第十話「アイシア殿下の御前会議」②
「ホント、バカげた話だよね……聞いた話だと、どちらも入国審査には軽く数日はかかるって評判なんだよね? あまりに待たせられるもんだから、宿泊施設やキャンプ村みたいなのが出来ちゃってるって……出るのは容易くて、入るのは至難……まったく大変だね」
どう考えてもおかしな状況なんだけど、少なくとも帝国側はここグランドリアは空白地帯なんで、帝国臣民であろうが、外から入ってくる以上は厳格な入国審査を経なければならないとして、極めて厳重な警備体制を敷いていた。
例外は一切認めない方針らしいので、わたしだってすんなり通れるか解らない。
「さすが……皇女様、詳しいな……バッチリだ! 実際は、西方には結構抜け穴があるんだが、東方側がガチガチな以上、あまり意味はない。この街に居る限りは東西両方の物がいくらでも手に入るんだがな……けど、物が手に入っても、特に東方側の連中にとってはそれを持ち帰る術がない。逆に物を売りつける場合も同様だ……例え金貨や手形に変えて持ち込もうとしても、入念な検査で絶対バレる……そうなったら、入国税と称してがっぽりぶん取られるってオチだ……なかなか酷いぞ所持金に一律何十%って感じで課税するんだからな……」
「まぁ……西方でも東方側からの押しつけで建前上、同じように入国税を徴収してるんだがな……それじゃ、あんまりだってんで納税証明書と引き換えに後で還元出来るような仕組みをこっそり作ってるんだ……まぁ、確かに結構な収入にはなるんだが、民に恨まれてちゃ世話ねぇって話だからな」
「お前らんとこは、それで済むからいいよなぁ……東方の商売人は皆、商売にならないって嘆いてるぜ」
入国税? なにそれ? なんで自分の国に帰るのに税金払わないといけないわけ? 意味わかんない。
……それに、そのお金の行き先はどうなってるの……?
少なくとも国庫に収められてるなら、帳簿にくらい載るはずなのだけど……わたしの記憶にはそのような収入金の名目は記憶になかった。
そこまで考えて、この厳重極まりない警備が誰の差し金か思い当たる。
「そ、そこまで厳しいとは知らなかったよ……良く文句が出ないね……」
「まぁ、文句なんてこれでもかって位には上がってるんだがな。けど、緩くする気配すらない……すでに利権構造ってもんが出来ちまってるからな……要は絶望的な壁ってところだ」
絶望的な壁……か。
まぁ、十中八九兄上の仕業なんだろうな……自分の懐も潤うし、スパイ対策にもなるって考えかな。
まったく、国境警備の責任者でもあるからって、やりたい放題とか……身内ながら腹ただしくなって来る。
「そうなると、必然的に他を当たるって考えになる訳ね」
「そう言う事……では、他のルートについてはどうだ? アイシアの知ってる限りでいいぞ……まぁ、秘密の抜け道とかは知ってても黙ってた方が良いと思うがな」
「なんだよ……むしろ、そういう情報大歓迎だぜ?」
「やかましい……お前は黙ってろ!」
ホスロウさん、そろそろ地が出てきてるっぽいね。
すっかり忘れてたけど、この人西方のそれも情報軍の高官なんだよね……。
まぁ、秘密の抜け道とか少なくともわたしは知らないんだけど。
「そ、そうだね……他のルートとなるとまず内海かな……? こっちは古来から東西貿易に活用されてたんだけど……そもそも、休戦協定のひとつに内海の完全中立化もあるし、新規艦船の造船には両陣営どちらも軍民ともに厳しい制限がある……だから事実上使えない……海岸線沿いも峻険な道しかないから、通行はとても出来ない……」
新規艦船の造船制限も完全中立化もどっちかと言うと、共和国の強い要望なんだけどね。
そもそも、東方も西方も内海の海軍戦力については、揃って壊滅したから、再建には年単位の月日がかかると言われてる。
内海は外海ほど荒れないから、適当な作りでも問題ないんだけど……どっちもそんな大きな船作ってる余裕が無いと言う現実的な理由もある。
「そうだな……内海については、正直使い物にならない……いいところ、小さな漁船を使った細々としたやり取り程度だ。では、外洋はどうかな?」
