1話
テスト版からの続きになりますので、読みにくいかも知れません。
どこにも居ない魔王を退治して世界に平和をもたらすために、勇者と旅に出るように言われた。色々な思惑がある中で。
お約束の宣伝パレードが終わって本当の出発の日。庭に置いてある焼却炉で危ない焚き火をしていたら、勇者として召喚されたユウキと、騎士団長オリバーさんがやって来る。
「よう。準備できたのか?出発しようぜ」
何でユウキの都合にあわせる必要があるんだ。そう文句を言いたいけれどニッコリと微笑んでおく。
「旦那さんが頑張っているから、荷物を馬車に積み込むのを手伝って。もう少しで焚き火が終わるから」
「任せろ、やっておくぜ」
腕をぶんぶん振りながら、馬車に近付くユウキを見送ってオリバーさんと話す。
「おはようオリバーさん。昨日のパレードは大事にならなくて良かったね」
「あんなに堂々と正面から名乗りを上げるとは思わなかった。余程自信があるに違いない。ところで何を燃やしている?微妙に変な匂いがするが」
パレードの最中に魔族だと名乗る人物達に宣戦布告をされていた。裏事情を知らないオリバーさんが、その事を気にするのは当然だ。
焼却炉の中を確認して空気の流れを調節しながら答える。
「バン国王とダッテン伯爵、そしてその仲間達からの手紙と贈り物の一部。何かが塗られた道具とか、謎の小瓶とかかな。この程度じゃどうにもできないから、あるだけ邪魔だもん」
「この煙は無害なのか?まあ、陛下達の気持ちは分かる。魔族と魔王を倒すことも重要だが、アレを叩き返す方法も考えないとな」
「そうだね、戦うよりも疲れそう。さて火も消えたし準備できた」
贈り物をくれた皆さんが返品したいのは、勇者として召喚したはずのユウキだ。今は内緒だけれど帰す方法は分かっているよ。
世界を隔てている壁に穴を開けて放り出せば良いだけ、元の世界に引き寄せられて戻っていく。簡単そうなんだけれど、問題がいくつかある事も分かっている。
作業を短時間で終わらせたとしても、ジャルミン・チュアレにどの程度まで影響があるのか不明なこと。
そして誰がその作業を行なうかということ。
問題をクリアしてから古い文献から見つけましたと装って、バン国王達には報告する予定。魔族との戦い?が終盤に入ってからだけれど。
「まずはどこに向かう予定だ?俺は頭脳労働に向かないから、その辺りの調整を頼んだぜ」
「旅の打ち合せをしたはずなのに鳥頭め!」
馬車の横でそう話すユウキに、拳大の手頃な石を投げ付ける。避けられて馬車に穴が空くのは嫌だから、追尾の魔法をかけておく。
「あぶ、危ねえ!って追いかけてくるし!ちょ、ケイ?やめ、うぎゃああ!」
逃げるユウキの側頭部にクリーンヒットさせる。良い音がしたなあ。
「今のは大丈夫なのか?魔王討伐の旅には影響が出ないだろうが、いきなり勇者が仲間の手で昇天するのは世間的にどうかと思う」
「大丈夫、大丈夫。絡まれ始めた頃から色々やって追い払っていたから、加減は分かっているもん」
「そ、そうなのか…詳しくは聞くまい」
何気なく酷いことを言ってから、オリバーさんはユウキに微妙な視線を向けていた。そんなに心配なのかな。
頭の中が女の子といちゃつく事と俺TUEEEEしかない奴だけれど、腐っているけれど勇者だから大丈夫。
「山を一つ越えた町で魔物の被害に苦しむ人達を救うことからだよ。嫁さんに撲殺されたくなかったら、その位は覚えておくことだ」
「痛かった。苦手なんだから仕方ないだろう。フミはケイの言いなりか?尻に敷かれているのか」
ほら平気だった。オリバーさんが疲れた表情になっていたから、胃薬を調合してあげた方が良いかも。
「惚れた女に敷かれるのは悪くないぞ。お前にはまだ理解できないだろうが」
「やだあ、旦那さんってば。照れちゃうじゃない」
口から砂糖を吐き出している皆に構わないで、御者台によじ登る旦那さんの横に席を確保する。精神的ダメージから回復したユウキが旦那さんに質問する。
