28話
「いやあ、助かったぜ。流石は女帝達だな!謝礼についてなんだが、船賃をロハにしたくらいじゃ申し訳ねえ。今回の売上金から二割を払おう」
「ねえ船長さん。純利益からじゃなくて売上金から二割も出したら、船員のお給金とか船の維持費とか大丈夫?」
「子供は難しく考えなくていいんだよ。沈められて命まで持っていかれることを考えりゃあ、大したことじゃねえよ。生きてんのなら稼げるだろ」
「だってさ、ケイ。それじゃあ、遠慮なくもらうね船長さん」
何とか指輪で回復した私が生まれたての仔鹿のようにプルプルするサーリアを背負って、シンちゃんや旦那さん達は荷物を持って移動した船長室。
上機嫌な船長さんとシンちゃんが交渉中だから、私は内心でシーサーペントの襲撃について考えてみる。ちなみに気絶した三人はオリバーさんに押し付けた。
何もないとは思うけれど、アルジェントを助手という名目の護衛に残して。
「でもね、お礼は一割値引きでも良いよ?ちょっとしたお願いがあるけれどね」
「何が希望だ坊主。可能な事なら何でも引き受けるぜ」
「お願いは二つ。倒したシーサーペントを全部利用したいから、次の港まで運んで欲しいんだ」
「良い金額になるだろうな。魔法で補助をしてもらえるなら、速度が少し落ちるだけで済むだろう。もう一つは何だ?」
「こっちが本題なんだよね…ケイが説明してくれるってさ」
シンちゃんは船長さんの表情が変わるくらい真剣な声で、間をあけてまで話したのに私に振ってくる!討伐の時と合わせて後で問い詰めると決めて船長さんを見た。
「結論から言うと、今回のシーサーペントは集められたと思う。魔物には基本的に縄張りがあるから、繁殖期以外は群れたりしないでしょ。特別な理由があれば別だけれどね」
「そいつはあれか、乗客の中に理由を知っている奴がいると?」
「申し訳ないけれど…乗客とは限らない」
船員だからシロと考えないと伝えると、船長さんは少しだけ眉をひそめた。怒るかな?怒っちゃうかな?
「いつもなら子分達にケチをつけんのかって言うところだがよ…否定できねえんだな」
ちょっと困った声で話す船長さんに内心で驚いた。
「そう思う理由は?」
「この船はシーディーアからの定期船だから、基本的に船員は同じ奴らになる。だがよ…今回は何人か体調不良でな。その、臨時雇いがいるんだ」
「そうなんだ…臨時雇いね」
タイミング良く体調不良ねえ?仕組まれているのかな?そんな事を思いつつ船長さんに返事をする。ふとシンちゃんを見ると、もの凄くニコニコしていた。
その割に目は笑っていないから怖い。あ~あ~もう、あれはかなりご機嫌斜めだよね。後で宥めるのが大変だよ。でも今は放置しておこう。
「その臨時の船員さんに会わせてくれる?」
「構わねえよ。船底近くの貨物室にいるからよ、案内させよう」
船長さんが呼び出した船長さんに案内されて貨物室に行くと、五人が崩れかけた荷物を直す作業をしていた。
「ここにいる五人が臨時雇いですよ」
「そうなんだ。案内ありがとう。仕事に戻ってね?」
コソッと銀貨を数枚握らせて案内の船員を追い払う。シンちゃんが作業をじっと見つめているせいか、船員達は居心地が悪そうに見える。
「何かご用でしょうか?」
監視に耐えかねたのか一番年上だろう船員が声をかけてくる。
「派手に揺れたから荷物が無事か気になってね。邪魔をするつもりはないから、そのまま作業を続けて」
「シーディーアの救世主じゃないですか。皆さんの荷物は馬車を含めて、きっちり固定してありますから大丈夫ですよ」
自分達の荷物を見にきたと思われた。後ろからシンちゃんを抱き締めながら、少し大きな声で話して船員達の気を逸らす。
「大丈夫だって。お気に入りの馬車だから心配したの?(どうだった?)」
「馬も心配だったんだよ。でも大丈夫ならいいよ。(記憶を探ったけど全員シロだね)」
「気が済んだなら行こうか、邪魔はいけないからね」
シンちゃんに触れているから肝心の部分については直接心話で話す。それにしても臨時雇いの船員じゃないとなると、かなり面倒くさい事になる。
他の船員と乗客一人一人を確認なんて出来ない。打つ手が限られると思いながら、運ばれるつもりのシンちゃんを抱えて客室に戻った。
サーリアは旦那さんに運んでもらおうとしていたけれど、ジョニーがサッと背負って連れて行ってくれた。隙あらばべったりしようとするんだから。
「お帰りなさい。勇者君やドワーフ達は別室で寝ています。カリーナさんとオリバー殿が一緒ですから、色々と世話を焼かれているでしょう。問題なさそうですしジョニーからお願いがあったので、こっちに来ました。」
自分達の部屋に戻るとアルジェントが待っていた。ジョニーのお願い?
