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2話

「どこに隠れたのかな、痛い事するけれど出ておいで」

「話によるとかなり大きいみたいなのに、どこにも姿が見えないね?」

 馬牧場で魔物狩りを依頼されて数日。残すは親玉だけになったのに見つからない。女王蜂みたいな存在だと後から困る。

 私達が諦めて帰ってから増えたりしたら目も当てられない。皆で手分けして探しているけれど気配さえつかめていない。

「きっと俺に恐れをなして逃げ出したんじゃないか?ぐお!」

 ユウキが寝言を言い出すので後ろ頭にチョップを入れておく。

「仮にそうだとしても見つけて始末しないと、サウアの皆さんが安心出来ないでしょ」

 ユウキが反論してくるだろうと思っていたけれど、違う方から返事が返ってくる。

「初日に丸呑みされた方を怖がったりしませんわ。魔物を始末する事には賛成出来ませんね」

 武器を構えて声が聞こえた方を見る。ユウキに構っている暇はなさそうだ。

「初めまして、エリュトロンと申します。エリュさんと呼んで頂けると嬉しいですね。可愛いペット達を殺して回る、勇者御一行の皆様」

 赤というよりは紅と表現した方がしっくりくる髪の女性が、そっと木の陰から出て来た。ひょっとして?

「この前見た二人とは違うみたいだが。出たな、ガードナー・ファイブ!牧場主を苦しめて何が目的だ?お前達の野望は一つ残らず俺達が阻止してやる!」

 熱く語り始めたユウキに笑いを堪えていると、エリュトロンさんは手にしていた本で口元を隠していた。

 笑いたいんだよね?分かるよその気持ち!ユウキやオリバーさんから死角になっているシンちゃんなんて、すごく良い笑顔だしね。

 下を向いた旦那さんも肩がプルプルしているからね。


「野望などではありませんよ?可愛いペット達がお腹が空いているようでしたから、ここで食事をさせていただけです」

「食事だと?退治に来た冒険者を何人も餌食にしたそうじゃないか、それはどう説明するんだ!」

「無防備に近付いたのはあちらですよ?」

 吠えるユウキにしれっと答えるエリュトロンさん。基本的には考え方の違いじゃないかな、冒険者はユウキと同じ様に近寄ってしまった結果だ。

「その後で可愛いペットの養分になってもらったので、彼等には感謝していますよ?沢山増やして眺めようと思っていたので、餌はどれだけあっても不足しているのです。まあそのペット達も皆様に殺されてしまったので、冒険者の方は無駄死にとなりましたけれどね?」

 エリュトロンさん上手だなあ、ユウキの怒らせ方をよく知っている。まだ高校生で中二病だから挑発に乗っちゃうだろうな。

「無駄だと?よくもそんなことを!」

「待て!相手の思う壺だ、よく見るのだ」

 剣を構えて走り出そうとしたユウキをオリバーさんが止める。そのまま突っ込んでいったなら、きっと面白い事になったのに。

 シンちゃんが小さく残念と呟いていたから、振り返って人差し指を口に当てて注意を促す。オリバーさんに聞こえると面倒事が増えるからね。

「どうして止めるんだ?…って、危ねえ!」

 どこを探してもいなかったのに、地中から魔物が口?を開けて飛び出してきた。足を止めていなかったら、ユウキは確実に呑み込まれていたな。

 エリュトロンさんが手に持っていた本を開いている。あれで召喚するのかな?他にはどんな魔物がいるのか、時間があるときに見せてもらおう。


「あら、残念。勇者を食べさせれば沢山子供を産むかと思ったのに」

「助かったぜオリバー。そう簡単に食われてたまるかよ、俺達のチームワークを甘く見ないでもらおうか!」

「簡単に食われそうだったくせに威張るんじゃない!」

 額に青筋が浮かびそうな表情をしているオリバーさんの突っ込みはスルーされた。この先も彼は気苦労が絶えないんだろうな。

 心の中で強く生きてねと励ましてから出てきた魔物を見る。昨日までの魔物と見た目は同じでも、大きさは三倍位ありそうだな。

「エリュさんには悪いけれど退治させてもらおうかな。美味しい桜肉と馬車とサウアの為に働くとしますか」

「嫁さん…順番がおかしいよ。建前はどこにいったんだい、牧場関係者には聞かれていないから良いけれどさ」

 うっかりと口から出た私の本音に突っ込みを入れながら、旦那さんが少し後ろに下がった。高威力の魔法を使うには、敵から離れないと時間が稼げない。

「細かい事は良いでしょう?結果として私達も町の皆も幸せになるんだから。マロはいつもと同じで状態異常に注意して欲しい。ジョニーは旦那さん、シンちゃん、マロを守れる場所にいてね」

