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第一話「グッバイ、引き篭もりデイズ」②

 事実上の帝国の支配者、兄上と姉上……次代の皇帝は事実上、この二人のどちらかになる。

 それが、世間一般の下馬評で、力関係的にも妥当な評価と言える。


 ……とにかく、この二人は水面下で熾烈な争いを繰り広げている。

 各地の貴族達もどちらを選ぶ(ショー・ザ・フラッグ)の選択を突きつけられて、日和ってた貴族達も旗色を鮮明にしつつあった。


 二人の勢力は完全に拮抗し、どちらも決め手にかける上に、父上も未だに存命だった。

 良くも悪くも均衡が取れた状態……この天秤が崩れたら、帝国は大規模内戦は避けられないだろう。


 そんな物騒な情勢下で、わたしに関しては、これまで通り、無害な引き篭もりで、空気同然の存在と判断されていた。

 後ろ盾も、野心もないと再三、言ってるのも功を奏したようで、兄上達も必要以上に干渉するような真似はしなかった。

 

 何より二人とも、守護者の力に覚醒していて、わたしにはその片鱗すらなかったから。

 

 居ても居なくても関係ない。

 病を抱えていて、ほっておいても勝手に死ぬ……わざわざ、排除する理由もない。


 ……要は、身内のお情けで、お目こぼしを受けた……それだけのことだった。

 

 父上とは、たまに話をする機会があった。


 父上も、あの戦い以来、ほとんど寝たきりだったのだけど……。

 体調が良いときなど、ふらりと書庫を訪れることもあって、そんな時は二人並んで、好きなような格好で無言で蔵書を読む……そんな時間を過ごすこともあった。


 そして、父上は頃合いを見て、美味しいお菓子とお茶を振る舞ってくれる。

 これが、また美味しい……今思えば、とても優しい時間。

 

 国を守ると言う役目を果たし、実権を手放し……ゆっくりと死へと向かっていく皇帝陛下。

 

 ある意味、わたしと父上は一緒だった。

 ……わたしも同じく、死の影は確実に迫ってきていたから。

 

「……アイシア……もしも病が治ったら、お前は何をしたい?」


 ある日、そう父上に尋ねられた。

 

「父上みたいに、この国の未来を守りたい……誰かの役に立ちたい」


 わたしはそう答えた。

 父上がどんな答えを期待してのかは解らないけど、父上は心底嬉しそうに笑った。

 

 ……とあるよく晴れた日の父と娘の会話だった。

 


 そんな会話を交わしてから、数日後。

 ……父上直々にわたしの継承権の繰り上げが告げられた。

 

 わたしには兄上達に次ぐ第三位の継承権が与えられ、その上緩衝地域に取り残されたような形になってしまった城塞都市グランドリアに築かれた要塞司令官なんて、役職が決められてしまった。

 

 ……異論? 反論? しましたよ? それも心の底から。

 

 もちろん、兄上や姉上も大反対。

 もはや形ばかりとなっていた帝国議会や貴族連合も反対の大合唱。

 

 でも、父上の言葉は……実権を失いつつ有るとは言え、もはやこの国では、絶対なる神の言葉にも匹敵するものだった。

 

 結局、誰もその決定を覆すこと事が出来ず……それは確定事項となってしまった。

  

 わたし自身も政治や軍事の知識はあっても、実務経験なんて一切ないし、剣も持てないような奴に、司令官職なんて務まるわけがないと抗議した。

 

 もちろん、継承権なんて全力で辞退したい……それは、まごうかたなきわたしの心からの本音だったのだけど。

 

 父上は「お前ならば、この国を最良の未来に導いてくれるはずだから」とかなんとか言われた。


 ……意味が解らない。

 

 ついでに言うと、第三位と言うのも周囲の反対から父上が妥協したと言うだけで、本来は第一位を指名するつもりだったらしい……。


 この話が兄上達にどんな風に伝わっているのかどうかは解らないけど。

 確実に言えることは、二人の殺すリストの最上位にわたしの名が記されたのは間違いなかった。


 ……なんて大迷惑なっ! 父上ぇええっ! あんまりですぅううう!

 皇族のくせに無駄飯喰らいの書庫のヌシになってたからって、酷すぎるっ!

