第十三話「リトルマムのお説教!」
それから……。
俺達は明け方近くまで密談を続け、アイシアも正式に俺達の悪巧みに加わるということで、納得してもらえた。
いっそ皇帝を目指してみろ……なんて焚き付けたりもしたけど。
本人の中でも色々葛藤があったながらも、割と前向きに考えているようだった。
何より、俺が感心したのは……彼女は権力は道具や手段に過ぎないと理解していることだった。
やる事やったら、あっさり返上する……その程度には権力に執着と言うものを持ってない。
何と言うか……権力というものをよく解ってるって証左だった。
目的のために必要だからと割り切って、皇帝の座を目指す……皇帝の座が目的の他の連中とは始めから比較にならない。
……確かに皇太子連中から見たら、脅威以外の何物でもないだろう。
敵は間違いなく……あらゆる手段を駆使して、アイシアの抹殺や妨害を試みてくるだろう……。
俺も覚悟を決めないといけないが……望む所だ!
もっとも、当のアイシアは案の定、途中で居眠りを始めて、俺は皇女殿下の枕代わりになると言う栄誉を与えられた訳だがな。
皇女殿下がそんな有様なので、ホスロウも気を使ってくれて、俺達は無事解放、帰りは前後を物騒な奴らに固められた黒塗りの馬車で裏通りを人知れずご帰還となった。
アイシアについては、馬車に乗せる時も起きなかったので、もうそのまま膝の上で寝かせる事にした。
今も彼女は、俺の膝を枕にぐっすりお休み中。
……なんか、ズボンが冷たくなってきた気がするのだが……涎垂らされてないだろうな?
「あらあら……アイシア様、熟睡しちゃってるねぇ……」
当然のように便乗してきたリーザが優しげな表情をしながら、そう呟く。
か、顔が超近い……リーザって、基本ガサツなんだけど美形が多いエルフ族だけに、こう言う表情をすると改めて美人だな……なんて思ったりもする。
「しょ、しょうがないだろ……丸一日、慣れない肉体労働なんてやって、こんな時間まで付き合わせちまったんだからな。とりあえず、女子寮辺りで降ろして、ソフィアに後の面倒見させるかな……」
まだ外は真っ暗なのだが、小一時間もすれば夜も空ける……ソフィアはそろそろ起きる頃だ。
皇女殿下のお世話役を志願してるくらいなので、快く引き受けてくれるだろう。
リーザは家臣第一号とか言ってたけど、ソフィアの方が早くその主張をしてたので、実質二号なんだな……これが。
「ええっ! そこはお兄ちゃんがベッドまで運んであげるとこでしょ? もちろん、身体くらい拭いてあげて、お着替えもさせてあげて、朝まで添い寝してあげるの……いやぁ、隅に置けませんなぁ」
「やんねぇよ……こっちも予定外に長引いたせいで、色々仕事が残ってるんだよ! 誰かさんのせいでな!」
「なんだ……つまんないの……んじゃ、あたしもひと寝入りしたら、クソ長老のとこへ出向くとしますかね……」
「おいおい、随分気が早いな……お前、そこまで勤勉なやつだっけ?」
そう言って、からかってみるのだけど、本人は至って真剣な顔。
何かあったのだろうか。
「茶化さない……とにかく、あたしとしては、なるべく急ぐ事をお勧めするわ」
「ホスロウの話だと、追手がかかるまで、割と余裕がありそうなんだが……何かあったのか?」
「まぁ、あたしの勘なんだけどね……昼間、あたしの広域警戒網に何かが引っかかったのよ」
「なんだそりゃ? それに何かってなんだ? その不明瞭なのは……」
「一瞬だけで、それもやたら速かったから、正体不明……だったんだけど、皇女殿下のワイバーンの話聞いた感じだと、竜騎兵の可能性がある……と思う」
リーザの話で、さっきアイシアから聞いた龍騎兵について思い出す。
確かに国境警備隊にワイバーンの飛行隊が配置されていたはずだ……。