「外洋側も帝国の主要な港が共和国に破壊された上に、残ってるのも共和国が休戦協定に伴い租借地と称して押さえられてる……各地で復興は進められてるけど、そもそも外洋の航行権が共和国に掌握されてるから、密輸船なんて出したら、あっという間に拿捕されるんじゃないかなー。北方経由のルートはリスクしかないから、はっきり言って論外……でも、どうせわたしは書物でしか知らないから、あってるかどうか解かんないよ?」
帝国の最盛期には、その北方平原ですら勢力下に入れていたと言う話なのだけど……北へ行く程魔物も巨大化する傾向があって、北方平原は5mだの10mと言った超巨大なバケモノの巣窟。
伝説のドラゴンなんかも闊歩してるって噂だった。
どっちにせよこんな所を通行する理由なんてない……たまに物好きな冒険者が素材目当てで遠征するらしいけど、生還率はごく低いと言う話だった。
「お見事……パーフェクトな模範解答だな……現状、東西間の物資のやり取りは、共和国の貿易船を使って、外洋を経由して行われてる……これが唯一の公式ルートと言える。でも、このやり方だと輸送費を共和国にふっかけられてるから儲けは大したもんじゃない。状況的には共和国の一人勝ちって事だな……西方側も似たようなもんだろ?」
これもわたしは、書物の知識で知ってた。
むしろ、この外洋経由の貿易ルートを独占するために、様々な方法で他のルートを潰してまわってる……それが共和国の方針であり、ここまで状況が悪くなってる一因じゃないかって気がしてくる。
「そうだな……西方は食料生産については元々広大な穀倉地帯を押さえてるから、むしろ余ってるくらいでな。食料品の価格維持の為にも、余剰分を売りつけたくてしょうがねぇって事で、東西の本格的な貿易再開についてはどいつもこいつも非常に前向きだ。実際この街でも食いもんは溢れかえってるだろ? それもその一環でな難民支援の名目で相当な量が流れ込んでるんだ……要は先行投資ってとこだ」
この辺はあんまり実感もないんだけど、ここグランドリアは食料品については確かに豊富だった。
市場なんかも見たこともないような食べ物が大量にあったし、今日の炊き出しの費用も食材をある程度自主調達してるのもあるけど、思った以上に安く上がっていた。
まぁ、わたしの金銭感覚が当てにならないってのは痛感してるんだけど、プロシアさん達がそう言ってたから間違いないと思う。
けど、西方出身の冒険者は大体こんなもんだって話もしてた。
要は、西方は食べるのにだけは困らない……そう言う土地柄なんだね。
歴史的に見ても、東方は飢饉などが原因で、西方へ侵略戦争を仕掛けたりしている。
西方もこのパターンで何度もやられてるので、近年は東方で飢饉が起こると人道的支援と称して、大量の食料品を東方へ回したりもしている。
東方も自分達の食い扶持に困ってるなんて、堂々と喧伝したりしないのに困った時に限って、西方は格安で食糧を売りつけたり、無償援助なんかをしてくれてるのだ。
もちろん、善意でも何でも無く自衛策の一環ではあるのだけど……食糧難ってのは、とっても切実な問題で……戦争の火種にだってなる。
……そこをちゃんと理解して、のらりくらりと火種を消していく西方のやり方はある意味とっても賢い。
そう考えると、わたしが言うのも何だけど……西方の人達ってのは割と賢明なんだと思う。
余談パート。
北方平原がどんな世界かというと、まぁ……モンハンの世界ですね。(笑)
ツンドラ平原みたいなとこを5mの進撃しそうな巨人とかがノシノシ歩いて、空から降りてきた20m級のドラゴンにパクっと食われるとか、そんな感じ。(笑)
おかげで、北方平原の巨大モンスター対策で銃砲火器が妙な進化を遂げてたりします。
アイシア様が撃たれた20mm対戦車ライフルも元は大型モンスター対策の銃がベースで、象撃ち銃ってのが近いです。
……もっとも、帝国の技術では、前装式で巨大な弾をぶっ放すタイプしか作れてないので、デカくてメタボなマスケット……日本で言うところの大筒とかそんな感じです。
命中精度とか論外級の代物なんだけど、とにかく相手の的がデカいので、リアカーみたいなのにたくさん積んで、ジャンジャン使い捨てにするような感じで撃ちまくるって代物です。
アイシア様を撃ったのは、それにライフリングを加え、爆圧で変形する特殊弾丸を使って、遠距離精密射撃が可能になったタイプです。
対戦車ライフルと称してるのは、そんなのでも共和国の戦車の装甲をブチ抜けたからです。(笑)




