第五話「俺と皇女様の二人三脚行」④
お兄ちゃん呼ばわりを許す代わりに、幼女に一緒にお風呂に入ることを強要する。
なかなかハイレベルな変態的要求だと思う。
俺って、そう言う事を言い出しそうな感じに見えるのかな……だとすれば、かなりショックだ。
けれど、自分が何を口にしたのか悟ったらしく皇女様の顔がみるみるうちに真っ赤になると、シオシオと俯く。
……ナニコレ、可愛い。
って……いかんいかん、ナチュラルに落とされてどうする俺。
相手は子供で皇女様……可愛いはともかく、エロい目で見るとか畏れ多いにも程がある!
と言うか……条件を出すで、何で一緒にお風呂とかなるんだか……。
噂では、いつも皇城の書庫に引き篭ってたとか言う話だけど、なんか変な本とかでも読んだのだろうか?
だが、こんなお子様がそんな世界に興味を持つとか、文字通り10年早いわ……。
やがて我に返ったらしく、びしっと背筋を伸ばすとその表情が凛としたものになる。
なるほど、皇女様モードとお子様モードがあって、自在に切り替えられるようだった……変なやつ。
真っ赤な顔をしてワタワタしている時と、まるで別人のよう……こっちがよそ行きの顔って事ね。
「こ、この妾に条件を出すとはな……お前たち臣民にとって、我が言葉は絶対ではなかったのか? いいだろう、その条件とやらを言うが良い……あと、さっきの妾の言葉は忘れるがよいぞ」
少し不機嫌になったようだった。
露骨に言葉に険があった。
なお、お風呂云々と言う話はなかったことにしろと言うことらしい。
まぁ、当然だ……俺も聞かなかった事にする。
と言うか、出来れば一人称を統一して欲しい。
……こんなチンチクリンが妾とか……無理してるのが見え見えで、面白すぎる。
それにしても、絶対なる言葉とか……こうも簡単に言ってくれるとは何というか……。
……言わない方がいいと言うことはわかっているのだけど。
言わずにはいられない言葉がふつふつと湧いてくる……だから、あえてその言葉を口にすることに決めた。
ええい……どうにでもなれ……だ!
「ははっ……いくら皇女殿下のご命令でも死ねとか言われたら、私はやなこったと即答しますよ。私がそう言う者である事をまずはご承知ください。それとも命令を盲目的に従う者でないと皇女殿下は信用出来ないとおっしゃられますかな? であれば、こちらから願い下げでございます。そんな方に仕えるなど論外なので、そう言う事であれば、私も今日付けでサブギルドマスターの職を返上します」
アレクセイが頭を抱えてため息をつく。
俺は、命令や権威で言う事を聞く人間ではないと、この国最強の存在に向かって断言したのだ……全くいい度胸だった。
皇女殿下もさすがに引きつった顔をしている……まぁ、自分の言葉が絶対とか思ってるワガママ娘にはこれくらい言ってやってもいいだろう。
不敬罪でお前死刑とか言われたら、本気でヤバいけど……そこまで恥知らずでないことを祈ろう。
「こ、皇女殿下……大変申し訳ない……こやつは有能なんですが……どうにも礼儀と言うものを弁えておらず……何卒、ご容赦を! まったく……見ず知らずの他人を助ける為に、丸腰でチンピラ三人に喧嘩ふっかける位には正義漢なんですが……命令とか権威は大嫌いと来ている……実に困った野郎です」
ハゲ親父のフォロー……もしかして、さっきの件か? 何で知ってるんだ……?
別に報告なんかしてないんだけど、シシリア辺りが報告したのか……相変わらずマメなことで……。
けれど……冒険者ギルドのギルドマスターの地位を皇族に売り渡すとか、こんな横紙破りを平然と許す親父もおかしいだろ。
と言うか、今気づいたのだけど……俺は怒っていた。
皇族達は今や復活した権威を傘にきて、やりたい放題だった。
……皇帝陛下は……命を賭けて、国を守ると言う責務を全うしたのだから、まだ許せるが……。
後継者たる剣太子と黒薔薇皇姫なんかは、もうメチャクチャだった。
……どちらも来るべき内戦の準備に余念がないし、本気で国を分かつくらいの勢いでお互いの足の引っ張り合いばかり。
大戦でぐちゃぐちゃになった帝国内の復興が最優先のはずなのに、私利私欲と己が野心が最優先。
虎の威を借って圧政を敷く腰巾着共のクソ貴族共の悪行も見て見ぬふりで、善良な貴族達をむしろ弾圧する始末。
そして、犠牲になるのは罪のない民衆ばかり……表面化していないだけで、この国は事実上の内戦に突入しつつあった。
この国の皇族はどうかしている……力に溺れて、力こそ正義とばかりに、弱者を虐げる……度し難い悪!
俺は常日頃、そう思っていた。
この帝国と言う国も……俺の家族と故郷を奪った大戦を始めたのも帝国だった……。
俺は……この帝国への憎悪を心の片隅に常に持ち続けていた。
……俺がこいつに対して、抱いていたイラツキの原因はそれか……そう改めて自覚する。
理屈では、こいつは関係ないと解っているのだけど……このやり場のない怒りの持って行き場にすることをどこかで望んでいるのだ……俺は。
ちょうどいい手頃な相手……全く持って、大人げない……度し難い悪とは、むしろこの俺の方だった。
どうしょうもないほどの自己嫌悪に駆られる。
けれど、皇女殿下の反応は俺にとっても予想外の反応だった。
最初、キッと睨みつけていたその表情がふわっと柔和なものに変わったと思ったら、心底嬉しそうに笑い始めた。
「……何がおかしいので?」
「ごめんね……君が今、考えてた事、当ててあげる……君は帝国が……わたし達皇族のことが嫌いなのね……たぶん、憎んでる……きっと、どうにもならない理由で……」
それだけ言うと皇女殿下は立ち上がり、ニコリと笑った。
「けど、そんな自分が正しくないと思ってる……だから、葛藤する……常に正しくあろうと実践してる人だから! うん、いいねっ! 昼間会った時からなんとなく解ってた……どこか捻くれてて、斜に構えてるんだけど、本当は誰よりも熱いハートの持ち主……いいなぁ……そう言うの……カッコイイじゃないの!」
そう言って、少しばかり目尻に浮かんだ涙をこすりながら、本当に嬉しそうに笑っていた。
「……お前、何を言っている? 俺とお前はさっき会ったばかりだろう……?」
「うん、アレクセイ殿……あなたの義理の息子さん……最高にいい奴だわ! 気に入った! ねぇ、眼鏡の優男さん! そう言えばあの時のお礼忘れてたね! なんか、解ってないみたいだけど、これでどう?」
そう言って、彼女は唐突にダークグリーンの帽子を被ると、その黒髪を一気に帽子の中にしまい込むといたずらっぽく微笑む。
……その姿に俺は見覚えがあった。
「……お前っ!」
……昼間の少女がそこにいた。
「なぁにそれ……やっぱり今頃、気付いたんだ? ……もっと鋭いと思ってたんだけど……わたしの変装も捨てたもんじゃなかったのね」
勝ち誇ったようにニシシと歯を見せて笑う皇女様。
と言うか、何故気づかなかったんだ……俺は?
今の今まで、昼間の世間知らずのお嬢様と、こいつが全く繋がってなかった。
冷静に考えると、すぐに解るような事だったのに……不覚。




