5話
ジョニーに手綱を任せて荷台で寛ぐ。窓を隠す為に縫い物をしているマロを眺めて、お菓子を食べる。馬車が別々というのは非常に快適だ。ユウキの言動に悩まされないから。
でもオリバーさんは胃が痛いだろうなと後ろを見るが、意外にも笑顔で手を振られる。あれ?と思っていると旦那さんが理由を教えてくれる。
「前半分はオリバーさんのスペースで、後ろ半分がユウキとカリーナちゃんの愛の巣なんだ」
「愛の巣て…いくら仕切りがあってもイチャイチャされたら嫌じゃない?」
「大丈夫。大声で叫んでも聞こえない防音にしておいた。逆にトラブルがあっても聞こえないから、注意しろって言っておいた」
まあ良いか。何か問題が出てきたら考えよう。オリバーさんが心労で倒れない方が、良いに決まっているからね。
草原を二台の馬車がのんびり進む光景は、盗賊から見ると無防備なんだろう。いかにもといった感じでワラワラ出てきて道を塞ぐ。
馬車が止まった事が気になったのかカリーナちゃんが降りてくる。非戦闘員なのに危ない娘だな。守る為に降りて近付くとニコニコして側に来た。
当然だけれど盗賊達がそれを見逃す筈がない。
「ヒャッハー!女がいるぜ。お頭、上玉が二人いますよ!」
「俺は小さい方が良いから味見させて欲しいですよ!」
「ど、どっちでも良い。久し振りの、お、女!」
もう少し違う言い方は出来んのか、ボキャブラリーがないのかね。さてと鑑定を実行しようかな。おお、全員に賞金が付いている。
結構派手に荒らし回っている集団か。お小遣いになってもらおうかな。
「い、嫌だ!助けて下さい!ユウキ様!」
カリーナちゃんが涙目になって震え始めた。ユウキはカリーナちゃんをギュッと抱きしめてから、馬車に隠れるように言うと私を見る。
「ケイとフミのことだから、馬車に特殊加工がしてあるんじゃないか?近付くとビームで攻撃とかさ」
「流石にビームは搭載していない。多少魔法が当たっても傷一つつかない位かな?旦那さんがそう言っていた」
そんな事を話している間に馬車の周りを囲まれる。一番金額が高くて一際背の高い、ムキマッチョのスキンヘッドが指示をした。
「あの黒髪は俺だけの物にする。チビの方は俺が楽しんだら好きにしろ。売り飛ばすから傷物にするなよ?捕まえろ、男は殺せ!」
私をご指名みたいだけれど、あれに触られるのは嫌だなあ。武器を振りかざして向かってくる盗賊達を見ながら、ユウキにあることを聞いてみた。
「相手は魔物じゃないけれど…やれる?無理ならカリーナちゃんと一緒に馬車の中にいろ」
チートだから怪我で終わると思うけれど、足手まといになるのは勘弁して欲しい。
「ここは日本でも地球でもないのは分かっている。やらなきゃやられるのもな」
「まあ、避けて通れないからな…親玉は私が始末するから皆と一緒に他を頼む」
「おう、任せろ」
剣を握るユウキの手が震えているのは指摘しない。気付いてしまうと恐怖心に呑まれてしまうから。争うように馬車と私に殺到する盗賊達の間をすり抜ける。
私が狙うのは親玉らしいムキマッチョだけだ。特注品かなと思うような大きなカトラスを打ち下ろしてくるが、何とか生け捕りにしたいと考えているせいか隙がある。
こっちとしては旦那さん以外の野郎にそういう事されるのも、そういうサービスのお店に売られるのも嫌だから手加減なし。
受け流したついでに膝裏に蹴りを入れて片膝をつかせる。そのまま首を落とそうとしたけれどカトラスで防御される。
「戦い慣れているみたいだが残念だったな!」
「チッ!読まれていたのか…なんて言うと思った?狙いはこっちさ」
相手が防御するのは予測済み、体勢を戻される前に動く。カトラスに当たる寸前で剣の軌道を変えると体重を乗せた。
