11話
「引き受けられないって、どうしてですか?」
オリバーさんやユウキにカリーナちゃんを含めて眠っていた皆を起こして、シーディーアに戻った私達はエンシュアさんと話をしていた。
「特殊な場合を除いて殆どのエルフは里から出て来ないのですよ。子供のエルフだと誘拐を疑われますので、勘弁して下さい」
沖で拾ってしまったロリババアエルフを押し付けたかったけれど、難色どころかキッパリと拒否をされてしまった。
「エルフとは商売で少し関わる程度ですから、詳しい事は知らないのです。伯爵でしたら何かご存知では?それは一旦忘れましょう、クラーケン討伐成功のお祭りが明日から数日間続きますよ」
話を変えられたけれど戻しても幸せにはなれないから、明日のお祭りを楽しむ事にしようと思う。あちこちで感謝の言葉を聞いていると、ダッテン伯爵の執事さんがやってくる。
話があるから屋敷に来て欲しいと馬車まで用意されていた。
「おお、何と豪華な馬車なのじゃ。伯爵とは金持ちなのじゃな」
窓に張り付いて騒ぐサーリアに、マロの魔法で眠っていた三人は若干引いていた。オリバーさんやユウキにまで色目を使うのだから。
ユウキは最初こそエルフだ!なんてテンションが上がっていたけれど、中身を知ってコレじゃない!と叫んでいた。やっぱりそう思うよね
「あの、ケイさん。あの人もですが、私が伯爵様のお屋敷に行っても大丈夫ですか?叩き出されたりしませんか?」
「カリーナは心配し過ぎなのじゃ。向こうが来て良いと言っておるから問題無い」
何故か私の代わりに返事をするドヤ顔エルフ。カリーナちゃんには、何とかしてあげるからねと言っておいた。
「合計で十匹以上になりましたがクラーケンを仕留めました。取り巻きも殲滅したので、今後は簡単には大量発生しないと思います」
とある神様については面倒なので黙っておく。半魚人の事はやっつけたとした。
「きっとやってくれると朗報を待っておったぞ!この度の働きは見事であった!」
ダッテン伯爵から大歓迎を受けた。ユウキも一緒なのに笑顔という事は、よほどクラーケンに困っていたんだろうな。
「明日からの祭りでプチパレードを考えておる。我が屋敷から出発するから今日は泊まれ。見覚えのないエルフについては晩餐の席で話をしよう」
ご機嫌なままで居なくなるダッテン伯爵。ご飯の前に着替えたいと思っていると、執事さんがお風呂の用意がしてあると教えてくれた。
「やっぱり疲れた体にはお風呂だよねえ」
「こんなに広くて豪華なお風呂は見た事ないです」
「むう、混浴ではないのか。残念じゃのう」
ダッテン伯爵に報告をしてから十分後。私は広いお風呂で寛いでいる。カリーナちゃんとサーリアも一緒だ。
カリーナちゃんが一定の場所をじっと見ているのが気になる。大きいとは言えないけれど形が綺麗だし、十五才なら伸び代は残っていると思うのに欲張りだなあ。
「ケイさん…何を食べたら同じになれますか」
「何って?ええっと…まだ時間があるから大丈夫だよ!あれをご覧なさい、あんなに絶壁で未来もない事を思えばまだ間に合うから」
サーリアを指差して言うと文句が聞こえた。
「失礼じゃのう。女の魅力は大きさだけではないぞ」
それは多少なりとも、バストと呼べるサイズの人が言うセリフじゃないかな。そう思ったけれど飲み込んだ。
「でも、ケイさん位あれば男性をメロメロに出来ると思うんですよね。持っている人には分からないんですよね」
「確かにのう。じゃがカリーナよ、良いか?こんなものはただの脂肪の塊じゃ。目障りだからもいでしまおうかのう、それ!」
「何をする!痛いから離せ!」
サーリアがいきなり私の胸を鷲掴みにして引っ張った。はっきり言って物凄く痛い!振り払って怪我をさせるといけないから、カリーナちゃんに助けを求める。
「カリーナちゃん助けて。助けてくれたら可愛い服とアクセサリーを沢山買ってあげる!」
「どうすれば良いですか!」
目の色を変えたカリーナちゃんが寝返った。賄賂は偉大だ。
「サーリアを羽交い締めにして引き離して」
「イエス、マム!」
「ぬ!裏切ったな、カリーナよ!ええい、離すのじゃ!」
カリーナちゃんの協力により、無傷でサーリアを引き離す事に成功した。本当に痛かったから仕返しをさせてもらおう。
