第十話「アイシア殿下の御前会議」③
「西方の民は飢え知らずとは、よく言ったもんだなぁ……けど、西方も足りないもんは色々あるんだろ?」
「そりゃあな! なにせどの国も山地が少ないから、鉱物資源の類がまるで足りてない。銃火器用の火薬の原料の硝石や硫黄もほとんど取れねぇから、戦時中は家畜小屋や便所の土とかかき集めてせっせと精製とかしてたくらいだぜ。肥料や農薬、医薬品も不足気味な上に質が良くない……」
「あれ……そうなんだ……西方って、農業が盛んだから、肥料とか農薬もいいの使ってるんじゃないの?」
「それが逆なんだわ……その辺の分野は昔から東方製のが一番って評判でな。東方は農業に向いた土地が少ないから、狭い土地を有効活用すべく、昔から質のいい肥料や農薬類の開発に力を入れてきた上に、基礎技術については、西方側の一歩も二歩も先を行ってる……おかげで西方の農産物は年々質が落ちてきてる……正直、あまりいい傾向とは言えねぇんだ」
「なるほどね……西方も東方に依存してる部分が多々あるって事なのね……」
「まぁ、東方とは長年やりあってきたけど、付き合いも長いからな……それに建築物なんかも西方は木造建築が中心でな……復興の為にかたっぱしから山や森の樹を伐採しちまったもんで、木材の価格がエラいことになってなぁ……おかげで、復興も遅々として進んでないのが実情だ」
ホスロウさんから語られる西方の事情。
さすがに、わたしも西方の詳しい話は初耳の話ばかりだった。
「……木なんて樹海入れば、嫌ってほど生えてるんじゃないのかな?」
思わず、疑問に思ったので口をついて出てしまっていた。
「ああ、帝国じゃ木造建築なんてマイナーだから、知らんのも無理ないと思うが……建築用に使える木ってのは限られてるんだ。西方にも北へ行けば、良質な建築資材になる針葉樹林帯もあるんだが、いかんせん北方平原よりだからリスクがデカい。南になると今度はエルフの居住区とぶつかったりするから、気軽に伐採するわけにもいかん……帝国は山がちな上に、建築用に木はあんまり使わないから、良い木材になる木が山ほど残ってるらしいじゃねぇか……間違いなくいい商売になるんだが勿体ねぇ話だ……とまぁ、そんなところだ」
「ホスロウ……思ったんだが、それってどれも機密情報なんじゃないのか?」
お兄ちゃんがぼそっとツッコむ。
普通に考えて、自国の窮状を敵国の……それも皇族に明かすなんて、余程のことだろう。
農薬や肥料なんて、言わば戦略物資を東方に依存してたなんて、弱み以外の何物でもないはずなんだけど。
「確かにそうなんだが……俺達、西方の現在の状況を包み隠さず皇女殿下に知ってもらう必要がある……俺がそう判断した。それでなにか問題あるのか?」
ホスロウさんがそう言うとエドお兄ちゃんは、顎に手を当ててしばし考え込む。
「いや、お前がそう言うんなら、問題ないんだろうな……悪いな続けてくれ」
あっさりとした一言。
むぅ……これはどう判断すべきなんだろう。
情報軍の格言……「情報とは最強の剣にして、盾である」と言う言葉はあまりに有名。
その情報軍の士官の言葉をすんなり真に受けていいのだろうか?
