15話
「夜の山って何となく怖いわよね。さっき渡されたポーションセットが拍車をかけてくれるし」
「文句を言うな、シャローク。我々では用意出来ないSランクポーションだぞ?無償ではないが提供してくれた事に感謝しろ」
「そういう事を言いたいんじゃないわよ!その位の物が必要だから怖いよな、でも俺が守るからとか言う場面よ!ああもう、もっと乙女心が理解出来る相棒が良かったわ」
「何が乙女心だ!ムキマッチョの癖に」
「何よ!ウッキー!」
「不毛じゃのう、やれやれじゃ」
町の入口で合流した後に高速飛行で一時間程、私達は目的地の山に入ったばかりだった。ワフソンとシャロークはずっと喋っている。
恐怖心を誤魔化そうとしているんだなと思うけれど、段々と不毛な言い争いになっていないかな。それにしても乙女心?と笑いそうなのを我慢して最後尾を歩く。
いつどんな魔物が出てくるか予測出来ないから位置を決めていた。先頭はジョニーでその後ろに旦那さんとワフソン、真ん中にシャロークとサーリア。私の前はシンちゃんとマロだ。
旦那さんと離れている事が少し不満だけれど、安全を考えると仕方ないのかなと思う。小一時間歩いた頃から嫌な物を見つけるようになった。
時々襲ってくる魔物が食べ残したとは考えられない何かの残骸。
「もう少しまともな状態で残っていたら僅かでも素材が採れたのに。お小遣い稼ぎにもならないよ」
熊っぽい魔物のどこの骨か不明な塊を蹴りながらシンちゃんが文句を言う。
「シンちゃんだったかしら?子供なのになかなか逞しい考え方をするのね」
「美味しい物が食べたいとか、あれが欲しいこれも欲しいとか僕は欲が多いから大変なんだよ。ケイの教育方針は自分の分は自分で稼ぐだからね」
半分呆れたようなシャロークに返事を返すシンちゃん。ちょっと待て!誰が誰を教育していると?教育なんて意味ない存在のくせに。
これ以上変な事を言い出す前に訂正しよう。
「狩っている以上に欲しがる時は渡しているでしょう?誤解を招く言い方を…って何かが来る?」
話している途中でゾクリとする感覚に思わずキョロキョロと周りを見てしまう。山に入った直後から自分を中心に、百メートルまで気配を察知出来るサーチの魔法を使っていたから、新しい何かが引っ掛かったのだろう。
「まだ姿は見えないけれど、速い速度で近付いて来る生物が複数いる」
呟きに旦那さんが周囲を見回して教えてくれる。
「嫁さん、そこに奥が浅い洞穴がある。入口を僅かに開けて岩壁で塞ごう」
「了解。やばい感じがするから急ごう、皆走れ!」
私がやばいと言ったせいか皆の顔色が変わる。洞穴に滑り込んで誰も遅れていない事を確認して、旦那さんに向かって頷く。
「ストーンウォール!」
「フェルンスコープ!」
旦那さんが入口を塞いだ後に私が遠見の魔法を使う。やがて木を一部へし折りながらブルーベアが五頭現れた。
「あれ?おかしいな?あの悪寒はなんだったのかな。ブルーベアかあ。そういえば名前はブルーなのに毛皮は灰色が混ざって綺麗じゃないよね」
「でもね?お肉と肝と爪は需要があるのよ。もちろん毛皮もね、狩っておかない?」
毛色が美しくないと言う私に、シャロークが有効活用出来るから仕留めようと言う。味噌仕立ての熊鍋もありかなと思って、行動しようとしたら止められる。
「嫁さん待って、もう少し様子見をしよう。ブルーベア達が揃って同じ方向を見ている事が気になる」
旦那さんの言葉通りでブルーベア達は、自分達がへし折ってきた木の方を見て唸っていた。
「何が来るのかしらね?」
「ある程度強い魔物が逃げて警戒する位じゃから、相当手強い相手じゃろうな」
サーリアとシャロークが話す内容を半分聞き流して私は魔法の鞄を漁っていた。
「無い、無い!どこに入れたのよ、過去の私!」
「何を探しているのさ?ケイにしては珍しく慌てているね」
「やっぱり何かやばい気がするの。聖域結界を発動する為のスクロールを探しているのに見つからない!作ってもらってから入れっぱなしだったはずなのに」