ムキマッチョの口から悲鳴があがり、カトラスが腕ごと地面に転がった。
「お、俺の腕がああ!うがああああ!畜生!お前ら、この女を殺せ!」
「誰も残っていないと思うよ?」
喚くムキマッチョに言ってやる。振り向いて確認していないから違う可能性もあるけれど、旦那さんの呪文が聞こえたしユウキの騒ぐ声も聞いた。
オリバーさんやジョニーは淡々とこなしているだろう。シンちゃんとマロは出番あったのかな?ムキマッチョの表情を見ると驚愕と恐怖で固まっているから、後ろの状況が自分の言葉通りだと分かる。
「最初からあんたみたいな、凄く下手そうな奴と肌を合わせる気はないよ。賞金がかかっているみたいだから、相手しただけ」
何かを喚きながら逃げ出そうとしたから、ムキマッチョにとどめを刺す。
少し茫然自失になっていたユウキに飲み物を与えて、オリバーさんにフォローを頼む。多少の怪我をしたけれど数人は倒せたらしい。
「あれは訓練が必要だな。魔物は平気で人はダメとは…貴族の娘並みに箱入りだったのだろうか?」
「地球の高校生は人斬りの経験があるような、バイオレンスな生活は送らないよ」
ボソッと言ったせいかオリバーさんは聞き取れなかったみたいだ。
「何か知っているのか?」
「いや?そうかもね。対人戦の訓練をしてやって」
「まあ、いいだろう。最終的には魔王と戦うのだからな、盗賊位で怯まれては話にならん」
今後の為にも早い段階で経験してくれたのは良かったと思う。日本に強制送還した後に困るかも知れないから、記憶を消すサービスは必要かな。
「旦那さん。適当に穴掘って、集めてくるから。ジョニー手伝って」
「分かった。集めたら燃やそうかね」
「了解ですにゃ」
盗賊達の死体を集めて旦那さんが掘った穴に落としていると、顔色の悪いユウキが側に来て手伝い始めた。
「無理するな…今にも吐きそうな顔色じゃないか」
「吐きそうだよ…でもここで少しでも慣れておかないと、戦いが本格的になった時に困るだろう。魔族だけが相手じゃないかもだろう…そこで人は斬りたくないとか怖じ気づいたら犠牲者が増えるだけだから」
「おや?意外だな。もっと俺最強、向かうところ敵無し。多少の犠牲は気にしないとか考えていると思っていたよ」
ユウキはちょっと嫌そうな顔をすると反論してきた。
「戦うのはチートで楽が出来るけれどさ。ハーレム作るには人望も必要だろう?ちゃんと皆の事を考えていると分かれば、ケイだって一回位相手しても良いと思うだろう?」
「誰が思うか!カリーナちゃんとマリナ王女に刺されないようにな!」
心配して損をした気がする。さっさと盗賊を燃やして出発しよう。
盗賊の襲撃から三日程で目的地の港町が見えてきた。周りには商人達の馬車が目立つようになってきた。
街道を進む商人達は周りを歩く旅人が休憩を始めると、今がチャンスとばかりに売り込みに精を出している。
日用品はしっかり用意してあったけれど内緒の嗜好品については、オリバーさん達の目が気になって少ししか持ってきていない。
だから商人達の売り込みは楽しみにしていた。甘さの少ないクッキーを買ってカリーナちゃんと食べていたら、フードを被って顔の見えない人物を連れた小太り商人が近付いてくる。
何かを買ってくれと言うつもりだろう。私を見て極上の笑顔だった。
「見事な営業スマイルだな」
「ケイさん、何か言いました?」
カリーナちゃんの質問には何でもないよと誤魔化して、商人が口を開くのを待つ。
「立派な馬車と召使いですな。さぞや大きなお屋敷のお嬢様でしょう。蜂蜜菓子やコーヒーはいかがですかな?」
「彼女は旅の仲間で召使いじゃないよ。蜂蜜菓子は買うけれど、コーヒーは味見出来ないなら必要ない」