しかも、話の内容は国家機密レベルの内容。
でも、お兄ちゃんが問題ないっていうのなら、わたしはお兄ちゃんを信じる。
重要情報を明かすってのは、ある意味わたしを信用してくれている証とも言えるから。
「ホスロウさん……いえ、ホスロウ卿……貴殿の我への信用と信頼に、心から感謝の意と敬意を」
そう言って、ペコリと頭を下げる。
「ん? ああ……そうかしこまらんでくれや……調子が狂う。まぁ、俺としても皇女殿下とは信頼関係を構築したいと考えてるからな……殿下には、出来る限り多くの正しい情報を知って、正しい判断をして欲しい……これは切なる願いってとこだな」
「アイシア、コイツの言葉は基本的に信用していいぞ。知ってて、敢えて口にしないとか、曲解させるように誘導することはあるけどな。コイツの言葉に嘘偽りだけはない……それは保証する」
「解った……とにかく、西方もかなり困ってるって事は解ってきたよ。けどそう言う事なら、共和国から足りないものを買えばいいんじゃないの? 西方と共和国は同盟関係にあるんでしょ?」
「同盟って言っても、立場的には共和国が上で不平等条約と悪名高いくらいだからな……元々窮地に陥った西方が譲歩しまくって共和国を大戦に引き込んだ経緯があるから、明らかに足元見られてる」
「……その辺の経緯は俺も知ってるが……もうちょっと条件選べよって言いたくなったぞ……あの条約は」
「仕方ねぇだろ……こっちも滅びるかどうかの瀬戸際だったんだからな……帝国があそこまで本気で西方を潰しに来るなんて、想定外だったんだっての!」
「あ、あの大戦については、帝国の過激派の暴走もあったんだけど、西方側がエストラキア王国の帰順を素直に受け入れちゃったのが不味かったよね……」
ーーエストラキア王国。
100年ほど前、前大戦の更に前、そのまた前くらいの大戦で東方側に占拠された国だった。
地理的にも魔王回廊とも隣接してるため、幾度となく戦火に晒された歴史的な経緯もある……そんな国。
東方にとっては、西方侵略の橋頭堡……西方にとっては、自分達の領域に食い込んだ目障りな棘……当然ながら、これが長年に渡って、大きな軋轢を生んでいたのだ。
けれども、元々の王族が住民の支持を受けて100年越しの復権を果たし、一夜にして東方を離反し西方の所属国となってしまった。
帝国も駐留軍を置いて、長年圧政を敷いて恨みを買っていたのもあってか、住民たちによって組織された解放軍が帝国軍に襲いかかり、帝国軍は進駐軍の7割を失うと言う凄まじいほどの被害を出し撤退……。
結局、平和裏とはとても言えないまま、帝国にとっては暴挙と言える形で属国が失われる事となった。
当然、そのままで済む訳もなく帝国は再進駐を試みて大軍を送り込み、西方は盟約に基づき連合軍を組織してそれを迎撃……なし崩し的に大規模戦闘が勃発……大戦の開戦に至る経緯は大体そんな感じだった。
ただ、わたしはこの開戦に至る経緯をおおよそ理解していた。
元々は、単なるガス抜き程度の茶番のはずだったのだ。
当時、帝国の主導権を握っていた穏健派の建てたシナリオとしては、王族の復帰、民衆の蜂起、帝国軍による鎮圧。
それに伴い、王族の復権を認め、主権を返還、進駐軍の段階的規模縮小……およそ、こんな思惑だったのだ。
エストラキア自体、年中テロや暴動が起こったり、帝国側でも悩みのタネでもあり、何らかの形でのガス抜きが必要な状況であったのだ。
元々帝国内の穏健派としては、こんな火薬庫さっさと手放して、魔王回廊までを勢力圏とすべきだと主張し、過激派は西方侵略の足がかりにする為、更なる駐留軍の増派をと、真逆の方向で真っ二つに分かれていたんだけど……。
両者の折衷案として、かつての王家の血を引くものを扇動者として送り込むことで、敢えて民衆を暴発させた上で、早期鎮圧し不穏分子を一掃した上で、帝国から譲歩案を提示し、平穏化を図ると言う方針でまとまったのだ。
……実際には、蜂起した民衆が帝国の想定より遥かに大規模だった上に、鍬や鋤やら手斧程度の武装だろうとタカをくくっていたら、どこから入手したのか多数の銃火器で武装……。
さらに、秘匿していたはずの武器弾薬の集積所を謎の武装勢力に真っ先に占拠され……駐留軍はまともな反撃も出来ないまま逃げ惑う羽目になり、帝国側の意図していた早期鎮圧は完全に失敗したのだ。
おまけに、現地最高指揮官が駐留軍に駐留基地の死守命令なんてのを発令した挙句に、真っ先に逃げ出してしまった為に、指揮系統がグダグダになり、撤退どころかまともな武装もないまま、現地に留まるという愚を犯し、各地で一方的な虐殺の憂き目に合い……尋常ならざる被害を被り、その結果、帝国は後に退けなくなってしまった……。
要するに、悪い方向への計算違いや失敗が重なったって訳。




