23話
「ああ!皆様ご無事でしたか」
治療院も教会も手が回らないと言われたので、ユウキを宿屋に担ぎ込んでからエンシュアさんの所に戻ろうと思っていた。
呼び掛けの声に振り向けばダッテン伯爵の執事さんが走ってきた。いつ見てもピシッとしている髪が乱れていたから走り回っていたんだと思う。
「どうしたの?」
とぼけた感じでシンちゃんが聞くと呼吸を整えてから話し始めた。
「皆様がガラの悪い男達に連れて行かれたと、エンシュア氏が駆け込んで来たのです。普段ならば皆様にかなう相手等いないのでしょうが、二日程前から勇者とお供の少女の姿が見えなかったので伯爵様が捜せと」
「人質を盾にされているのでは?という事か。後で事後処理の為に現場を見るだろうが…敵対関係にはなりたくないと再認識するだけだろうな。ついでに頼むが腕の良い医者を手配して町の宿屋に寄越してくれ」
疲れた口調のオリバーさんに執事さんは首を傾げつつも手配を約束してくれる。
「後ですね?申し訳ないのですがケイ様とフミ様達と、オリバー様は連れ帰るようにと指示がありまして」
エンシュアさんにコーヒーでも飲ませてもらおうかな、とか密かに考えていたら帰してくれないらしい。
伯爵に逆らっても良いことなんてない。仕方ないのでワフソンとシャロークに金貨を数枚渡してユウキを任せる。
「足りなかったら請求して、残ったら好きに使ってね。面倒な事を頼んでゴメン!それからマロ、ジョニー」
「何ですか?」
「何でしょうかにゃ?」
「治療の様子を観察してね。何かあれば国王陛下から賜ったアレで連絡してね」
「了解です!何かあれば、ですね!」
「しかと承りましたにゃ」
ユウキのチートを無効にした方法が判明するか、ヒントだけでも発見出来たらラッキーだ。庭師が裏で関わっている可能性もあるけれど、違う場合もある。
後は医者がさっきの奴隷商のブタと繋がっている場合も厄介だからね。二人共私の考えは理解してくれただろう。
あまり伯爵様を待たせてはいけないから大人しく執事さんについて行った。
「大丈夫だろうとは思ったが、無事でなによりだ。詳細を教えてくれるか」
「はい、実は…」
旦那さんが説明してくれるけれど内心は冷や汗ものだ。エンシュアさんのお店で騒いじゃった事まで言われてしまうとイメージが崩れちゃう。
既に手遅れだろう!という意見は受け付けない。
「ふむ、ネクステンの貴族が絡んでいるのか。厄介だな…余程上手くやらねば国交上の問題に発展してしまうな」
旦那さんから説明を聞いたダッテン伯爵はかなり渋い顔だった。
「奴隷商の件と合わせて陛下に相談するから大人しくしているのだ。先走ったりするなよ?オリバーが見張っているからな?」
ダッテン伯爵はどうして私を見ながら言うのかな?因みにオリバーさんは顔の前で手を振って、全力で無理ですアピールをしている。
「何だか嫌がられていますが?それに何故に釘を刺されているのか理解出来ませんが、努力はします」
「オリバーよ。お前は王国騎士団団長だろうが。まあ良い…もう一つ気になる事があるのだが、勇者が酷い目に遭ったとか?」
やっぱり来たと思っても顔には出さない。微妙な笑顔で先を促す。
「酷い目は否定しないのか。勇者だから無駄に頑丈だったと記憶にあるが、何らかの手段で解除出来るという事だな?」
「否定も肯定もしません。仮に!可能だったとして…どうされるのでしょう?」
私の質問にダッテン伯爵は拳を握り締めてテーブルを叩く。
「決まっている、何としても秘密を掴んで奴を葬り去るのだ!それ以外の答え等ない!」
視界の端でオリバーさんがガクリッと肩を落としながら、天井を仰ぎ見るという器用な事をしていた。
