35話
「切り札らしいけれど、あの状態なら色々と半減でしょう?さあ、決着をつけようか!」
「クッ!まさか一気に後ろ脚と尻尾を潰すなんて…貴女は人間ですか?しかし、ここは一旦退くべきですね」
演技でそんな事を言いながらもエリュトロンは忙しそう。私がいて皆から見えない位置だからと、何やら手を動かしている。
「ギュオオオオオン!」
「わああ!毒のブレスか!」
「だから少し下がれと言っているだろう!あ、アルジェントはちゃんと守るから」
「オリバー様、嬉しいです」
「何か納得いかねえ!」
ユウキがオリバーさんに怒られている。オリバーさんが前に出ないように、重しになってくれるアルジェントは良い娘だな。
なるほど、今の動きはブレスの指示なのか。他は?とエリュトロンに視線で問うと、違う動きをする。スポーツのハンドサインみたい。
「ギイイオオ!」
「イヤー!こっちに来ないでえええ!動きが気持ち悪いいいい!」
「シャローク!カリーナを連れて逃げるんだ。後、気持ち悪いのはお前だけではない!」
「イヤアアア!ゆ、夢に出そう!」
え?あの状態で動くってどうやって?気になってチラッとだけ見ると、頭を低くして前脚で身体を引きずるようにして進んでいた。
ホラー映画みたいな光景に悲鳴を上げていたけれど、シャロークはカリーナちゃんを担いで逃げていた。真面目に仕事をしてくれているね。
シンちゃんと旦那さんは笑いを堪えているような表情だった。そんな中で更に距離を稼ぐように移動するエリュトロンを追って私も移動していく。
「逃がさないよ。ガードナー・ファイブって複数人でしょう?ここら辺りで一人くらいは仕留めておきたいんだよねえ」
「魔王ブラン様に楯突く人間に負けるわけにはいかないのですよ。例え相打ちになったとしても、貴女を始末します!」
キリッと言い放つエリュトロンには悪いけれど、笑いたくて苦しくなってきた。どうして人っていうのはダメな場面で笑いたくなるのかな。
オリバーさんやユウキ、そしてワフソン達にカリーナちゃん。皆がチラチラとこちらを見ているから演技を止められない。
「笑いそう、どうしよう。やりすぎちゃったかなあ、ドラゴンゾンビの弱体化」
「そうですねえ。半減じゃなくて七割減くらいになってしまいました」
エリュトロンにしか聞こえないように言うと、少しだけ恨めしそうな口調で返された。ごめんね?と小さく言っておく。
「ねえ、自分のダミーを作り出せる?奥義であと一歩っていう大怪我に見せたいんだけれど」
「難しいですね。ダミーですと粉々になるかと。私自身がシン様に強化をして頂いてから、奥義を受けるなら何とかなるかと」
何度か攻防を繰り広げながら小声で相談を続ける。そして奥義で弱った所で別の庭師に来て貰って、惜しくも逃げられたとしようと決まった。
「それじゃあ始めようか。シンちゃん小声でアレだけれど、こういうプランでいこう?」
イヤリングを使ってシンちゃんにお願いをして、エリュトロンから少し距離を取る。
「重しとなりて行軍を阻め、グラビティプレス!シン、任せたぞ!(色々と)」
「オッケー!内側からなら効くよね?バーストフェニックス!(最大身体強化!)」
旦那さんに足止めされたドラゴンゾンビの口の中に、シンちゃんの放った紅い矢が吸い込まれる。同時にエリュトロンへの強化が施された。
「後は爆発四散するでしょ?さあ、覚悟は良い?ガードナー・ファイブでもこれは痛いはず、空月十五の型、満月牢!」
「なっ!速い!回避が間に合わない?何をしたのですか、動けないなんて!」
少しだけ速度を上げてエリュトロンへ連続した突きを繰り出す。両腕、両脚、首と円を描くように。
「説明する気はないよ、これで終わり。空月奥義、牡丹斬り!」
