第七話「エド暗躍、そして頼もしき仲間達」③
だが、悪くないニュースもある。
それは、帝国側の諜報組織……帝国諜報局までもが、泡を食って俺に接触してきたことだった。
皇帝陛下直属の諜報組織たる彼らにとっても、アイシア皇女殿下の件は寝耳に水だったらしく、色々困惑気味の様子だったが、むしろ、全面的に協力すると言う言質を取れたのは結構大きい。
これまで連中は、西方の諜報員とよろしくやってる俺を西方側と認定し、接触を避けていたようだったんだが。
どうもアイシアに協力しろと言う皇帝陛下直々の勅令が下ったらしい。
……皇帝陛下からの思わぬ援護射撃と言ったところだ。
諜報畑の人間という訳でもない俺でも、簡単に尾行に気づけた……その程度の練度なので、正直あまりに当てにはならないと思ってはいるのだが……。
これを機に信頼関係を構築したいとは考えている。
西へ東へと我ながら酷いコウモリっぷりだが、なにせこちとら非常に厄介な爆弾を引き取ってしまったのだから……味方は多いに越したことない。
周り全てを敵に回して、四面楚歌になって追い詰められる……そんな状況は出来得る限り避けたかった。
それにしても……アイツと出会ってから、気がつけば、いつもそんな事ばかり考えている。
昨日の今頃は、こんな状況になるなんて夢にも思ってなかった。
人生どう転ぶ変わらんもんだ。
「コマンドより、コードLへ……通信術式の感度良好だ……新型の通信魔道具って聞いたが、いい感じじゃないか……前より声がクリアになってる……まるで、目の前にいると錯覚する程だよ」
ひとまずリーザへ返信を返す。
なお、直接リーザの名を呼んだりはしない、一応十傑が動いてることは内外共に秘密裏に行っているから。
まぁ……プロシアなんかは俺の思惑なんぞ、関係なしだけど。
別に止める理由はないし、奉仕活動に首を突っ込むのは連中にとっては当たり前の事だからな。
なお今回は、試験的に新型の通信魔道具を導入している。
……ちなみに、これはうちのオリジナルでリーザ謹製の魔道具だった。
東方や西方も遠隔通信については、かつては魔術師同士の遠隔通信魔術を使っていたのだが、最近はもっぱら共和国伝来の機械式通信機を使うようになっている……。
と言っても、その通信機材はかなりの大きさで、基本は据え置きで使う。
都市間の連絡などはこれで賄うと言うのが昨今の主流だ。
大戦前は有線式電信網が整備されていたのだけど、かなり早い段階で西方情報軍の手によって寸断されてしまった上に、情報軍のやること……そりゃあもう農村や山奥に至るまで、徹底的に念入りに破壊されたので、現状復旧の見通しは立っていない。
あわや騎馬伝令と魔術頼みの時代に逆戻りしかけたのだけど、休戦後共和国が大量の無線機を格安で帝国に売りつけに来たので、渡りに船とばかりに各都市間の連絡網としたらしいが……。
情報インフラ網という重要なものを他国の技術に頼る辺り、帝国の防諜意識の低さが窺い知れる。
ちなみに戦場において無線機は、デカくてクソ重たい蓄電池と併用して車両や馬に積んだり、専門の通信兵と言う兵種の者が背負って使われている。
魔術師による通信魔術と違い誰でも使えると言う利点は認めるが、大き過ぎて冒険者向きとは言い難い代物で、簡単に傍受されてしまったり、通信可能距離も携帯型だと短すぎると言った欠点も多い。
そこで、同じような機能でもっと小型軽量、かつ傍受されないようなのを作れないかとリーザに無茶振りしたら、なんと手の平サイズの通信魔道具を作ってきた。
風の精霊を分体化させて、離れた場所の二体の精霊同士で空気の振動を共鳴、増幅させると言う怪しげな原理らしいのだが。
ほぼタイムラグ無しで、遠距離間の交信と言う目的は完璧に果たせた。
今回のはそれを更に小型化、改良したらしい……うーん、突っ走ってるなぁ……。
「今回のは自信作なのよっ! 精霊の分体化をより細かくしてみたの……前回までのは共鳴回線が一本しかなかったけど、今度のは4回線はあるから、通信安定性が格段に向上してるわよ……通話可能距離も格段に向上してるし、遮蔽物があってもお構いなし、ねぇ! これ結構、やばくね?」
リーザさん……あえてさん付けで呼ばせてもらうが、彼女は高位の精霊術師であり、この手の精霊憑きの魔道具開発の第一人者。
この通信魔道具の試作品を試しに冒険者達に持たせてみたら、恐ろしく便利だった。
本部に居ながらにして、リアルタイムに冒険者達の位置確認や指示出しが出来るので、遠隔バックアップでの情報支援や状況把握、増援派遣とか色々使えるようになった。
特に、低ランク冒険者たちが手に負えない魔物と遭遇したり、出先で道に迷って遭難すると言った全滅必至の状況で速やかに指示出しをしたり、増援や救援を手配できるようになったのは、大きい。
帰投予定時刻になっても戻らず、慌てて捜索隊を出しても結局死体回収にしかならなかったとか、そんな事例は数多く存在する……。