高飛車に言って態度を変えるなら追い払うつもり。不味いコーヒーを飲むくらいなら無い方がマシだもの。
「味見ですか…瓶を開封すると風味が劣化しますから、本来ならば断る所なのですが。噂に名高い女帝に買ってもらえるならば、一瓶くらい安いものです」
「私を知っていたのにあんな声のかけ方とはね。後で女帝が認めたとか言えば、宣伝費用が浮くという寸法かな?」
「はてさて、どうでしょうかな。今すぐ用意させましょう。手際良くやれよ」
商人がフードの人物に命令するのを聞きながら、旦那さん達にコーヒーの味見させてくれるみたいと声をかける。
ユウキがブラックだと飲めないと言うから、魔法の鞄から山羊のミルクを取り出して渡してやる。カリーナちゃんは初めてのコーヒーにアワアワと変な声を出していた。
フードの人物がコーヒーを配る時に繋ぎ目のない腕輪が見えた。奴隷だなと思ったけれど口には出さなかった。
「中々だね。開封した瓶以外にも在庫があるなら買おうよ。毎朝ジョニーに煎れてもらおうよ」
「シンちゃん、お財布次第だよ。蜂蜜菓子も欲しいからね」
商人が扱っていたコーヒーは、クエストで手に入れた物より数段上だった。まあ秘密の農場には及ばないけれどね。
これなら買っても良いけれど問題は価格だ。早速お値段の交渉といきますか。
「美味しかったよ。ちなみに一瓶は幾らかな?」
「お気に召して頂けたようですな。上流階級用なので金貨七枚です」
値段を聞いたカリーナちゃんがヒイッと悲鳴をあげる。チラッと見ると真っ青な顔で耳打ちしてくれた。
「金貨一枚で家族四人が一カ月は暮らせます!そんなに高い物は必要無いのでは?」
「嗜好品は生きていくのに必要無いから高くても当然だね。私が飲みたいんだから、カリーナちゃんは気にしなくて良いよ」
「そ、そういうものですか?」
何やら納得いかないカリーナちゃんは放置して商人にニッコリと笑いかける。
「中々に良い商品だった事は確かだね。まとめて購入したいけれど今は財布が薄くてね?」
値引き交渉だから察しろよ?と視線に乗せて話をする。商人も困りましたなとか、呟いてはいるけれど互いにニヤリと笑う。
「現在の手持ちは味見で開封したものを含めて二瓶だけなのです。合わせて金貨十枚ですな」
「ほう、それで手を打とう…どうした?私の顔に何かついてる?」
値引き後の価格に文句を言わない事が珍しかったのか、商人は金貨を数える私をじっと見ている。
「実はこの先にある港町シーディーアに店を構えていまして、ちょうど帰る所だったのです。そこまでおいで頂けるのであればもっと用意出来ます。他にもとても良い品を扱っておりますよ?」
損はさせないという顔だったので質問する。
「はい代金。蜂蜜菓子も忘れないでね…因みに良い品とは何だろう?」
「様々でございます。今は詳しくお伝え出来ませんが、必ずやご期待にそえると思います」
様々の所でフードの人物をチラッと見たので、商品には奴隷も入っているみたい。気になるから少しだけ見に行こうかな。
蜂蜜菓子の分も合わせて金貨を渡しながら店の住所を聞いておく。
翌日になってようやくシーディーアの門に出来た長い行列に並ぶ。町に入る為には仕方がないけれど面倒だ。
のんびり順番待ちをしていると、やけに豪華な馬車が何台も列を無視していく。大店の商人か貴族だろうな。
羨ましいな特別かなと眺めていたら、何故か私達の横で停車する馬車が一台。周りから注目を浴びながら男性が一人降りてくる。
「ここにいたのか。そなたとオリバーにちょっとした用事があってな、サウアに行ったらシーディーアに向かったと聞いたのだ。さあ行くぞ」
「行くぞって…どんなご用件でしょうか?ダッテン伯爵」