たびたび、中立区域での飛行が目撃され問題視されており、東西双方の代表者と共和国関係者による会合……休戦監視委員会でも度々議題にあがってはいたのだが。
休戦条約にも、空の扱いについては明記されておらず……帝国側の良識に委ねる事になるが、なるべく自重して欲しいと言うなんとも曖昧な結論が下っていた。
その辺りの経緯は、俺達冒険者ギルドもオブザーバーとして同席してたから良くわかる。
「ワイバーンの追手か! 奴らなら空から入って来れる……だとすれば、現状でも追いすがってくる可能性はあるな」
「だよね……休戦条約でも明確に規制されてないから、風に流されたとか言い訳もできるしね。しかも……あたしの警戒網に勘づく程度には腕利き……逃げたって事は勘付かれた可能性もある」
「そこまで解るもんかな? さすがに深読みのしすぎじゃないか?」
「だから、そこはあたしの勘なんだってば……単なる通りすがりなら、普通気にも留めないはず、なのに迷わず退いた。何かがあるからこそ、広大な警戒網を敷いてるって読まれた可能性はある……少なくとも興味をひいたのは確かね」
「10km四方の広域探査網……だっけ? まぁ、普通はそこまで警戒網を広げたりしないよな……戦時中じゃあるまいし」
「正直、あたしのミスね……どうせ気づかれる訳がないって調子に乗って目を広げすぎた……正直、想定外のヘマって奴ね……どうしたもんかねぇ」
「そうだなぁ……とりあえず、広域警戒網は畳んで良いんじゃないか? そんな簡単に精霊の目に勘づくような相手じゃ意味がない」
「そうね……対空警戒とかあたしも慣れないしねぇ……でも、無警戒で好きにさせてていいの?」
「良くないな……その辺はそうだな……魔王山脈にでも誰か行かせて監視任務でも与えてみるよ。ついでにホスロウに西方から帝国へワイバーンの飛行について、圧力をかけさせてもらうよう交渉……そんなとこだな」
「うん、圧力は有効だと思うけど……少なくとも今日、明日は、多分野放しね……夜間飛行なんかされたら、手に負えない……その辺の対策はどうするの?」
「……今日は街のお偉いさん達への挨拶回り、明日はアイシアをロボス隊にでも付けて、ゴブリン退治でも見学させるつもりだったんだが……どっちも見送るべきかな?」
ちなみに、とっくに日付は代わっている……俺、いつ寝よう?
「そうねぇ……今日のところはアイシア様をお偉いさんのとこへ行かせるんじゃなくて、全員呼びつけちゃいなよ……格式上、そうするのがむしろ当然だし……」
「そうだな……何と言っても、皇女殿下だからな……格下の相手を呼びつけるのがむしろ当然だよな! なんせ、上から見張られてるかもしれないとなると、下手に外をうろつかせられねぇからな……ゴブリン退治の方はどうする? 本人は割と乗り気だったし、シーリー達との兼ね合いもあるから、中止には出来ねぇぞ……」
「なら、いっそ冒険者に紛れ込ませて、樹海に行かせちゃった方が良いかも……敵なら敵で、さっさと仕掛けてくれた方が対応が楽。樹海なら空の敵だって、簡単には襲ってこれないし、うちの子達なら樹海での戦いともなれば、帝国軍相手だろうが、独壇場でしょ。……むしろ、町中でワイバーンに襲われるとか、正面から堂々と帝国騎士なんかに乗り込んでこられる方が厄介じゃないの?」
「それもそうか……なら明日は予定通りとした上で、計画を前倒しにして、そのままエルフの村まで行かせちまおう。……リーザ、お前はまずは今日中に先発して、エルフの長老と事前交渉してこい……あいつらの事だから本人連れてこいとか言い出すと思うからな……むしろ、そうなる様に話を誘導しろ……アイシア様達はゴブリン狩りの後で樹海で野営……その足でエルフの村へも表敬訪問させるようにする」
「了解……もとより、そのつもり! あのジジィ共がどんな顔するか、見ものね! あ、シーリーにはエドからよろしく言っといて! 多分スレ違いになりそうだし。」