ギルドとして、その手の事故を早急に把握し、適切な支援が出来ると言うのは非常に画期的だった。
それに複数パーティの後方での連携指揮も取れるようになり、魔物の広域討伐や捜索任務での効率が格段に向上した。
他のギルドでは、ギルドの役割なんて冒険者の出入りの管理や依頼仕事の割り振りと言った仲介くらいなんだが……うちはそれよりも一歩先に進んだ支援組織としての面が強くなりつつあった。
「さすがだな……間違っても他の組織には渡せないから、取扱には注意しろよ」
リーザの言うとおり、この通信魔道具……かなりやばい代物だった。
と言うか、手のひらサイズどころかもはや硬貨サイズまで小型化……。
うっかり落としかけないくらいだった。
「それはこっちのセリフ、エドちゃん弱っちいから、一番心配だなぁ。一応、ギルドの最高幹部の一人なんだからもっと身辺警護とか気を使いなさいな……」
「……まぁ、最強ギルドマスターも就任したことだし、むしろ今まで以上に安全な気もするぞ……リーザだって、こんなもんの存在公に知られたら、普通に狙われるぞ?」
「あはは……あたしを狙って、無事に済む訳ないじゃない! ……そもそも、現物あっても、そんじゃそこらの精霊使いには解析はおろか、扱う事すら出来ないと思うわ!」
彼女のようなエルフ族の使う精霊術は、人間には真似の出来ない独自路線を突っ走った代物。
普通の人間の扱う魔術にも精霊を使役する魔術はあり、かなり高度な事も出来るのだが……エルフ系の魔術は特殊すぎて、真似出来ないらしい。
実際、彼女の作り出す魔道具は、極めて高度ながら基本的にオンリーワンのものばかり。
前バージョンの通信魔道具も大量生産できないか魔道具職人に見てもらったのだけど……そもそも原理が解らないとの事であっさり頓挫した。
まぁ……機密保持という面では、ある意味最上級とも言えるし、距離や遮蔽物も関係ないとか、無茶苦茶高性能なので、一応採用かな……。
「あ、そういやあたし、コードLって名乗るんだっけ……思い切り普通に名乗ちゃったよ! いやぁ……メンゴメンゴ! とりあえず、状況報告……周辺敵影なし、なんか遠巻きに熱心に見張ってる連中がちらほらいるけど……なんなら排除する?」
「無用……そいつらは多分、西方の情報軍関係者だ。どちらかという周辺警戒のお手伝いと思ったほうがいいから、そっとしてやれ……むしろ、リーザこそみつかるようなヘマはしてないだろうな? お前らは言わば伏兵だ……見つかったら意味がない」
リーザ達十傑連中は、普段はもっぱら強力なモンスターへの対応だの、他国への遠征ミッションを請け負う事がほとんど、後は後進の育成……先生役ってとこだ。
その戦闘力は、いずれも一騎当千の強者揃い。
定期的に、強化キャンプと称して、見どころのある連中の引率をさせたりするけど、Bクラス入りするような連中ですら死にかけるくらい過酷なものらしい……俺もたまに参加しないかと誘われるんだが、毎回全力でお断りしている。
「あのさ……誰にモノ言ってるの? ただの人間ごときに見破られるような隠蔽してると思う?」
自信満々と言った調子のリーザ。
ただの人間如きとしては、ちょっとその鼻っ柱を折ってやりたくもなる。
「ふむ……そういうお前は、シュタイナの居場所は解るのか? あの人もその人間ごときだぞ?」
「うっ……実はシュタイナの居場所が解らないのよ……あのおっさん、何処に潜んでるの? 生体探知術式使っても解らないって、おかしいでしょ!」
大気中に偏在する風の精霊と同調し、感覚を広げ特定他者を探知し識別する術式……だったかな。
個人ごとに異なる生体波動を予め知っている必要がある……要は知り合い限定と言ったところなのだが。
……物陰にいようが、隠れていようが、何処にでもある大気の精霊の目を誤魔化す事は難しい……その探知術式が通じないとか、本来ありえない。
けど、シュタイナはAクラスどころか、Sクラス相当とも言われるギルド十傑筆頭格の冒険者。
……それくらいやってのけるだろう。
たぶん、目の前にいて、実際は目に見えているのにそこにいるのが認識できないとか、そんな状態で身を潜めているのだろう。
誰にも認識すらされずに、魔力強化された弾丸を一撃必殺の神業で叩き込む。
それがシュタイナ先生の戦闘スタイル……大抵の相手はわけも解らず即死する。
……何というか、格が違う。
Aランク以上の冒険者連中って、そんな人間やめてるやつばっかりだ。
シュタイナ先生は、0083のバニング中尉みたいな人です。
ちなみに、この世界の平均的な技術レベルは、大体1800年代後半程度です。
帝国では、鉱山採掘や艦船で蒸気機関とかも使ってるし、電信通信網も完備されてました。
銃火器類については、大戦前は前装式マスケット全盛。
方陣組んで騎兵突撃に対抗とか、そんな調子でした。




