する時は、ご足労いただく事にしよう……。

 

 そうなると、このギルドマスター執務室も調度品とか豪奢な奴に買い換えないとな。

 

「あら、エドちゃん……何かお悩みごとかしら? わたくしで良ければ、相談相手になりますわよ?」


 ちょうど、客人の一人、クオレル商会の代表マダム・クオレルの前で、そんな風に考え事をしていたら、俺の考えを読んだように婦人が俺に声をかけてきた。

 

 戦災で旦那に先立たれ、何もかも失ったところからわずか数年で東西両方への物流を仕切る大商人という立場を手に入れた凄腕の商売人。

 

 知的な感じでメガネをかけたインテリ風のご婦人である……かつては、パン屋のおばさんだったのだけど、人間変われば変わるものだ……。

 

 ギルドとの付き合いも深く、様々な武器防具、弾薬、生活用品に至るまで、声掛け一つで何処からかともなく調達してくれる調達屋としての役割も果たしている……当然ながら、今日もご招待させていただき、アイシアと歓談中だったのだ。

 

 俺も色々と世話になった人でもあるので、未だにエドちゃん呼ばわりである……向こうは、お母様と呼んでもいいとか言ってるのだけど……まぁ、それはお断りさせていただいている。

 

「ああ……クオレル婦人、この執務室の調度品……正直、どう思いますか?」


「そうですわね……皇族たるアイシア様の執務室といえば、皇城の謁見の間のようなものですわよね……そう考えると少々貧相なのは否めませんわ」


 さすが、婦人……ばっさりと一刀両断、貧相と言い切った……まぁ、アレクセイが適当にそれっぽい古道具やら家具を買い込んできて、適当に修繕したりしたような代物ばかりだからな……正直、訳の解らんガラクタも大量にある。


「わ、わたしは……そんな綺羅びやかなお部屋とかって別に……」


 そもそも、アイシアもその辺は文句も言わなかったし、元々質素を好むところがあるらしく、婦人の提案には遠慮がちな様子だった。

 

「アイシア様、こう言うのは様式美と言う物があるのですわ……アイシア様のお椅子にしたって、そんな安酒場のカウンター椅子のようなものでは、訪れる者から品位を疑られますわ……実は、わたくしも少々気になっていたのですよ」


 すまん……それ俺が用意したやつだ。

 実際、大衆食堂のカウンター椅子だからな……。

 

「あはは……わたし、背が低いから、これ位がちょうどいいかなーって思うんだけど……駄目ですかね?」


「そうですわね……宜しければ、わたくし達がこの貧相な執務室をもっと立派かつ、ゴージャスに仕立て上げてさしあげますわ! 丁度西方から腕利きの家具職人や建築家も来ておりますので……このフロア自体や階段、建物の玄関や一階のロビーももう少し見栄え良く改築するとして……予算はこのくらいで如何かしら?」


 そう言って、クオレル婦人はそろばんを弾いて、サラサラと見積書を書き出す。

 なんか、執務室だけじゃなくあちこちダメ出しされた……これって、この支部の建物自体の改築案なのでは?

 

「……ゼロがいっぱいだねぇ……金貨500枚くらい? 軽く豪邸が建つくらい……エド、そんな予算あったかな?」


 見積書の金額はかなりとんでもない額が記載されていた。

 ……俺の記憶が正しければ、そんな余剰予算……逆さに振っても出るわけがない!


「ない! と断言する……婦人、大変申し訳無いが……これは……ない! もうちょっと安くならんかな?」


 額の巨大さにクラクラするのは、俺の金銭感覚が所詮庶民のそれだからだろう。

 俺が銅貨数枚を値切るような奴だって、知ってんだろうに……。

 

「あら? 各国の王族を出迎えても恥ずかしくないとなると、これでもお安いくらいよ? まぁ、さすがに金貨500枚は無理だと思ってたわ……わたくしだって、エドちゃん達のお財布事情は知ってますもの」


「エド、分割ならどうかなぁ? それか……帝都の中央銀行へ行けば、わたしの帝室予算ってのがあるはずだから、それ使う? 確か、結構あるはずだよ……軽く金貨2-3万枚分くらいはあるはず」


 なんかおかしい単位がさらっと出てきたんだが、気のせいじゃないよな?

