31話
「さてと、いつ頃仕掛けてくるかな?あ、アルジェント。お菓子出してよ」
「はい、シン様」
ジョニーの代わりにアルジェントが給仕をしてくれる。そんなのんびりムードなのに、シンちゃんは物騒な事を口にする。
「可能なら諦めてもらいたいな。ユウキの件だけでも面倒なんだぞ」
「まあまあ。そんなラッキーはないって理解しているくせに。一緒に頑張ろう?一緒なら楽しいかもよ?」
何でも出来そうな感じの旦那さんだけれど、かなり気分がのらない時には投げ出そうとする癖があるからなあ。
私はぴったりと寄り添いながら宥めにかかる。腕を胸で包み込むようにしてから、上目遣いで見つめる。
「適当に相手をして良いもの持っていたら、迷惑料としてもらおうよ。ね?」
前世での経験上これでいけるはず。
「仕方ないな…適当にやるよ」
ほら落ちた。若い頃から同じ手に引っかかっていたのにね。モチベーションが下がるといけないから、もう少しこのままでいくけれど。
そして何を考えたのかサーリアが真似をしようと立ち上がって、素早く移動したアルジェントに羽交い締めにされていた。
何時間か街道を進んで行くけれど村らしき建物は見当たらない。昼間だし後続のオリバーさん達の目もあるから、庭師達を交えてのミーティングも出来ない。
「暇じゃな。のんびり出来るのは良い事じゃが、暇じゃ。お菓子は美味しいが太ってしまうのう」
ゴロゴロしながらドライフルーツやクッキーを食べるサーリアを捕まえて、わき腹辺りをつまんでみる。
「うむ。確かにプニッとしているね。こっちはどうかなあ?」
「うきゃー!な、な、何をするのじゃー!止めるのじゃー!」
「あーははは!楽しいなあ!もっとくすぐって良い?」
「嫌じゃー!殺すなら殺すのじゃー!」
「そこは、クッ、殺せ!とか言わないとね~」
「意味不明なのじゃああ、うにゃあああ!誰か助けてええぇ!」
暇なので捕まえたサーリアをくすぐって遊んでいたら、いつの間にかシンちゃんが勝手に参加していた。
五分位続けていたらサーリアがヤバい感じでビクビクしだしたので、流石に手を止める。
「あうう…お嫁に行けないのじゃ…」
まだ大丈夫かな?もう少し追い詰めてみようかな?そんな事を考えながら手をワキワキさせていたら、旦那さんに怒られた。
「戦力的に貴重なんだから止めなさい。それに、何か来るぞ?真正面からっていうのが疑問だけれど」
「ごめんね、サーリア。楽しくなってきたから、ついね。旦那さん、双眼鏡貸して」
「謝罪が適当じゃの。危うく新しい世界に足を踏み入れ…ゲフン!オリバー達に知らせるとしようかの」
何気に危険な遊びだったんだ。気をつけよう。ちょっとだけ反省しながら双眼鏡で前方を見て疑問に思った。
「ねえ…旦那さん。あれは…出来るだけ見なかった事にしたい」
「言うと思ったよ…ただなあ…放置は危険な気がするんだ」
レンズの向こうにで見えたのは、ボロボロの服を着て細い木の棍棒?を持った獣人達。ヨロヨロとして座り込んでいる人もいるから、全体の人数把握が難しい。
「あれじゃ小枝だよ…某ゲームの初期装備より酷いよ…?でも、放置したら死んじゃうよね」
獲物にありつけない盗賊よりも酷い状態の獣人達。ジョニーが馬車を止めるとオリバーさんも馬車を止めた。
「何が出たんだ?魔物か、盗賊か」
ユウキが聞いてくるから黙って双眼鏡を貸す。何だろうという顔をしていたけれど、双眼鏡で見た光景に眉を寄せた。
「なあ、あれは見逃しても…」
「ダメ。見逃さない。言いたい事は理解するけれど…放置はダメ」
「後で説明してくれるんだよな?こんなの…虐めだろ」
ユウキが苦い表情で双眼鏡を返してくる。ワフソンとシャロークは自前の物を使って何とも言えない表情になっている。オリバーさんもだ。
「ケイ殿。彼らを…亡き者にするのか?」
「盗賊にしては妙だから状況次第かな…出来る限り生かしたいよ」
「そうか…安心した。では、良い機会だから我々四人で行こう」
そう言ってオリバーさんはユウキの肩を掴んで引きずって行く。
「ええぇ!俺達だけなのか?ケイやフミは?」
「特にお前を鍛えないとな、色々な意味で。さあ行くぞ」
喚くユウキを眺めていたワフソンとシャロークは、肩を竦めてから後に続いていた。
「う、うわっ!こいつら何かおかしいぞ!フラフラなのに向かってくる…ギャー、咬まれた、引っかかれた!ゾンビになりたくねえよ!」
「大丈夫よ、そういうのじゃないわよ!うるさい子ね!それにしても手加減以前の問題よね?こんなに弱っていたら峰打ちでも死んじゃうわよ?聞いているのかしら?ケイ!」
「とにかく何とか死なせないように無力化するんだ!クソッ、アンデッドよりも手間だ!」
思った通りというか、ユウキ達はかなり苦戦していた。向かってくる獣人達の姿は確かにゾンビに似ている。
でも死んでいるんじゃなくて状態異常みたいなものだからなあ。
「ガンバレ!ファイト!」
「ファイトなのじゃ!頑張ったら、わらわを好きにして良いからの」
サーリアと二人で応援をしてあげたら、何故か三人から睨まれた。カルシウム不足みたいだから、近々小魚の干物を贈ろう。
「少しは手伝えよ!イタイ、また咬まれた!」
「ケイは呼んでも来ないわよ!あんた勇者でしょ!もっと前に出なさいよ!」
「シャローク!後ろだ!」
「いたあぁい、私まで咬まれたじゃない!いやああん!涎まみれよ!」
とてもうるさい三人とは対照的に、オリバーさんは一人ずつ確実に気絶させていた。流れるようにとはいかないけれど頑張っている。