「俺と違って転生組だったよな、フミの中身は何才なんだよ?あれか、三十路のオッサンか?」
「お前よりは年上だと思えばいい。早く乗ってくれ皆、出発するぞ」
私達が三十路どころか百才間近だったと言うつもりはないみたい。のんびり馬車に揺られながら、目的地についての情報をオリバーさんから聞く。
「確かサウアって名前の町だよね。どの位の規模で特産品は何?」
「二千人前後のそれなりに大きな町だ。特産品は長持ちする丈夫な馬車と、質の良い馬肉だな。俺の気に入っている店は宿屋も兼ねている」
やったね桜肉だよ。ステーキにしようか煮込みにいくか、寿司はないからジョニーに作ってもらおうかな。もちろんこっそりと。
楽しみでお腹が空くな、そんな風にニマニマしていたら旦那さんに注意された。
「嫁さん。何を考えているのか聞かないけれどね?気持ちをダダ漏れにしないで。馬達が怯えているから、真っ直ぐに走らせるのが大変なんだよ」
「ごめんなさい。君達は食べたりしないから安心してね」
馬車を引いてくれる馬達に声をかける。それは逆効果じゃないかと、皆から指摘をされるが無視する。
ガタゴト揺られるだけなのが暇なのか、ユウキが碌でもないことを言い始める。
「なあなあ、サウアには夜のサービスをする店はあるのか?俺達ってケイ以外は野郎ばっかりだし、手を出そうとするとフミに氷漬けにされるからな。潤いが欲しい」
「お前という奴は…少しくらいは我慢出来んのか?城からメイドを一人連れて来ると思っていたが」
「魔物だけじゃなくて魔族と戦うんだから、危ないと思ったんだ」
「ふむ、それもそうか」
オリバーさん?馬車は一つしかないから嫌ですよ?自分の子供じゃないけれど、マロの教育上よろしくないしね。
メイドさんが付いてこなかったのは、多分だけれどマリナ王女が何かをしたんだと思う。抜け駆けしたら罰があるとか言って。
ユウキは言い訳をしていたけれど、内心では残念がっているのだろう。
「ケイ様。夜のサービスって何ですか?僕が覚えたらケイ様の役に立てますか?」
一生懸命な口調で質問してくる我が家のマスコット。そんなことは覚えなくても良いんだよ?ユウキを黙らせなくちゃいけないな。
そっと鞄に手を入れて目当ての物を探す。その間にも余計なことを口にするユウキ。
「興味があるのか?俺が教えてやるよ、サウアに着いたら一緒に店に…ほあ!そうだな…マロにはまだまだ早い。また今度な」
マロに変なことを吹き込まれる前に、ユウキに向けてナイフを投げる。惜しいところで白刃取りで止めてから話を打ち切っていた。
「チッ!刺されば良いのに…マロには早いからね。どうしても知りたくなったら、ユウキじゃなくてジョニーに聞くんだよ?」
「はーい」
魔物討伐の前に馬車をオーダーしておこう、これからの事を考えると別々の方が良い。
「何というか人は多いけれど、魔物騒ぎのせいか活気は少ないね」
「中型の魔物が群れで現れて馬牧場を襲うようだからな。生産性が下がるし人的被害も出ているから、風評被害も加わってしまってな」
道行く人にぶつからないようにゆっくりと馬車を進ませながら、オリバーさんと一緒にサウアの町を眺めていた。
パレードを見に来た人やオリバーさんを知っていた人達が、馬車の後ろにゾロゾロと続いている。
「女将はいるか?オリバーだが、部屋は空いているだろうか」
「まあまあ、ようこそオリバー様。何部屋でも空いておりますよ、入口ではなく奥へどうぞ」
お約束のセリフなのか被害が出ているのか、部屋が空いているという言葉が気になったけれど宿に入る。
オリバーさんがまとめて宿帳に記入をしてくれる。
ふと視線を感じて入口を見ると、馬車に付いて来た皆さんが覗き込んでいた。
「オリバーさん。旦那さん達と一緒に散歩に行ってくるね」
「今から町長の所に行くのだぞ?」
馬鹿なことを言うなと顔に書いてあったけれど、入口の方を目線で示してからお願いする。
「オリバーさんとジョニーに任せる。私は現場の声を聞きたい」
