8話
釣り針を手に入れたから後は釣竿かな。クラーケンの重量と力に耐えられる素材を選ばないと。
「ねえ、旦那さん。クラーケンの」
「普通に販売されている物じゃあ、五分と保たないと思うよ。アレを使うしかないね」
途中で無理と言われてしまう。旦那さんが言うアレについて心当たりはあるけれど、出来るならば最後の手段にしたいなあ。
そんな事を考えている私の肩をポンッと叩く二つの手。シンちゃんとジョニーだ。
「諦めるしかないですにゃ。クラーケンが相手で餌が餌なので、世界の終わりまで考えてもケイ様しか適任者がいないですにゃ」
「イヤだ認めたくない、きっと海の男達なら出来るよ?」
「釣竿ごと引きずり込まれて犠牲者が増えるだけだね。それが希望?」
いつもはふざけているシンちゃんが正論で諭してくる。私だって犠牲者が増えるのは避けたいに決まっている。分かっていて言ってくるから狡いよな。
「分かりましたよ…やりますよ。釣竿がお気に入りだから使いたくなかったのに。もしも破損したらバン国王に請求しよう」
「あれだけ豪華な素材を惜しげもなく注ぎ込んだからね、嫁さんが大事にしたい気持ちも理解出来るよ。請求書についてとユウキのレベルについて、測定器を借りたいってミニドラ便で夕方までに間に合うかな」
急ぎでミニドラ便を出そうとする旦那さんにオリバーさんが待ったをかける。
「いくら何でも時間が足りないだろう。俺を魔法で送ってくれたら陛下に直接話が出来るぞ」
それは良い考えだと思ったから旦那さんと一緒に行ってもらう事にする。
「移動の前に確認したいが大事な釣竿の素材は何だ?」
「火山に生息している若い火龍の骨と鱗を中心にして、AからSランクの素材を十種類位?装飾はレアな宝石を沢山散りばめた、それからね?」
「も、もう十分だ…陛下には祈っていて欲しいと伝える。では行こう、フミ殿」
自分から話を振ったくせに顔色を青くしたオリバーさんは出掛けて行った。
「穏やかな波、綺麗なサンセット!夜釣りには絶好のタイミング!さあ大物ゲットだぜ、野郎共!」
「姐さんに命を預けたぜ!」
「海の底までお供しまさあ!」
船首で仁王立ちになった私が声を掛けると、甲板のあちらこちらから野太い声で返事が返ってくる。マロに士気向上の魔法をかけてもらった結果なのだ。
怯えや恐怖心の欠片もなさそうな船員や冒険者達に内心で大丈夫かな?と考える。依存性のある魔法じゃないらしいから平気かな、多分。
「皆、これをご覧よ!今回の為に女帝が大事にしている釣竿を使うんだ!これはねクラーケンと同じ、海の大型魔物シーサーペント用なんだ。し・か・も、キング専用だよ?だから、皆は僕と一緒に雑魚を減らそうね!」
私に続いてシンちゃんも皆を煽る。立て掛けてある巨大な釣竿は、夕陽を反射してキラキラだから皆の視線は釘付けだ。
「野郎共!錨を揚げろ帆を張れ、出航だ!」
釣り針を提供してくれた道具屋の親父が叫ぶと船員達が働き始める。彼は船長さんではない。出航直前にやって来て、ついて行きたいと言い始めて一歩も譲らなかったんだよね。
ちゃっかり私達の隣に並んで指示を出していた。あっという間にメインマストに真っ白な帆が張られて船が動き出す。
現場海域までは数時間かかるから別の作業に取りかかろう。