 ユウキが魔物の正面にいてオリバーさんは右側にいる。空いている左を埋める為に近付くと、エリュトロンさんがこっちを見た。

「貴女がケイね?アズール様のお気に入りだというのは本当?」

「アズール様?ガードナー・ファイブって階級制なの?お気に入りかなんて知らない、本人に確認してね。貴女が無事に帰る事が出来たらだけれど」

「そんな軽口を言えるのは最初だけよ」

 話していて笑いそうになるのを必死で我慢する。早く言い慣れないとボロが出るかも知れないな、ガードナー・ファイブ。


 それにしても不便だな。知る必要がないことや庭師達が勝手に考えた設定は、現状では教えてもらっていない。庭師達に序列があるとは思えないけれど、今は聞くことも難しい。

馬車が一つだけしかないからダメなんだよ。この場面でエリュトロンさんが出て来ることも知らなかったからね。

魔物だけ退治して彼女を逃がしたいけれど、上手くいくか心配だなあ。チラッとシンちゃんや旦那さんを見ると、ヒソヒソと何かを話し合っていた。

適当にやってくれるだろうと思っていると、ユウキが剣を振りかぶって魔物に斬りかかる。オリバーさんもその後に続く。頑張って働きますか。

「ケイ様、斬りかかってはダメですにゃ。妙な匂いがしますにゃ」

 私も行こうとしたけれどジョニーに止められた。匂い?

「うわっ!これは酸か?それとも毒か」

「僅かだが剣が溶けるだと?」

 ユウキとオリバーさんが斬り付けた場所から、薄緑の体液が溢れ出していた。薬品みたいな匂いが辺りに広がる。

「この子はね?体液が強酸なのよ。勿論毒性もあるわよ、下手に斬り付けると痛い目に遭うわよ」

 アズール君達と同じ様に空中に浮かびながら笑うエリュトロンさん。その視線は旦那さん達を見ていた。

「後衛からいくつもり?そんなことさせないよ」

 エリュトロンさんの注意を引くように大きな声で話して距離を詰める。本当はユウキとオリバーさんが後ろに下がらない為だ。

 カサカサと紙を丸める音がしたから、旦那さんかシンちゃんが指示を出していた可能性がある。内容に関しては直接聞いちゃおう。


 魔物の体を足場にして跳び上がり、空中のエリュトロンさんに斬り掛かる振りをする。さりげなくユウキの方に魔物を蹴り出すことも忘れない。

「私をどうにかしてしまえば、あの子が止まると思っているんですか?甘いですよ」

「一人位抜けても大丈夫だから、あわよくばって思ってね。何で出来ているのかな、硬い本だね!」

 本気で叩きつけているように見せて、実は優しく剣を添えているだけ。多分切れないと思うけれど、エリュトロンさんが怪我をしたら困るからね。

「ケイ様、このまま私を遠くに弾き飛ばして下さい。そして後は任せたとか言って追いかけてきて下さい」

 私以外には聞こえない程の小さな声で、エリュトロンさんが場所を変えようと誘ってくる。

「そこで打ち合せをするって事ね、了解。次の一撃でそうするね、少し痛いかも知れないけれど許して」

 魔物の背中に降りてからもう一度跳び上がって斬り付ける。いつの間にか旦那さんがかけたのだろう風の魔法が剣に纏わり付いていた。

「サンキュー旦那さん!風だからエアスラッシュってとこかな?吹き飛べ!」

「く、この程度で…きゃああああ!」

 本で防御しているように見せてわざと遠くまで飛ぶエリュトロンさん。反動で少し弾かれたけれど無事に着地する私。

「うぎゃ、何するんだ!降りろよケイ!」

「あ、ごめん。なんか地面が柔らかいなと思ったら、ユウキの上だったのか。さっきの魔族を追いかけていくから、この魔物は任せたからね?」

 ユウキの上から移動してチラリッと旦那さんを見れば、いってらっしゃいと言わんばかりの笑顔で手を振られた。

 エリュトロンさんを追いかけて走り始めた私の耳には、ユウキの叫ぶバーニング何とかっていう技名が聞こえていた。中二だなあ。


 十数メートル離れた場所に丘があって、その向こう側にエリュトロンさんが待っていた。私を見ると丁寧にお辞儀をしてくる。

「お待たせ。ごめんね、痛くなかった?」

「大丈夫ですよ、ケイ様もフミ様も手加減をしてくれるじゃないですか。それに庭師って結構頑丈なんですよ」

 元気そうなエリュトロンさんは『窓』を作ると、小さなテーブルとイスとティーセット等を取り出した。

「あの魔物は耐久値を高くして造りましたからね、いくら勇者君でも倒すのに少し時間がかかるでしょう。お茶でも楽しみませんか」

「ありがとうエリュさん。さっき旦那さん達とアイコンタクトしていたでしょ?どんな指示があったの。あ、美味しい」

 マカロンを摘まみながらのんびり聞く。美味しいけれど誰が作ったのかなこれ。

「ありがとうございます、ジョニーに教えてもらって私が作ったんですよ。シン様とケイ様は甘い物が好きだと聞いていましたから。指示についてですが、離れた場所で内緒話をしてねとだけ書いてありました。フミ様が苦笑いでしたね」