聖域結界と聞いてワフソン達とサーリアに緊張が走る。普通は神殿に多額の寄付をして、高位の神官に何日も掛けて作成してもらう物だからだと思う。
ちなみに私が持っている物の作成者はシンちゃんだ。神様だから一瞬で出来上がる。尚も魔法の鞄を漁る私にシンちゃんが耳打ちしてくる。
「僕達用じゃないでしょ?何でも良いから適当に無害なスクロールを投げて、あの三人の気を逸らしてよ。その隙に僕が直接聖域結界を張るから」
「流石は神様。これで良いか、それじゃあいくよ?」
適当に掴んだスクロールを開きながら放り投げる。
「聖域結界!(エアークリーニング)」
周りの空気から埃とかを消すスクロールを使った。
「闇に属する全てよ、我が前より退け」
それと同時にシンちゃんが小さく呟くと、洞穴の中に光が溢れて地面に紋様が刻まれた。ワフソン達には私が投げたスクロールで発動したように見えたはず。
「そんなに貴重なスクロールを使わねばならん存在が来るというのか?」
「冗談…じゃないわよね。人生で二度目よこの結界を見るのは」
ワフソン達が聞いてくるので黙って頷いておく。そして木々をなぎ倒してソイツは姿を現した。
「何だあれは…あれがポイズンピーコックだと言うのか?あり得ない」
「あら?もしかして今夢を見ているのかしら?年は取りたくないわね」
フェルンスコープで外の様子を見ていたシャロークとワフソンは、虚しい現実逃避をしていた。
「気持ちは理解出来るがのう。あれをどうにかしないと、お主達の探すガウディエ様とやらの手掛かりを探せぬぞ?」
サーリアに指摘されてウググ、とか言う二人。そして私達はそんな事に構っている余裕は少なかった。
太い木も無視して出てきた化物を観察する。アンガスの話では五倍程度の大きさだったよね?どう少なく見ても十倍以上大きいよね?
普通のポイズンピーコックはもっと綺麗で派手な羽なのに、亜種だというそいつは全身真っ黒、漆黒という言葉が似合いそうだった。
「聞いていたよりも育っちゃったのかな?狩りがいがありそうだね」
「シン、そんなに暢気なことを言える状況じゃないぞ?」
「ケイ様、どういうプランでいきますか?」
軽口を叩くシンちゃんとそれを窘める旦那さん。マロはこれからの行動を聞いてくるけれど、私とジョニーは黙って観察を続けていた。
洞穴の外ではブルーベア達が威嚇の唸り声を上げている。数だけならブルーベア側が有利に見えるけれど、ポイズンピーコックはゆっくりと歩を進める。
相手を弱いと見たのか恐怖に負けたのか、ブルーベア達が動いた。グルッと囲むように散開して一斉に攻撃を加える。
爪で切り裂こうとしたり噛みついたり、体勢を崩す為か脚を引っ張っている個体もいる。
「どれも有効打には程遠いですにゃ」
「微塵もダメージが入っていないね」
魔物同士の戦いについてジョニーと意見を交わす。ふと気付けばいつの間にか、皆が同じ様に観戦モードになっていた。
暫くは何もしないでブルーベア達の攻撃を受けていたポイズンピーコックだったけれど、飽きてきたのか反撃に転じた。
それは反撃なんていう可愛い代物じゃなくて、一方的な虐殺と言っても過言じゃない光景だった。足下に居た個体を振り払った直後に踏み潰して、肩口当りに噛みついている個体の頭を嘴で噛み砕く。
爪を振りかざしていた個体にはぶつかっていき、わざと猛毒を含んだ黒い血を浴びせてのたうち回らせる。その時点で残り二頭が逃げ出そうと背を向けた。
「あれはダメだね。背中を向けるなんてさ」
シンちゃんの呟き通りで最悪の行動だと思った。ポイズンピーコックは、走り始めたブルーベア達に向かって羽を広げて飛ばす。
後少しで反対側の森に逃げ込めそうな所で、ザアッという音を立てて無数の黒い羽が降り注ぐ。最後の二頭は逃げ切れないままミンチに早変わりをした。
「何という一方的な戦いなのじゃ…って終わりではないのか!」
サーリアが感想を途中で止める。あっさりとブルーベア五頭を殲滅した直後に、ポイズンピーコックが食事を始めたから。