「何をしているのですか?」
船室でオリバーさんから受け取った、小さな箱と格闘する私にカリーナちゃんが興味津々だった。
「これ?いつでもどこでも冒険者のレベルを測定出来る魔法装置だよ、試験段階だから販売されていないらしいけれどね」
「本当に測定出来たらすごい事ですよね?普通はギルドに行って、手数料を払って測定するから。ランクアップ認定の時も測定しますよね。説明書を読み上げますね」
意外に詳しいなカリーナちゃん。彼女が興奮気味に話すのを聞きながら、説明書通りに作業をする。
「まずは蓋を開けて付属の八色のコードを、指定の順番に並べて固定する?反対側は逆の並び方にして固定?」
「了解、出来たよ」
手のひらサイズの小箱だからかなり細かい作業になるな。それにしても何だろう?何かを思い出す。
「旦那さん、この作業って何かやった事ある気がするけれど。デジャヴかな?」
「アレじゃないかな、LANケーブルを作った事あるよね」
「あーアレか!ありがとう、スッキリした。よく似ているからだね」
私達の会話内容が理解出来ないカリーナちゃんは、何語ですかと首を傾げている。気にしないでと言って先を読んでもらう。
「両方のコードを固定したら蓋を戻して赤いボタンを押す、そのボタンが緑になったらガラスの部分に指を置いて数秒?で音がして表示されるみたいです」
自信なさそうなカリーナちゃんに笑いかけてから人差し指を置いてみる。五秒程度でピッと音が鳴ると、覗き込んでいたカリーナちゃんが息をのんだ。
「すごい…レベル百だなんて。限界突破に成功していたんですね」
「限界って何レベルだった?あまり気にしていなくて」
上があるなら最大限まで目指したくなるから、途中の数字はどうでもいい。そう言ったら呆れられた、何故かな?
転生した時点で色々チートだから、カリーナちゃんが言う限界突破とか関係ないんだよね。でも説明出来ないから誤魔化すしかない。
「最高ランク冒険者と言われている人達でも八十が限界です。限界突破に挑戦して成功する人は一握りですよ?ケイ様達が渡り人という噂は本当なんですね」
「普通は八十が限界なのかあ。私達については…昔の事は忘れたわ!」
「過去はどうでもいいし詮索するなという事ですね。深くは聞きません。ついでだから皆さん測定しましょう」
私が喋るつもりがないと判断したカリーナちゃんは、皆のレベルを見たいと言い出す。
「やってもいいけれど僕とシンは嫁さんと同じで、ジョニーとマロは九十位だったはずだ。わざわざ調べる?」
旦那さんが苦笑いしながら言うとオリバーさんを標的にしたみたい。
「オリバー様、どうぞ」
「仕方ないな。数年前から測定していないからな。どうなっていることやら」
結果は五十五で変化はないらしい。ギルド長のアンガスと良い勝負か。あー思い出しちゃった、ミア元気かな。モフりに行きたいな。
そしてカリーナちゃんはワクテカしながらユウキに小箱を渡す。
「ユウキ様は召喚された勇者だから、きっと高レベルですよ」
「俺の隠された実力を披露する時が来たか、秘密にしておくべきなんだが仕方ない。見るが良いぜ!」
果たしてユウキのレベルは…三十だった。さっきの中二病風な前振りは何だったのか。笑うの我慢していたのに、私の努力を返せ!