「そのまま捕まえていてね。よくもやったな?覚悟しなさいよ」
「な、何をするのじゃ!ひゃ、あう!ダメじゃ、そこは弱いのじゃ!ひゃあ、ああう!」
「まだまだいくよー!そおれ、それそれ!」
「あ!あう!いやあ、いやじゃあ!そんなのダメェェ」
私の仕返しに最初はジタバタしていたサーリアは、次第に抵抗しなくなり真っ赤な顔でピクピク痙攣するようになった。
ちなみにエッチな事をしたわけじゃない。手加減無しでくすぐっただけ。
「さり気なく拷問ですね」
「カリーナちゃんは共犯だよ。お祭りで沢山お買い物しようね!」
「はい!くすぐっただけで拷問じゃありません!」
サーリアが小さい声で、おぼえひぇおれよぅ、とか言っているけれど忘れる。最初に着ていた服は潮の香りがするから、魔法の鞄から取り出した服を着る事にした。
洗濯は翌朝までにメイドさんがやってくれるらしい。一応伯爵様との晩餐に相応しい物を全員が着ている。
「クラーケンを討伐してくれた事に再度礼を言おう、本当に良くやってくれた。しかし疑問もあるのだが?」
食前酒のワインを楽しみながらダッテン伯爵の話を聞く。笑顔で頷くけれど、疑問と言われて内心は穏やかではない。
とある神様の件がバレていたりしないよね?
「良いワインですね。疑問ですか?」
「土産に樽を幾つか与えよう。そう、疑問だ。クラーケンは群れたり配下に半魚人を従えたりする魔物ではない。にもかかわらず複数で船を襲う、こちらの攻撃を耐えきる等で変だと思っていた。討伐出来たのはそなた達が規格外だからで納得出来るがな?」
やばい、どうやって誤魔化そうか。チラッと旦那さんを見ると緊張した顔だ。
「群れになったのはおかしいって事ですか?」
シンちゃんが真っ向勝負に出ちゃったよ!
「その通りだ。シンは何か気付かなかったか?」
子供の言う事だから苦笑で流すと思っていたけれど、ダッテン伯爵は意外に真剣だ。
「はっきり見えなかったけれどね?遠くに何か居て僕達を観察していたよ。僕達はケイや勇者君と違って、離れて攻撃だから気がついた、ねえ?フミ」
いきなり振られた旦那さんは慌てる事無く頷いて、ワインのグラスを口に運ぶ。ゆったり構えているように見せかけて、どう答えようか考えているよね。
「伯爵様は魔王の存在をご存知ですよね?」
「もちろん知っておる…まさか?ガードナーファイブとやらが暗躍していたのか?」
「可能性はありますね」
そう言って再び頷く旦那さん。ダッテン伯爵が勝手に考えてくれるように誘導したな?
「明日のパレードは注意するように、冒険者ギルドへ連絡しておこう。さあ、食事を楽しんでくれ」
クラーケン討伐についてはそこまでで、美味しいご飯を沢山食べさせてもらった。食後のお茶を飲みながらサーリアの事を相談する。
色々と端折って説明したけれどダッテン伯爵は納得してくれる。
「わらわはサーリア。今はそれしか思い出せぬ。ケイ達に助けてもらったのじゃ」
「魔物に姿を変えられていたとは災難だったな。残念だがエルフの里がどこにあるのか知らんのだ。扱い方によっては国際問題に発展する可能性も否定出来ん。だから国として協力してやれないのだ、悪く思わないでくれ。ケイ達は世界を巡る事になるだろうから、里を見つけて帰してやると良い」
そうかも知れないと思っていても拒否されると落ち込む。足手まといが増えるのは嫌なのにな。
「今のわらわは覚えている事が少ないけれど、きっと思い出せると信じておるのじゃ。ケイ達に迷惑をかけぬように頑張るのじゃ」
付いて来る時点で迷惑だよ、とは言えないから曖昧に笑顔を作る。更に困るのが馬車をどうするかという問題。
オリバーさんと一緒にしておくと、彼の精神衛生上ダメな気がする。かと言って新しい馬車を作るのは経費がかかる。
サーリアの場所をどうしよう。あんまりお金かけたくない。密かに悩んでいたらダッテン伯爵が、クラーケン討伐の特別なご褒美をくれると言い出した。
「懸賞金が出るのは当然だが、それだけでは感謝の気持ちを表せぬ。忘れない内に欲しい物を聞いておこう。何が良い?」
これはチャンス。他の皆には悪いと思うけれど譲れない。誰よりも早く要望を口にした。
「馬車が欲しいです!今の状態で人が増えると手狭なので!」