「ダメですよ…陛下もそうでしたけれど、暗殺とかはダメです。魔族や魔王はどうされるのですか?事情を知らない何も知らない普通の人達から見た場合は希望の光なんですよ?あんなのでも。娘さんの件が引っ掛かるのは理解していますけれど。全部終わるまで待って下さい」
「ぬぐぐう!他にも奴を恨んでいる者は多いと言うのに!ケイも女であれば分かるだろう?弄ばれて捨てられる気持ちが!オリバーも何か言ってやれ、陛下のお心をよく知っているだろう?」
「陛下は国民の事をお考えになられて我慢を…していないですね。でもケイ達に勝てるはずがないので…察してください」
鼻息荒いダッテン伯爵に対してオリバーさんは首を横に振り短く返事をする。これ以上ダッテン伯爵にごねられるのも面倒だから黙らせようかな。
「いや?理解出来ませんよ?ずっと昔から旦那さんとラブラブだから!」
「嫁さん、今この場では正しい答えじゃないよ?でも、そう言ってくれるのは嬉しいよ」
「ムキー!イチャイチャするでない!」
歯軋りして暴れているダッテン伯爵はその内に血の涙を流すんじゃないだろうか?ユウキが責任を取らないのに、手当たり次第に食い散らかすから恨まれるんだよな。
ヒートアップしている主人の為なのか、さり気なく執事さんが甘い飲み物とお菓子を配っている。小腹が空いているから嬉しい。
「ぜい、はあ。し、仕方ない。奴の事は保留にしよう。そういえばエンシュアが心配していたぞ、一番の商品を買うから狙われたのではないかとな」
探るようなダッテン伯爵の視線をニパッと笑って受け止めるけれど黙っている。
「襲われた理由はそれかも知れないと思いますが予定は変更しません。資金的に厳しいから分割とかにしてもらえないか位は考えていますが」
旦那さんが代わりに話してくれる。ダッテン伯爵は先程までとは違って気遣うような表情になった。
「ネクステンの貴族が関わっているのが確かだとすれば、これからも嫌がらせや脅迫があるだろう。大丈夫か?」
今回のようにユウキやカリーナちゃんが足手まといになってもという事かな。
「大した影響がないのなら放置します。嫌がらせの程度によりますけれど、そんな事で足手まといになるのなら鍛えます。嫁さんが」
ダッテン伯爵の顔に何故そこで私に任せる?と書いてあるが旦那さんは無視するみたいだ。
「まあ暫くはシーディーアに滞在するしかないだろうから、何かあればお互いに連絡を取ろう」
「承知しました」
「ダッテン伯爵への報告も終わったからユウキとカリーナちゃんの様子を見に行こうか」
玄関に向かいながら皆に聞いたら異論はないみたい。
「では皆様、くれぐれも気をつけて下さい」
「ありがとうございます。そういえばあのブタ、ゲフ!奴隷商はどうなりました?」
見送りの執事さんは微妙な表情になりながらも教えてくれた。
「兵士と言いますか、警備兵の詰め所に牢屋があるので暫くはそこに留置です。何故か深く眠ったままなので事情聴取が後日になりそうですが」
「あ、ごめん。それは私が犯人なんだ。ポーションで強引に眠らせてあるから教会に浄化を依頼して。その後の事は二度と会う事もないから報告はいらない。ケモナー伯爵以上の重要な事は聞けそうにないし」
「そういう事でしたか。では重要な情報がありましたら即連絡します」
「色々ありがとう。流石は伯爵家の執事さん。では」
何かあれば連絡をくれると言う執事さんに手を振り宿屋を目指す。女将さんに治療院代わりにされたと文句を言われる前に金貨を握らせる。
「医者はさっき帰ったよ。思い詰めている感じがするから、ちょいと女の子が心配だね。それから貴族様の使いだって男が来て、これをあんた達に渡してくれってさ」