 クオレル婦人も開いた口が塞がらないような様子だった。

 

 たしか、大型軍艦一隻で金貨一万枚とかそんなじゃなかったっけ?

 

「き、金貨って、そもそも、そんな流通してるんだっけ?」


「元々金貨なんて、大商いの前払金とか貯蓄用ですからね……そんなに大量となると無理ですね……そもそも、そんなにいっぺんに引き出されたら、いくら帝国中央銀行でも、傾きますわよ。……それに、そのお金は手を付けるべきではないと思いますわ」


「ええ? だって、要するにわたしのお金だよ……毎年、割り振ってもらってるのをわたしの持ってるパテント料とか、投資分のリターンとかで地道に増やしたのに……いざって時に使えないとかなにそれー」


「今のアイシア様のお立場は大変不安定ですの……ですので、極力目立たないようにするべきですわ。もし今、中央銀行から大金を引き出したりなんかしたら、一発で足が付きますし、そんな国家予算規模のお金が動いたら、徴税局あたりがなんとかして掠め取ろうとか画策しますわ……それに全額なんて引き出したら、銀行さんのお金がなくなって、帝国が大混乱になりますの」


「なるほどね……ごもっともな話だ。そうなると、どうしたもんかな? 実際問題、俺達は金がないからなぁ……」


 実際、スラムのガキどもを食わすのだって、結構苦労しているのだ。

 支部だって、あちこちボロいのは承知の上……貧乏は悲しいね。


「うふふ……実は先程、商人の皆様とお話したのですが、アイシア様に投資したいと言う方は貴女が思う以上に、大勢いらっしゃるの……けど、皆様、上手い名目が思いつかなくて困っていらっしゃるのですよ」


「そうなんですか? わたし、期待されてるんですかね……」


「それはもう、とてもとても期待されてますわよ! そこで、提案なんですが……わたくしに、アイシア様の金庫番をお命じいただけないかしら? 信任状を一筆いただければ、帝都の皇室予算もわたくしの手のものが少しづつ引き上げさせていただきます。それに、商人達にも声をかけて、アイシア様の活動支援基金とでも言うべきものをご用意させていただきます」


 なんとまぁ……驚きの提案だった。

 

「マダム……なんで、そこまで肩入れしてくれるんだ? 気持ちはありがたいんだが……」


 さすがに、その意図が解らず、思わず聞き返してしまう……そもそも、クオレル婦人だって、メリットないような気がする。


「エドちゃん……これはむしろわたくしとしては、当然の流れなんですわよ?」


「と、当然……なんですか? けど、わたしなんて、本当に肩書だけですよ?」


「帝国が危ういのは、わたくし達商売人にとっては、周知の事実なんですわよ。けど、今の二人の皇太子様方はお金の使い方を間違ってますの……共和国なんて、本来ライバルにしかならない連中をせっせと肥え太らせて、帝国からお金がどんどん逃げていってますの。……わたくし達からすると、とても看過出来ませんわ……アイシア様なら、お金の使い方を間違えたりはしませんですわよね?」


「まぁ、私利私欲に金使うような奴なら、金貨を万単位で溜め込んだりはしないわな……いったい、何に使う気だったんだ?」


「さぁ……? 本当はわたしの命なんてあと数年くらいって思ってたからね……わたしが死んだら、適当にばら撒いてとか……そんな風に考えてたから、使いみちなんてそれこそ、皆の為に使ってもらって全然かまわないかな」


「……だそうだ、そんな訳だから、金庫番の件は是非よろしく頼む! クオレル婦人なら倍くらいに増やしてくれそうだもんな」


「倍と言わず、10倍にだって増やしてみせますわ……であれば、まずは手始めと言うことで、この建物の改装はお任せください……お代は不要ですわ……先行投資と言ったところですわね」


「ええっ! 良いんですか?」


「構いませんわ……それくらい安い投資ですから、けど一つだけ条件つけても良いかしら?」


 そう言って、何故か俺を見つめてにやりと笑うクオレル婦人。

 な、なんでそこで俺を見つめるんだろう?


