27話
シーディーアを出発して二日程、目立ったトラブルはない。サーリアが船員に色目?を使って全員から子供扱いされていたり。
他にはユウキが綺麗な女冒険者を口説こうとして、カリーナちゃんとプチ修羅場になったりした程度だ。
「この程度はトラブルじゃない、異論は認めない!」
「嫁さん?どうしたの」
「ケイ?何ブツブツ呟いているのさ」
甲板で海原を眺めながら独り言を言っていたみたい。シンちゃんと旦那さんに怪訝な顔をされた。
「多分シーディーアから尾行してきている連中も、逃げ場がない海の上だから目立った行動をしないだろうって思うよ?それでも警戒は必要じゃない?それなのに!」
「ああ、まあ、確かにね…でもさ?何か起こってもどうにかなるよ」
「シン?微妙にフラグっぽいよ…まあ、喚いても意味ないか。あれ、旦那さんは?一緒にいたよね?」
シンちゃんに肩をポンポンされて宥められていると、旦那さんが何かを手にして戻ってくる。
「はい。甘いのと甘くないの、どっちがいい?」
クレープを二つ差し出される。小腹が空いていたから甘くない方を選択。甘い方はシンちゃんが受け取っていた。
「周りに人がいるから仕方ないけれど、生クリームは欲しかったな。フルーツも市場にあるバナナとリンゴだね」
「文句を言わないの。ジョニーが可能な範囲で頑張ってくれたんだから。私だって、ツナ風の魚に言いたい事あるよ。割と美味しいから良いけど」
クレープを食べながらシンちゃんと人目があると不便だねとか話す。苦笑いの旦那さんは私達に何かを言おうとして真剣な顔になった。もちろん私達も。
「少し蛇行している?浅い海域じゃないから岩礁は警戒しないはずだ。気になるな…船長に確認してくる」
「あぐ、まぐまぐ!ふう、私も行く」
残りのクレープを一気に口に押し込んで飲み込む。チラッとシンちゃんを見れば笑顔で手を振られた。来ないつもりだ!
「僕はおやつを堪能しているから確認よろしく!というのは冗談で少し調べておくよ、いってらっしゃい」
返事の代わりに手を振り返して旦那さんと船長室へ走った。
「おお、ちょうど呼びにいくところだったんだ。あんたを女帝と見込んで依頼をしたい」
「うあ、やっぱり面倒事だったよ。まずは状況を教えて下さい」
旦那さんと一緒に船長さんの話を聞くこと十分くらい。理由は不明だけれど少し前から、シーサーペントに追いかけられているらしい。
「どうやら群のようだが、五匹だろうと見張りが言っていた。振り切ろうと蛇行をしてみたが効果は薄い、何だっ!?」
話しの途中で船体が大きく揺れた。伝声管から悲鳴混じりの報告が聞こえる。
「右舷後方に接近した個体と接触した模様!被害は軽微!」
「ちくしょうめ!沈められるわけにゃいかねえ、野郎ども速度を上げろ!浸水しねえように補強に行け!」
船長さんは別の伝声管に向かって怒鳴ってから私達を見る。
「このままじゃ速度を上げてもジリ貧だ。頼む、助けてくれ!」
「了解、何とか頑張ってみましょう。報酬は後から相談ね。行こう、旦那さん」
「移動中の船からだから、僕とシンが頑張るしかないね」
船員達が慌ただしく行き交う船内を甲板に向かって走る。旦那さんは指輪を使ってオリバーさんに連絡をしていた。
内容からすると一般人客の誘導みたいで、ユウキやワフソン達も駆り出すらしい。
「私も援軍を頼もうかな。もしもし、ジョニー?」
「こちらジョニーですにゃ。ご無事ですかにゃ?」
「無事だよ。マロと一緒に後方の甲板に来てね。シンちゃんもいるから。色々バレると面倒だから、アルジェントはオリバーさんの誘導に従うように伝えてね」
「了解ですにゃ。サーリア嬢はどうしますにゃ?」
「どこかで拾う。じゃあ後で!」
イヤリングから手を離して走ることに集中する。そして客室を通り抜けようとした時に、扉からサーリアが飛び出してきた。起動済みの大鎌を携えて。
「ケイよ、敵はいずこじゃ?」
「準備万端過ぎじゃない?船の後方、海中のシーサーペントだよ。ダッシュでいくから動かないでね」
「納得いかんがコンパスの差は認めるのじゃ」
すれ違う瞬間にサーリアの腰に腕を回して荷物みたいに抱きかかえる。大鎌を落とさないように持つ以外は力を抜いたらしい。
サーリアは捕獲された小動物みたいだった。
「お待たせ!状況を聞いてきたよ、って何しているの」
「おかえりー!シーサーペントだよね?今回はケイとサーリアじゃ相性が悪いから、僕が活躍しようと準備中さ」
甲板に戻るとシンちゃんが落書きをしていた。まあ、本当に落書きではなくて複雑な魔法陣だけれど。合流したマロが念の為に防御障壁を展開する。