「ユウキの口調とかが面白いのと、真面目に演じてくれるエリュさんを見たからじゃないかな?」

「ふふ、笑わないようにするのが思いの外大変ですけれどね。勇者君はあれが素なのですか?滑稽というか痛いというか」

「ファンタジー世界で遊んでいる私が言えるセリフじゃないけれど、わざとやっている私達と違って確実に中二病なんだよね。追い返すまでだから付き合ってあげてね」

 そんなことを言われているとは夢にも思っていないだろう、ユウキの叫び声や得意そうな声が聞こえる。

「それにしても内緒話って何を話せば良いのかな?怪我をした振りをして、惜しいところで逃げられたとか芝居をする。そういう事を決めてねって意味かな」

「それで良いと思いますよ?ここでいきなり私が成敗されてしまうのもなんですからね。後は今後の流れを大まかに考えれば良いと思いますよ。もうすぐアズールとヴェルデが来ますからね」

 馬車について話をしたかったから都合が良いな。そう思っていると『窓』からヴェルデさんが顔を覗かせる。


「あ、ケイ様だ。良いなあ、お茶ですか?私もガールズトークに混ぜて下さいよ!」

「ガールズトークはしていないんだけれど…パレードの時とは別人みたいな口調だね、どっちが本来のヴェルデなのかな?」

 軽い口調で話しながら自分のイスを用意しているヴェルデさん。ニコニコしながらマカロンを頬張っている。リス子ちゃんて呼んじゃダメだよね?

「まぐ、むぐ。偉そうにしなさいってアズールに言われたからですよ、私ちゃんと出来ていましたか?」

「ユウキを見下している感じとか上手だったよ。勇者の旅を盛り上げるにはあのキャラが良いのかもね」

 えへへと笑うヴェルデさんを見て和んでいると、大きな鞄を持ったアズール君がやって来る。

「ヴェルデ、大事な荷物を忘れていますよ。すいませんケイ様、騒がしくて」

「問題ないよ。それにしてもいいところで来てくれたね、今後の打ち合せについて伝えたいことがあったんだ」

「打ち合せに関してですか?今はユウキ君とオリバー殿が一緒だから、暫くは無理なのだろうと思っていました」

 鞄をヴェルデさんに渡しながら首を傾げるアズール君。ユウキが鬱陶しいから馬車の荷台を購入したと伝えると納得していた。

「日中は無理だと思いますが夜は荷台の内側に、『窓』を作っても良いということですね?」

「そうだね。布で隠しておくからそのままでも大丈夫だと思うよ。いかにも勇者の旅っていう演出をして、ユウキを送り返す打ち合せをしたい。そうじゃないとブランを魔王役に任命した意味がないんだから」


 アズール君は頷いていたけれど丘の向こう側、皆が魔物と戦っている方を気にし始めた。

「どうしたの?アズール。エリュさん曰く時間がかかるらしいよ、本格的な打ち合せはサウアの町を出てからで良いでしょ」

「打ち合せはそれで良いのですが、恐らく三十分程でクリ○ネモドキは討伐されてしまうかと。手加減をしているといっても、シン様とフミ様は強いですからね。急いで激戦を繰り広げた後のようにメイクをしましょう、出番ですよヴェルデ」

 やっぱりモデルはアレなのか、そういえば地球から生物図鑑も持ってきていたな私。それを見たんだよね多分。

 少し遠い目をしているとヴェルデさんが鞄から、大量の筆やパレットを取り出し始める。どれが何用か分からないな。

 どうやら庭師達は最初からサウアの町で騒ぎを起こして、私か旦那さんのどちらかと接触するつもりだったみたい。

「さあケイ様。映画業界も裸足で逃げ出すメイクをしましょう、動かないで下さいね」

「映画って知らないでしょ?何を言っているのさ。やれやれ、お手柔らかに。ところでさ?食べさせちゃった馬は戻らないよね?」

 ヴェルデさんにされるがままになった状態で、アズール君に確認する。少し考えてから答えてくれた。

「次の繁殖期に食べてしまった馬と同じ数だけ、仔馬が生まれるようにしましょう。本来ならこんな被害が出ることがないはずなので」

「そうか、安心した」

 三十分後にグッタリした感じで岩にもたれ掛かると、『窓』に消える庭師達を見送った。

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