第五話「俺と皇女様の二人三脚行」③
「し、失礼しました……」
とりあえず、微妙な空気になってしまったので……生真面目な顔を作って、詫びる。
「あはは……気にしなくていいって! アレクセイさん、笑ってごめんなさいっ! まぁ、君もそんな風にかしこまってると疲れるだろうからさ……楽にしていいよ」
「はぁ……けれど、そう言う訳にもいきませんので、お気持ちだけありがたく受け取っておきますよ」
「意外と、お硬いのね……あ、そう言えば……君の名前、ちゃんと聞いてないね……聞いていい?」
「うーん、何というか……もう少し威厳のある口調の方がらしいと言うか……何というか」
「そ、そうね! 確かにわたしも殿下と呼ばれる立場なんだしね……ちょ、ちょっとまってねっ!」
俺とアレクセイを交互に見ながら、皇女様は下を向いてなんかぶつくさ言い出した……。
一瞬、そのままでいたのだけど、すぐに顔を上げるとその表情が凛々しくなっていた。
けど、なんでジト目で睨むんだ? 俺なんかしたか?
「これでよいか? 改めて聞こう……妾はそちの名を知りたい……名乗るのを許すぞ!」
なんか……言い直した……!
と言うか、どことなく威厳と言うものを感じる厳かな口調に一瞬飲まれそうになった……やれば出来るじゃないかっ!
ぶっちゃけ過ぎなフレンドリーな子供口調だと、何とも力が抜けるから、その調子で頑張って欲しい。
皇族と言う以上、それなりの威厳を保つよう努力して欲しいし、ギルドマスターも威厳と言うものが必要だと思うのだよ。
……いつも執務室を空にして、日がな一日ロビーで冒険者連中と酒盛りしてるようなハゲに、ギルドマスターの威厳について、小一時間ほど説教をしてやりたい。
……そう言えば、自己紹介もまだだったか。
俺としたことが、動揺しすぎて色々礼を失してしまったようだった。
皇女様も一瞬見せた不機嫌そうな表情から一転、やたらご機嫌そうに満面の笑みで俺の名乗りを期待しているかのようにじっと見つめる。
威厳……3分持ってないし! 何というか……猫の目のようにクルクル表情や雰囲気が変わる。
理不尽の塊のような奴だけど、こうも邪気の無い笑顔を向けられると、正直戸惑う。
「はぁ……俺……いや、私の名はエドワーズ・ファルナガンです。今年17になる若輩者ですが、当冒険者ギルドのサブマスターを拝命しております。実際は、体のいい雑用役ですがね……とにかく、以後お手柔らかによろしくお願いします」
後ろ手に手を組んで、胸を張って名乗る。
「こやつは、先に申し上げたとおり、我が義理の息子でして……戦後間もない頃、道端で死にかけてた所を拾ってやったのですが、若い割になかなか人望もあるし、人心掌握に長けた有能な片腕と言ったところで、実にいい拾い物でした。こやつは、武人としての才には恵まれておりませんが……何かと知恵が回る上に、交渉事や事務処理能力に関しては右に出るものはおりません……必ずや皇女殿下のお役に立つと存じ上げます」
まてやこら……もう自分は関係ないからって、ここぞとばかりに持ち上げんな……普段はやる気がないだの、怠け者だの好き放題言ってやがったくせに……。
まぁ、基本的にやる気が無いのは事実だし、怠惰な時間を過ごすのは至極の時間だとか思ってるけどな!
なるべく楽しようぜ……それが俺の座右の銘だ。
ちなみに、付け加えるとすれば、危機感知と逃げ足の速さは自慢できると自負している……実際、俺はこの持ち前の勘の良さで、地獄のような負け戦となった戦場を生き延びたようなものだから。
たまに昼間みたいに妙な正義感に駆られて、要らんことをする場合もあるけどな……俺は正しくないことは嫌いだから……単にそれだけだ。
「ふむ、エドワーズか……ちょっと呼びにくいから、何か愛称みたいなのはないのか? わたしの名のアイリュシアも少々呼びにくくてな……親しいものはアイシアと呼ぶ……お主には、是非とも我が腹心となってもらうつもりなのでな……特別にアイシアと呼ぶことを許すぞ!」
特別にと言う言葉をやけに強調しながら、満面の笑みを浮かべるアイリュシア様。
確かに、呼びにくい名前なのだけど……指先が触れただけで、不敬罪で死刑になっても文句言えない……そんなVIP相手に愛称で呼べとか、ちとハード過ぎやしませんかね?
まぁ、ここはお断り一択……ですよねー。
「そ、それは……さすがに畏れ多いかと、存じ上げます……アイリュシア皇女殿下」
辛うじて、そう呟くと酷く悲しそうな顔をされてしまう。
と言うか、いきなり涙目になってるしっ! うぇ……なんかしくじった!
