第十一話「アイシア様のチート能力の片鱗」①
軽い気持ちでわたしの知識の一環を披露したのは良いものの……。
お兄ちゃんもホスロウさんも、わたしも思っていなかったような衝撃を持って受け止められたようだった。
「楽勝っ! じゃねぇだろ……つまり、お前は何か? ちょっとしたヒントと僅かな現物だけを頼りに、共和国の国家機密……無煙火薬を再現したってたわけか?」
お兄ちゃんが目をつぶり、頭を抱えながらそんな風に聞いてきた。
「共和国は関係ないと思うよ? なにせ、わたしとしては、あくまでかつて帝国で開発された技術を再現したってだけ……どっちが先って話なら、帝国は500年も前に共和国に匹敵する技術を持ってたって事だから、帝国が先って思うべきなんじゃないかな。それに、当時の時点で帝国は戦車なんかも作ってたみたいで、概念図なんかも文献に残ってるし、現物の残がいなんかも残ってるんだよ」
もちろん、共和国の戦車とは大分形は違うんだけどね。
共和国のは砲身も短くて、装甲も薄っぺらで機動力重視のタイプ。
チーハータンクだかなんだか言う変な名前が付いてるらしいけど、正式名称とかよく知らない。
帝国の記録に残ってた戦車は、箱に砲がダイレクトに積まれたような感じで、装甲も6cmくらいあって、砲も75mmとか共和国の戦車すら霞むような代物。
しかも、これですら廉価版だったとの但し書きが書いてあった……。
わたしと同じく、書庫によく来ていた技官に概念図を見せても、いまいち用途が解らなかったみたいだし、実際わたしがそれが兵器……戦車の一種だとわかったのも、共和国の戦車を見てからだったのだけど。
「おいおい……エド、皇女殿下は俺達の想像を絶する知識をお持ちのようだ……特に無煙火薬の製法なんて、こりゃやべぇぞ……」
ホスロウさんがもはや、呻きにも似た声をあげる。
まぁ、こう見えてもわたしは帝国でもかなりの知識人だと思うんだよね。
伊達に書庫のヌシなんて言われてないし……。
「一応、言っとくが……今の情報、お前の本国には流すなよ……出処追求されたら、お前の立場もヤバイだろ?」
お兄ちゃんが真剣な顔でホスロウさんに釘を刺す。
あれ……やっぱ、マズかった?
「そ、そうだな……帝国の皇女様を呼びつけた挙句、無煙火薬の製法を教わったなんて、とても上には報告出来ねぇよ……いっそ拉致しろなんて言い出す馬鹿がぜってぇ出て来る。ただでさえ対帝国の戦略方針がまとまってねぇのに……余計グダ付くのは目に見えてるぜ」
「……西方がそんな馬鹿げた決断をしたら、俺達の友情もここまでだな……」
「ツレねぇこと言うなよ……兄弟。そもそも、殿下を拉致しろとか……んなもんどうしろって話だっての……お前らみたいな厄介な護衛がいて、本人の戦闘力だって計り知れん。そんなの敵に回すとか正気の沙汰じゃねぇよ」
「そいつはどうも……褒められたと思っておくさ」
「そう思っとけ……実際、俺達じゃそこのリーザ姉さん一人ですら、取り押さえられなかったんだからな……。それに西方の化学、冶金術の技術水準じゃ共和国の無煙火薬銃の再現なんて無理だ。西方の技術じゃ、共和国の金属薬莢ですら再現できないもんで、せめて弾くらいはテメェらで何とかしようって事で、紙細工で薬莢作って無理矢理真似事してるとかそんな調子だからな……三回に一回は不発、しょっちゅう銃身爆発するようなヒデェ代物だぞ」
「帝国側も似たようなもんじゃないかな……銃だって前装式の火打ち石銃が主力……いかんせん、元々が500年前の技術を見よう見まねで出来る範囲で再現して来たんだからね。資源もあるし、冶金や化学の基礎技術はそれなりにあるんだけど、こんな調子じゃ500年前の再現なんて程遠いんじゃないかな」
「……一応、こいつが帝国の最新式の銃らしいんだが……参考程度にはなるだろうから見せてやるよ」