小箱を私に差し出しながら金貨を素早くポケットに隠して、女将さんは二人の様子を教えてくれた。因みに使いの男はアズールだろうな。頼んでおいたアイテムが仕上がったんだと思う。
「大丈夫?カリーナちゃん」
そっと扉を開けて聞くとカリーナちゃんが妙に明るい声で答えてくれる。
「あ、ケイさん。お医者様が言うには怪我は酷いけれど、数日安静にしていれば出掛けられる位に回復するそうです」
部屋に入るとユウキの状態を報告してくるカリーナちゃんに、ついつい苦笑いになる。本当に好きなんだねと思った。
「ユウキの事じゃないよ。カリーナちゃんは大丈夫って意味で聞いたの。ちゃんとご飯を食べた?休んでいる?」
「え?少し位平気ですよ。ユウキ様に比べたら傷一つないから」
やっぱりかい。女将さんが言った通りだな。自分のせいでとか考えているんだろうな。何があったのか聞きたいから無理にでも休ませよう。
「医者に診てもらったしマロもいるから。少しゆっくりしておいで。買い物に行くのもありだよ?お小遣いとボディーガードにジョニーを貸し出そう」
「でも…私は…」
チラチラとユウキを見るカリーナちゃん。余程心配らしい。
「大丈夫ですにゃ。ケイ様を信じて欲しいですにゃ。さあ、スイーツのお店へ行くですにゃ。ユウキ殿にはお土産を買いましょうにゃ」
「えっと、はい。行きます」
すぐには食べられないだろうなと思うけれど、ユウキにお土産をという誘い文句につられてジョニーについてカリーナちゃんは出掛けて行った。
「マロ。変な人達は来なかった?」
多分庭師達の仕込みだろうから他にはいないでしょうと思いながらも、オリバーさんやワフソン達の前だから一応聞く。
「最初に来たお医者さんは様子を見に来た奴隷商の仲間のようです。ジョニーさんを見て忘れ物を思い出したとか言って帰りました」
「え?本当に来たの?(イタッ!)」
予想外だったマロの言葉にうっかり間抜けな返事をしてしまった。シンちゃんから間髪入れず、ワフソン達から見えないようにして脛を蹴られた。
「なかなかに良い度胸をしている連中のようじゃな。わらわがいたら仕留めてやったのにのう」
「そうそう、僕が弓で牽制している間とかにね」
サーリアとシンちゃんにフォローされてしまった。見返りの要求を覚悟していたらオリバーさんが唸っている。
「どうしました?」
「ああ、フミか。すまない、考え事をしていたんだ」
「考え事?」
「医者を装って近づいてきたという事は我々の行動は今も監視されているんじゃないか?」
一応は真剣な表情を作って頷いている旦那さん。
「まあ、あの二人とワフソン達以外は軽いケガをする姿さえ想像出来ないがな」
わははは、と笑いながら旦那さんやワフソン達と話すオリバーさんを眺めながら、カリーナちゃんを連れ出したジョニーに心話で連絡を取る。
『そっちはどう?何か変化ある?』
『誰かに尾行されていますにゃ。アルジェントではないようですが、他の庭師が来るという話も聞いていませんにゃ』
『うーん?アズールが打ち合わせ無しでそこまで細かい演出をしてくるかな?アルジェントはまだエンシュアさんの所だからね』
『そうなると奴隷商の上得意先だという伯爵が怪しいですにゃ』
『そうだよね。でもジョニーに姿を確認させないっていうのは警戒したいね。まあいいや、適当に遊んでから帰って来て』
『了解しましたにゃ』
ジョニーが気配しか分からない?予想以上に面倒な事になりそうだと思いつつ心話を終了させる。
「というわけで、って聞いているのかケイ殿?」
「え、あ?ごめん考え事をしていたから。話はどこまで進んだの?」
旦那さんとオリバーさんを眺めながら、適当に聞いたふりをしていたのがいけなかったのだろうか。私の苦しい言い訳にやれやれという感じで溜息をついてから、オリバーさんが言う。
