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24話

「ふむ、また数日出掛けて戻らないのだな?あの二人は大丈夫か?」

「何日も不在にするつもりはありません。調べたい事があるだけなので二日程ですよ。今回はワフソンとシャロークがいるので大丈夫でしょう。念の為に対策はしておきます」

 黙って出掛ける事も出来たけれど、後が面倒だと思ったからダッテン伯爵に話をしておく事にした。とは言っても実際に話しているのは旦那さんで、私は絵画を鑑賞するふりをしてサーリアと内緒話。

「やれやれ、貴族とは面倒な存在じゃな。ところでケイよ、どこに出掛けるのじゃ?」

「秘密の場所。シンちゃんの正体を知らない人は行けない所だよ」

「因みにじゃが…生きて辿り着ける場所と考えても良いかの?」

 サーリアが妙な心配をするから笑ってしまう。ダッテン伯爵がこっちを見るから慌てて笑顔で誤魔化す。危なかった。

「大丈夫。寿命を終えた人が行く場所とは違うから。行ってからのお楽しみだよ」

 そんな事を言っていたら話が終わった旦那さんが手招きしていた。ダッテン伯爵に退室の挨拶をして町へ戻る。

「お待たせ。伯爵の許可をもらったよ。そっちはどう?」

 旦那さんには先にエンシュアさんの所へ行ってもらった。ユウキとカリーナちゃんがいる宿屋でシンちゃんに聞く。

「かなり回復したね。二、三日で出発可能だよ。その頃には馬車の改造も終わっているから丁度良いよね」

「そうだね。ちょっと出掛けて、戻ったら出発しようか…って、体当たりは結構痛いよ?カリーナちゃん」

 シンちゃんに返事をした途端にカリーナちゃんが飛び付いてきた。ちょっと引く位真剣な表情で。


「どこに行くんですか、一緒は駄目なんですか?」

 ユウキが瀕死になるまで痛めつけられた事がトラウマになっちゃったらしい。安心させないと離れてくれないだろうなと思う。

「カリーナちゃんが心配するのは理解出来るよ?ワフソンとシャロークに頼んでいくつもりだけれど駄目かな?オリバーさんもいるよ?」

「オリバー様の事は知っていますが、ワフソンさん達は知り合ってから日が浅いので」

 信頼出来ないと言外に言ってくるカリーナちゃんに少し困ったなと思った。方法がないとは言わないけれど、可能な限り見せたくないのが本音だった。

「うーん…困ったね。ねえ、カリーナちゃん?ユウキの為に死ぬまで秘密を守れるって、約束出来るかな」

「どんな事でもやります!」

「ケイ?」

 キッパリ答えたカリーナちゃんと同時に、サーリアが私を見上げながら不安げに声をかけてくる。

「大丈夫。サーリアが思うような内容じゃないよ、多分ね」

「多分?不安じゃのう」

 サーリアの頭を撫でながら小さく言ってカリーナちゃんを見つめる。

「今からやることは誰も会得していないだろうから…内緒だよ。暑き乾きをここに、サンドピラー。導く声に従え、クリエイト・ゴーレム」

 部屋の中央に大きな砂の槍を出現させてから、それを材料にゴーレムを作成する。少しワクワクしていた様子のカリーナちゃんは、何とも言えない表情になっていた。


「え…?コレ、何だか違うような気がしますけれど?何というか、弱そう」

「これで終わりなら私でもそう思うよ。焦らない、焦らない」

 カリーナちゃんの感想は予想の範囲だった。だって出来上がったゴーレムはひょろっとしていて、卵形の頭部には三つの穴がぽっかりと開いているだけ。どこを見ているのか謎だし大きさも人間と同じ位しかない。

 どことなく不満げなカリーナちゃんをそのままに、髪の毛を一本抜いてゴーレムの口?らしい場所へ入れてから頭に手を置いて続ける。

「普通のゴーレムで良いなら秘密だなんて言わないよ、ここからが内緒の部分なんだからね。魂無き人形よ。刻まれた記録を読み解き、災厄を受けし為に現れよ。クリエイティブデコイ、スケープ・ゴート!」