そう言って、お兄ちゃんは回転弾倉式の拳銃をテーブルの上にゴトリと置いた。
なぜか、わたしはそれに目が釘付けになる。
「お兄ちゃん……これって?」
「いつぞやか最新試作兵器って売り込みで帝国の商人が置いていったものでな……要は横流し品だ。シュタイナ辺りに持たせようとしたのだけど「こんなガラクタ使えん」の一言で却下されたんで、俺が持つことにしたんだ」
「こいつは帝国ガルフ造兵局製ドラグーン・ツヴァイか……6連発回転弾倉拳銃……こいつはそれの改良型ってとこか? ちょっと見せてもらおうか」
そう言って、ホスロウさんが拳銃を取り上げて、手慣れた手つきで回転弾倉を回したり、引き金を引いて撃鉄を空打ちしたりしている。
ううっ、なんか無性に触りたいのはなんで? わたし、拳銃なんて興味なかったのに……。
「うん、思ったよりちゃんとした代物じゃねぇか……こいつの原型を戦場で鹵獲して試験したことがあるんだが、3回目の装填後にシリンダーが割れて、連鎖暴発して射手が病院送りになった……あれに比べりゃ、シリンダーが肉厚になってるし、グリスでシーリングしてるから、暴発は問題なさそうだな」
「ああ、弾倉自体の交換が可能になってるから、割と実戦的だろ? 弾倉への弾込めが面倒くさいが、バカスカ遠慮なく撃てるのは悪くない……まぁ、弾倉固定機構の精度が悪い上に強度不足らしくてな、撃つたびに弾倉がガバガバにブレる……おまけに所詮は前装式フリントロックの延長線上の代物だから、ライフリングが入ってない……だから、命中精度は酷いもんだ」
興味深げに見ていたら、お兄ちゃんが銃を手渡してたので、喜々として受け取る。
きっちり弾が装填済みなんだけど、構造上、回転弾倉をセットして撃鉄を起こさないと撃てる状態にはならない。
銃なんて初めて持つんだけど、安全な状態で手渡してくれたってのは解った。
グリスによるシーリングも完璧だから、ホスロウさんの言ってた連鎖暴発……チェーンファイアも大丈夫そう。
遠慮なく触って、銃身を覗き込んだりしてみる。
重さは2kgくらいありそうなんだけど、意外とバランスが良くていい感じ。
けど……うーん、銃身の中がガタガタで、そもそもの工作精度に問題ありだねぇ。
鋳造で手工業だから、こんなもんか……動力付きの工作機械使った鍛造とかも実用化されてるはずなんだけどな。
それに、シリンダーのロック機構も遊びが大きすぎるし、回転にも引っかかりがあって信頼性に難あり……。
なるほど、シュタイナさんがガラクタと評する訳だね。
なんでだろう……?
銃なんて全然詳しくないのに、誰かが教えてくれるような感じで、次々知識が思い出されていく。
前に読んだ帝国兵器概要だったかな……?
おまけに良く解らないんだけど、銃身の中を覗いているうちに、手から例の黒い霧が湧き出して、銃身の中に潜り込んで行く……。
次の瞬間、デコボコがすっと滑らかに……シリンダーの回転精度もスムーズになってたし、ロック機構のガタツキも直った。
銃自体の素材も青っぽい鈍色がかった物になってるし……素材からして別物になったのは間違いなかった。
(なにこれ? 今、何が起きたの?)
良く解らないけど……なんか、やらかしたっぽいんで、そろそろーと黙ってお兄ちゃんに拳銃を返却する。
お兄ちゃんも訝しげな顔をしたものの、拳銃を懐にしまい直した。
うん、良く解らない謎現象が起きた……落ち着けわたし。
なんか、変な汗がいっぱい出てきた。
……今のって、多分わたしの力だった。
良く解らないんだけど、銃の問題点も瞬時に理解できたし、こうなればいいのにって思ったら、その通りになっちゃった。
これ……後で言っとかないとね……。
と言うか……なんだろ……今ので拳銃の構造とかが頭のなかに焼き付いたような感じになってる。
これとさっきの黒い霧を操作して、このイメージと重ねれば……あ、なんか解ってきた。