強化されていても耐えきれなかったのか、エリュトロンの身体に浅い傷がいっぱい出来ちゃった。手加減したつもりだったと、平謝りしたい衝動を何とか抑える。
「キャアアアアアア!」
「ギャオオオオオ!」
悲鳴が重なったおかげで、身内以外の視線はドラゴンゾンビに向けられていた。あ、ドラゴンゾンビが破裂した。
その隙に辛そうな表情のエリュトロンは、血糊を取り出して自分に振りかけている。小さな傷ばかりでも痛そうで、申し訳ない気持ちでいっぱいです。
「ああ…ブラン様、も、申し訳ございません」
「仕留めきれなかったか、流石はガードナー・ファイブ。でも、これで終わりだよ!」
瀕死に見えるように倒れるエリュトロンへ近付く私。その目の前に虚空から出現した黒い槍が突き刺さる。
「まさか、新手?ケイ、注意して!」
「嫁さん、下がって!」
シンちゃんと旦那さんの緊張した声で皆が一カ所に集まった。私もマロが防御結界を張っている近くまで下がる。
「手酷くやられたな。間に合ったからよしとしようか」
「借りは作りたく、ありません、ゲホッ、ガ、ハァッ!」
「お前の失敗が他に及ぼす影響を考えろ。大人しくしていろ、攻撃の軌道を逸らすのは苦労したんだ」
倒れたままのエリュトロンの影から出てきた黒髪で仮面の男は、そう言いながら槍を引き抜くと私達と対峙した。
「なるほどねえ。おかしいと思ったんだよね、まだ生きているなんてさ」
「仲間を減らされるのは困るのでな」
「仲間?他のガードナー・ファイブ?まあいいや、まとめていけるなら好都合だよね?」
「そう簡単にいくと思わないでもらおうか」
声に聞き覚えがないし顔を隠しているから、最後の庭師のアーテル君かな?一度も話をしたことがないから、ぶっつけ本番で乗り切れるか不安になってきた。
小手調べとばかりに前へ出ようとした私に、焦ったような声でシンちゃんが話し掛けてくる。
「待ってケイ、そのままで聞いてね。そこからは見えないだろうけれど、獣人達を人質に取られているんだ」
「どういう事?」
「影に干渉できるみたいでさ、獣人達の身体に蛇みたいに纏わり付いているんだ。突破されちゃったんだ、ごめんよ」
私にというよりもオリバーさん達に聞かせるように、シンちゃんが状況の説明を始める。一瞬だけ振り向くとシンちゃんが泣きそうな演技をしていた。
「脅しのつもり?」
仮面の男に確認をする。
「その通り。弱い者を盾にした方が効くだろう?女帝には」
「くっ、卑怯な」
「何とでも言うが良い。動けば獣人達は一人残らず死ぬぞ?こちらを倒せても犠牲が出るだろうな」
獣人達を盾にされて動くに動けない私達から、視線を外した仮面の男はエリュトロンに近付く。いつの間にか持っていたポーションを浴びせていた。
怪我が治っていくので回復のポーションだと分かる。苦虫を噛み潰したような表情のエリュトロンは、ふらつきながら立ち上がると仮面の男に詰め寄った。
「アーテル。助けてくれたことには感謝しますが、女性の扱いについて話し合いましょうか」
エリュトロンが名前を呼んだので予想が正解だったと分かる。確かに扱いは酷いな。渡すだけで良いのに浴びせるとか。
「それだけ言えるのなら大丈夫か。獣人達の拘束は安全圏になるまで解くつもりはない。追いかけてこようと考えないことだ」
「では皆様、またどこかで会えると良いですね」
そのままエリュトロンに肩を貸したアーテル君は、大きくて真っ黒な『窓』を作ると消えていく。いつものと違う?色々聞くのは後にして演技の仕上げを頑張ろうかな。
「悔しい、後少しだったのに!」
「追いかけるのは出来ないか…ケイ殿、気持ちは分かるが人命優先だ」
オリバーさんが落着けという感じで私の肩を軽く叩く。
「仕方がないね。次は…何とか仕留めてみせる」
その後は獣人達の拘束が解けるまでの十数分間、誰も喋ることなく過ごした。