「自分達が強いからそういう態度でも大丈夫と過信していないか?余程の事がなければ平気だろうが一応は気をつけて欲しい」
「注意はするよ。まだまだやりたい事は沢山あるもんね」
「それなら良いが」
怒られた。私達の正体を知らないから仕方ないかなと思って、大人しくオリバーさんの小言を聞く。
誰か話の流れを変えてくれないかな?と考え始めた頃にユウキが目を覚ます。良し、ナイスだ。
「う?ここは、どこなんだ。カリーナ、カリーナは?無事か!」
怪我人のくせにいきなり起き上がろうとするから、止めに入ったらアクシデントが発生。勢いがあったせいだと思うけれどユウキは私の胸に顔を挟まれる。
キャッ!とか言う程の事じゃないからそのままベッドに寝かせた。問題はこの後だよねと考えながら。だって旦那さんの方から凍てつくような殺気を感じるんだよね。
「フミよ、事故じゃろう?大空のように広い心で許せ。ケイもそう考えておるはずじゃ」
「そこは海って表現するんじゃないかな?まあ事故だし?怪我人だから何もしないよ…信じていないな?サーリア」
「ケイに関する事になるとフミは加減を忘れるからのう。そこがまた一途に思えて迫りたくなるんじゃがな」
サーリアが微妙なフォローをしてくれたから旦那さんは殺気を消した。毒気を抜かれたと言うのかも知れない。
「やれやれ。マロ、ユウキを癒やしてくれないか?少しだけ」
「フ、フミ?さっきのは謝るぞ。だからちゃんと治してくれないか」
旦那さんが怒っていると勘違いしたユウキはそんな事を言う。
「すまない、説明不足だな。お前を完全に回復させてしまうと、僕達の中に高レベルの治癒魔法が使える人物がいるとバレるんだ」
「ああ、そういう事か。カリーナを人質にして俺を呼び出した奴らにだよな?」
瀕死になるまで暴行を加えられたからか、ユウキは歯軋りしながら言う。正確には違うけれど今は教えない。
「カリーナちゃんに甘えて数日間ゆっくりしなよ。本当に酷い状態だったからね」
旦那さんの説明に続けてそう言った私に対してユウキは首を横に振る。女の子大好きだから喜ぶかと思ったのに違うのかな?
「二人に頼みがある。いくらチートがあっても使いこなせなきゃ意味がない。ごろつき連中にやられていたら、魔王やガードナーファイブどころの話じゃない。本格的に鍛えたいから色々教えて欲しい」
男の子だねえと思うのと同時に、庭師達の事を不意に言われると笑いそうだなとも思う。そして旦那さんを見ると良いんじゃない?みたいな顔だ。
「気持ちは理解したよ。でもね、鍛えたいのなら尚更療養するように。スパルタでいくから」
「え?スパルタ?ま、任せろ。試練を乗り越えて強くなるさ」
冷や汗を流しそうなユウキを見てワフソンとシャロークが、訓練で死ぬかもねとか、可哀想になとか囁き合っているから巻き込んでやろうと決めた。
強い駒が多い方が勇者の魔王討伐後半戦を盛り上げ易い。
「予想外に厄介な相手みたいだからマロ…じゃなくてジョニーを護衛につけるよ」
奴隷商みたいな小物なら余裕だけれど、ジョニーでも気配しか感じないような相手が送り込まれるとマロでは荷が重い。
流石にマロだけ無事なら良いというわけにはいかないから、誰かを人質にされるような不利な状況で戦わせたくない。
テンプレ的に考えるのなら近日中に何かしら動きがあるだろうからという、予感?みたいな感じもあったからジョニーの方が良い。
そのまま暫く雑談をして過ごして、カリーナちゃんとジョニーの帰りを待つ。
もしもを考えてミニドラゴンでダッテン伯爵へ町の宿屋に泊まるとメッセージを送り、エンシュアさんのお店に行く。残念ながら他のギルドと合同会議らしく不在だった。