「なるほどな。早めに戻れよ」
「ありがとう、いってきます」
ユウキの行動が不安材料だけれど、ジョニーに任せておけば問題ないだろう。私が入口に向かっていくと、旦那さんとシンちゃんが付いて来た。
宿屋の入口を半円状に囲む町の人達。誰が声をかけるかで揉めているから、こっちからいくことにした。
「初めて来た町だからお店について教えて欲しいの。馬車のオーダーが出来るお店と鍛冶屋、それから食べ物の美味しいお店」
大人ではなく子供を狙って話し掛けた。反射的に答えてくれる可能性があるから。思った通りですぐに返事が返ってくる。
「お姉さんは町のこと知らないの?教えてあげる」
「嬉しいな。私はケイ、君の名前は?」
「俺はトムっていうんだ。爺ちゃんが馬車の職人だよ」
当りを引けたかも。そう思いながら旦那さんに耳打ちする。
「ブラン達との打ち合せのために荷台を分けたい。職人さんとの交渉は任せたから、その間に大人達と話をしてくる」
「いいよ。オリバーさんの為に間仕切り仕様にしておく、いってらっしゃい」
さて、次は誰に案内してもらおうかな。トム少年はお爺ちゃん自慢をする為なのか、旦那さんに何かを説明している。
適当に選ぼうかなと思っていると一人の男性にお辞儀をされる。他の人よりも少し上等な服だなというのが第一印象。
「お噂はかねがね…牧場主を纏めているハリオです。女帝のお口に合うか分かりませんが、自分の牧場の馬肉を使った串焼きの店はいかがですか」
牧場の経営者だから良い服を着ていたのか。でも疲れた顔をしているな。被害に遭っているんだろうと思う。
「初めましてハリオさん。串焼きですか?良いですねえ、行きましょう!おいでよシンちゃん」
「串焼き楽しみだな、沢山食べても良い?」
「いくらでもどうぞ、塩も良いですがタレもお勧めですよ」
見た目に合うようにシンちゃんが可愛く首を傾げてハリオさんを見上げる。ハリオさんが少しだけ笑うので策士だなと思う。
実際は億でも足りないくらいの年齢だろうに、あくまで少年として振る舞うつもりなんだよな。
案内された屋台の前でテーブルに置かれた串焼きを頬張る。前世でも食べたことはあったけれど、ここの串は美味しい。
こんなに美味しい串が食べられなくなるのは嫌なので、魔物退治を頑張るねと言うとハリオさんの表情が暗くなる。
「あれ、私何か変な事言いました?」
「いいえ。町長から聞かされる話だけで、現場に向かわれるのは危険だと思っただけです」
きた、それが聞きたかったんだよ。権力者っていうのは本当のことを話さないものだ、それに対して現場の人は全部を伝えようとする。
私達が辞退しないように町長が誤魔化す可能性もある。中型の魔物という情報しか入ってこなかったから、実際はどうなのか教えてもらおう。
「私達の噂は知っているんでしょう?それでも危険なのかな」
「危険だと思います。女帝は可愛い物が好きという噂は有名ですから」
あれ?強さとかじゃなくてそっちの噂で危険だと判断されたの?追加で置かれたステーキに手を出しながら聞いてみる。
「魔物だけれど見た目が可愛いということかな?被害が出ているからそんなことでは手を抜いたりしないよ」
「そうですか、安心しました。見た目に騙されて近寄った冒険者が、何人か犠牲になったので不安だったんです」
「ねえ、ケイ。僕にもステーキをわけて欲しいな。そいつらが三流だっただけだね。可愛くても魔物だから、油断しないように聞いているはずだもん」
取り分けてあげたステーキをモグモグするシンちゃんに、大人達から驚きの視線が集まる。
「うちの子はこれでもBランクなので、駆け出しの冒険者と同じ考え方はしないんです。それよりも魔物の特徴を教えて下さい」
「流石は女帝の仲間ですね。特徴ですが馬車くらいの大きさで、五匹程の群れがいくつかあります。多分ですが十五くらいだったかと、それを纏めている更に大きな固体がいます。見た目ですが…」