 

 けど、決まってしまった以上は、どうしょうもない。

 

 これが物語なら、わたしを守護するナイト様とか、忠義に厚い家臣とかが、颯爽と登場してずらりと脇を固めてくれて、新たな時代を切り開く英雄譚が始まるとかなりそうなものだけど。


 引き篭もりの空気娘に、そんなのはいない。

 

 わたしの守護者様は、黒いススだか、砂みたいななんだか良く解らない物体。

 これを始めて見た時の衝撃は忘れようにも忘れられない。


 ……色々大変なことになってしまったので、急病と称して、ほとぼりが冷めるまで部屋に引き篭もって誤魔化そうかと思ったのだけど。

 

 その日のうちに、わたしの寝室に暗殺者がダース単位でやってきた……らしい。

 

 と言うか、わたしは現実逃避の挙句にお布団に包まって寝てたから、よく知らないのだけど、たまたま現場を目撃した侍女が言うには、暗殺者の凶刃はわたしに触れることもなく溶けるように消え失せ、全員わたしの身体から吹き出した黒い霧に巻かれたと思ったら、跡形もなく消えてしまったらしい。

 

 そりゃ、気付かないわ……。

 

 そして……翌朝、ベランダに出たら狙撃された……これがわたしにとって、守護者の力の初めての発動経験となった。

 

 唐突に視界が真っ暗になったと思ったら……オデコがガツンとして、星が見えた……。

 

 衝撃に倒れ込みながら、かろうじて見えたのは黒い糸のようなものが遠くの帝都中央広場の時計台に伸びていって、時計台のてっぺんがごっそり無くなったのをわたしは見た。


 ……そこに何がいて、何がどうなったかとかなんて、知らないっ!

 

 明日から、時間がわからなくなって困る人がたくさん出るだろうと思ったけど、わたしのせいじゃない。

 

 ちなみに、打ち込まれた銃弾は、大戦末期に作られた20mmほどある対戦車ライフルのゴン太銃弾だった。


 ……人に向けて撃つようなようなものじゃありません……絶対に。

 対戦車です! 戦車! わたしは戦車じゃないっ!


 気を取り直して、何事もなかったように朝食を食べていたら、隣に控えていた爺やが、引きつった顔をしながら、スープを奪い取って一口飲んで、悶死した。

 

 スープの味がやけにスパイシーだと思ったけど、毒が仕込まれてたらしい。

 

 思い切り味わって、半分以上飲んでしまったのだけど……良く見たら、サラダなんかも毒草てんこ盛りだった。


 殺意に満ち満ちたメニューにありえない……と思ったけど、もう半分くらい食べてたし、意外と美味しかったからやけになって全部食べてやった。

 

 あとで調べてみたら、30回位死ねる分量の毒物のオンパレードだった……。

 まぁ、お腹すら壊しませんでした……むしろ、とっても美味しかった……毒物は美味いって言うけど、ホントです。


 お風呂に入っていたら、卵が腐ったような刺激臭と共に、背中を流してくれていた侍女達がバタバタと倒れた。


 火山の近くでたまに発生する硫化水素ガス……高濃度のそれを吸うと肺が焼けて死ぬ。


 鉱山なんかでよく起きる事故の原因でもあるのだけど、合成も簡単……火山由来の硫化鉄に酸性の液体を混ぜるだけで発生する……火山なんて帝国のあちこちにあるので、お手軽殺人ガスと言えなくもない。

 

 侍女達は全員即死……思い切りガスを吸い込んだはずのわたしは、ちょっと目がしばしばして、むせたくらいで、なんともなかった……。

 

 どうやら、わたしはあらゆる毒物を無効化する体質になったらしい。


 覚醒した守護者の力は、わたしを人外に強化すると言う思わぬ恩恵をくれた……。

 ……すぐ風邪を引いたり、何かと言うと熱が出ては倒れまくる虚弱体質で、数年の命のはずだったんだけど。

 わずか一晩で、パンチ一発岩をも砕く丈夫な身体に……って、違うそうじゃないっ!

 

 ずぶ濡れのまま泣きながら部屋に戻ったら、扉が爆発し、部屋の中から銃弾が嵐のように飛び出した。

 

 次に目を開けたわたしが見たものは、黒い刃に切り刻まれる黒尽くめの覆面の兵士達と、彼らの生き残りが恐慌にかられ窓からダイブする姿だった。

 

 そして、床に転がってた人の手足っぽく見える何かとか、ピクピクうごめく赤とかピンク色の何かでサイケデリックに彩られたわたしのお部屋は、もう戻れる場所じゃなかった。

 

 ……窓の下の惨状を考えると、もう泣きたくなった。

 

 そこには、わたしが丹精込めて作った花壇があった。

 

 部屋のベランダから見下ろせた季節の花や緑の彩る光景は、わたしのこのお城での思い出のひとつとして、大切に取っておこうと思った。


 ああ、今日もいい天気だ。

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