「私達は無事だったって伝えてね。支払いに関しては分割でお願いっていうのもね。それからね?」
エンシュアさんの代わりに話をしているのはアルジェントだから、ついでに今回の襲撃について聞こうと思う。
マロが気を利かせてオリバーさんやワフソン達を離れた場所に連れて行った。周りに他の従業員がいない事を確認して声を潜める。
「単刀直入に聞くよ?ユウキとカリーナちゃんを襲わせたかな?」
かなり穏やかに聞いたつもりだったのに、アルジェントは狐耳をペタンッとさせてちょっと涙目になった。おや?この反応は、もしかして本当に襲わせちゃったのかな。
「あ、あの、その。妙な連中がいたのに放置してごめんなさい!折檻は許して下さい!」
ヒイイ!この娘は何を口走っているのさ、折檻だなんて凄く人聞きが悪いじゃないか!そう思いながら慌てて再度周りを見回した。
「ちょ、待って、アルジェント?折檻なんてしないよ?落ち着こう?」
「だ、だってアズールがそう言ったもん。失敗には制裁が待っているって」
「よし!アズールにお仕置きしよう。可愛い子には酷い事なんかしないさ。シンちゃんにはお仕置きね、盛大に笑った自分を呪いなさい」
「わあ!飛び火したよ。さっき誤魔化してあげたから相殺って事で!」
「仕方ないな、取引成立って事で。どんな相手だったか教えて欲しいな、アルジェント」
本当に?何もしない?という顔のアルジェントだったけれど、ジョニーが言った事と同じ内容を教えてくれる。
「ふむ。気配を消せる連中が数人、裏で動いているらしいと?どんな手段か不明だけれどアルジェントが調べても、尻尾を掴ませないと」
「そうなんです。皆と相談して捕まえようって考えたんですけれど、こっちの動きを知っているのかと思う位あっさり逃げられまして」
普通の人間が庭師から逃げ切れるのか?そう思ってシンちゃんを見ると、思いの外真剣な表情でこっちを見ていた。
「ケイの言いたい事は何となく読めるよ。庭師達の監視を振り切れるのかって事でしょう?違う?」
「そうなんだけれど、腕にぶら下がって遊ばないで。真剣なのは表情だけかい!で、実際のところはどうなの?」
「うーん…記憶を消さないで転生させた人物だと、オーバーテクノロジーな何かを開発しちゃっているかもね」
「待て、シン。そういった事にならないように庭師がいるんだろうが?」
旦那さんの指摘にシンちゃんは困った声で答える。
「庭師も完璧ではないからね。世界の壁に穴を開けられてユウキの召喚を許したりとかさ。でもそこまでオーバーテクノロジーな開発はないでしょう」
そうだと楽なんだけれど、期待しない方が良いよなと秘かに思った。
翌日に面倒な事は起きた。予感を無視した時に限って面倒な事が起きるものだなあと、牢屋の天井を仰ぎ見る。
溜め息をつきながら視線を戻した先には、穴だらけになった奴隷商人の死体が転がっている。
「何で、こんな事になったんだろうな」
「それを調べる為に来たんでしょう?」
シンちゃんとボソボソ内緒話をする旦那さんをチラッと見て、昨日からの出来事を思い出してみる。襲撃事件の後に、エンシュアさんのお店でアルジェントと話をした。
ミニドラゴンで冒険者らしく、町の宿屋を利用すると伝言をしたらダッテン伯爵から却下された。仕方なく伯爵の所に泊まった。ここまでは問題ない。
念の為に伯爵家の敷地内への侵入者を警戒して、探知の結界魔法をかけて寝た。この後からなんだよね、厄介になっていくのは。
夜中に結界に弾かれた反応が数人分あって目が覚めた。ユウキ達やワフソン達が大丈夫かジョニーに連絡して、全員の無事と誰も来ていない事を確認する。
一時間位起きていたけれど何もなさそうだから寝直した。朝食後に執事さんから奴隷商人が何者かに殺害されたと聞かされた。
