29話
「アルジェントがへこみながら慌てているという、とても器用な事をしていたので気になってついて来ました」
再び『窓』が現れてアズールが出てくる。口調は普通だったけれど少し厳しい表情だ。予想通りかな?と思いながら聞いてみる。
「どう?この香りが何か判明した?」
「はい…予想されていたと思いますが、オスのシーサーペントが好む種類の香りです。船に乗ってからではなく、出航前に仕込んだようですね」
やっぱりなあ。あれだけ見境なく狂暴化して群れるなんて不自然だ。面倒だなと思って黙っているとシンちゃんが口を挟む。
「出航前?夜中とかって事かな…でも貨物室には入れないでしょ。見張りがいる上に事前の荷物検査だってあるし」
「船体そのものに仕掛けをしたと考えられます」
面白くなさそうに言うシンちゃんに、船体ではないかと言うアズール。その横でティーカップを両手で持ち、一生懸命冷ましていたサーリアが言う。
「アズールよ、何故そうと言えるのじゃ?先ほど確認したが貨物室は僅かに浸水しておったぞ、やはり荷物からじゃろう?」
サーリアの疑問にアズールは首を横に振る。
「浸水したのは襲撃されて接触した時です。アルジェントからはそれ以前から追い掛けられていたと聞きました。実は先程見つからないように調べたのですが、船首の船底近くにべったりと…」
「それでは誰がやったのか不明ではないか。自分達以外を全員調べるなんて、無理じゃぞ」
サーリアがテーブルに突っ伏しながら言う。それを眺めながら確認手段が無いとは言えないと思ったけれど、ひょっとして怪しい人物なんて乗船していないかも?と考える。
皆に言うべきか迷っていたら隣にいたシンちゃんが、私の前に置いてあったクッキーを奪いながら言う。
「この船には乗らないでシーディーアで仕込んだと思うよ。沖合いで溶け出すようにさ。次に何かあったら考えよう。今は休憩しよう?ケイもサーリアも消耗しているからさ。ほら、お菓子でも食べて」
そう言いながら渡されたのはドライフルーツをたっぷり混ぜたクッキーだった。私のクッキーなのにサーリアにも渡されている。
「えっと、ケイの分ではないか?」
「ちょっと、シンちゃん!私の…あー、良いよ、気にしないで。沢山食べなよ、サーリア」
クッキー片手にニヤニヤ笑うシンちゃんとプルプルするサーリア。次からは死守しようと思いながらジョニーに声をかけた。
「また作ってね、ジョニー。それからアズールの話はちょっと気になるよね。シーディーアに残って何かされると厄介だから調べて」
「念の為、船に残っている成分を消してから行ってきます」
ちゃっかりハーブティーとクッキーを堪能して、アズールはいなくなった。成分を消してくれるならこれ以上襲われる事も無いはず。
そう考えて最初の港に到着するまではゆっくり過ごそうと決めた。
「荷物の積み卸しで一日かかる。今からやっても終わるのは明日の夕方だ。出航は明後日の早朝だな。希望は次の港までだったよな?」
最初の港に到着したからシーサーペントを売る為に船を降りる私達。途中で船長さんが声をかけてきた。
そのつもりだと言おうとしたら、私の前を歩くシンちゃんが振り返って言う。
「一応はね。ひょっとしたら予定を変更するかも。そうなったら連絡するね」
「そうか。明日の夕方までに言ってくれりゃあ、荷物と馬車を動かすぜ。中規模の港町だがよ、必要な物は全部ある。ゆっくりしてきてくれ」
私達はシンちゃんと船長さんのやり取りを黙って聞いていたけれど、ユウキとカリーナちゃんにオリバーさん、ワフソンにシャロークは笑顔で手を振っていた。
『ねえ、ケイ。僕達以外を切り離したいんだ』
シンちゃんが振り向きもしないでイヤリング越しに話し掛けてきた。周りに聞こえないよう、口をほとんど動かさないで返事をする。
『了解。シーサーペントの分け前増やしてね』
シンちゃんに伝えてから先を行く皆に声を掛ける。
「ねえ相談なんだけれど。もう昼過ぎだから皆でギルドに行くのも効率悪いよね。オリバーさんとワフソン達は宿を探して欲しい。ユウキは…カリーナちゃんとデートを楽しんできて。はい、お小遣い」
