19話
ジョニーが出してくれたさきいかをモグモグしながら、溶かしたポイズンピーコックを飲む作業を続けている。
体内ですぐに消化?吸収していくからお腹が一杯になる事はないし、最初から色々な耐性MAXで毒や呪いは効かないから状態異常になる事もなかった。
でも、チート耐性なんかなんぼのもんよ?という位不味い。味覚に関しては生前と一緒だからなあ。一時的に味が感じられないチートとかつければ良かったかも。手遅れだけれどね。
「もうイヤだ!不味い!チョコレート味なら全部一人でイケるのに!何とかして、ジョニー!」
「実は先程から色々混ぜているのですが、どうやら効果はないようですにゃ」
ヒステリックに文句を言う私にとっくにチャレンジしたと言うジョニー。見上げたポイズンピーコックは残り半分位かな、結構スリムになったとは思うけれどイヤだ。
私の飲むペースが落ちてきたけれど多分悪くないよね。誰にでもなく言い訳を考えていたら、黙り込んでいたサーリアが口を開く。
「ケイよ…覚悟を決めたのじゃ。シン…様?がエルフの始祖を創り出した存在だとすぐに信じられぬが、ケイ達は他の人間とは何かが違うと思う。話を聞いてダメだと判断されれば記憶を消されるのじゃろう?」
「まあね、いやにあっさりしているね?」
探るように聞いてくるから答えるとサーリアはフッと笑う。
「今現在も記憶喪失じゃからな!消えて困る記憶はないのじゃ!」
「いやいや、自棄で話していない?大丈夫?」
潔いというよりも自棄にみえるから聞いたけれど、微妙に寂しそうな顔をされてしまう。
「何故一人で海にいたのか覚えていない、あんなに恐ろしい目に遭うきっかけになったはずなのにじゃ。変な生き物に姿を変えた原因は、ケイ達がどうにかしたのにほとんど忘れたままじゃ…自分が何者なのか少しでも知りたいのじゃ」
チラッと旦那さんを見ると好きにするといいよ、みたいな顔をしていた。シンちゃんはと言えばジョッキにハチミツやタバスコ、コーヒーに砂糖を入れていた。
「うわあ、何してんのさ…シンちゃんはどう思う?」
「何って、不味い物を掛け合わせたら相殺されて味が分からない状態にならないかな?と思ってさ。教えても良いよ、始祖の子達は僕と面識があるからさ?記憶が戻れば気付かれちゃうだろうからね……グフゥ!」
話しても良いと言ったシンちゃんは、自分で味付けしたジョッキを飲み干して痙攣していた。真似は止めておこう。
「問題ないみたいだから説明しようか。でもね?誰にも言っちゃダメだからね」
「約束するのじゃ」
ちょっとずつジョッキを傾けながらサーリアに色々と説明していく。最初の方は驚いていたのに途中からは呆れたような目で私達を見る。
とりあえず話したのは主に自分達の事だけ。
「誰にも言うなと釘を刺されなくても言えんのじゃ。自分達が生きている世界が箱庭で神の遊び場だなどと誰が信じるのじゃ…おかしい奴扱いで終わりじゃな」
「確かにそういう扱いになるよね。っていうかジャルミンチュアレで信仰の対象って何になっているのさ?」
そんな事も知らないのかという顔のサーリアだったけれど、私と旦那さんが普通とは違う渡り人だと思い出して苦い顔をする。
「言い伝えによれば白き大神様が時折現れては、迷い悩む者達を導いてくれたり苦しんでいる者達を救ってくれるのじゃが…それさえも用意された物というわけじゃな?」
とんでもない事を教えてくれたと文句を言いながら私を見るサーリア。白き大神様とやらに心当たりがゼロなので、シンちゃんを見るとニマニマしている。
「何笑ってんのさ?ポイズンピーコックの余りの不味さに笑えてきちゃった?」
「違うとも言い切れないけれどね。因みにサーリアちゃんが言う白き大神様ってブランの事だよ」
「ふーん?ブランなのかあ。まあ宗教的な物はある程度必要だから神様役は…え…?ブラン?ブランなの?」
シンちゃんがニマニマしている理由が少し分かった。
「どうしよう魔王役にしちゃったよ!」
やっちゃった!って思ってシンちゃんを見ると、旦那さんからショートソードを突きつけられていた。
「な、何をしているのじゃ?そんなに怖い顔はフミには似合わないのじゃ」
私はオロオロするサーリアの頭を撫でながら溜め息を吐く。
「もういいよ旦那さん、確認しなかった私の落ち度だからね。ちょっとストーリー展開に苦しむだけだよ」
「そう?ブランを任命した時に言わなかったのはわざとだと思うんだけれどね。でも嫁さんがそれで納得するなら良いよ」
ショートソードを片付けてジョッキを手に再び頑張る旦那さん。
「ちょっとしたイタズラ心じゃないか!夫婦揃って暴力的なのはどうなのさ?サーリアちゃんが予定外なんだよ?」
少し涙目で抗議してくるシンちゃんにサーリアが首を傾げる。
「わらわが予定外?どういう事じゃ」
シンちゃんの言葉について良く考えてみる。そう言われるとそうかなって少しだけ思えた。
「この前シバいたとある神様とサーリアが出会う事は予想していなかったんだよ。アレがいなかったら…うん?アレが来る事になった原因はユウキのせいだった気がする。そうだったわ、ユウキがまともならネクステン王国が時空に穴開けないもんね…」
色々思い出してついつい手に力が入る。手に持っていたジョッキを握り砕く私にサーリアがドン引きする。
ジョニーは何も言わないで新しいジョッキを出して砕けた破片を片付けていく。
