17話
サーリアと一緒に少しずつポイズンピーコックにダメージを与えていたら、マロに声を掛けられる。
「ケイ様、ワフソンさんの治療は時間がかかりそうです。鳥さんが大人しく待っていてくれるとは思えないので、出来る限りこちらへ来ないようにお願いします」
ワフソンの状態を見ていたマロが小さな杖で、ポイズンピーコックを差して報告してくれた。
「まあ、そうだよね。シャロークはそこから動かないでね、そのままワフソンの面倒を見てやって」
「大丈夫よ、やれるわ!」
シャロークはそう言って武器を握り締めて立ち上がるけれど、困ったなというのが本音。どう説得するか考えようとしたらサーリアが空気を壊した。
「やれやれじゃな。傷付けぬようにケイが気を遣ったというに。足手まといじゃよ、小僧」
「もうちょいマイルドな言い方しなよ。人には優しくしようって習ってないの?」
「事実じゃ。己自身の力量と現状を把握出来ぬ者は生き残れぬ」
見た目は幼女なサーリアに言われて面白くなかったのか、シャロークの表情が硬くなる。
「おチビちゃんは随分と自信があるのね。お子様こそ下がっていなさいよ」
「誰がお子様じゃと?」
泥沼の言い争いにならないようにしないと…手間を増やさないで欲しいな。
「シャローク。サーリアは九百才らしいよ、本人の申告によるとね。サーリアも自分の外見を考えて発言するように。口喧嘩をして足を引っ張るなら」
一度言葉を切って二人を順番に見てから、わざと低い声で続きを言った。
「両方張り倒して静かにさせる」
するとサーリアが風のような速さでシャロークに近付いて握手して、仲直りしたと無言のアピールを始める。それを理解したのかシャロークもちょっと引きつった笑顔を作って私を見る。
「まあいいや。続きを頑張るとしますか」
独り言みたいに呟いてからポイズンピーコックに向き直った。旦那さん達はどの程度削ってくれたかな?期待して見たけれどちょっと苦戦しているかな。
「旦那さん、調子出ない?」
「周辺への影響を無視しても良いならそれ程苦労しない」
いまいち理解出来なかったから首を傾げたらシンちゃんが補足をしてくれる。
「斬り飛ばした羽根とか流れた血液が周辺を汚染するし、目に見えない状態で呪いが残ったりするね」
「うわあ…手間ばかりかかる。どうする?真面目に正攻法でいくと明日の夕方になっても終わらないよ」
困ったなと思った。このまま大技連打で一気に片付けてしまいたいけれど、穢れや呪いが残ったのでは意味がない。
「周囲の事を考えると素材を剥ぎ取るのは困難かな?諦めて消滅させるかい?」
「アンガスに買い取れっていうのは無理だから考えから外すとして。それでも使い道は二つあるから剥ぎ取りたい」
シンちゃんの質問に困難な方を選んで答える。一つ目の理由は皆に配った黒いポーションの材料にしたいから。
あれは元々呪われた材料を含んでいる。呪われた素材は処理が甘いと大変な事になるため、市場では他に比べてかなり入手困難な品だ。
だからチャンスは逃したくない。二つ目は魔王の服とか装飾品に加工出来ないかな?と考えていたりする。ブランなら何も問題無く身に着ける事が可能だと思う。
最終決戦の時に執事服で魔王が登場というのも面白いけれど、やっぱり様式美は大切にしないとね。
「嫁さん、僕の為に無理しなくて良いよ?」
「だってさ?あのポーションはコストがね?それに、やっぱり服は黒が定番だよね!」
旦那さんとジョニーが軽くコケて、シンちゃんがお腹を押さえてプルプル震えている。戦闘中なのに危ないよ?と追撃をかけると更にグダグダになった。
何の事か分からないサーリアは怪訝な表情で、ポイズンピーコックに攻撃を続けていた。
「サーリア、ちょっと旦那さん達と作戦会議をするから離れるね」
「承知じゃ!早めに戻ってくれると嬉しい」
窪地の壁を利用して飛び上がってから、ポイズンピーコックの頭を踏み台にして反対側へ移動する。
「ギシャー!ギャギャグギー!」
「ちょっと頭踏んだ位でそんなに怒らなくても良いでしょう?おうっ?危ないな!」
着地した途端に消化液を吐きかけられた。次々に吐き出される消化液をヒョイヒョイと避けて旦那さんの近くに行く。
「やほう、遊びにきたよ」
「危ない事しちゃダメだよ。ポーションは諦めようかなって思っているんだけれど、嫁さんは素材欲しい?」
「出来るだけ欲しいかな。何か良い手はない?」
「ケイは無茶振りが好きだね」
暢気に会話をしているけれどポイズンピーコックからの攻撃は避けている。
「必要な素材を剥いでから乾燥させるか凍らせるかして、砕くのはどうでしょうかにゃ…ハァッ!」
ポイズンピーコックがマロ達の方を見ようとする度に、チクチクとダメージを入れて気を引くジョニー。あまり手間をかけさせるわけにもいかないから早く決めないとね。
「素早く素材を剥いでから砕く方向にしよう。面倒だからシャローク達とサーリアには寝てもらおう。どう?」
「僕が苦労しそうだね…でも良いよ、それでいこう」
「僕はフミのサポートを中心に穢れが拡散しないようにするよ」
了承してくれた二人に手を振りながら再度ポイズンピーコックの頭を踏み台にした。
「話はまとまっ?にゅよわわわ!何をするのじゃ!」
「喋ると舌噛むよ?動くと落ちるよ?」
