第五話「俺と皇女様の二人三脚行」⑤
「ねぇねぇ……何か言うことはない?」
「ああ、今になってようやっと気付いたよ……なるほどね。そうなるとあの後、無事にここまで来れたって事なんだな……」
「そうね……警務隊の人に道を聞いたら、すんなり教えてくれた……初めから、ああすれば良かったのね」
「実はあの後どうしたのか少し心配してた……。しっかし、そう言う事ならあの時、一人で切り抜けられたんだろ? まったく……誰かが助けに来るのを待ってたとか、なかなか人の悪い皇女様だな」
皮肉を込めて、言い返すと何ともバツが悪そうな顔をされる。
「……そ、それは違うの……あの時は、力を押さえ込むので精一杯で……いくら悪人だからって、目の前の人を殺すとか嫌だもん……。それに、駆けつけてくれたあなたの姿を見た時……物語のヒロインにでもなったような気がして、超嬉しかった! すっごいよね……3人相手でどうみても負けそうなのに、手も触れないで相手をひれ伏せちゃうなんて……うん、本で読んだ偉大な賢者様みたいだった……知ってる? 「大賢者トレバリーの魔法の杖」って本!」
そう言って、嬉しそうに手をたたくと笑みを浮かべる。
と言うか、ものすごい三流娯楽小説のタイトルが出てきた。
確か子供向けの冒険小説だったかな……杖持ったお爺ちゃん魔法使いが何かというと杖でぶん殴って、力技で解決するとか言う内容だった。
あの話の何処に知略だの賢者の要素があったのか、小一時間くらい聞きたい。
……と言うか、物語のヒロインに憧れるとか……見た目通りの子供なんだな……と実感する。
まぁ、俺はヒーローとか主人公とかそんなガラじゃねぇけどな。
けれど、彼女がここに至るまでの事を想像する……病弱で引き篭もりと評判の箱入り娘が継承権なんぞを押し付けられて……恐らく誰も味方なんていなかっただろう。
……絶対、ロクでもないことになったに違いない……あの皇太子共だしな。
ここに来るまで、どんな紆余曲折があったかは解らないが……あの時見た涙を堪える姿を思い出す。
……さすがに、いたたまれないものがあった。
あの時、彼女はどんな思いを抱いていたのだろう?
一人きりで誰も頼れず、道行く人々に目線を逸らされ……途方に暮れて……。
……すぐに手を差し伸べなかった事に罪悪感を感じ……何とも暗い気分になった。
「……俺は、その何とかという賢者と違って、平和的解決を尊ぶのだよ……けど、そう言う事なら、まず少女の危機に颯爽と現れた正義の味方に何か言う事あるだろう?」
嫌な気分を払拭するように努めて、軽口を叩いてやった。
ここで俺のすべきことは、頭を下げることでも同情することでもなかった。
「な、なにその恩着せがましい言い方! 助けてなんて頼んでないしー! それに、最初……目が合ったのに、思い切り無視したでしょっ!」
うっ……気付いてたのか……だが、負けんぞ……俺は!
「ふふん……良い言葉を教えてやろう……君子危うきに近寄らずと言う言葉だ。関わった時点でロクでもないことになる……世の中にはそういうことがあるんだ。実際、関わっちまった時点で、俺もものの見事に面倒事に巻き込まれてるしな! けど、ロクでもないことに巻き込まれた以上、俺も遠慮なんかしないっ! わかったか! このチンチクリンッ!」
そう言いながら、メガネをスチャッと直す。
チンチクリン呼ばわりが気に障ったらしく、ほっぺたを膨らませて抗議の意を示す皇女様。
……こいつ、意外と可愛らしい反応をするな。
威厳あふれる皇女様モードも悪くないが、こう言うごく普通の女の子の反応も見ものだと思う。
見た目も普通に美人さんで……もう5年もすれば、結構いい女になりそうだ……っと、そう言う目で見るべきじゃなかったな。
まさしく、不敬と言うやつだ。
「そうだな……とりあえず、俺の要求だが……まず二人きりの時は立場は五分と五分! お前が皇族だろうがなんだろうが、俺の知ったことじゃねぇっ! もし、お兄ちゃんと呼びたいなら、むしろ俺の方が格上だ……なにせお兄ちゃんだからな! お兄ちゃんとかお姉ちゃんってのは、問答無用で偉いんだ」
実際、姉さんに逆らった時、同じセリフを突きつけられて、ぐうの音も出なかった。
世の中の弟、妹は兄や姉には逆らってはいけない……コレは多分、世の真理だ。
「う……た、確かに……」
「ただし、外では俺はお前の部下として振る舞うから、お前はなるたけ偉そうにしてろ……だが、あくまで俺とお前は五分五分の関係だ……この条件でどうだ?」
そう言うと彼女はキョトンとした顔をする。
「な、なにそれ……それに、私と君……五分と五分の関係って……」
「さっきも言ったろ? 俺は権威や命令じゃ人は動かせない……そう思ってる人間だ。だからこそ、お前には俺と五分五分の対等の関係を望みたい……どうだ?」