兵士が調べるけれど一応調べてくれと、ダッテン伯爵から命令されて今に至ると。
「お待たせしました。魔法で悲鳴をあげる間もなく絶命したようですね。我々の調査は終わりましたので戻ります」
ぼんやり考えている私に町の警備兵が声をかけてきた。
「お仕事大変ですね。気をつけて報告に行って下さいね」
ピシッとした敬礼をして帰っていく警備兵達を見送る。
「さて、誰もいなくなったから調べますか。オリバーさんがユウキ達の様子を見に行っている今がチャンスだからね。ケイ、ぼんやりしていないで意見を聞かせて」
あんまり直視したくないなあと思ったけれど、シンちゃんに促されて仕方なく奴隷商人の死体を観察する。
あちこち同じ傷がついているけれど、致命傷になったのは額の真ん中を撃ち抜いた傷かな。それともこめかみを左から撃ち抜いただろう傷かな。
「うう、嫌だなあ。面倒だなあ。これってどう見ても弾痕じゃない。確かジャルミン・チュアレには銃はないはずだよね?」
「その通りだよ。国家間のバランスが崩れるし人間同士の争いが激化するから、開発しているのを見つけ次第潰すように指示しているんだ…報告がきていないのは何故だろう」
シンちゃんに聞くと厳しい表情でそう言う。シンちゃんがというか、担当庭師のブランが把握出来ていない可能性に思い至る。
「ねえ…もしも、もしもだよ?開発者が私達の転生前にいた世界出身で、上手く隠していたとしたら?昨日シンちゃん自身が言ったように、さ」
そんな!という顔で私を見るシンちゃん。気持ちは少しだけ理解出来る。
「言いたい事は想像出来るよ?自分が選んだ人物に限ってと言いたいんだよね」
「その通りさ…人間なんだから全員が清く正しいなんて思っていない。それでもと思っていたのに」
肩を落として少し悲しそうに見えるシンちゃんにサーリアが近付いて励ます。
「大丈夫じゃ。皆で頑張れば解決出来るはずじゃ。だから、その…いつものイタズラ好きなシン様に戻って欲しいのじゃ」
「サーリア…ありがとう、気持ちだけで充分だよ。君の場合ボディランゲージは無理があるみたいだからね」
「む、無理ではないのじゃ!ケイに比べたらちょっとボリューム不足なだけで」
サーリアはシンちゃんと腕を組みながら頑張って、あててんのよ?らしき事をしている。確かにツルペタで無理があるけれど、シンちゃんの表情が少し明るくなった気がした。
「シンの気分が持ち直したのに水を差す形になるけれど、ダッテン伯爵にはどう報告する?」
「ふむふむ、見た目だけなら微笑ましい光景…って、え?報告?」
中身はさておいて美形の少年少女に見える二人から、慌てて旦那さんの方を見る。
「何さ?意外そうな顔して。調べてくれと言われたんだから、報告を待っているに決まっているじゃないか」
「どう説明しよう。死因は銃で撃たれたからですなんて言えないよね?」
「心配し過ぎだね、大丈夫だと思うよ」
サーリアに腕を掴まれたままでシンちゃんが言う。
「町の警備兵が先に報告するだろうから、少し誤魔化して言えば良いと思うよ」
さっきの警備兵の言葉を思い出す。確か魔法でと言っていた。
「兵士が気付かないという事はだよ?発砲音がないのは襲撃者が消していた可能性があるからで、悲鳴がなかったのは眠っていたところに最初の一発を浴びて死んだからだけれど…他の人が見ても銃を知らないのなら魔法で解決出来るね」
私が言うと旦那さんがニヤリと笑った。
「はいはい、私が言えば良いんでしょう?ダッテン伯爵にはそう説明しちゃうね。それとね、今後について庭師を含めて会議をしない?サーリアの事もあるしね」
私の提案に反対意見は出なかった。




