親猫
「こんばんわ。」
最近のインターホンにはカメラが付いており、ドアの前まで行かなくても、尋ねて来た人の顔を見ることができる。そのカメラには、下の階の人が写っている。
下の階の人は、変わった人ではない。
いや、寧ろ普通すぎる。普通すぎて、特徴を上げろと言われても「普通」としか言えない。ほとんどの人はそれでは納得しないだろう。普通すぎる顔だなんて、だいたい覚えれる物だ。
しかし、覚えれない。見ないと思い出せない。何かと下の階の人とは、共用ポストの前とか階段で会うのだが。
私の住んでいる所は三階なので、足音や掃除する時間には気を使わなければならない。そのお蔭で、胸を張って下の階の人に迷惑をしていないと胸を張れる。やましい事はしていないし、回覧板か何かだろう。
「はい。少々、お待ち下さい」
「猫……ですか?」
「はい」
下の階の普通すぎる人は、尋ねて来るなり、「猫を知らないか?」と聞いて来た。白い、真っ白の猫で、目は青色だそうだ。確かに近所で見たことがあるような気がする。
「そうなのですか、わたしの所で飼っているのですけど、普段は帰って来るはずなのに、帰ってこなくて……」
近所には真っ黒の、気の強い猫がいる。しかし、だからって気にし過ぎでは…
「そうなのでしょうか……」
一晩ぐらいは帰ってこない事もあるのでは、と思う。
そもそも、何故私に尋ねに?
「いえ、何かご存知じゃないかと…
以前下で、ミーにご飯を上げて下さってたような気がするので」
そうか、そんな事、あったな。
てか、ミーって名前なんだ、覚えておこう。
「ええ、それではまた。
見つけたら、教えて下さい」
「はい」
そう言って、私は扉を閉めて気づいた。
私、声出していたっけ。
まぁいいや。
その日、私は寝坊をし、講義をさぼる事にした。さぼった所で単位は足りているし、そもそも他の授業で単位を落とした時の為に受けているのだ。自分の興味の対象外だし。
外は気持ちのいい秋晴れの日で、まだ残暑が少し残っていて昼間は三十度を越す。
しかし風が冷たいので、日陰とかにいたら十分心地よい日だ。
その時、確か私はさぼった代わりに部屋掃除をしていた。
外から、にゃあ、と声が聞こえた。
猫……だと思う。
向かいの家に赤ん坊が生まれたらしく、もちろん人の子だ、夜泣きでよく猫の声と間違えるのだ。
猫の声もそうだが、赤ん坊の声は甲高くて、失礼な言い方だとは思ってはいるが、人間の声と言うより、野生動物の声に近い気がする。
飼いならされた猫が野生動物かどうかは兎も角、言いたいのは言葉を話す前の赤ん坊の声は動物そのものだ。
と、そんなつまらない事にふけっていると、下の階から「ミー、ミー」と声が聞こえて来た。
そういや、下の階の人、猫がいなくなったと言っていたな。
そんな事を思いながら、わたしは布団を干した。
夜、私はコンビニに買い出しに行った。
昼間、布団を出して一休みしようと思い座ったら、疲れたらしく、大爆睡をかましてしまったのだ。
気がついたら、まん丸のお月様がさんさんと輝いていた。
結局、私は大学にも行かず、丸一日を部屋掃除に当ててしまったのだ。
溜め込んでいた食材も無く、この時間ではスーパーは流石に閉まっているので、しかた無くコンビニに行った。
そして、その帰りだ。
涼しさに浮かれながら、階段を上がっていた時の事、私の部屋の扉の前に猫がちょこんと、どこ行ってたんだと言う顔で行儀よく、座っているのだ。
真っ白で、青い目、赤い首輪をしている。
あれぇと私は首を傾げた。
この猫、下の階の人の猫じゃないのかね。
すると猫様は私の足下を通り過ぎ、さらに上の階に上がっていった。
ちょっと、下じゃないの?
そんなのお構いなく、猫はひょいひょいと上がっていく。
私は買い出しの物を玄関に置き、上の階に上がっていった。
するとどうだ、上の玄関の前には狸の置物があるではないか。
ば・・・化けよった・・・
私はこれより上があったかどうか、気にする余裕が無くなってしまった。
頭の中には、化け猫表れる!、で埋まっており、言うなれば気が動転したのだ。
どうする事も出来なくなった私は、私は部屋に戻り買って来たビビンバを食べた。
そして今日の事を、猫の事は言ってないが、彼氏に話した。その時に、今更ながらだが、ふと思った。
……うちが最上階じゃなかったっけ?
「かあさん……」
毎回、かあさんの化けっぷりにはあぜんとする。
以前は確か、おしゃれな部屋にありそうなスタンド型のランプだっけか。
それに比べたら全然、ベタな物だ。
「ずいぶん探したよ。とうとう狸に劣る信楽の狸になったか。」
「誰が、狸に劣るだって?」
目の前の狸が口を開いた……
訳ではないようだ。さっきからびくとも動いていない。
その代わり、扉がばたんばたんと開いたり、閉じたりしている。
「……一階層、丸ごとに化けたのかい……」
「やっとわかったかい」
カカカと笑っている声がする。
いい加減にしてくれと思う……
「かあさん……」
「いやしかし、上の階のあの娘、騙しがいがあるねぇ。目をまん丸にしてたよ」
写真に撮りたかったよ、と言っている。
「私は、帰りますね」
ええ〜、冷たいなぁと無邪気な事を言っているが、私は無視して自分の部屋に戻った。
「少しは待ってくれても良いじゃないか」
真っ白の青い目の猫が、なぜか私より先に帰って来ている。
この猫こそ、私の母親だ。
かく言う、私も化け猫なんだが……
「それでどうだい?」
上の娘は、タイプなのかい?と下世話な話を切り出して来る。
「今時の娘にしたら」
落ち着いてますね。としか、私は答えれなかった。
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