「馬車か?三台は扱いが面倒ではないか?」
多少面倒でもダッテン伯爵の知らない事の為に欲しいです。そう思って説得を始めようとしたら、シンちゃんが加勢してくれた。
「オリバーさん達の馬車を一回り小さくして二連にするのは?今より広くなるよ」
オリバーさんの顔が微妙に引きつっているけれど、そこは無視するシンちゃん。
「ふむ。オリバーよ、どうだ?」
「その案で…問題ありません」
エルフの里を見つけるまでだと割り切ったオリバーさんのおかげで、馬車の改造と二連仕様が確定した。
出来あがりに数日を必要とするので後はお祭り騒ぎを楽しもう。晩餐後にそれぞれの部屋に案内されてから庭師に連絡をとる。
「お待たせしました。シン様達も一緒です」
ひょいと『窓』からアズールが現れて続いてシンちゃんやマロ、ジョニーがやってくる。便利そう、私も使えるかな。
「遅くなりまして申し訳ありません。お呼びにより参上しました」
最後はブランだったけれど、げっそりした雰囲気なのはどうしたのかな。
「庭師としての仕事でミスが続いてしまい、誠に申し訳ないと思っております。再び壁に穴を開けられてしまい、謎の存在の侵入を許すなど…如何様にも罰をお与え下さい」
土下座で謝りながら事情説明をするブラン。内容を聞く限りブランだけに責任があるとは言えない。
「また穴を開けられたって、誰に?」
「前回と同じ国の魔法使い達です」
ブランが言う前回はユウキが召喚された時、そして召喚した国はネクステン。今回サーリアを連れて行く事になった原因!
「一度ならず二度までも、滅ぼしても良いよね?よし、決定!」
ガシッと『窓』に手を掛けた私を旦那さんが羽交い締めにする。
「ストップ、ストォップ!罪のない人達まで巻き込んじゃダメだ!裏付けがとれてから、一部の人だけ成敗にしよう!」
「離して、殲滅するのー!」
「本当に殲滅しちゃうから離さない!殿中でござる!」
笑わせるつもりはなくて、ノリで言っただけだと思う旦那さんの言葉。それが面白く聞こえて力が抜ける。
一瞬の事だったのにクルリと踊るように移動させられてソファに座らされた。
「とにかく落ち着こう。バン国王に聞いてみよう?」
「わざわざ?もう、ギルティで良いじゃない」
「勇者?の事で怒っているから協力してくれると思いますにゃ」
「協力が得られないのであれば魔王の怒りを買ったという名目で、僕達が少し派手に行動しますよ」
ジョニーやアズールからも冷静にと言われてしまう。
「久し振りにギルドに顔を出したりしてくるのも良いんじゃない?ついでに高額依頼をこなしてお小遣いを稼いでおこうよ」
シンちゃんの言葉で考え直す。バン国王に相談するのはオマケでお小遣いゲットと、ギルドの受付嬢ミアちゃんをモフる事がメインなら問題ない。
そういえばサウアの話を書いたけれど、まだ編集さんに送っていなかったな。
「分かった。他にも用事があるからユウキ達を残して一度王都に戻る」
「話がまとまったようですね。ネクステンという国は諦めが悪そうですから、暫くはブランとエリュトロンで壁の補強作業を行います。それから庭師の一人をこの町に潜入させています。洗脳、誘拐イベントの為に接触させるので連れて行って下さい。騎士団長殿の精神衛生上にも効果的です」
ブランが頑張っていてもいたちごっこなので、処罰無しという事にして二人を仕事に戻らせた。明日はパレードが終わったら買い食いと買い物に励もう。
「では出発します」
御者の合図で馬車が動き出す。私と旦那さんはダッテン伯爵と一緒に先頭だ。シンちゃん達とオリバーさんがその次で、ユウキ達とサーリアは最後尾。
「民も感謝しておる。手を振ってやるが良い」
ダッテン伯爵に促されて見物客に手を振る。歓声が上がるのが面白くなってつい調子に乗った。野太い声で褒め称えてくれる船乗りや冒険者達に向けて投げキスをする。
「うおおお!姉御!愛してんぜ!」
「一緒に人生って名前のクエストに行ってくれ!」
「あんた達なんかに、お姉様は渡さないわ!素敵、守られたい!」
「性別なんか気にしない、ケイ様とフミ様の愛人にして!」
微妙な黄色い声も聞こえてくる。やり過ぎたかな?とにかくプチパレードは盛り上がった。
「楽しかったですね」