「あまり成果がなかったですにゃ。アルジェントにハーブティを頼んでおいたので、休憩にしませんかにゃ」
お願いの内容を教えてくれて、ジョニーが提案してくる。もちろん賛成した。
「ジョニーが厳選したハーブですから、香りが素敵ですよ…あれ?こんな香りも混ざっていたのかな?」
ハーブティを堪能しながら次にやることを話そうとシンちゃんを見た時に、アルジェントが変な事を言い出す。
「良い香りしかないと思うよ?気のせいじゃない?」
「そんなはずは…シン様とケイ様からも同じ香り?どういう事でしょう」
首を傾げるアルジェントの言葉に旦那さんが反応する。
「アルジェント、ジョニー。今からやって欲しい事がある。ますは嫁さんとシンを隔離して、それから僕達と違う香りがハーブ由来か調べて」
「は、はい。お二人はこちらへ」
「了解ですにゃ。マロ、区分けを頼みますにゃ」
「はい、頑張ります!」
ゆっくりお茶の時間だったのに、何だか急に慌ただしくなった。マロが二種類の結界を張るとシンちゃんと一緒に放り込まれる。
もう一方の結界内でジョニーが何種類かのハーブをアルジェントに渡している。その後でシンちゃんと私の周りを歩き、確認作業をするアルジェント。
その様子は、キツネというよりも警察犬みたいだった。
「これじゃない、これも違う…こっちは近いけれど、こんなに爽やかじゃない」
「アルジェント、これで最後ですにゃ」
手渡された最後のハーブも違うみたい。アルジェントの耳がペタンッとしちゃっている。
「全部違う…一つも該当しない。でも何の香りなのかな?」
その様子をじっと見ていたジョニーは首を傾げて困った顔のアルジェントではなく旦那さんに視線を移した。
「どうしますかにゃ?フミ様」
「うーん…ハーブみたいな香りなのは確かなんだよね?アルジェントは一度戻ってアズールに会ってきて。今から言う物を用意して欲しいと伝えて」
ちょいちょいと手招きをしてアルジェントに何かを言う旦那さん。
「はい…?えっ、それは!可能性はありますが…信じられないです。でも、行ってきます」
旦那さんから何かを言われたアルジェントはかなり動揺していた。そのまま『窓』を開いていなくなる。
「ねえ、フミは何を言ったんだと思う?」
「旦那さんが伝えた内容?多分だけれどね?シーサーペントが好む物についてだよ」
「アルジェントの気持ちが理解出来ちゃうな…誰かが持ち込んで襲われるように仕組んだって事でしょう?」
「普通なら自分達も巻き込まれて、最悪の場合はシーサーペントの餌だもんね。でもさ?正常な判断が出来なければ有り得ると思うよ?例えば薬物とかさ…他には被害よりも利益が上回っているから優先させた、とかね」
私がそう言うとシンちゃんは額に手を当てた。理解出来ないっていう感じに見える。単に何かの密輸なのかアルジェント絡みでケモナー伯爵なのか。
バン国王からの依頼で北に向かわなきゃいけないのに面倒だな。とは思っても放置出来ないから対策を考えなきゃね。
「船を降りたらシーサーペントを売り払って美味しい物食べよう?機嫌直して」
「そうだね。つまらない事を考えて時間を浪費するのも馬鹿馬鹿しいね」
「そうと決まったらハーブティを堪能しようよ。マロ、結界を解除して。ジョニーはハーブティをよろしく」
「了解です!」
「すぐに用意しますにゃ」
アルジェントが戻って来るまで皆でゆっくりした。