34話
「あの時から鍛えたつもりでしたが、まだまだという事なのですね。切り札を一枚だけ披露しましょう」
大きく下がったエリュトロンは本のページをパラパラと捲る。言葉なのか歌なのか理解出来ない何かを口ずさむ。
「何を召喚するつもりなのか知らないけれど、させると思っているの?…ッ!弾かれる?」
中断させようと斬りかかったけれど、頑丈で見えない壁を攻撃したような感触があった。
「切り裂け、ウインドアロー!…えーっ!嘘でしょう?」
「穿て、ストーンジャベリン!…効果なしか!」
旦那さんとシンちゃんも攻撃を加えたけれど、私と同じような結果になる。そうこうしている間に、とても大きな魔法陣がエリュトロンの頭上に現れる。
召喚の歌?はまだ続いている。もっと細かく打ち合わせをしておけば良かったなあ。せめて、何を召喚するのかだけでも聞くべきだったね。絶対に大型で凶悪な魔獣だよ。
「ワフソン、シャローク!カリーナちゃんを守って!オリバーさんはアルジェントを!マロはシンちゃんの近くで全体支援を!」
「シンは獣人達を守りながら遠距離の援護を!サーリアとジョニーは僕達と来い!」
私と旦那さんでそれぞれの役割分担を伝える。全員が緊張しながらも頷いてくれた。
「俺は前衛でいいよな?」
「そうだね。でも、死ぬのは許さないから。危ない時は迷わず下がるように」
「おう、何とかやってみるぜ。」
少しだけ顔色の悪いユウキが前に出てくる。そして長い歌が止まりエリュトロンが笑う。
「ウフフフ、楽しみですね…どんな命乞いが聞けるのか。本当に、楽しみ」
いやあ、演技とは思えないくらいだね。なんて考えていたらエリュトロンが、チラッと私を見てから更に離れる。
そうだった。私が撃退役でしたね。忘れていたのではないですよ?どのタイミングがいいかなと思っていると、魔法陣から太い脚らしき何か?が出てきた。
続いて胴体、頭部が現れる。途中で攻撃したい衝動に襲われたけれど、ここは様式美というものがあると我慢する。その方が小説にした後で読者にウケるから我慢する。
「ギュオオオーン!」
やがて魔法陣から現れたソレは私達を睥睨すると雄叫びをあげた。
「ド、ドラゴンなのか?コイツ」
「なんじゃ?怖いのならば獣人達と一緒に守ってもらうがいいのじゃ」
「ウルサイ!ビビってねーし…武者震いだし!」
ユウキがサーリアにからかわれている。まあ、どう考えてもビビっているし、腰が引けているから仕方ないね。
とはいえ、コレは手強いかな?なんて思いながら、魔法陣から現れたドラゴンゾンビ?を見上げる。赤黒い身体はあちこちが爛れて、一部は骨が見えていたりする。
「ブレス攻撃だけじゃなくて、尻尾とか爪にも気をつけていくよ!散開!」
私の号令で前衛組がドラゴンゾンビに攻撃を加え始める。
「光よ集え、シャイニーレイン!」
「ギオオオン!」
旦那さんの攻撃魔法が降り注ぐ。けれど期待したほどの効果は出ていないかな?不愉快そうに鳴くドラゴンゾンビ。
「厄介だな。光属性に耐性があるのか。シン、他を試してくれないか」
「了解だよ。燃えちゃいなよ、フェニックスショット!あれれ、威力が何割か落ちる?面倒だなあ、もう!」
シンちゃんが素早く弓の種類を変えて火属性を纏った矢を放つ。あれは確か火の妖精などを好んで襲うという、火喰い大鼠の素材で出来ている弓だったかな。
「おお!流石じゃのう、格好良いのう!紅い弓!ケイも、そう思わぬか?」
「はいはい。同意してあげるから前を見なさい。尻尾来るよ!」
よそ見をするサーリアのフォローに入って尻尾を弾き返してから、ユウキの方を見る。
「どうやら色々と耐性が高いみたいだから、突っ込んだりしないで距離を保ってね?」
「おう。ケイはどうするんだ?って当たるかよ!」
サーリアから目標を変えたのか尻尾が方向を変えてユウキを襲う。ユウキは動きをよく見ていたらしく避けていた。
「うん?私はエリュトロンをどうにかするよ。その前にコレの動きを制限するけれどね」
「制限って言っても、どうするんだよ…チッ!今度は爪かよ!。やられっぱなしだと思うなよ!お返しだ!」
ユウキは振り下ろされた前脚を避けると同時に、大きな爪の一本を何とか斬り落とした。おや、もしかして魔法防御特化型で物理防御は高くないのかな?
私とジョニーとサーリアならば、大技連打でフルボッコが可能かも。そんな事を考えていたら、自分の爪を見たドラゴンゾンビが怒ったみたいだった。
「ギィオオオオオオン!」
ドラゴンゾンビは、空洞に見える眼窩をユウキへと向ける。このままユウキに集中してくれると、とても好都合なんだけれどな。多分無理かな。
「お?ちょっと腕が上がったね。私は後ろ脚を潰そうかな?って考えているよ。とりあえず頑張ってね。ジョニー、サーリア!十秒だけ稼いで!」
二人の返事を待たないで魔法の鞄から太いブレスレットを二つと、真っ黒なバスタードソードを取り出す。
腕力と速度を底上げする為にブレスレットを装備する。一気に両方の後ろ脚を潰すつもりなんだけれど、自然発生じゃなくてエリュトロン謹製だから念の為にね。
「グルガアッ!」
「うわっ!クソ、見えない!」
私の動きに気付いたドラゴンゾンビは、ユウキの近くで尻尾を思い切り地面に叩きつけていた。巻き上がる土煙で視界を遮られたのか、ユウキが文句を言っている。
「ゾンビだから普通は脳まで腐っているのではないのか?ケイの動きに気付きおった、生意気じゃな」
「ふむ。本能で危険だと判断したという事でしょうにゃあ」
ジョニーとサーリアが尻尾や爪を弾いてくれた隙に、ドラゴンゾンビの背後に回り込む事に成功。ドラゴンゾンビは土煙で私を見失ったのか、行動が遅れていた。
「自分で視界を悪くするとか、やっぱり脳まで傷んでいるのかもね。空月六の型、半月斬!」
出来るだけ高く飛んで自由落下の勢いも加えて、ドラゴンゾンビの尻尾の付け根付近にバスタードソードを打ちつける。
「ギギャオオオオオオオオン!」
盛大な悲鳴を上げるドラゴンゾンビ。尻尾と後ろ脚の半分以上を斬り飛ばせたから、動き回ったり尻尾ビンタは不可能のはず。上手くいった。
「とはいえ、翼?があるから少し困るかな。ジョニー!どちらかだけでいいから翼を潰して。飛んだり、ハエ叩き的な事を防ぐ為にさ」
「了解ですにゃあ。では、ご一緒にいかがですかですかにゃ?サーリア嬢」
「うむ、一緒にやるのじゃ。ケイよ、ここは任せて先にゆくのじゃ!」
「それはデスフラグじゃ…ああもう、さっさと行けよ!」
お約束なサーリアと自棄気味なユウキに笑いがこみ上げてくる。剣の種類を変えてからエリュトロンへと迫る。何とかシリアスな雰囲気を保てているはず。
前に出過ぎているらしいユウキにオリバーさんの注意が飛ぶ声を聞きながら、エリュトロンと向かい合う。