禄な内容じゃないだろうなと思ったけれど一応聞いてみる。私が伯爵と言ったからだろう。周りが一斉にきれいなお辞儀をしている。
「ここに居ては周りが大変だろう、詳しくは私の別邸で話そう。シーディーアは私の領地だから遠慮せず付いて来ると良い」
「はい、分かりました…少しだけ時間を頂きたいのですが?」
構わない早く終わらせろという顔なので、ジョニーにミニドラゴンを渡してユウキへ伝言を頼む。ジョニーからちゃんと伝言を聞いたようで御者台にユウキが座る。
その横でカリーナちゃんが手綱を握った。オリバーさんとジョニーをこっちの馬車に乗せてから、ダッテン伯爵に付いて行く。ユウキとカリーナちゃんは置き去りだ。
「旦那様、お帰りなさいませ。お客様はこちらへどうぞ」
如何にも執事、これが執事の見本だという人と沢山のメイドさんに出迎えられた。別邸とは言っても伯爵様だからね…バカでかいお屋敷に連れて行かれたわけで。
ジョニーとマロは自分達は違う場所で待機すると言ったけれど、ダッテン伯爵に却下されていた。豪華な客間で待っていると執事を連れたダッテン伯爵が来る。
「ああ、立ち上がらなくても良い。アレを遠ざけてくれた事に感謝する。奴の顔を見ると八つ裂きにしてやりたくなるのでな」
娘に手を出されたお父さんの会のメンバーでしたねとは言えない。
「しかし納得いかんな。我等からの贈り物はどうした?まさか使っていないのか」
「暗殺依頼は引き受けた覚えが無いのですが。魔王退治もあるのに、勇者を退治してどうするのですか」
そう聞くとコーヒーを飲みながら視線を泳がせるダッテン伯爵。バン国王だけじゃなくてこの人もダメだ。
「皆さんの気持ちは良く分かりますが、相手は魔王ですよ?自重をお願いします」
「ウホン!分かった、あまり無理は言わない事にする。本当の用事を話すとしよう」
あまりっていう言葉に引っかかるけれど、ダッテン伯爵の話を黙って聞く。時間にして小一時間程だろう、聞き終わった私達は頭を抱えていた。
メイドさんが紅茶とお菓子を出してくれる。
「それは本当に起こった話なのですか?本当であれば陛下に報告しなければ!」
「落ち着くのだ、オリバーよ。陛下には既に話をしてあるのだ。勇者の見せ場としても問題ないと言う事で、そなた達で討伐をして欲しいのだ…忌々しいクラーケン共をな」
最近になって近くの海域で漁船がクラーケンに襲われ始めたという。漁獲高と領民が失われるのは困るので討伐しようと考えた。
船に慣れたお抱えの兵士だけではなく、冒険者ギルドや船乗り達の手も借りて大規模に作戦を行なった。
結果は何度やっても惨敗するという。原因はクラーケンが複数いる事と、眷属らしき魔物が多数いて消耗してしまうらしい。
次こそはと向かうと以前よりも多い眷属が待ち構えていて、モンスター側にダメージを与えられないそうだ。
クラーケンは地球だと蛸や烏賊の化物として逸話の多い存在だ。ラノベやゲームでもお馴染みのモンスター。
科学的には深海から浅い所まで浮上してきた、ダイオウイカではないかとの説がある。大きな個体は十八メートル位あったとか。
ダイオウイカってロボット並の大きさだよなと、軽く現実逃避をしてみるけれどダッテン伯爵は真剣だった。
「国からの命令であれば従うほかありません。ですが、船を持っていないのです」
飛行の魔法で空から大技連打で仕留めたいと言うつもりだった。遮られたけれど。
「貸してやりたい所だが…何艘も沈められていてな。町の商人で船を所有している者達へ、協力するように書状を書いてやろう。今日は泊まっていくが良い」
すっかりユウキの事など考えにないようで、とても爽やかな笑顔で宿泊を勧めてくるダッテン伯爵。
「分かりました…出来るだけ頑張ります」
それ以外に言える言葉なんて見つからなかった。