第九話「悪い奴らと悪巧み!」②
「なんだ? やけに騒々しいが……喧嘩か?」
「……のようだな……いや! まさか、警務隊の手入れか……くそったれ! あの野郎……抜き打ちなんて、聞いてねぇぞ!」
なにやら、乱闘の音や罵声が次々あがる……更にそれがドンドンこちらへと近づいてくる。
ホスロウが懐に手を入れる……けれど、俺はさっと手で抑えると立ち上がる。
と言うか聞き覚えのある声がした……まさか……。
「おおっ! エド! 探したぜ……やっぱ、ここかよ! って、ホスロウの旦那も一緒かよっ!」
地下室の扉を蹴り開けながら入ってきたのはリーザだった!
確かに俺の行動予定は伝えていたけど、ホスロウとの会談はこっちとしても重要な仕事だから、誰も来させるなと伝えていたのに……。
「な、なんだ……誰かと思ったら、エドのとこのリーザじゃねぇか……脅かすな……ったく」
懐から抜きかけた拳銃をしまい込みながら、苦笑するホスロウ。
さすがに、リーザの来訪は想定外だったらしいが、一応は面識もあるはずなので、穏便には済みそうだった。
「悪い悪い……エドに急ぎの用が出来てさ……普通に表から入ろうとしたら、チンピラに絡まれたもんで、ついぶっ飛ばしちまった! その後も次から次へと襲いかかって来たもんで、あらかたノシてやったよ!」
思わず頭を抱える……それとよく見るとフードを目深に被ったローブ姿の小さいのが一緒だった。
ローブの下は土色の作業服……そして、長い黒髪。
……まさかのアイシア本人! ……何というか、最悪の展開だった。
「ホ、ホスロウ……すまん……一応、秘密会談だったのに台無しにしてしまったな。リーザ、もう帰るところだったんだ! 出迎えご苦労っ! 悪いがホスロウ……続きはまたの機会って事で頼むわ」
とりあえず、ここは逃げの一手あるのみ……。
手荷物とローブを羽織ろうとすると、がっつり肩を組まされた。
「いやいや、そう急ぐなって……俺は別にかまわねぇぞ。結局、いつもどおり普通に世間話してただけだしな……リーザ姉さん、ちょうど良い! こいつとサシで飲んでたんだが、女っ気が無くて退屈しててなぁ……せっかくだから酌の一つでも頼んでいいか? それでうちの奴らをのした事はチャラにしてやるよ」
やはり簡単には逃してもらえそうもなかった。
……ここで無理に振り切っても藪蛇だし……どうしたもんか。
「ここは、ホスロウの仕切りの店なんだ……リーザ、あまり無茶してくれるな……」
小さい方……アイシアには敢えて、意識を向けない……ホスロウに気付かれたら、当分帰れなくなる。
と言うか、こんな所に殿下を連れてくるとか、リーザは何を考えてんだ!
「す、すまん……そいつは悪かった! ホ、ホスロウの旦那も久しぶり……きょ、今日も眼帯が素敵ですわねぇ……ほほほっ! どうぞ、どうぞ、一杯クイッと!」
リーザが引きつった作り笑いとともに、ホスロウのグラスにエールをなみなみと注ぐ。
美味そうにホスロウはそれを飲み干すと上機嫌そうに笑う……どうやら、許してくれたらしい。
「かぁーっ! 美人の酌で飲む酒はやっぱ格別だねぇ……リーザ姉さんも飲めっ! 駆けつけ三杯って奴よ!」
「あら……ホスロウの旦那、結構イケるじゃん! ……んじゃ、あたしもご相伴に預かりますか……って訳で、かんぱーいっ!」
「おうっ! 乾杯っ! 実にいい飲みっぷりだねぇっ!」
「あははっ! 酒は人の作りたもうし奇跡のひとつ……だよねぇ!」
……飲ん兵衛二人が酒を酌み交わし始めてしまった……と言うか、リーザは何しに来たんだ?