ハリオさんの話を聞きながら大きさも違っていることに内心で驚く。見た目に関してはある生き物が浮かんだけれど、きっと別物だろうな。
数日かけて全部退治するから、美味しい馬肉を売ってくれるように交渉して別れた。
「わあ、でかいけれど可愛いな」
翌日の朝。子馬が沢山いるから集中して襲われているという牧場に来ている。見た目についてはユウキに伝えていなかった。
透明な体に淡いピンクの触覚にヒラヒラとした羽で、空中を泳ぐようにして移動している魔物が七匹。地球の極寒の海にいる、見た目妖精の生き物に似ている。
あまり強そうに見えないし動きが遅い。大したことはないと判断したユウキが、剣も抜かずに近付く。
「あれは危ないんじゃないかな?アレにそっくりだから、捕食方法もきっと同じだと思う」
「いや?異世界だから違うかもよ。まあ多分食べられるから燃やす用意してね」
旦那さんが呪文の詠唱に入るのを確認して、魔法の鞄から雷属性の剣を取りだして構える。シンちゃん達も準備が整った。
「そこまで分かっていて止めないのか?」
「そういうオリバーさんも止めないくせに」
「少しは痛い目に遭って自重して欲しいからな。すぐに対処するなら大事にはならんだろう」
オリバーさんと一緒にユウキの後ろに近付くとこっちを見た。馬鹿だなこいつ、相手から視線を外して背中を見せるなんて。
「これって退治しないといけないのか?そんなに凶暴には見えないぜ」
「ユウキ、後ろ、後ろ」
「え?後ろ、うわあ!」
ガバッと開かれた頭部もしくは口?から伸びてきた触手に絡め取られて、ユウキが呑み込まれてしまった。予想していたけれど心臓によろしくない。
「見た目と違って怖いな!捕食方法も同じ感じとはね。消化されちゃっても構わないけれど…旦那さん!」
「業火の槍よ、フレアランス!他は凍らせておくよ!」
盛大に燃えている魔物に近付くとユウキに届く寸前まで切り裂く。魔物は外を炎で焼かれて、切り口から内部を雷で焼かれている。
ユウキを吐き出した魔物はあっという間に消し炭になった。
「び、ビックリした!手加減しろよケイ、俺まで雷に焼かれたじゃないか」
「迂闊に近付く奴には良い薬だ。どうせ軽い火傷くらいだろう?マロに治してもらえばいい」
素早く近寄ったマロがユウキに向けて杖をかざす。マスコットなだけじゃない、立派に戦力なんだよね。
「癒やしの息吹よここに、ライトヒール。もう大丈夫ですので頑張って下さい」
「マロは治癒系魔法が使えるのか?怪我を気にしないでガンガンいけるな」
本当に馬鹿だな。治った途端に間合いも考えずに突っ込んでいくとは。魔物は半分くらい氷漬けになっているし、旦那さんとオリバーさんがいるから平気かな。
「さてと、こっちも頑張りますか。シン、ジョニー行くよ!一人一匹だからね」
仲間がやられたからかこっちにも襲いかかってくる。さっきまでと違ってスピードが上がっているみたい。
私を呑み込むつもりなのか、触手が伸びてくるけれど全部斬り捨てた。一部分が雷で焼かれたせいなのか動きが鈍くなる。
「チャンス!空月、三の型!」
私に真ん中で断ち割られた魔物は、そのまま左右に倒れて煙を上げる。ジョニー達はどうかな?楽勝だと思うけれどね。
「食べませんが細切れになるのですにゃ」
ジョニーは細身の体に似合わない大剣で魔物を切り刻んでいる。いつ見ても違和感あるな、私としてはシャムシールとかを使って欲しいのに。
「鬼さんこちら、これをあげるよ。動けないまま弾け飛びなよ」
シンちゃんはいつも通りで弓を使っている。今回は毒と風の二種類で仕留めるつもりとみた。観察していると二本目の矢が刺さった直後に、魔物は木っ端微塵になる。体内で風の魔法が発動したな。
大した時間も掛けないで魔物を倒した私達に、牧場の経営者は泣いて喜んでいた。余計な被害が出ないようにと、その後はなるべく多くの牧場を回る。
牧場の間が離れている上に魔物の群れの数が多かったから、五日かかってしまったけれど残すは大物の一匹だけとなった。