第十話「アイシア殿下の御前会議」④
「そうだな……今となっちゃ後の祭りだが……俺達の仕掛けたエストラキアの離反工作が完全に裏目に出ちまった。年単位の時間をかけて、じっくりと平和裏に西方へ帰順するように努めてたんだがな……」
「まぁ、お前らの活動方針って、秘密裏にそして平和的に自分達に有利な状況へ運ぶってのが基本だもんな……」
「そうそう……俺達はこう見えて昔から平和主義なんだよ……けど、いきなり王族の生き残りなんてのが出てきて、住民煽りまくりやがって……完全に制御不能の状況になっちまった。あの流れを止められなかった俺達にも大戦を引き起こしちまった責任はあるだろうな。それに帝国のタカ派の裏工作……まさか民衆に武器を横流しした上で、駐留軍を丸々生贄にして、それを大規模侵攻の口実にするつもりだったとか、斜め上すぎて俺達だって予想出来なかったぜ」
なるほど、これが西方情報軍かと正直、感心してしまった。
情報軍は帝国側の思惑をある程度読んで、そのシナリオに乗る形で時間をかけてエストラキアの奪還を実現するつもりだったのだろう。
けれど、帝国過激派は情報軍が想定したような良識を持っていなかったし、後先のことなんてまるで考えていなかった。
穏健派にしても、その想定があまりにお粗末だった。
エストラキアの人達にしても、半ば武装解除されたような状態の進駐軍をすんなり逃すなり、降伏させるなりすればよかったのに……問答無用で取り囲んだ上での虐殺とかどう考えてもやり過ぎだろう。
結局、帝国軍の被った被害があまりに酷かった上に、過激派の人達が必要以上に煽ったもんだから、帝国の国民感情が爆発しちゃったからね……ああなったら、もう泥沼……。
「ま、戦争の原因なんてのは得てしてそんなもんだ……今も昔も戦争なんて、お互い賢く立ち回ろうとして、双方の行き違いやお互いの想定外……そんなもんが重なり合って起きるもんだ」
お兄ちゃんが上手く纏めてくれた。
なるほど、よく解ってるね……さすが、お兄ちゃんだ。
「正直……俺達情報軍も帝国を侮ってたからな……帝国の企ての概要は把握してたから、それに乗せられて、上手く立ち回るつもりが思わぬところで失敗して、東西の大戦にまで発展させちまった……それに、追い詰められたからって、共和国を絡ませたのも今となっちゃ、失敗だった……まったく、ままならんもんよ」
「考えてみれば、何だかんだで一番美味しいとこを持っていったのは共和国の奴らなんだよな……そういや、共和国との貿易についてなんだが、西方も相当足元見られてるのか? あまりいい話を聞かないんだが……」
「そうだなぁ……共和国との貿易は盛んなんだが、元々俺達西方には外洋を超えられるような船を作るだけの技術がねぇ……だから、共和国の貿易は完全に向こうにおんぶにだっこの状態だ。それに共和国は島国だから、元々資源も乏しく食料自給率も低い……だから、食料品類はそこそこいい値段で買ってくれてはいる……まぁ、穀物や保存の利く加工品が中心で、おまけにボッタクリな輸送費とかふんだくられて、商売としちゃイマイチなんだがな」
「共和国は貿易と技術の国だからねぇ……そんなの相手に貿易するのって大変なんだね」
「そう言う事だな……なんせ回ってくる物自体は結局東方製のがほとんど、それも共和国で買い手がつかねぇような余りもんばかり……。その代わりと言っちゃなんだが、共和国製の武器だけはせっせと押し付けてくるもんで、西方には共和国製の武器が溢れかえってる……もっとも何処も内輪もめよりも復興第一の方針なもんで、持て余してるのが現状なんだがな……いっそ、鋳潰して再資源化するかとか言ってるくらいだ」
さすがに、ホスロウさんの西方情勢は勘所を押さえていて、解りやすかった。
けど、話だけ聞くと、西方の方が随分とマシなような気がする……復興第一とか現実が見えてるって事だよねー。
東方はもっとグダグダ……とにかく、食糧難が深刻なレベルまで来ているのが一番の問題。
ここグランドリアにも、食べ物を求めて移住するような人々が出てきているくらい。
人口とかどうなってるのか良く解らないけど、エドお兄ちゃんとかプロシアさんの話だと、帝国内の雲行きが怪しい事もあってか日に日に難民や移住者が増えてるのは確からしい。
それに、帝国内の魔物のたぐいの駆除も全く追いついていないので、ゴブリンに村一個滅ぼされたりなんて話もよく聞く。
でも、その辺も比較対象があってこそ、解る事。
帝国内だけ見てると、過去の状況と比較するくらいしかないから、いまいちピンと来なかったけど。
西方やグランドリアと言う比較対象があると、帝国は相当ヤバイって解る。
なるほど……ここグランドリアが相当特殊な土地になってるのは解ってきた。
と言うか、もはや混沌の坩堝としか思えない。