ゴリ、ゴリ、バキ。大きな音を気にする素振りもなくブルーベア達を咀嚼していく。ミンチになった二頭は啜られていた。
骨さえ残さず食べ尽くしたポイズンピーコックは大きく身震いをする。さっきよりもサイズが大きくなった。
「一回り近くでかくなった?」
「そんな気もするけれど…やばいわよ?こっちを見ているじゃない?」
シャロークが言った通りで私達が隠れている洞穴を見つめている。気付かれていたのかも知れない。そしてこちらに向かってゆっくりと歩き始めるのだった。
「ちょっと!こっちに気付いているんじゃない!逃げましょう!」
シャロークの焦った声が洞穴に響く。
「逃げると言うてもどこへじゃ?入口からは出られぬし奥は岩が硬そうじゃな、なるようにしかならん」
「分かっているわよ!変に肝の据わったエルフね。ねえケイ、戦うのかしら」
顎の近くで両手を握り締めて不安げに聞いてくる様子は、とても女性的だけれど見た目とのギャップが激しい。
暑苦しいから寄らないで欲しいなって思いつつ半分否定する。
「今はまだ戦わない、あっちの出方次第だけれどね」
「強い魔物の中には聖域結界を突破する個体もいるというが?」
ワフソンまで不安になったらしい。度胸だけはサーリアを見習って欲しいな。
「私が使ったのは特別製なの。簡単には破れないよ。まあ、見てて」
探せなかったスクロールは確かに特別製だからそれ程嘘でもないはず。シンちゃんが直接やったから、スクロール以上の効果になっていると思う。
ポイズンピーコックは洞穴の入口を塞いでいた岩壁を蹴り砕くと、そこから首を突っ込もうとする。バチィ!と音がして弾かれていた。
「突破出来ないよ。ベェーッだ!」
「ギシャアアアア!グケェ!」
岩壁を砕かれたら意味がないのでフェルンスコープを解除して、ポイズンピーコックに向かって舌を出して挑発する私。
「ギゲゲェー!」
「ベロベロバー!ここまでおいで」
「ギシャ!ギシャ!」
挑発を続ける私にイラつくのか何とか脚か嘴を突っ込もうとする。その度に聖域結界に弾かれて傷を負っていた。
「頭悪そうじゃな。結界が保つ限り挑発して弱らせるのもありじゃな」
「そう簡単にはいかないと思いますにゃ。様子見を始めたようですにゃ」
サーリアとジョニーは観察を続けて動かなかったけれど、シャロークとワフソンはちょっとバカだった。
「ねえ?こっちからの攻撃は当たるのかしら」
「案外いけるかもな。試してみるか」
それぞれの武器を構えて入口に近付く。後少しという所で旦那さんが二人に警告する。
「武器を掴まれて外に引きずり出されても助けないぞ」
ピタッと足を止めて振り返る二人の表情は悪魔を見るようだった。
「フミは意地悪だね。でも僕も助けないかな。向こうがチャンスを狙っているのに、乗りにいくのはどうかと思うんだ」
シンちゃんにまでダメ出しされて戻っていくワフソン。シャロークは諦めていないようで、私の横にきて挑発を始めた。
「ハア~イ、ピーコックちゃん。獲物がここに居るわよん?どうしたのよう、チキンなのかしらねん。鳥だけに」
シャロークに挑発されてもじっとこっちを見ていたポイズンピーコックは、段々と我慢出来なくなったのか再び騒ぎ出す。
「シャアアア!ギゲェ!グガー!」
「ヒイイッ!この結界大丈夫よね?大丈夫って言ってえー!」
「そんなに怖がるなら挑発しなきゃ良いのに。何で女の私を盾にするかな?結界は問題ないよ…もう!」
納得いかないと文句を言っているとシンちゃんが横に来て、ジョニーとサーリアが後ろに下がった。ジョニー曰わく、自分達は武器の相性が悪いからとか。
「少し打ち込んでみるね、ライトアロー!」
シンちゃんが放った光属性の矢は結界に邪魔されることなく、ポイズンピーコックに刺さる。
「うーん?様子見で威力を下げたから効果は薄いね」
確かに刺さったけれど大して痛くもないのか平気そうだった。地道に削るのは面倒だから向こうが飽きるのを待つことになる。
小一時間程するとポイズンピーコックは森の中へ消えていった。どこかで待ち伏せされているだろうなと思った。