適当に言った私に誰も疑問を持たないまま頷く。旦那さん達は気付いていても黙っているだけ。手を振りながら散っていく皆を見送り私達はギルドに向かう。
「シーサーペントが五体にキングが一体ですね。キングは全体的に黒焦げで、使える鱗が少なめなので価格が低くなりますが、どうなさいますか?」
案内された大物買い取り専用倉庫で、ギルド職員から見積額を教えてもらう。鱗?そういえばシンちゃんが神の雷で討伐していたね。
よく形が残ったな、なんて考えていたけれど返事をしないとね。
「どうするの?大きさの割に価格は低いみたいだよ」
「うう…一撃必殺で派手にいこうとしただけなのに。こんな落とし穴が待っていたなんて」
ガックリするシンちゃんを放置して旦那さんを見る。
「この状態で買い上げてくれるだけでもよしとしなきゃな」
「だよね、一部分なんか完全に黒こげだもん。炭だよ、炭。でも程良くこんがり焼けた部分もあるね…ちょっとかじってみようかな」
「ちょっ、嫁さん?お腹壊すよ!止めなさい」
旦那さんに止められたけれど鱗を一枚食べてみる。手のひらサイズで厚みのある鱗なのに、パリッとした歯触りでスナック菓子みたい。
「ねえ、そこのお兄さん。シーサーペントのお肉は需要ある?」
「ええ、ありますよ。まるで肉のような味わいと食感で、貴族や裕福な人達から密かに人気です。基本的に市場には出ません、依頼で狩るような魔物ですから」
私の質問に別のギルド職員が答えてくれた。いまだにガックリしているシンちゃんを揺さぶる。
「今まで損していた!聞いた?シンちゃん!美味しいんだって、キングだけ売るの止めようよ。ほら、これ食べてみて!」
「目が回るう!そんなに激しく揺さぶっ、モガッ!…うん、美味しいね。よし、持って帰ろう」
私が無理やり口に押し込んだ鱗を食べたシンちゃんが言うのと同時に、視界の端でチッと舌打ちする最初のギルド職員が見えた。
知っていて値切るとは油断できない。教えてくれたお兄さんに感謝しよう。
「では、シーサーペント五体を買い取りします…キングを再計算しますが?」
「キング以外だけでお願いします」
しれっと言ってくるけれど持ち帰る事が決定しているから断った。
「お待たせです。ポークステーキの方は?ミートサンドイッチセットの方は?」
私達は支払いを受けてからギルドの近くにある食堂で間食を食べようとしていた。宿屋を見つけたと連絡があり、オリバーさん達は遅れて合流する予定。
「ハイハイ、私がポークステーキ!」
「僕がサンドイッチセットだよ!」
夕食か?と思われそうなメニューばかりが並ぶテーブルで、ひそひそと小声で話す私達。
「それで?わざわざオリバーさん達を遠ざけた理由は何だ?」
「フミ?顔が怖いよ?シーサーペントの襲撃が仕組まれたとすると…って考えちゃってさ」
「顔が怖いはよけいだ。なるほどな…このまま船旅は不利だと…嫁さん、サーリア、少しは参加しよう?」
シンちゃんと旦那さんの話を聞きながら、ひたすら食事に一生懸命な私とサーリア。
「シーサーペント戦の疲労が回復しきっていないから、沢山食べないといけないだけだよ。ちゃんと聞いているよ」
「そうじゃ、ちゃんと聞いておる」
返事をしたのに、やれやれといった感じの旦那さんはシンちゃんを見た。
「一応聞いているらしいから先を考えていこう。足手纏いが数人いるが…自分達だけなら問題ないだろう。シンの意見は?」
「同じだね。いつどんな形で仕掛けられるのか不明なのに、不特定多数の安全まで考えていられない。多少時間がかかっても馬車で移動するべきだよ」
船長さんと話をしていたシンちゃんの様子から、やっぱりねと思った。ただ、気になる点があったから口を挟む。
「私が黒幕なら船と馬車両方に手を出すかな。船の方に庭師を派遣しない?陸路の方は自分達で潰していけばいいから」
「船の方で何かトラブルが発生したとして、それを自分達のせいにされたくはないな。嫁さんの意見も一理あるな…どうする、シン」
「念の為って事でシーディーアにはアズールが行ってくれるから、船はエリュトロンで決定としようかな。はい、反対の人は挙手」
誰からも反対意見なんて出るわけなく、庭師達に内緒で決定した。