ジョニーは大剣を取り出してマロのサポートに入る。
「よし、描けた。後は生贄を四体用意しないとな!」
シンちゃんが爽やかな笑顔で不穏な言葉を口にする。物凄く嫌な予感がして目を合わせないように海面を見つめた。
「フミ、ちょっと頼みがあるんだ」
私が逃げているせいかシンちゃんは旦那さんに声をかける。どうしようか、止めた方がいいよね?旦那さんが酷い目に遭うくらいなら私が頑張る。
そう考えてシンちゃんを見たけれど少し違っていたみたい。
「船長さんに船を止めて欲しいって頼んできて。無理なら可能な限り速度を落としてってさ。後はケイにお願いだけれどね?」
「う、うん。何かな?」
「オリバーさんに連絡して、ドワーフ二人とユウキを寄越して欲しいって伝えて。それからね?」
そこで一度口を閉じたシンちゃんはニマァッて笑った!ニコッとじゃないよ、ニマァッだよ。無邪気な子供達が見たら泣くかも知れないよ。
「ケイとサーリアは生贄確定だから。痛くしないよ。大丈夫、怖くないよ」
少しも安心出来ないシンちゃんの言葉に、抱えたままだったサーリアが震えだす。やれやれと思いながらサーリアを降ろして、ポーチから抹茶チョコを出す。
強引にサーリアの口に押し込んでから頭を撫でた。
「諦めよう?死ぬことはないよ、どの程度辛いかわかんないけれどさ」
「ムグムグ、チョコで誤魔化せるとでも?じゃが諦めるしかあるまい。海中の相手にはわらわ達は役に立たぬからのう。痛いのは嫌じゃのう…」
嫌々をするように頭を振るサーリアにもう一度チョコを与えて、オリバーさんに連絡をした。しばらくすると旦那さんに説得されたのか船長さんが船を止めた。
シーサーペント達が追い付いてきて海面から顔をだす。
「待たせたな!俺の出番って、でけえぇ!」
「シーサーペント相手に我々が役立つとは思えんが」
「呼ばれたから来たけれど何をすれば良いのかしら」
ユウキ、ワフソン、シャロークが到着すると、シーサーペント達が一斉に鎌首をもたげて私達を見下ろしてくる。
ユウキが大きさに驚いているけれど、この前のクラーケンより少し大きいかな?程度だったりするんだよね。
「やあやあ、待っていたよ。今から討伐するけれどね?皆の協力が必要でね、ちょっとだけ魔力を譲って欲しいんだ」
「その程度で良いのか?たくさん使ってくれよ」
「人間よりはドワーフの方が保有魔力が多いけれど、敵の数が多いわよ?」
疑っていないユウキ達の話を聞きながらサーリアと内緒話。
「どうやら痛くはないみたいだけれど、シンちゃんだから油断禁物だよね」
「ちょっとで終わるとは思えんのう…それに必要人数が合わぬな?わらわとケイが確定ならば、残りは二人よな?」
「多分だけれどね…ユウキからガッツリ絞って、倒れた後をワフソン達で穴埋めかな?一応これを渡しておくね、使わなかったら返してね」
「マナポーション?Aランク品じゃが良いのか?何じゃ、未使用ならば返すのか。それにしても怖いのう…」
腹黒シンちゃんに対してこっそり溜め息をつく私達に、ユウキ達は少しも気付くことはなかった。
「魔法陣の番号が書いてある場所に移動してね。1と2はケイとサーリア、残りをユウキとシャロークね」
「俺はどうすれば良い?」
「ジョニーと一緒に万が一に備えて」
移動する相方を見ながらワフソンがシンちゃんに尋ねる。予備軍とは言わないで防衛組としてジョニーと並ばせていた。
私達が移動を始めると同時にシンちゃんは魔法鞄から、身長と同じくらいの蒼い弓を取り出した。専用の矢も蒼く輝いている。
海原の宝石と呼ばれる魔物、サファイアドルフィンの素材で出来ている。
「次にフミ。ケイから強靭な釣り糸を借りて強化して、それから身体強化を僕にかけて」
「身体強化?…了解、少し待ってくれよ。嫁さん、釣り糸を」
「はい、これが一番強いよ。魔法耐性もバッチリで簡単には切れないから」
マロではなくて旦那さんの身体強化?に引っかかりを感じたけれど聞かない。多分だけれど、強化なんて必要ないと知られない為だと思うから。
旦那さんとシンちゃんの作業を見守りつつ、所定の場所に立つと魔法陣が輝いて足が動かせなくなる。
「マロ、矢の方向に合わせて障壁を一部解除。まずは一匹、ライトニングアロー!」
シンちゃんの声に合わせて魔法陣に魔力を吸われていく。四分の一は持っていかれた気がする。放たれた矢は声に引かれて突っ込んできた一匹の眉間に深く刺さった。
「クルオオォォォン!」
バチバチという音が響いてシーサーペントが痙攣する。良く見ると釣り糸が繋がっていて追加の電撃が送られている。