「……対等の関係かぁ……そうよね……友達とか恋人って、お互いを尊重して、助け合ったり、足りない所を補い合える……そんなんなんだよね? ふふふっ……むしろ、そう言うのって憧れてた……いいよっ!」
そう言って、彼女は……多分、彼女の地の口調に戻って、嬉しそうに微笑む。
「なら、契約成立だ……今日から、お前は俺の上司……ギルドマスターだと認めてやる! まぁ……前任者がなかなかにブラックだったからな……お前には期待してる。なぁに、余程の無茶振りでも俺にとっては日常茶飯事だからな……」
「……そ、そういうもんなんだ……アレクセイさんって、結構ブラック?」
呆れたように呟く皇女様。
沈黙は雄弁なり、無言で肯定の意味を込めて頷く。
アレクセイのオヤジは、あさっての方向を向きながら、口笛吹いてやがる……。
「とにかく……乗りかかった船って言葉知ってるか? 乗っちまった以上は途中で降りる事も引き返すことも出来ない……諦めて、最後まで乗って行けって……そんな感じだ。成り行きはどうあれ、俺の上司になった以上、面倒くらいは見てやるし、お兄ちゃん呼ばわりも許す! だが、公の場で俺をお兄ちゃん呼ばわりとかされたら、俺が暗殺されかねんから、頼むからやめてください」
……最後は実に気弱なのだけど、荒事向きじゃない俺が、暗殺者に狙われて生き延びれる気はしない……。
それに、もうすっかり、敬語とかおざなりだけど……まぁ、いいか。
「わ、解ったよ! エドお兄ちゃんっ! ……えへへ、お兄ちゃんかぁ……何か改めて言うとちょっと恥ずかしいな。でも、立場が上だからってエッチな事とかを強要するのは、なしにして欲しいな……そう言うのに興味はあるけど、その辺は色々と順番ってものが……」
サラッと爆弾発言……なんか夢見るような表情でまた変なこと言い出した!
「しねぇよ……さすがに、それはない……てか、正気にもどれ!」
きっぱりと断言……と言うか、こう……平手で後頭部をスパーンとぶん殴りたくなってきた。
音だけ派手なツッコミ用アイテムが欲しいな……。
そもそも、胸も平坦、寸胴体型の子供体型……パッと見、男の子とどう違うんだ……これ。
これで髪が短かったら、もう解らんかもしれんね。
……これに女の色気を感じろとか……うん、ないわー。
自分が何を口走ったのか理解したのか……また真っ赤な顔で俯く。
こいつ、どうもたまに色々いらない知識を元に暴走するらしい……これも要注意事項……と。
と言うか、世のお兄ちゃんは妹にどう接しているのだろうか? 姉さんにはよく抱きまくら代わりにされたり、風呂も一緒に入ったりしてたけど……。
まぁ、スラムのチビ共にも女の子がいるし……あの辺の年下の子達に接するような感じでもいいのかな。
ギルドの冒険者連中の中でも、年下の女の子連中の顔を思い浮かべる……。
人の顔見てデレデレになるようなのもいれば、無邪気に抱きついてきたりするのもいる……。
俺は……ガキ共の出世頭って事で、憧れの存在みたいな感じらしく、無駄に慕われてる……とは言っても、俺は子供を恋愛対象として見るような習慣なんぞない。
まぁ、頭をなでてやったり、顎をくすぐったり……犬猫と変わらんような扱いでも、あいつら十分ご機嫌になる……そんなでいいのかもな。
「エディ……お前、色々吹っ切れすぎだろ……聞いててこっちが恥ずかしくなって来たぞ……まったく、若いってのはいいねぇ……皇女殿下、無礼の数々誠に申し訳ない……」
興味深そうに俺達のやり取りを聞いていたアレクセイが半ば呆れ顔で呟く。
「そうだな……これでも妾は皇族である……こんな口を聞いた奴なんぞ、前代未聞だ……でも」
「でも?」
「うん……それでも構わない! 許す! 物語だと窮地に陥った姫君のために、ナイト様が登場ってのが定番なんだけどねぇ……現実は、こんな底意地が悪そうで、ひ弱そうなのが部下第一号か……でも、信頼は出来るって解ったから……うん、悪くないね!」
なんだそのベタなのは……けど、万が一こいつが皇帝とかなったら、それはそれで面白いかもしれん。
そうなったら、俺は皇帝の第一の腹心って訳だ……歴史にだって名前が残るかもしれん。
いや……これこそ、俺が望んでいた事なのかもしれない。
俺は、こんな理不尽な世の中を変えたいと常日頃、思っていた……こいつと一緒なら、それも夢物語でもなくなるかもしれない。
いずれにせよ満足の行く回答だった……と言うか、いいのかそれで? と思わなくはなかったが……。
自分の言ったことには責任を持たなければなるまい……。
だから俺は、無言で手を差し出す。
臣下の礼には程遠いけど、対等な立場というのであれば、これで十分だろう。
一瞬戸惑いながらも、アイシアの顔がパァッと輝くとオズオズと言った感じで、小さな手が差し出され、そっと握られる。
……思えば、これが彼女との長い付き合いの始まりだった。
すまない、実はここまでがプロローグ編だったりするんだ。(笑)