 ……クオレル婦人の出した条件。

 

 それは、俺に執事服を着ろとか訳の解らん要求だった。

 

 側使えの者の服装も相応しい物を……とか言う如何にもそれっぽい理由だったが。

 何故か、オーダーメイドの豪奢な執事服が用意されており、クオレル婦人の使用人たちの手によって、あっという間に着替えさせられてしまった……。

 

 ……蝶ネクタイと燕尾服なんて、格好……始めて着るんだが、アイシアもクオレル婦人も手を取り合って、大喜び。


 なんでも、女性にとってこの姿はちょっとしたツボ……らしい。

 なんか、嵌められた気もしないでもない。

 

 たまたまお茶を持ってきたソフィア経由で、あっさり話が伝わって、シシリアおばさんを代表とする女性陣からも好評で、今後、俺は執事服を着て仕事しろと言う事になってしまった……なお、拒否権は認められなかった。

 

 俺一人がこんな格好で仕事とか冗談じゃない……こうなったら、ソフィア辺りにもメイド服でも着せてやる。

 

 なんか、わざわざメイド服まで置いていってくれたしな……俺は……やるぜ?

 

 ……かくして、会談は終わり、続いて冒険者連中との面談。


 冒険者連中も改めてアイシアと話をして、皆、好意を持ったようだった。

 

 フレドリック卿あたりなんかは、騎士として忠誠を誓うなんて言ってたし、プロシアなんかも、いつもの祝福を惜しみなくアイシアに敢行。


 アイシア、今度はがんばって耐えしのいだのだけど、解放後に自分の胸を見て溜息を吐いていたのは、見なかった事にする。

 

 ちなみに、俺の執事スタイルはプロシアも絶賛してくれて、俺も祝福された……。

 アイシアの目が冷たかったけど、俺は悪くないっ!

 

 熱血親父のスタンボルトなんかもすっかりアイシアの事を気に入ったようで、ぞっこんな様子だった。

 ただ、このおっさん……ロリコン疑惑があるようなおっさんなので、あまり近付けたくないというのが本音だ。


 サティ達の話を聞いてる限りだと、妙なセクハラとかもしないどころか、指一本触れようとしないらしい……。


 本人曰く、騎士道ならぬ紳士道の心意気……らしい。

 良くわかんね……。


 とは言え、剣士としてはトップクラスの凄腕なのは確かなので、この男がアイシアの腹心として名乗りを上げてくれたのは大変心強い。

 

 シュタイナの旦那とも何やら熱心に銃談義を交わしてたみたいだが……もはや、俺には未知の世界だった。


 他にも天気読みのラックスなんかも来てた。

 彼女は、戦闘要員と言うより魔術研究者としての側面が強いのだけど……研究員が戦闘で役に立たないということはまったくなく……その実力は相応のもの。

 

 ギルドの魔術師志望者達の先生のような立場なのだけど、やっぱりアイシアとはどこか気が合うようで、やたら小難しい話で盛り上がってた。

 

 魔王軍の残した遺産や遺跡についての、歴史談義とかそんな感じだった。

 俺には、もはやさっぱり解らない世界だった。

 

 他にも汚れ仕事向けの裏メンバーのような連中もいるのだけど。

 正直、あの連中と引き合わせるのは、時期尚早と判断している……。


 盤老師なんかも、共和国に行ったまま戻ってこない。

 まぁ、あの爺さんなら問題ないだろうけど。

 

 かくして、アイシア様のギルドマスター就任二日目は忙しくも過ぎていったのだった……。

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