元の場所に戻ってサーリアの襟を掴んで走る。子猫のようにぶら下げられたサーリアは、文句を言ってきたけれど我慢してもらおう。
「マロ、ワフソンの状態は?プラン変更なんだよね」
「生命と精神の維持は可能なところまで穢れを抜きました。変更内容を教えて下さい」
「えっとね…マロはね…あった!クリスタルプロテクション!」
魔法鞄からスクロールを取り出して、マロの結界の外側に重ねて展開する。直後にポイズンピーコックの羽根がたくさんぶつかってきた。間に合って良かった。
「マロはね結界の維持とワフソンの治療を継続。ついでにピクシーズララバイで、ね?」
シャロークとサーリアを眠らせて欲しいと少しぼかして伝える。
「お任せです!ケイ様気をつけて下さいね!サーリアさんとシャロークさん近くに来て下さい。ピクシーズララバイ」
何だろうとマロに近寄る二人を確認して結界の外へ出る。置いていかれると気付いたサーリアが動く前に呪文が発動した。
「ケイ!ま、待つのじゃ…わら、わ…も…たたか」
パタリと倒れ込んだサーリアをマロが移動させていた。
「ごめんねサーリア、ここから先はあまり見られたくないんだ。後で文句は聞くから」
聞こえていないと思うけれど謝っておく。
「特殊仕様でいくよ、サンクチュアリ!」
ポイズンピーコックと向き合った時にシンちゃんの声が響く。私達とポイズンピーコックは結界の中に閉じ込められた。
「これって半円形…じゃなくて半球形?」
薄いガラスドームの中にいるような感じだなと思ってシンちゃんに聞く。
「窪地の壁から少し離してあるからマロ達も安全だよ!ここは解除するまで出る事も入る事も不可能さ!」
サムズアップでいい笑顔だけれど次の瞬間に旦那さんから突っ込まれていた。
「マロのサポートも届かないって事だよな?やり過ぎだ!」
「そういえばそうだね、てへぺろ!」
ピースサインを横向にして目の辺りに持っていき、ウインクしながらポーズを決めるシンちゃん。何故かキュピーン!とか擬音が聞こえる。普通は有り得ないけれどシンちゃんだしな。
「てへぺろって、適当に使ってみたかっただけだよな?後で覚えてろよ。嫁さん、回復はポーション頼みになるから気をつけて。大丈夫だとは思うけれどさ」
「あい、旦那さんもね。さあて、いきますかね。ジョニー、まずは尾羽根を全部確保したいから任せる」
「了解ですにゃ!」
ポイズンピーコックは私の方を向いているから、ジョニーの動きを察知されないようにしないとね。
どの位羽根を毟ろうかな、ポーション用の素材って内臓だったかな?とか考えていたら、強烈な蹴りの連打がくる。
「おおっとう!危ないね。でもね、当たらなければどうという事はないよ」
「ギシャー!ギャギャ、ギャギャ!」
ヒラヒラ避けて時々あっかんべえとかする私にイラッとくるらしく、蹴りに加えて嘴でつついてくる。勢い余って地面を抉ったりしていた。
「うっは!胴体に穴が開きそうだね。当たればだけれど。旦那さん、高度の耐火の刀に持ち替えるから更に高温でよろしく」
「ヘルフレイム!効果時間は三十分だよ」
素早く武器を交換すると旦那さんが再度炎を纏わせてくれた。炎の色が青白く見えるからかなり高温のはず。
「刀身が保たないかもな。新しい刀造る口実になるか」
ギリギリで砕けるかも知れないと思いつつ地面を蹴る。危険だと判断したのか、ポイズンピーコックは羽根を飛ばしながら移動しようとした。
「後ろがお留守ですにゃ!」
私にばかり注意を向けていたからジョニーの動きに気付いたのは、尾羽根を付け根からバッサリ斬り落とされた後だった。
「今度は前を忘れてない?ハアアッ!」
下から掬い上げるようにして斬りつける。胴体中央に浅くて長い傷をつけた。
「うん…薄くいくのは大丈夫かな。深くいった時に保つかな?」
「ギャアギイイイ!」
悲鳴か怒りの叫びなのか分からないけれど、ポイズンピーコックが大音量で叫ぶ。
「うるさいな、平気だと思うけれどサーリア達が起きちゃうでしょ!旦那さん、一気にいくから凍結させてね!」
「ギシャー!」
ドンッと音がする程強く地面を蹴って突進する私に大量の消化液が迫る。避けたり打ち払うとスピードが下がるからと考えてそのまま進む。
「リフレクト!いくら大丈夫でも突っ込んでいくのは感心しないよ」
「きっとフォローしてくれると思ったもん」
シンちゃんがかけてくれた魔法のおかげで消化液は届かなかった。そして逃げられないように脚の近くを、背中側からジョニーが大剣で貫く。
「空月両三日月の型!続けて奥義牡丹斬り!」
「ギャ、ギ、グギイアアアアア!」
左右の羽根を切り落としてから胴体部分を開きにしていく。
「凍てつけ、タナトスストーム!」
切り口を焼いても溢れ出る血液や内臓が飛び散らないように、旦那さんが素早く凍らせていく。心臓とコアを守っている胸骨らしき骨に到達した時に、手にした刀からピキリと小さな音がした。
「くっ、後少しだから保ってよ!うりゃああああああ!」
「ギャギイイイイイイイィィィィィ!」
骨を砕いて心臓と核を両断出来たけれど、同時に刀はバッキリと折れてしまった。ゴボゴボと真っ黒な血を吐き出して、ポイズンピーコックは動かなくなっていく。
「第一段階終了、ここからが苦行だね」
私の言葉に皆が嫌な顔をするのだった。