 私が言い終わるとゴーレムが大きく身震いする。その後に直視出来ない程の光を放ち始める。自分とシンちゃんの分だけ素早くサングラスを取り出して装着する。

「ま、眩しい!いつまでこのままなんですか?」

「もう少しで終わるよ。ほら、弱くなってきた」

 手で目を保護しているカリーナちゃんの肩を軽く叩く。もちろんサングラスを鞄に隠してから。

「ふう、眩しかった…え、ええ!どういう事!」

 のっぺりしたゴーレムが立っていた場所に私がいて、その横にも私がいるからカリーナちゃんが混乱していた。

 良く見るとサーリアも口をパクパクさせて驚いていた。

「何じゃ?何故ケイが二人いるのじゃ!」

「どうして二人になっちゃったんですか?まさか噂に聞いた忍びの分身の術!」

 忍びの噂って何さ!とか問い詰めたくなったけれど黙っている。


「驚きましたか?私は主の為に存在して全てを引き受けるモノです」

 丁寧に言う私を見て更に混乱するカリーナちゃんとサーリアに苦笑いしか出来ない。

「性格がちょっと違うから戸惑うのもわかるよ。能力は私の全力値の六割程度だから留守番にぴったり!」

「ちょっと?ちょっとという言葉の定義について一晩位語り合いたいですが、ありがとうございます。これでもダメな場合は運がなかったと覚悟をします」

 やや暗い表情になっちゃったカリーナちゃんに気付かない振りをして、反撃されないからとデコイの私にセクハラを始めたサーリアに拳骨を落とす。シンちゃんは笑い転げていた。

