第六話「皇女殿下の冒険者生活体験版!」①
「そんな訳で……世間知らずで、世の中の事を全く知らない無知な皇女殿下に、まずは社会勉強をしていただきます!」
そんな言葉と共に、シャベルを押し付けられた。
今日のわたしは、土色のツナギの作業服……胸にはFランク冒険者カード。
動きやすい髪型にしろと言われていたので、普段は下ろしている黒髪も左右ふたつのお団子にしてピンで纏めている。
自分で言うのもなんだけど、これはこれでなかなか可愛い。
……本当言うと、これまで髪を梳かすのも人任せだったから、いざ髪をまとめろとか言われても、ものすごく苦労して泣きそうだったけど……。
たまたま本部にいたカティちゃんとサティちゃんって言う双子のちっちゃい子達が手伝ってくれた……感謝感激!
ちなみに、昨夜は何処で寝るかも決まってなかったけど、女性冒険者専用の宿舎があるとかで、そこで一夜を過ごす事になった。
恥ずかしくも一人でお風呂で身体も洗えないとかダメっぷりを露呈して死にたくなったけど、皆、嫌な顔ひとつせずに、色々教えてくれた。
特に女子寮の皆のお世話役のソフィアさんには、頭が上がりません……彼女年下なんだけど、皆のお母さんだった!
おかげ様で、わたしも身の回りのことをある程度、一人で出来るようになった……ちょっと成長した気分。
冒険者の皆は、エドお兄ちゃんがどんな紹介をしたのか解らないけど……皆、わたしを特別扱いもせず、普通に仲間として受け入れてくれて、ご飯も質素ながらとっても美味しかった。
ちなみに、お部屋はお客さんや病人用の個室があったんだけど、皆共同で使ってる雑魚寝部屋でご一緒させてもらった……。
藁の山にシーツを敷いただけと言う床に寝るよりはマシな程度の寝床だったけど……。
同じくらい年頃の女の子達に囲まれて、色々おしゃべりしながら、いつの間にか寝てしまった。
宿舎自体も持ち回りの寝ずの番がいて、守りも万全という話だったし……なんか、久しぶりに熟睡できた。
これはもう、ギルドマスターとして頑張ることで返さないと! そんな風に誓いを新たにした。
わたし、やるよーっ!
今日はまずは冒険者の仕事を知ってもらうと言うことで、Fランク冒険者として、実際に冒険者達と一緒に仕事をすると言う話だった。
エドお兄ちゃんの話だと……冒険者と言えば聞こえが良いが、要はスラムの子供達に仕事と賃金を与えるためのボランティア活動なんだそうだ。
この街は、本来停戦協定に伴い放棄されるはずが、行き場のない難民や戦災孤児達が居座ることで成立した街なので、戦災孤児の問題が大きな問題になっていたらしい……。
そこでエドお兄ちゃんが彼らを冒険者として雇って、仕事をさせて賃金と食べ物を与えるという事業を始めたらしい。
資金についても、エドお兄ちゃんがあちこち回って、人のいい貴族にスポンサーになってもらったり、企業から寄付金を集めたり、町の人にも協力してもらったらしい。
スポンサーの名には、帝国はもちろん、西方諸国の貴族や王族、共和国関係者の名前まで連なっているのを見て、さすがに驚いたけど。
見返りに、冒険者ギルドへの便宜を図ったり、新聞社にスポンサー名を挙げて美談として紹介してもらったりしているそうで、スポンサーの方々も評判が上がって誰もがニッコリ。
西方の人達に至っては、帝国の戦災孤児を救った善意の人々とかそんな風に紹介されてて、帝国側からも賞賛されて……と上手いこと考えるものだと感心した。
と言うか、冒険者は国境とか陣営関係なく活動してると聞いてはいたが……その活動範囲と影響力は大陸はおろか共和国までに及んでいたのは驚いた。
普通の人はお互いの領域を行き来することも出来ないのに……。
冒険者のライセンスがあると、しばらく西方へ行ってくるとか、そんな調子であっさり越境が実現する。
ちなみにわたしは西方とか行ったことは無い……お忍びとかでも無理かなー?
ちなみに、戦災孤児たちにも結構有能な子もいて、そういう子たちは本職の冒険者として、日々活躍してるらしい。
女子寮のコ達もやたら若い子や小さい子ばかりだったのは、戦災孤児組がむしろ主力になりつつあるかららしい。
皆、家なんて無いから、女の子を廃墟や路上で寝泊まりさせるわけにはいかないって事で、半ば自然発生的に寮が出来て、結構な人数が入れ代わり立ち代わり、ここを生活の拠点にしているという話だった
ちなみに、冒険者女子寮では……むしろ、わたし、年長だったと言う。
……16歳だって言ったら、皆にはめちゃくちゃ驚かれたけど……見た目がこれじゃあ…ねぇ。
そう言えば、エドお兄ちゃんも今年で17になるって言ってたから、同い年なんだよねーっ!