酒でもたかりに来たんだろうか……良く解らん。
とりあえず、さり気なく立ち上がって所在なげにしていたアイシアの前に立つと背中に隠す。
「……リーザ……お前、呼んでも居ないのに何しに来たんだよ……まさか酒をたかりにでも来たのか?」
「あ、そうだった! 実はとびっきりのネタ仕入れたのよ! もう居てもたっても居られなくて来ちゃった!」
「ちょ、ちょっと待て! 何の話かしらんが……それはここで話すような話なのか?」
ちらりと後ろに視線をやると、アイシアもものすごく戸惑ってる……当然だろう……こんな怪しげな場所にいきなり連れてこられて……どうやって逃がそうか? そもそも、ホスロウにいつバレるか気が気じゃない。
「なんだよ……俺も混ぜろよ……うちに殴り込んでまで、伝えるようなネタ……ちょっとばかり興味あるぜ……ん?」
……予想通り、ホスロウが食いついてきた。
ちらりと入り口の方を見ると、ホスロウの手下がガッツリ塞いでた……さすが抜け目ない。
要するに、すぐに帰すつもりはないって事だ。
言わんこっちゃない……こりゃ、もう覚悟を決めるしか無いか。
「うーん、一応、エルフ族に関する件だから……たぶん、話しちゃって大丈夫じゃないかなぁ?」
……なんとも唐突な話だった。
樹海のエルフ関係となると……グランドリア北方に広がる広大な樹海を抜ける魔王戦争時代に使われていたルート関係の話かもしれない。
そのルートを開通させることが、俺とホスロウ達の共通の目的のひとつなのだが。
……とある事情がそれを妨げており、俺達にとって悩みのタネになっていた。
なお、ホスロウ達西方情報軍はこの件に深く関わっている……と言うよりむしろ当事者だ。
それを考えるとむしろ、ここで話したほうが機密保持にもなるから、丁度いいのか……。
「ほほぅ……なんだ? 何の話だ? ……樹海のエルフ共の件なら、うちにも大いに関係がありそうだな……てか、今話せ、すぐ話せ! てめぇら、このまま帰れるなんて思うんじゃねぇぞ!」
ホスロウ……目が笑ってない……手下もいつでも飛びかからんばかりの雰囲気だし、これはもうちょっとした修羅場だった。
対応を一つ誤ると、こいつらを敵に回しかねない……冷静に慎重に行動するべきだろう。
「まぁ、旦那も落ち着いて……あ、あたし、ワイン飲みたくなっちゃった! 丁度、そこに良さげのがあるじゃない……。ペリュジャンだっけ? 確かかなりお高いんですわよね? 味見くらいしたいなぁ……うふふ」
リーザの平常運転ぶりに思わず、肩がガックリと落ちそうになった。
まぁ、こいつなら屈強な男がダース単位でかかっても、軽く返り討ちにする程度には強いから、別に心配なんかしない。
けど、こっちは荒事向きじゃないし、アイシアだっている……大人しくしててくださいって、マジで。
「よしわかった……好きなだけ飲め! なんなら、一本まるごと土産で持ってけ! エド……ワリィが今夜は逃さんぞ……そこのチビ助もだ」
やっぱ気付かれてたか……でも、この様子だとアイシア本人だって事は解ってない。
誤魔化せそうなら、このまま黙って乗り切るか……。
ちらりと、アイシアの様子を見ると割りと落ち着いている様子……案外、修羅場になると落ち着くタイプなのかもしれない。
目が合ったので、頷くとアイシアも無言でコクリと頷く。
黙って大人しくしてろと言う意味だったのだけど、ちゃんと伝わったらしくフードを目深に下ろして、俺の背後に隠れる。
「しょうがないな……リーザ……話を続けてくれないか?」
一杯で銀貨が飛ぶような超高級酒を喜々として手酌で飲もうとしてたリーザが顔を上げる。
「えっと……ああ、そうね……実は、皇女様はあたしらエルフの救い主様だったのよっ!」
……ものすごくシンプルながら、全然意味が解らない。
「すまん……話が見えない」
とりあえず、訳が解らないので、リーザに話を促す。
「んじゃ……最初から話すけどね……」
リーザの話をまとめると樹海のエルフ族を絶滅の危機から救ったとっくに絶滅したはずの薬草……。
それを復活させて大繁殖させたのがアイシアと言う話だった。
話の途中、本人の顔色を伺ったのだけど……困惑しつつ頷いてたので、どうも事実の様子だった。
「……と言うわけらしいの……ご理解いただいた? エドちゃん」
「なるほどね……アイシアが気まぐれで復活させたその何とか草がエルフの奇病の特効薬で、間接的にエルフ族を救ったってことか……凄いな引き篭もりクイーンっ!」
つい、側にいるのをいいことに、アイシアの頭を撫でてしまった。
……本人もなんだかキリッとした顔になっていて誇らしげにしていた。
多分アイシアは褒められると調子に乗るタイプ。