「フギャ!痛いのじゃ!酷いではないか!少し揉んだり摘んだり撫で回したりしただけなのに」

 どこをとは聞かない代わりにもう一度拳骨を落とす。それからかなり困った顔をして腕組みでガードするデコイに、ユウキとカリーナちゃんの警護を命令しておく。

 人目につくと都合が悪いから夜までは出歩かないようにと付け加えて。その後はわざとエンシュアさんのお店に立ち寄って、旦那さんと合流して買い物をする。

 ユウキが回復するまでの数日間は、私やワフソン達以外のメンバーが出稼ぎに行くから必要な物資が欲しいとか適当な理由をつけて。

 エンシュアさんは特に疑問を持たなかったみたいだけれど、アルジェントは首を傾げていた。


「さて、出発しようか」

 旦那さんが私達に言う。星空が美しく見える町外れ、時刻は地球で考えるなら夜の九時直前。町の大門が閉じられる前に急いで外に出る。

 兵士には賄賂を渡して見なかった事にしてもらった。徒歩で移動すること三十分位で町から一番近い林に到着。

「やっと外せるよ、暑苦しかった」

 私だと気付かれないように髪の毛と口元を大きいスカーフで隠していた。近くに人がいると水も飲めないから辛かった。

「これからどこに向かうのじゃ?町からは随分離れたが」

 キョロキョロしているサーリアを捕まえて抱き締める。

「秘密の場所って言ったでしょう?流れる大気を留めて凍えることなき息吹きを、ウォームボックス」

 風魔法で体温が下がらないようにする。旦那さんとジョニーも準備が出来たみたい。

「シンちゃん。準備出来た…どうしたの?マロ」

 ジョニーの隣にいたはずのマロが私の足にしがみついてくる。

「サーリアさんだけ抱っこが羨ましいんです」

「可愛いなあ、もう!まとめてギュッとしてあげる!」

 サーリアとマロを同時に抱き締めてからシンちゃんに向かって頷く。

「可愛い相手には甘いねえ。まあ、良いか。それじゃあ出発しよう」

 いつの間にか手に持っていた錫杖でシンちゃんが地面を突くと、大きな虹色の魔法陣が現れた。そして私達を乗せたまま夜空へと上昇を始める。


「だ、大丈夫なのか?いきなり消えたり、なんて事はないと言って欲しいのじゃ」

「大丈夫ですよ!シン様の力は凄いんです!」

「おお、そうか。凄いんじゃな!」

 何が凄いのか説明になっていないのに、ドヤ顔で言い切るマロに頷くサーリア。ちびっ子達が面白くて可愛いなんて考えている内に、上昇を続ける魔法陣は成層圏に到達する。

 地球と違ってジャルミン・チュアレでは生きて目にする事の出来ない光景に、サーリアが無言になった。でも目的地はまだ先だから驚いている場合じゃないよと囁く。

「まだ先?わらわは死んでしまうのか?」

「だから大丈夫だよ。心配しないの。そう言えばさ?ちょっと気になっていたんだけれど、サーリアはどうして自分の事を『わらわ』と言うの?」

「え?理由なんてないのじゃ。いつの間にかとしか言えないのう。特に困った覚えもないからのう」

「出来るなら、私って言ってみない?」

 何故?と首を傾げるサーリアにどうしてか説明しようとしたら、旦那さんから杖で背中を軽く突かれた。

「無理強いしないの。ここは地球でも、ましてや日本でもないよ。中身がお婆ちゃんのままなのかな?嫁さんは」

「うぐぐ、痛い事を言うよね。日本じゃないか。それは、そうなんだけれど。まあ、いいや。ごめんねサーリア、自由でいいよ」

 更に首を傾げるサーリアに、何でもないと答えて上を見る。目的地までは後三十分位だろうなと考えながら。


 成層圏よりも更に上に向かって上昇を続ける魔法陣の上で、光景に気を取られて無言だったサーリアが口を開く。

「気のせいか少し寒いような気がするのじゃ。まだ目的地は先なのかの?」

「効果が弱かったかな。目的地はまだだよ。寒いならこれあげる」

 魔法の鞄から襟や袖と裾が白いファーで飾られた淡いピンクのコートを取り出す。サイズはサーリアにぴったりで明らかに私の物じゃない。

「おおー!可愛いのじゃ、暖かそうなのじゃ」

 何故そんな物が私の鞄から、こんなこともあろうかと的に出てくるのか疑問に思わないらしい。早速腕を通すサーリアにマロが羨ましそうな顔になる。

「マロも寒いでしょう?はい」

 寒いだろう?と決めつけて続けて取り出したコートをマロに渡す。デザインは同じだけれど色は淡いグリーン。

 マロは躊躇いながらもコートを着る。二人並べてみると凄く可愛い!

「ああ!何故ここにデジカメがないの?こんなに可愛いのに!」

 悶えながら二人をギュッとする私に、旦那さんとシンちゃんから何とも言えない生温かい視線が向けられる。

 病気だよねという視線だけれどいつもの事だから気にしない。そのまま可愛い二人を愛で続けた。


「はい、到着!もうコートはいらないよ」

 魔法陣を消して少しキメ顔のシンちゃんだけれど、サーリアは全く見ていなかった。肩を落として項垂れるシンちゃん。

「何故雲の上に出るのじゃ?ここはどこ…あれは?ケイ!敵じゃ、戦う準備じゃ!」

 ペンダントに手を添えて鼻息荒いサーリアに私は苦笑いで教える。

「敵じゃないよ。秘密の農園で働く水晶人形とジョニーの部下のケットシーだよ」

 秘密の農園?という顔で私を見上げながらペンダントから手を離すサーリア。

「お帰りなさいだにゃ。もっと頻繁に帰ってきてくれないと、枕を涙で濡らしてしまう…イ、イニャニャニャニャ!ごめんなさい、ジョニーさん!」

「どこから変な知識を仕入れてくるのか…申し訳ありませんにゃ、きっちり指導しておきますにゃ」

 妙な事を口走るケットシーとその耳を引っ張りながら私達に謝るジョニー。猫さん達が可愛くて仕方ないけれど飛び付くのは我慢する。

 今回の目的は庭師達との情報交換とサーリアを紹介する事だから。

「まあまあ、もう許してあげなよ。時間もないことだからさ?」

「ケイ様が不問にするとの事なので見逃しますにゃ。それはそうと移動手段は用意してありますかにゃ?」

 ケットシーは水晶人形の背後に隠れながら何度も頷く。涙目で指差す方向にはクリスタル製屋形船が鎮座している。

 ちなみに昇ってきた場所は足下が雲だったけれど、屋形船がある場所は緑の草原になっている。

「空を昇った先に地面がある事に疑問を感じるのじゃが?それに船は水がないとダメなのではないか?」

 どちらから答えるか迷っていたらケットシーが屋形船の舳先に飛び乗って、キラキラした瞳でこっちを見ている。屋形船については彼?に任せようと決めた。

「ここはシンちゃんが住んでいる場所なんだよ。今はジャルミン・チュアレで過ごしているけれどね。別の世界だと思えば良いよ」

「船についてはお任せにゃー。水晶人形を動力源にして空を進むにゃ!さあ皆様、ご乗船をお願いしますにゃ!」

 得意気なケットシーの説明にピクッと反応するサーリア。ワクワクした顔で一番乗りをする。


「おお、外の景色が全部見える!」

 クリスタル製だから当然だろうと言えなくて、キョロキョロと忙しいサーリアを落ち着かせて着席させるのは少し苦労した。

 ケットシーがいる舳先の斜め下に水晶人形が陣取り操縦桿を掴む。数本のケーブルが接続されて水晶人形が七色に明滅を始めると、屋形船がフワッと浮く。

 船頭の転落防止の為か舳先が少し変形した

「ヨーソローにゃー」

 ケットシーの声を聞きながら高度は数メートル程度かな?と思っているとサーリアが外に出たいと言い出した。

「甲板が殆どない構造だから、窓を開けるだけね?」

「そうなのか。少し残念じゃが仕方ないの」

 そう言いながらも楽しそうに外へ手を出すサーリア。時速で考えるなら大体七十キロ程度だから、風圧を楽しんでいるのかもしれない。

「ムフフフ…そこそこのサイズを揉んでおる感触じゃの。ケイのサイズには程遠いがの」

 無邪気に楽しんでいるかと思ったのにエロおやじだった!サーリアがセクハラしていた身代わりゴーレムのサイズは確かに一緒だけれど!