「何故そこまで怒るのじゃ?ユウキの事はよく知らないのじゃが」
疑問符を浮かべるサーリアに何があったか説明した。隠すのは意味がないと思って勇者の旅プロジェクトの序盤だという事も言う。
「あれ?どうしたのサーリア、そんな所で寝ると風邪ひくよ」
「ね、寝ているわけではない!何をしているのじゃ!」
テーブルに額をつけてプルプルしていたかと思ったら、ガバッと体を起こしてギャイギャイ騒ぐ。サイズがお子様になると冷静さがなくなるのかな。
「何って私達が楽しく遊ぶ為に邪魔者を排除しようとしているの」
「いくら全てが遊びだからといっても、白き大神様に魔王を名乗らせるとは。全世界の知性ある者達が絶望感に包まれるではないか!」
元気なのは良いけれどちょっとうるさいかな。サーリアの口に鷲掴みにしたさきいかを放り込んで黙らせてみる。
「モガッ!なひをふるのひゃ!」
「お腹空いているから騒ぐのかなって思って。白き大神…ブランを魔王役にして派手に予告しちゃったから対応策を考えるつもり。それよりも自分の事を考えて欲しいかな」
「自分?」
ジョニーからお皿を借りてさきいかを少しずつ食べるサーリア。暫く考えてから恐る恐る聞いてきた。
「それはつまり、あれじゃな?わらわも一緒になって裏で頑張れという事じゃな?」
「大正解!賞品はジョニーからお菓子をもらってね。一緒にいると記憶が戻るきっかけになったら良いよね?楽しくやろうよ」
私の言葉にいつの間にか用意されたジュースを飲み干してニマッと笑うサーリア。
「まあ、覚悟をしておったしの。勇者(笑)をからかうのも一興じゃな。ちなみにケイ達に協力するとどんな特典があるのじゃ?」
どこかワクワクした声で聞くサーリアの前にミルフィーユが置かれる。
「まずは貴族様でも食べられない食べ物が手に入る。内緒だからね?」
「はわわわわ!美味しそうなのじゃー。食べても良いのか?」
既にこっちを見ていないよ…甘いお菓子の魔力には誰も勝てないから仕方ないか。
「その為にジョニーが出してくれたんだから。ゆっくり堪能してて」
キラキラの瞳でフォークを持つサーリアを放置して旦那さんとシンちゃんを見る。
「というわけで巻き込んだからよろしく」
「嫁さんのことだから、そうなるだろうと思っていたよ」
旦那さんは前衛職が増えると助かるからと言ってくれる。シンちゃんはどうかなと見ればうっすら笑っている。
「反対するつもりなら最初から邪魔をして強制的に記憶を改ざんするよ」
「確かにそうだよね。これからは悪巧みの仲間として頑張ってもらおうね…さて、作業に戻ろうかな…」
サーリアと話していた間は余り杯を進めていなかったけれど、旦那さんが黙々と頑張っているから私も気合いを入れていこう。
色々なケーキとジュースやコーヒーで幸せそうなサーリアを横目に、ジョッキを傾ける事数時間。後少しで苦行が終わるという辺りで、ガキンッという音がしてジョニーが困った顔になる。
「どうしたの?骨に負けないように頑丈なの使っていると思っていたけれど?刃こぼれしちゃった?」
「違いますにゃ。どうやら異物を取り込んでいたようですにゃ。ちょっと取り出してみますにゃ」
ジョニーは残り僅かになったポイズンピーコックの肉を、慎重に細かく切りながら何かを取り出した。汚れを拭き取ってテーブルに置かれたそれは水晶玉に見える。
「おや?記録用水晶だね。何でこんな物を取り込んでいたのかな。しかも胃袋に残っていないで肉の部分にさ」
シンちゃんの言葉に旦那さんと顔を見合わせる。
「中身って生きていると思う?起動出来る?」
「魔法道具を扱う店で起動は簡単だと聞いたけれど。データが生きているかは、正直に言って賭だね」
もしも運良くこの窪地で動いていたのなら、亜種どころか変異体としか言えないポイズンピーコックが発生した原因が判明するかも知れない。
「初めて使うから自信がないな。シン、起動の手順は…」
旦那さんとシンちゃんが話している間に残りを一気に片付けておく。僅かな欠片や溶け落ちた分は、シンちゃんにまとめて浄化してもらおう。
少しだから周りへの影響は残らないはず。
「うん、理解出来た。嫁さん、起動するよ?最後片付けてくれてありがとう…大丈夫?」
「ウプッ!ゲフ…ど、どうってこたあないね!それよりも内容見ようよ」
心配してくれる旦那さんに向かってサムズアップする。サーリアから微妙な視線を向けられたけれど気にしない。
ザザザッというノイズの後に窪地が映し出された。真ん中辺りで焚き火が見える。
「ねえ、これって一定の範囲しか映してないのかな?」
焚き火の向こうには誰もいないから使用した人物の位置は水晶玉の後ろ側だろう。
「球体だから全方位記録するよ。フミなら何となく切り替え方が分かるでしょ」
口直しとばかりにお菓子やジュースに手を伸ばすシンちゃんに言われて、旦那さんが水晶玉に魔力を流すと映像が切り替わる。
なかなかに良い装備の渋い感じのドワーフがいた。まだ安全だった時に野宿したのかな?もしかしたらワフソン達が捜している人物かも?
そう思って注意深く反対側の映像と交互に見ていた私達は、静かに立ち上がると無言で片付けを始めた。浄化も終わらせてからマロの方へ行く。
「シンちゃん…サクッとワフソンを治療しちゃって」
「了解、ついでにピクシーズララバイも解除しようか」
シンちゃんの作業を見守りながら考えていた、数分後に目を覚ますだろうワフソンとシャロークを正座させようと。