……もっとも、例のお兄ちゃん契約があるから、お兄ちゃんはお兄ちゃんなのだ。
まぁ、わたしのわがままを聞いてもらったようなものだから、それでいいんだけどね。
それにしても、昨夜は資料として冒険者名簿なんかも見たんだけど……。
結構、実力者も多くて、Aクラス冒険者なんてのが10人くらいいた。
普通は一支部に2、3人程度っていってた。
それに全般的に若いっ! 10代が過半数。
……もちろん、20代や30代のベテランもいるんだけど。
半数が10代ともなると、平均年齢が20歳に満たなくなると言う……なお、Fランク登録してる子達も含めるともっと下がるらしい。
実際、今日の現場の仕切りも元戦災孤児の冒険者達……可愛らしい男の子や女の子達がちょろちょろ走り回って、ちゃんと仕切ってる。
もちろん、子供たちだけでなく他にも星光教会のボランティア騎士団も手伝いに来てくれているようだった。
うーん、こりゃ顔を覚えるのも大変そうだ。
まぁ、幸い記憶力は抜群だから、顔と名前が一致さえすればすぐに覚えると思う。
エドお兄ちゃんは……普段は現場に出ないらしいんだけど、様子見に来たらしい。
人にシャベルと激励の言葉だけ寄越して、どっか行っちゃったけど。
……まぁ、今日は現場の仕事を肌で知るってのが目的だし、特別扱いはしなくていいって言っちゃったから、薄情者とか言わないでいてあげた。
わたしって、大らかだよねー。
ちなみに……Fランク冒険者の仕事は……町中のゴミ拾いや防犯パトロール、ほっとくとすぐ詰まって悪臭を放ちだすドブを浚って回るとか、ネズミや害虫退治とかそんな調子らしい。
……はっきり言って地味、冒険してない。
それに、あんまり好き好んでやりたいと思える仕事じゃないよね……と言うか、わたし……ネズミとか触った事無いんだけど……。
ただ、どれもやるのとやらないとでは、犯罪発生率や疫病の発生率が格段に変わるそうなので、地味だけどとすごく重要な仕事だった。
ネズミが媒介する疫病とか怖いからねぇ……歴史書にもネズミが原因で黒死病なんてのが流行って都市一つの半分が死んだ……なんて話があったくらい……ネズミ、やばい、超危険。
それに側溝も常に水が流れるようにしておかないと、淀んだ水はこれからの時期、蚊の発生源になる……蚊もやっぱり疫病を媒介するから、危険。
皇都なんかは、その点すごく良く出来てて衛生面では問題なかったけど、この街のは色々問題あり……代官や支配者がいる訳ではないので、街の設備なんかは住人による自前整備が基本……なんだけど、皆余裕ないからおざなりになりがち。
そうなると、ドブ浚いをやりながら、街中を巡るのは悪くない……都市構造的な問題点も直に見れば洗い出せる。
少しずつでも改善して、住みやすい街にするってのも悪くない……と言うか、本来誰かがやらないといけないこと。
誰もやらないなら、わたし達がやる……しかないよねー。
他のお仕事としては、平原に薬草だの食べれる野草を集めにいく仕事や教会の炊き出しの手伝いとか、農園の手伝いなんかも冒険者の仕事なんだとか……うん、ホントに便利屋さんだ。
護衛とか警備、魔物退治やダンジョン探索なんて言う冒険者らしい仕事よりも、むしろこの手の依頼が多いらしい。
ちなみに今日は、ドブ浚いと平原の薬草集めのどちらかだと言われた。
わたしとしては、薬草とか毒草にはなかなか詳しいんで、薬草集めを志願したのだけど……薬草集めは体力のない小さい子や女の子向けだから、ドブ浚いをやれと言われた。
あの……わたし、小さな女の子なんですが。
それも皇女様なんですが……。
でも、選択の余地なんて無いって言われた……。
なんか、納得行かないけど、お兄ちゃん命令だからしょうがない。
ちなみに、ドブ浚いは雨が降る前にやらないといけないので、人海戦術で今日中に処理する予定なんだって。
天気読みの出来るラックスさんって魔術師の話だと、そろそろこの辺りも雨季に入るので数日中には大雨……ドブが溢れたら、その後が大変! なんでも、街中悪臭に満ちて大惨事になるらしい。
依頼主は、自治組合……報酬は一人銅貨10枚、それにお昼ご飯と晩ご飯が付いてくる。
うーん、一日働いて銅貨10枚って報酬としてどうなのって思うんだけど……。
一番ひどい時には、銅貨一枚のために殺し合ってたような有様だったみたいだから、孤児たちのありつける仕事としては破格の条件らしい。
世の中にはそんな世界もあると知識では知ってたんだけど……やっぱり衝撃的だった。
けど、誰もが見放して、見てみない振りをしていた戦災孤児達を救うために、自分から動いて、すっかり事業化してしまったお兄ちゃんは……何というかスゴイっ!
何と言っても、単純にお金をバラ撒くとかそんな上辺だけで済まさずに、仕事をさせて報酬を与えるって発想が凄い……貴族や皇族じゃ、絶対出ない発想だった。
……わたしも頑張らないとね!