……怒気をはらんだアレクセイの禿頭が目前に迫る。
(うぉい……エディ、皇女殿下が泣きそうだぞ! 本人がいいって言うんだから、そんな他人行儀な態度は止めろ……俺の約束されたバラ色の引退生活が吹き飛んだら、オメェのせいだからな? そうなったら、3つに折り畳んでブチ殺すからな……)
小声で囁くように言ってるんだけど、顔近いし、めっちゃ物騒だった……。
ドスの利いたダミ声、マジで怖いし、3つに折り畳まれて死ぬってどんな状況なんだよっ!
「で、では……アイシア様……と言うことで、あ……私のことは、エディなりエドとでも呼んで下さい」
さすがに、皇女様を呼び捨てとかハード過ぎるぜ。
けどまぁ、彼女からどう呼ばれようと、俺としては一向に構わない……ポチ呼ばわりだって、受け入れるさ。
「べ、別に……呼び捨てでも構わんのだぞ? まぁいい……エドか……そうだっ! いっそエドお兄ちゃんと呼んでも良いか?」
「お、お兄ちゃん?!」
俺の予想の斜め上の呼び名に思わずむせた。
本人は、さも名案でも思いついたとでも言いたげなドヤ顔をしているのだが。
何故……そうなる? お兄ちゃんとかハードすぎる愛称だった。
……まぁ、妹とか欲しかったとか思ってたりもした時期もありました。
一応、姉はいた……過去形になってしまうのが悲しい所だし、家族の事はあまり思い出したくないのだけど……。
やっとの思いで帰り着いた我が家……あるべきはずのその場所に広がる焼け焦げた瓦礫の山……。
……結局、どうする事も出来なかった……あの日の悲しみと喪失感……俺は……。
「エディッ!」
ハゲオヤジが怒声と共にかかとに蹴りを入れてきた。
おかげでハッと我に返る……驚いたような表情のアイシア様と目があう。
「そ、その感じだと……だ、駄目っぽいね……お兄ちゃんはさすがに嫌だよね……あはは」
乾いた笑い声に自分がどんな顔をしていたか、想像付く。
参ったな……姉さんのことを思い出した拍子に、色々顔に出たらしい。
……たぶん、俺は怒りでこの世を滅ぼしかねない……そんな顔をしていたと思う。
「……何を考えてたのか知らんが、そんなシケたツラをするな……ったく」
アレクセイの叱責。
……さすがに、これは少し不本意だった……別に皇女殿下が悪いわけじゃない。
けど、人前で皇女様にお兄ちゃんとか、それとこれは別だった……。
「いや……べ、別にお兄ちゃんと呼ばれるのがいやと言うわけでは……とにかく、すまん……」
……そう言うのがやっとだった。
「なら、エドお兄ちゃんと呼んで良いのか? わたし、お兄ちゃんと呼べる人が欲しかったのよねっ!」
「いや、俺と君はあくまで上司と部下であって……俺がお兄ちゃんだと、君が妹なんだけど、皇女殿下でもあって……ああっ! ややこしいっ!」
「……すまぬ……わたしも何を言われてるのか良く解らないのだが……別に本当の兄妹の関係になれと言うつもりはないぞ? 単純な呼び方としてと言うだけだ。なんなら、わたしの事も妹ちゃんと呼んでくれても構わんが……この呼び方なんかおかしい気もする……」
なんか噛み合ってるようで、噛み合ってない……なんだこれ? 何の話してたんだっけ?
……アレクセイが堪えきれないように背中を向けて、肩をプルプル震わせている。
そりゃ、第三者的立場ならこんなアホなやり取り、さぞ面白かろうよ……このハゲッ! 磨くぞっ!
「あ、その……なんだ……確かに俺には、妹とかいませんが……皇女殿下には実の兄上達がいるじゃないですか?」
そうだ! 皇族たる方々を差し置いて、こんな出自も怪しい青二才をお兄ちゃん呼ばわりは駄目だろ……どう考えても。
けど、俺の拒絶の言葉に、また俯いて悲しそうな顔……だから、そう言う顔をするなと。
なんか罪悪感が半端ないんですけど!
「兄上達は……もはや、わたしを妹などとは思っておらんのでな……我ら皇族の兄弟姉妹はそんな甘い関係はもう望めんのだ……だからこそ、お兄ちゃんと呼べる相手が欲しかったのだがな……やはり、気に入らんか?」
いつの間にか隣へ来ていたアレクセイの渾身のエルボーが俺の脇腹へ炸裂する。
おまけに、皇女様の涙目上目遣い……俺、逃げ場なし。
「ぐっ……解りました……ただし条件がある……いや、あります!」
……流されてたまるか……俺はあくまで俺の意志を貫き通す!
「じょ、条件って?! ま、まさか、一緒にお風呂に入れとか言うのでは!」
……この皇女様、いきなり良くわかんないこと言い出した。
しかも、真顔で……俺にどうしろと? なんかもう、頭の中が真っ白になった。
皇女様……たぶん、耳年増。φ(..)メモメモ