 相変わらず見た目とのギャップが激しいけれど、これは流石に萌えられない。というかどこで変な情報を知ったのかな?

 あれって自動車で速く走る時の都市伝説だと思っていたけれど。旦那さんの方を見たけれど、試した事はないと言われた。

「相変わらずですにゃ。外の風も良いですが、おやつを用意しましたにゃ。茶葉は初摘みのダージリンですにゃ」

 呆れながらサーリアと一緒に窓の外を見ていたけれど、ダージリンと聞いて急いで席に戻る。慌ててついてきたサーリアはジョニーを見上げている。

「元々はケイ様とフミ様が暮らしていた世界のお茶ですにゃ。秘密の農園で栽培しているので喋ってはいけませんにゃ」

「嘘吐き扱いならばまだしも、民を惑わせたとか言われて処刑されたくないのでな。秘密じゃ」

 サーリアとジョニーの話を聞きながらマスカットフレーバーを堪能する。前世では滅多に口にできなかった茶葉を超えていると思う。

 因みに紅茶を楽しむ私達の前には一口サイズのサンドイッチやスコーン、小さなフルーツタルトにケーキが沢山用意されていた。

 英国風なのは持ち込んだ色々な資料をジョニーが見ているから。皆で暫く幸せな時間を堪能していると、遠くに城らしき建物が見えてくる。


「ケイ。あれがシン様の住まう城じゃな?大きいのう」

「確かに大きいけれど注目するべきは内部だよ。美しい物や綺麗な物で溢れているよ」

「楽しみなのじゃ!一緒に探検するのじゃ!」

 盛り上がる私とサーリアにシンちゃんが苦笑いだ。

「今は住んでいないけれどね。使用人しかいないから賑やかではないよ?」

 紅茶のお代わりをジョニーから受け取りながら、シンちゃんが何故か少しだけ寂しそうな目をする。

「何を考えているの?言わないと伝わらないよ?あ、これ美味しい」

 私がフルーツタルトを食べながらシンちゃんに言うと、シンちゃんはサーリアをじっと見つめて口を開く。

「シン様なんて言い方はしないで欲しいな。距離を感じちゃうからさ

「そ、そうは言われても…神を相手に気軽になんて無理なのじゃ」

 サーリアが凄く困っているから面白い。

「ケイみたいに軽く呼んでよ、ほら」

「え、あ、あう…シ、シンちゃん…うぎゃー恥ずかしいのじゃ!」

「うん、そっちの方が嬉しいよ。これからはその呼び方にしてよ、サーリア」

「あうう、難しいのじゃあ」

 ニヤニヤしながら見守っていると旦那さんが呆れ顔だった。

「お帰りなさいませ」

 完璧と言っても良いお辞儀でブランが私達を出迎えてくれる。その後ろには一人足りないけれどアズール達が揃っていた。

「出迎えありがとう、ブラン。時間の余裕は少ないけれど色々打ち合わせしよう…ケイ?アルジェントを解放して」

「ヤダ。絶対にヤダ!最近ミアに会えないから必須成分のキャトノミンが不足気味!狐だからちょっと違うけれどモフモフしたいの。ジョニーを拉致して色々しても良いならアルジェントは諦める」

 私がアルジェントを素早く捕まえて耳や尻尾を触りながら言うと、シンちゃんが額に手を当てる。キャトノミン?と小さく呟いてアルジェントの様子を見ていたジョニーが思案顔になる。

「ふむ、悪くないかも…冗談ですからにゃ?フミ様。さり気なく魔力を練り上げるのは心臓に悪いですにゃ」

「女の子なら許すけれど野郎はダメ」

「フミ様、僕はダメなんですね?今までごめんなさい!」

「あ、いや、マロは別だよ?えっと、大人はっていう意味だよ…そもそもマロは子供なのか?コボルトの年齢が分からない…むう」

 オロオロするマロに説明する旦那さん、そんな旦那さんに隠れて溜め息をつく庭師のメンバー達。落ち着いて話が出来るのはもう少し先になる。

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