第一話「グッバイ、引き篭もりデイズ」①
わたしの物語を語ろう。
はじめに前置きしておくけれど、これはもうわたしにとっては、過去の過ぎ去った物語。
すべては、過去形……決して戻れない過ぎ去ったものたち。
あの頃があって、今のわたしがある。
――あの忘れがたい愛すべき人達との、大切な日々の思い出。
……まず、わたしの名前。
「アイリュシア・ファロ・ザカリテウス」
この大陸……「星の堕ちた地」と呼ばれる大陸の半分を支配する大帝国ザカリテウスの皇族の一人。
一言で言うととっても偉い人。
……たぶん。
なにせ、偉い人と言われても、何がどう偉いのかわたしには理解できないから。
偉いって何だろ? わたしは、誰かに命令なんかした事なかったし、された事もない。
お世話してくれる人達もいるけど、感謝こそすれ自分が偉いから当然なんて思わない。
わたしは一人じゃ何も出来ない子だけど、いつか誰かの為に役に立ちたい。
そんな、ささやかな願いくらいはある……叶うかどうかは解らないけど。
何も出来ないで、忘れられるなんて、嫌じゃないの。
……ほんの5年ほど前までは、わたし達皇族は帝国の象徴的な存在として、政治にも軍事にも携わらずに、外交や巡幸と言った……要するにお飾りの役目に徹していた。
帝国最古の一族……帝国が帝国であるが為の歴史的な象徴……そんな程度の役割だった。
けれども、それは4年前に勃発した帝国による大陸統一戦争で状況が一変してしまった。
帝国と従属国家群……東方同盟と、1000年位前から延々敵対し続けていたその他大勢の西方連合との戦争。
第28次東西大戦とか名付けられた時点で、この東西の関係が恐ろしく根深い事が解るだろう。
なにせこの大陸は500年ほど前に一回「大破滅」と呼ばれる災厄でほとんど全てが滅びているのだ……そんな絶望的な時代を超えている関わらず、東西の仲の悪さは変わらなかったと言う……積年の怨念やら、人種の違い……価値観の違い。
たぶん、このふたつの勢力は、永遠に相容れなさそうだ……どちらかが完全に滅び去るその日まで……。
だからこそ、この大陸では歴史上何度ともなく二大勢力の衝突が起きている。
西方が仕掛けることもあれば、東方が仕掛けた事もある。
歴史は繰り返す……ただそれだけのこと。
どちらが悪いとか、誰が悪いとか、そんな問題じゃない……全くもって、どうしょうもない話だった。
平和と言えたのは、つかの間の戦間期くらいのもの。
そして、延々と争っている割には、その支配領域は大きく変動した試しがなく、取って取られて、取られて取って……それの繰り返し。
その28回目を数える大戦も、膠着状態の打破と言うスローガンと共に、新技術による新兵器なども導入したかつて無い規模のものとなった。
当初は、入念な準備の上で仕掛けた帝国側が有利だった。
その目的自体は、これまでと違い勢力圏の拡大、西方の抱える穀倉地帯の奪取と多少は現実的であり、その目的は容易に達成できたかのように見えた。
けれども。
海の向こうの海洋国家が西方連合の救援に応えて参戦した事で、帝国側の目論見は一挙に潰えた。
海の向こうに点在する群島群を統一する事で誕生した海洋国家……ルシャナ共和国。
その誕生には、凄まじいほどの戦争の繰り返し、そして別の大陸からの侵略や海洋特有の強力なモンスターとの戦いと言った、かなり複雑な経緯があったと言う話だ。
わたし達帝国より遥かに進み、洗練された技術を用いた共和国の軍勢は、西方諸国を圧倒していた帝国軍を遥かに凌駕するものだった。
帝国外洋艦隊が為す術もなく一隻残らず全滅したのを皮切りに、陸戦でも敗退に次ぐ敗退……。
高性能火薬を使った圧倒的な射程の連発式旋条銃、鋼の装甲を纏った巨大な戦車。
天を自在に舞う飛行機械群……。
そんな共和国の支援を受ける事で西方連合軍の装備も共和国製となり、格段に強化されてしまった。
帝国軍は練度や士気も高く戦慣れしているものの、共和国との技術格差は軽く100年は離れていて、西方の格段に強化された軍勢に帝国軍があがらえる術はなく……たちまち帝国側の敗色が濃厚となってしまった。
衛星国家が軒並み落とされたあたりで、さっさと白旗でも上げれば良かったのだろうけど……始めるのは容易くても、終わらせるのは困難を極める……それが戦争というもの。
明らかに敗色濃厚でも引くに引けない……戦争ではよくある話。
そんなものは、歴史書でも紐解けば枚挙にいとまがない。
戦争は実に馬鹿馬鹿しいような理由と共に起こり、泥沼化しグダグダになって終わる……いつだって、どこだって、そんなもの。
徹底抗戦を掲げたものの……絶対不可侵とされた帝国本土が蹂躙され、そして帝都に連合軍の軍勢が迫り来る段階になって、誰もが絶望したその時。
父上……現皇帝アスヴァルドⅣ世は、皇族のみが扱える「黒の守護者」と呼ばれる異能をもって、連合軍に立ち向かうと宣言。
……そして、最後の帝国軍、3,000程度の重装近衛騎士団を率いて数十万もの連合軍と戦い……返り討ちにしてしまった。
500年前……大陸を二分した大戦の最中に、魔王と共に現れた使徒と呼ばれる超常の戦士たち。
その力の片鱗と言われる絶対なる力……黒の守護者と呼ばれる力。
わたし達、皇族のみがそれを扱うことが出来ると言い伝えられてきた、絶対無敵の力だった。
