第八話「皇女殿下のやらかし」②
「や、やっぱり、間違いなんですか? 皇族や貴族の子女って、最初に帝国基礎教育読本の内容を元にこれが世界の常識だって教えられるんです……。あの教本、嘘や間違いばっかで、ダメダメって思ってたけど……まったく、人に要らない恥をかかせるなんて失礼しちゃう……こうなったら、教本の全面改訂が必要ね!」
思わず、爪を噛んでいてハッと後ろ手に組む……と言うか、マジで恥ずかしいんですけど。
「ま、まぁ……嘘というか……ドライアードもあたしらエルフと先祖は一緒らしいから、お仲間と言えなくもないけど……でも、帝国の常識の方が間違ってるってあっさり認めた上に、教本の方を書き換えようってすごい発想するのね!」
「間違いは是正しないと……です! 嘘だらけの書物を教本にして一般常識にしてるとか、もはや帝国の恥です! あんなもの……後世に残す価値もありません! もう焚書です! 焚書っ! お焚きあげですっ! こうなったら、わたしが基礎教本を書き直すしかないですね……特に正しいエルフ像……耳が長い以外人間と一緒! お肉モリモリ食べて、火酒で流し込んでましたって! けど、そうなるとそのドライアードとも会ってみたいですね……ドライアードの方って、やっぱり水と光だけで生きていけるんですかね……?」
わたしがそう言うと、リーザさんはお腹を抱えて笑い転げる。
「……あ、あの……駄目ですか?」
「……ごめんごめん……いやぁ、あたしらエルフを差別するどころか、正しいエルフ像を伝えるとか、それ冗談にしても最高っ! 帝国の皇女殿下がそんな事言ってたって、同胞が聞いたら目を丸くするわ……あ、でも! あたしはちょっと例外と思ってもらわないと……うん、それはちょっと待って欲しいわ」
そう言って苦笑するリーザさん。
「えー? 普通のエルフは違うんですか?」
「うーん、あたしは人間の食生活とかにすっかり染まっちゃったクチだからね……。こんなのがエルフの代表格とか思われたら、ご同胞どころか、ご先祖様にも怒られちゃうよ! あたしらエルフって本来は人間嫌いで、森の奥で火もあんまり使わないで、木の実とか果物とか食べながら、木の穴をねぐらにする……そのくせ、自分達こそ高等種族とか言ってるようなそんな調子……排他的でつまんない種族よ……そりゃ、時代錯誤の未開の蛮族って馬鹿にもされるわよ」
「そうなんですか……でも、森の中での生活ってのも心惹かれますね……実はわたし、植物とか育てるの趣味にしてたんですよね! お城のお庭にわたし用の花壇や菜園とか作って、一人で色々育てたりしてたんですよ!」
まぁ……お城の庭いじりとか誰も何も文句付けなかったしね。
温室なんかも作ってたから、冬の昼間は文字通り温室でヌクヌク過ごしたりしてた。
「あら……そうなんだ……畑仕事に精を出す皇女様って……イメージ合わないなぁ。なんだか、面白い子なのね……皇女様って……」
「それこそ偏見じゃないですかね? 皇城の書庫って、書物だけじゃなく、珍しい植物の種とか、絶滅種の種なんかも保管してたりするんですよ……実はわたし、絶滅種のいくつかを再生に成功したりしてるんです! 植物関係を専門にする学者さんや魔術師さんの間では、わたしってちょっと名が知られてるんですよ?」
そういや、一応学士号なんてのも、もらってたんだよねー。
論文とかも匿名で寄稿させてもらったし……実はわたしの数少ない自慢していいことだったりっ!
「ん? ちょっと待って……その話……皇城の庭で絶滅種って? ねぇ、例えばなんだけど、皇女様ってメリオラ草とか復活させたりしてない?」
それまで、どことなくおどけた雰囲気で話をしていたリーザさんが急に真剣な顔になっていた。
なんか、引っかかること言ったかな?
「あ、あれ? 何で知ってるんですか? ……メリオラ草は確かにわたしが復活させたんですけど……ちょっと色々問題がありまして……あまり、大きな声じゃ言えない話なんで、詳しくは勘弁して……欲しいな」
こう言うのって、地雷踏んだって言うんだよね?
あっちゃー、調子乗って変な事言った……逃げちゃ……駄目かな?
「いやいや、これ超大事な事なのよ! あのさ……改めて聞くけど、絶滅種のはずのメリオラ草が皇城の庭にごっそりあったのって……もしかして……」
割りと必死な感じのリーザさんの追求に思わず、回れ右をしようとしたところで踏みとどまる。
メリオラ草……5年ほど前に絶滅種だったのをわたしが再生に成功して、危うく大惨事を引き起こしかけたヤバイ草。
そもそも、その名前も全く知られていないはずなんだけど、何で知ってるんだろ?
知らないうちに、エルフの人達に迷惑かけたりとかしてたら……すごく嫌だな。
「うあうあ……メリオラ草ですよね? うん、正直に言いますから、怒らないでくださいね? その……わたしが再生した絶滅種のひとつです。こっそり育ててたつもりが、知らないうちに増えまくちゃって、気が付いたらお城の庭園中どころか、皇都のあちこちにまで広がって大繁殖! ひょっとして、エルフの方々に迷惑とかかけちゃったりしたんですか?」
わたしの言葉に口をあんぐり開けて、呆然としてるリーザさん。
メリオラ草は……生態系を破壊しかねない特性を持つ危険植物だったんだけど、人間には利も害もなく……一応、食べられなくもないんだけど、別に好き好んで食べるほど、美味しくもない。
……要するにただの雑草。
さらに、環境変化に弱いという弱点があって、500年前の第二次魔王戦争の余波で起こった大寒波で一度完全に全滅したらしい。
けど、帝都の書庫にその種子が凍結保存されてたのよね……。
説明書きには「ピンクの綿毛が可愛くてファンタスティック! 一見の価値あり!」なんて書いてあったから、是非見てみたいって理由で育ててみたんだけど……でも、エルフには有害だったとかそんなんだったらヤだなぁ。
もし、そうだったら、土下座でもしよう。
確か共和国の風習で、自分が全面的に悪いと認める仕草で、額を地面に擦り付けるんだったかな?
リーザ姉さん、エルフとしてはかなりポンコツ。
なお、ちょっとした裏設定ですが。
このメリオラ草を後世に残した人物ってのは、転ロリでくろがねと死闘を繰り広げたエーリカ姫だったりします。