もし、わたしが言われるがままに、本来意図されてたように、お供や進駐軍を引き連れてここに来てたら、大変なことになっていただろうね。
「逆に東方は、慢性的な食糧不足……農村部の戦乱による被害もかなり大きかった割には、復興も遅々として進んでない……帝国の水瓶と言われてたアグレッサ湖のダムが共和国に破壊されたままで、貯水池としての役目を果たしてないのも痛いな。雨季を迎えて大雨が続くと、河川氾濫でエラいことになるだろうし、干ばつなんか起きたらあっという間に干上がる……いずれにせよ今年の冬はいよいよヤバイかもとか言われてるな」
エドお兄ちゃんの説明に、思わず頭を抱えたくなる。
「……アグレッサ湖のダム復旧は最優先事項……そのままほっとくと帝国が滅びるってわたし……わざわざ帝国議会の議長に意見書や復旧計画書を送ったりしてたんだけどな……」
アグレッサ湖の戦略的重要性は、本来ならば帝国の上層部は誰もが理解していなければならないこと。
アグレッサ湖は500年前に作られた旧時代の帝国の遺産のひとつ。
これが共和国の爆撃で破壊された結果、大水で下流の地域は壊滅的な被害を被ったし、早急に復旧しないと今後の影響は計り知れない……。
この三年間、たまたま大規模な水害も干ばつも起こってないから、問題化していないだけの話で、ちょっとした長雨や日照りが続いただけで、今のアグレッサダムの貯水能力では、呆気なく破綻するのは目に見えていた。
基本、政治には関わらないと決めていたわたしだって、事の深刻さは理解していたので、手を尽くして重要性を訴えたんだけど……力及ばず……だった。
「そうか……アイシアも頑張ってくれてたんだな……けど、あのダム自体500年前、水の女神なんて異名を取る大魔術師が作ったんじゃなかったか? そんなもん簡単に直せるもんなのか?」
エドお兄ちゃん……凄い。
帝国での一般常識だと、良く解らないけど昔からある便利な物程度の認識なんだけど。
その由来は、魔王戦争時代まで遡る……もう名前も伝わってないんだけど、魔王配下の大魔術師達が同盟の見返りに建設したと言われてる。
堰堤だけでも400mくらいあって、堤高150mにも及ぶ超巨大建造物。
おまけに500年間、壊れることもなく大水の時は氾濫しない程度に水を溜め込んで、水不足の時は溜め込んだ水を流すことで帝国全域を潤す……治水と言う機能を完璧に発揮していた。
……時代をこえた奇跡の産物、そんな代物だった。
「お兄ちゃんよく知ってるね! あのダムって、ダムの底に延々水が湧く巨大魔道具が設置されてて、堰堤なんかも超でっかい……今の帝国の技術じゃ一から作り直せなんて言われても無理な相談……。でも、補修自体は相応の予算は必要だけど、技術的には不可能じゃない……資材も皇城の離宮とか幾つか解体すれば間に合うからって、復旧プランの試算までしたんだけどね」
当然ながら重要性と事の深刻さに気付いてる人は結構いて、技術者の人なんかも現地調査と言うかたちで協力してくれたりして、わたしなりの復旧計画を立てれたのだ。
「アイシア殿下がそう言うなら、きっと不可能じゃなかったんだろうな」
「うん、わたしが提示したのは現実的な範囲内での応急処置って程度だけど……それでも5年や10年くらいなら持たせられる……それだけ持てば当面は大丈夫だから、抜本的な対策を立てるまでの時間稼ぎ程度にはなる……一応、専門家からもお墨付きもらえたんだけどね」
結果的にわたしの帝国議会への直訴は空振りに終わった。
理由は歴史ある皇城の離宮を解体とかとんでもないとか、予算が膨大過ぎて現実的ではないとかそんな理由だった。
それに実害らしい実害も出ていないのも事実であり、それが決め手になって却下されたと、帝国議会の議長が申し訳なさそうに謝ってくれたのを覚えてる。
もちろん、離宮なんて誰も使ってない無駄な建物だってことは知ってたし、予算だって帝国の国家予算状況を鑑みて、現実的な範囲に収めたつもりだったのだけど。
正直、わたしが甘かった。
今から考えると根回しが全然足りなかったとか、そもそも議会自体が機能してないのを考えてなかった。
要するに、色々浅はかだったって事。
諸侯やダムの恩恵を受けていた属国とか、とにかく危機感を煽って、味方を大勢作ればよかったのだ。
説得材料だって十分にあったし、皇族の一人であるわたしの言葉なら彼らにだって十分届いたはずだったのだ。
でも、そうしてたら必然的に目立っちゃってただろうし……兄上達に目をつけられたら終わり……わたしはそう思ってた。
結局、引きこもりの机上の空論……その程度の代物だったってわけ。
今から考えると、もう少しやりようがあったと思うのだけど、あれが当時のわたしに出来た最善。
まぁ……多分頑張ったほうだと思う。