「何をいうカリーナよ、お楽しみは今からじゃ!」
パレードだけで既に終わった気分のカリーナちゃんに、サーリアが突っ込みを入れていた。思うところはあるけれど女子で楽しむんだ。
「さあ、二人共!食べ歩きと買い物に出発だ、準備はバッチリ?」
「はい!」
「おー!なのじゃ」
「僕もバッチリだよ!」
さり気なくシンちゃんが混ざったけれど気にしない。沢山立ち並ぶ即席の露店に突撃する。
「この串焼き美味しい!」
「カットフルーツも甘いです」
「ハフ、ホフッ!卵と干し肉を焼いて小麦粉の生地で包んだ物も美味いのじゃ」
「ケイ、お小遣いの追加を頂戴。サーリアと同じ物が欲しい」
私達は次々と食べ物を買っては食べていく。前世でもそうだったけれど屋台の食べ物って、不思議と魅了されちゃうよね。
その後も小一時間食べ歩いた。次は服やアクセサリーの番だよね。沢山買っても魔法の鞄があるから重くない。
「ケイさんが羨ましいです。いいなあ、魔法の鞄」
ユウキという荷物持ちが居るから良いじゃない?とは言えないので笑っておく。
「材料が揃ったら作ってあげるよ?今すぐは無理だけれどね」
ジトッと私の鞄を見つめるカリーナちゃんにプレゼントの話をする。喜び半分、困惑半分といった表情で面白い。
「そ、そんな!だって、魔法の鞄ですよ?お金を出せば買える物じゃないですよね?」
「うん、だから材料が手に入ったらだよ」
「ありがとうございます!」
うん、可愛いなあ。そう思う私の袖を引くサーリア。
「わらわには無いのか?魔法の鞄」
「うーん。カリーナちゃんは居るだけで、とある役割を果たしているんだよね。サーリアは何をしてくれる?」
ユウキが手当たり次第に女の子を毒牙にかけようと思っても、カリーナちゃんの目があるから難しい。犠牲者が増えないのは重要だ。
「わらわに出来る事か?そうじゃ!こう見えても女もいける口でな?ケイの為に夜伽をしようぞ」
「いやあ、私はそっちの趣味は無いんだよね。こう見えてもって何さ、全力で遠慮するわ」
シンちゃんが爆笑しているが放置する。暫く考え込んでからサーリアは、ポシェットの隠しポケットから何かを取り出す。
パステルピンクの大きくて分厚い丸いペンダントを見せて言った。
「今日の朝になって少し思い出した事なんじゃが、実はこのペンダントは武器になるんじゃ。魔物とも戦えるからな、地道に頑張るというのはダメかのう?」
疑いの眼差しで片眉だけピクリと動かす私の腕を引き、周りに人の居ない場所へ行くサーリア。危険じゃ無いようにだと思うけれど、本当に武器になるのか?それ。
「ゆくぞ?しかと見ておれよ」
「はい、どうぞ?」
サーリアはペンダントを掲げて妙に可愛い声で喋り出す。
「マジカール、マジカール、ラブリードリームでチェンジ!」
シンちゃんだけじゃなくて、私も盛大に吹き出して笑ってしまった。何ですか?ラブリードリームって。
それでもゲラゲラと笑っていたのはほんの数秒。ペンダントが発光して機械の駆動音みたいな音が聞こえる。サーリアがそっと手を離す。
どうやって空中に浮いているのか分からないし、大きさからして部品が不足していないかと思うけれど、ペンダントは何度か変形を繰り返して大きな鎌になった。
色はパステルピンクのままだから変だけれど、ドヤ顔で大鎌を構えるサーリア。
「どうじゃ?凄いじゃろう?」
「凄いのは理解した。どうしてそんな魔法道具というか、魔法武器を所持しているのかな?」
「それがまだ思い出せぬ。でもこの鎌はわらわの武器じゃ、それは間違いない!」
確かにサーリア用に作られたのだと思う。問題は誰が作って与えたかだよね。その内に思い出すかな?
「仕方ないな、頑張ったら魔法の鞄を作ってあげる。それって元のペンダントに戻せるの?」
内心では恐る恐る、表面上は普通に聞く。さっきみたいなアクションが必要だとしたら、かなり厄介だな。笑うのを我慢できない。
「もちろんじゃ!ポチッとな!」
ボタンを押したわけじゃない、キーワードになる言葉がポチッとなだと思う。同じ様に駆動音がしてペンダントに戻った。
「展開する時も簡単で無難な言葉にしておけや!制作者!」
思わず会った事の無い誰かに怒鳴ってしまったけれど、お祭り騒ぎの喧噪でかき消されてしまうのだった。