そしてシーサーペントはあっという間にプカプカと海面に浮かんだ。シンちゃんは釣り糸の端を腕に巻き付けて次の矢をつがえる。
もう次?と思う間もなく魔力を吸われていく。これはまずい、回復が間に合わないかもしれない。二射目でユウキが気絶したしシャロークも顔色が悪くなった。
サーリアはポーションを飲み干して引きつった笑顔になっている。容赦なさすぎだよ!とか文句を言う時間はなかった。
シンちゃんが三本目を手にする間に倒れたユウキを旦那さんが引きずっていき、ワフソンがジョニーに押し込まれていた。
「サーリア、これも使って!シャローク、受け取って!」
自分用にと考えていたSランクのポーションをサーリアに、シャロークにはAランクを二本投げ渡す。
「助かるのじゃ!じゃが、ケイは大丈夫か?」
「最後まで保つ気がしないけれど、ありがとう!そっちは大丈夫かしら?」
心配してくれる二人にサムズアップしてから、急いで魔法鞄からシンプルなデザインの指輪を二個取り出し装備する。
妖精王の威厳、妖精女王の抱擁という、どちらも魔力を急速に自動回復してくれる優れものの指輪。
生前に大切にしていた結婚指輪を素材として使ったせいか、ちょっとしたデメリットがあって同時に装備しないと回復効率が少し悪くなる。
「ぐうう!ちょっとではないな?半分以上吸われたぞ!シャローク、ポーションを分けてくれ!」
「一本だけよ!後は自前の低ランク品で凌ぐか、根性でなんとかしてちょうだい!」
騒がしいワフソン達の声で気付いた。いつの間にか三体目のシーサーペントが、プカプカ海面に浮かんでいた。
あまり魔力が減った感じがしない?手加減なのかな?とか考えていたら、四体目に向けて矢が放たれる。指輪のおかげか辛くない。
四体目も難なく仕留めたシンちゃんは、五本目の矢をつがえたままでこっちを見た。正確には膝を震わせているワフソン達をじっと見ていた。
私やサーリアの方はチラッとも見ていない。嫌な予感がするなかで五体のシーサーペント全部が浮かんだ。それと同時にワフソン達が気絶してしまう。
私は少ししか魔力が減っていないのに?いくら指輪があるからっておかしいよね。そう思っていると、サーリアがポーションを飲みながら首を傾げてシンちゃんに質問した。
「最後はあまり減らなかったが、あの二人からはガッツリ絞ったのじゃな」
「うん、ちょっと理由があってさ。もうすぐ出てくると思うけれどね?頑張ってね、特にケイは」
「は?どういう、何か来る!」
海中から盛大に水を巻き上げて、浮かんでいる個体よりも三倍以上は大きなシーサーペントが現れる。船体がかなり揺れたからかどこかで悲鳴が上がっていた。
「他よりもデカい上に鱗が黒いか。何でキング級が出てくるかね…前に見たのより大きいわ」
「魔力枯渇で気絶はかまわぬが、大丈夫なのじゃろうか?」
「シンちゃんは一応神様だからね。大丈夫だよ」
「一応はひどいな。奥の手でいくから大丈夫。それじゃあ、さっさと始末しようか。いくよ?」
そう言ったシンちゃんは弓を甲板に置くと静かに動作だけで弓を引く。
「エアというものかの?う、くうぅ!」
「回復が間に合わないくらい持っていかれる!ううあぁあ!」
急速に魔力が吸い上げられて立っていられない。へたり込んで見上げるとシンちゃんに変化がある。
全身から淡く光を放ち神々しかったし、手には光を集めて出来たような弓が現れている。
「どうして襲ってきたのかは知らないけれど、プレゼントだ…神の雷!」
蒼く眩しい光の矢がキングシーサーペントの眉間に突き刺さると、その巨体は轟音と共に光の柱に包まれる。
指輪のおかげでへたり込むのは少しの時間で済んだ私は、シンちゃんの隣へ歩み寄る。それと同時にイヤリングがチリンッと鳴った。多分アルジェント。
「即死だろうね…って、シンちゃん!早く身体から光を消して、オリバーさんがこっち来るって、アルジェントから連絡きた!」
「え?どうしてさ!ヤバい、消さなきゃ、消さなきゃ!」
「ケ~イ~、助けてたもう…一歩も歩けないのじゃあ…枯渇寸前がこれほどとは知らなかったのじゃ」
キングシーサーペントを倒したシンちゃんは慌てて色々隠していた。念の為にシンちゃんの姿を隠すように立つと、オリバーさんが走ってくる。
「無事か!激しい揺れだった…が?一体何があった?この有り様は…」
オリバーさんが困惑するのも無理はない。ユウキ達は気絶していて私が疲れた顔で、サーリアがダウン寸前。シンちゃんや旦那さん、ジョニーとマロが元気なのだから。