「ん? なんだ……俺も付き添う事前提なのか?」
「むしろ、アンタが付き添わなくてどうするの? アイシア様の腹心なんでしょ? それにシーリーとだって仲良かったじゃない」
そう言えば、そう言われた気もするし、そう言った気もする。
樹海を歩くとかめんどくさいんだけど……エルフ族との交渉になるかもしれないなら、尚更俺も行くべきだろう。
しかたない……俺も腹をくくるとするか。
ちなみにシーリーってのは、前に色々あって知り合った……ちょっとした異種族のお友達ってとこだ。
街に来るたびに人の部屋で寝泊まりするわ、エルフの村に持ち帰れない服だのアクセサリーだのを勝手に置いていったりとやりたい放題……実に面倒くさい奴なんである。
やがて、黒塗りの馬車はギルドの女子宿舎前に到着。
御者に礼を行って、アイシアを抱きかかえながら降りると、すでに玄関先でソフィアが待ち構えてた。
なんか、両腕を組んで口元はへの字に結ばれてて……露骨にご機嫌斜めな様子だった。
「エードッ! おそーいっ! アイシア様を連れて、どこをほっつき歩いてたのっ!」
淡い紫のポニーテールを揺らしながら、ドンと指を指すソフィア。
案の定、お怒り気味だった。
「すまんな……ちょっと色々立て込んでてな……とりあえず、あとを任せていいか? アイシア様もこの有様でな……と言うかお前、ずっと寝ずに待ってたのか?」
「当たり前です! エドはともかく、殿下が全然帰ってこないから、皆心配してたんですよ! まぁ……リーザが付いてるって話だったんで、大丈夫だとは思ってましたけど……」
「そいつは、すまなかったな……とりあえず、客間へ運べばいいかな?」
プンプンのソフィアを他所に、とりあえず宿舎へ入ろうとすると、すばやくソフィアに回り込まれる。
「女子宿舎は男子禁制です! エドだって例外じゃありません! と言うか、裸同然のカッコで寝てるコだっているんですから、男性は入っちゃ駄目なんです!」
そう言って、アイシアを奪い取るように抱え込むソフィア……でも、体格的にソフィアの方が一回りほど大きい程度なんで、ちょっと無理くさい……今にも潰れそうになってる。
「にゅにゅにゅーっ!?」
意味不明の掛け声のようなものを上げながらズルズルと引きずるようにしている……。
いくらリトルマムなんて異名を取るソフィアでも一人で運ぶとか無理だろうなぁ……階段とか絶対無理だろありゃ。
けど、俺にとってはこの宿舎の玄関の一跨ぎが極めて大きな壁なのだ……すまない、実にすまない。
「んじゃまぁ……リーザ、お前に任せるわ……ソフィアも、後のことはよろしくな」
そう言って、リーザの背中を突き飛ばすと俺は朗らかな笑顔と共に手を振る。
「え? あ、あたしが手伝えってか! まぁ、しゃあないな……ソフィアあたしも手伝うぜ! ついでに、ちょっと寝るから寝床借りるけど、いいよな?」
そう言って、軽々とアイシア様をお姫様抱っこにして抱えるリーザ。
なんか、お姫様と騎士みたいな感じで、なかなか絵になってる。
リーザなら任せて安心……護衛の心配だって要らない。
それだけ見届けると、用済みとばかりに俺は振り返って、その場を後にしようとする。
「うわっ! リーザさん、お酒臭いーっ! アイシア様をどこに連れてってたんですかぁっ! あ、エドっ! ちょっと待ちなさいって! まだ話がーーっ!」
後ろでソフィアが騒いでるけど、もうめんどくさい!
俺だって女の園への突撃とかやりたくもないし、あいつら人の顔見ると抱き付いてきたり、下着とか見せてからかう様な奴らばかり。
ここは……逃げるが勝ちってな。
とりあえず、俺はその場を全力で後にするのだった!
はい、新キャラのリトルマムこと、ソフィアちゃんの登場です。
皆のお母さんみたいな子です……艦これの雷みたいな感じ……要はおかんです。