万の砲弾も、千人もの魔術師が編み上げた大魔法すらも意に介さないその異形の力は……当事者の一方が全滅してしまったので、何が起きたのか詳細は未だ明らかになっていないのだけれど。
僅かに生き残った者曰く……黒い巨人達が戦車隊を蹂躙し……黒い津波が兵士達を飲み込んでいった……。
少なくともそれはもう戦闘と呼べるものじゃなかった……一方的な大虐殺……。
結果だけ見ると、近代科学技術の粋を集め武装した数十万を数えた西方連合軍は消滅。
全滅とか壊滅、そんな生易しいレベルじゃない……百人にも満たないほんの僅かな生き残りを残して、文字通り跡形も無く消滅してしまったのだ。
……理不尽極まりない絶対なる力。
それを扱うものこそ、帝国の守護者であり、それが帝国の皇族の本来の役割だったのだと、誰もが思い知る事となった。
……わたし達は、嫌が応にでも自分達の役割と力を理解し、帝国の最高戦力にして、最高権力者として君臨することになってしまったのだった。
これが良いことだったのか、悪いことだったのか……それはわたしには解らない。
わたしだって、当事者のひとりなのだから……そんなものは後世の歴史家にでも判断してもらうしか無いだろう。
わたし達は……今を生きているのだから。
結局この東西大戦は、帝都攻防戦で連合軍が消滅してしまい……帝国軍もまた連合軍との一連の攻防でもっと前に壊滅……。
父上も守護者の力を使い過ぎて、一気に衰えてしまい……。
勝者なき戦い……誰もが戦う力を使い果たし、半ば必然的に戦争の続行は不可能となった。
東方も西方も双方の領域の間に非武装中立緩衝地域を設け、双方不可侵とする休戦協定を結び、大戦はわずか一年で終結した。
それから、3年ほどの月日が流れてしまった。
現状、帝国は長兄のルキウルス兄様と、長姉たるフォルテッシアお姉様の二人による共同統治という形となり、10人近くいる他の兄弟姉妹たちも、それぞれ大貴族や有力者の後ろ盾が付き、二人の補佐と言う形を取りながらも、虎視眈々と次代の玉座を狙っている。
昔は、皆仲良かったはずなのに……一部を除いて、兄弟姉妹が顔を合わせることすらなくなってしまったのが、とても悲しい。
それでも、わたし達兄弟姉妹の関係は、表立っては平穏なもの。
実際は、微妙なパワーバランスの元に平穏が保たれているように見えるだけで、その関係は緊張感にまみれた殺伐としたものだった。
わたしは……と言うと、昔から病弱で、一年の半分を病床で過ごしてたような……楽しみと言えば読書三昧くらいのインドア派。
もちろん、剣だの魔術だのにも縁がなく、政治にだって全く関わりない……文字通りの箱入り娘。
後ろ盾も何もおらず、誰からも何も期待されていなかった。
役目としては、いずれ政略結婚のコマとして、大貴族や同盟国へお嫁さんに行かされる……と言ったところだけど、こんな明日にでも死にかけない病弱娘……ノシ付けても、要らないと言われそうだった。
強いて言えば、父上からは溺愛されていた。
今は亡きエリザベート皇后……正妻たる母上の唯一の子供がわたしだった。
何回も死にかけて、死の淵をさまよい20歳までとても生きられない……そう言われていたわたしを哀れんだのか、父上は特別可愛がってくれた。
もし、わたしが女の子じゃなくて、男の子だったら、迷わず世継ぎにしたとか、会うたびに冗談交じりで話していたことを覚えている。
わたしは、城の外に出る事も滅多になくて、誰とも話ひとつせずに一日が終わったりも珍しくなかった。
母上が亡くなってしまって、父上以外誰にも頼れないわたしにとっての保身術は、極力誰とも関わらず、目立たず静かにひっそりと生きていくことだった。
けど、別に自分が不幸とか、恵まれていないとか、そんな風には思わない。
皇城の書庫の出入りはフリーパスだったから、技術書から歴史書に魔導書、娯楽小説……ありとあらゆる書物を読みまくったので、知識だけは無駄に増えた。
政治、軍事、経済に数学、各種言語……。
医学や動植物、物理科学や化学なんかも独学で覚えたし、この大陸の歴史についても深い知識を得るに至った。
魔術については、魔術書を元に独学で色々試したけれど、小さな火を灯すとかコップ一杯の水の生み出すような生活魔法ですら使えなかった。
皇族と魔術は相性が悪くまともに使えた例がないという話だったが、わたしも例外じゃなかった……残念。
書庫の管理人ともすっかり懇意になっていたので、共和国や西方の書物を取り寄せてもらったりもして、自力で翻訳などをしているうちに、向こうの文字も読み書きできるようになってしまった。
会話とかは……西方の大使相手に試してみたら、筆談も交えれば結構通じて、感心されてしまった。
いっそ、外交官にならないか、なんて誘われてしまったけど……外国を飛び回るような生活、多分身体が持たない。
とにかく、書物の世界は素敵だ……。
何処にも行けなくても、誰とも合わなくたって……時や場所すら飛び越えて、未知の世界へわたしを誘い、無限の知識を与えてくれる。
……たっぷりのお砂糖を入れて、甘くしたお茶を飲みながら、日がな一日読書に費やする。
それが、わたしの日常だった。
そんな風にいつまでも、ぬるま湯のような優しい時間がずっと続くと。
わたしは、思っていた。