「最初から三十あるなんて。ギルドに登録したばかりの人達は平均で十前後なのに、流石はユウキ様です。きっとレベルアップも早いですよ」
カリーナちゃん、どこまでもポジティブだね。遠い目をしているとユウキが手招きしてくる。皆から少し離れてヒソヒソ話す。
「何さ?」
「質問っていうか、頼みたい事があるんだ…レベルアップを手伝ってくれないか?」
先に私のレベルを測定したからそう言ってくると思っていた。
「カリーナちゃんに良いところを見せたいとか?」
「それもある。後は勇者として活躍しても低レベルだと格好悪いからな」
「格好悪い、ね…まあ手伝う事は問題ない。逆に質問するけれど、レベルアップの為なら、ちょっとの恐怖は乗り越えられる?」
「ちょっとだろう?大丈夫だ」
「その言葉忘れるなよ。後は自由時間にしよう」
言質をとれたので皆の方に戻る。オリバーさんだけがユウキに微妙な視線を向けていた。
「おう、嬢ちゃん!件の海域に到着したぜ、既に取り巻きが集まってきているからな。早いとこ甲板に来てくれや」
道具屋の親父が伝声管で伝えてきた。親玉の前に無数の雑魚掃除からか、以外に面倒だなこの仕事。
「それじゃあ、行きますか。シンは威力の高い鏃で雑魚をまとめて始末して。マロはオリバーさんと一緒に行動してね、怪我人が出たら即治療の方向で」
「ジョニーは嫁さんが釣りをしている間の護衛だ。船員達や冒険者達が頑張っても、戦いは数だからね。すり抜けてくる個体は一定数いると考えて動いてくれ」
甲板に繋がる階段を駆け下りながら、私と旦那さんで皆に指示を出す。船の周りは半魚人風の魔物で埋め尽くされて、乗り込んできている個体もいた。
冒険者達が船員達を守るために戦っている。
「うっは!本当にアレっぽいわ。皆さんのSAN値が心配な光景だねえ」
「嫁さん、そんな事言っている間に走りなよ。では戦闘開始!」
旦那さんの声でそれぞれが持ち場へ向かっていく。
「任せて下さい、頑張りましょうオリバー様」
「頼りにしているぞ、マロ」
甲板に到着すると同時に、マロとオリバーさんは船の後方へ走って行った。シンちゃんはバチバチと音を立てる矢を、一度に数本放っていた。
「水の中だからこれが良いかな?エナジーボルト・レイン!うん、計算通り。船首近くの真ん中で頑張るから、後で応援に来てね。フミ」
「了解した。少しだけ頑張ってくれ」
次々と矢を放つシンちゃんを残して船首に向かう。そこにも数匹の半魚人がいてこちらを威嚇してきたけれど、ジョニーの大剣で細切れになる。
「さて始めますか。天を支える硬度をここに、マジカル・カーゴ!さあ、ユウキの出番だ」
旦那さんが畳一畳分のクリスタル製の檻を作ってユウキに声をかける。私はその間に釣竿と釣り針を手に取る。
「まさか…これに入って海に投げ込むとかじゃないよな?」
「正解、その通りだよ。時間が無いから早く準備して、旦那さん強化魔法よろしく」
「剛腕の称号を与えよ、タイタンハンマー。シンの援護に行ってくる、ジョニー頼んだぞ」
「お任せあれですにゃ」
顔が引きつっているユウキにはサラッと告げてやる。水龍の髭を加工して作った釣り糸を使って、檻と釣り針を繋ぐ。
「皆のために頑張るんだろう?それにこの檻は旦那さん特製だから、中に水は入らないしクラーケンに巻き付かれても壊れないよ。ちなみにその時がチャンスだからな?」
「どういう意味だよ…なあ、他に方法無いのかよ」
檻の入口で躊躇っているユウキの背中を蹴って中に押し込む。ガチャンと鍵をかけて餌の完成。
「何しやがる!」
「ユ、ユウキ様!ケイさん、いくら何でも酷いです」
「はいはい、騒がないの。レベル上げたいんだろう?クラーケンは高レベルの魔物だ、経験値はおいしいはずだ。怪我とかしないように最高の道具を使うんだ、私や旦那さんを信じろ」
「分かったよ、カリーナの事頼んだからな?俺は何をすれば良い?」
海に入ってもいないのに顔色真っ青なユウキ。カリーナちゃんに私の側にいるように言っている。精霊の加護を付与した腕輪を両手首に装着する。
土龍の背中の皮で作ったグローブをはめて釣り竿を握ると、大きく振りかぶった。
「言い忘れていた、クラーケンは人肉がお好みらしいよ?大口開けて迫ってくるから、適当に斬り付ければ経験値が入るから頑張れ。どっせええい!」
「は?人肉が好物?何で今頃言うんだああああああ!」
「ユウキ様あああ、イヤアアア!」
ユウキの入った檻は綺麗な放物線を描いて、ボチャンと半魚人達の居ない場所へと落ちていった。