シャープペンシルの芯ポッキーポッキおじさんの霊
「シャープペンシルシンポッキベイベー! シャープペンシルシンポッキベイベー!」
陽気で妙に頭に残る歌とよく響く指パッチンを鳴らしながら、おじさんはやってきた。
今は昼休みが終わってすぐの古典の授業中。一日一回このイベントがほぼ毎日あるんだ。
確か、昨日は数学で一昨日は家庭科だったと思う。
…今日は誰がターゲットにされるんだろう。
「シャープペンシルシン_____」
歌を途中でやめ、彼は後田さんの前で止まった。後田さんはクラスの中でもかなり地味な子だ。眼鏡をして…おさげの髪で…。
「な…なんでしょうか?」
彼女は消え去りそうなか細い声で、顔を上げ、おそるおそる、目の前にいる白いTシャツを着た小太りのおじさんに問う。
おじさんは全員に見えているから、皆んな、後田さんを注目する。古事成語を黒板に書き連ねていた、教科担任の先生も例外ではない。無論、僕もだ。
皆んなに注目されているからか、後田さんの顔も真っ赤になっている。
「シャープペンシルの芯、一本貰ってもよろしいですかな?」
おじさんは後田さんに、深く濃く、吸い込まれていくような低い声でそう訊いた。
羞恥に押しつぶされ、声を出す事ができない後田さんは、無言で首を縦に振る。
「ありがとう」
おじさんは後田さんにお礼を言うと、後田さんのシャー芯ケースの中から芯を一本取り出して、それを折った。
おじさんが芯を折る時はポキリという音がする。
本当なシャー芯を一本折ったくらいでは音なんて全く聞こえない。でもなぜか、おじさんが折ると、この教室全体にハッキリとした清々しい音が響くんだ。
「ああ、折れた折れた。満足さ。…後田さん、君は前髪を上げてピンで止めるといい。眼鏡も外してみよう。きっと、可愛いさ」
満足気に後田さんにおじさんはアドバイスをさた。
そこまでがいつもの事、いつも誰かしらこの行為を受けている。
そしてそのあときまって、おじさんは吸い込まれるように上へと登っていくんだ。
おじさんが去った教室に、数秒の沈黙が訪れる。
その沈黙を破ったのは先生だった。
「はい、ほら、皆んな授業に集中して!」
その言葉と共に皆んなは、我に帰って板書を再開する。
後田さんだけが、まるで、狐にでもつままれたような顔をして、ボーゼンとどこかを眺めていた。
これが僕の通っている斜上高校、一年D組に現れる、シャープペンシルの芯ポッキーポッキおじさんの霊なんだ。
そんな次の日、登校し、教室でボケーっとしていた時のこと。
「本当におじさんの言う通りにしたんだ。 へぇ…!」
クラスで一番誰とでも喋れる女子、鳴波さんがそう、驚いたように声をあげた。
彼女が喋りかけた相手は…誰だあれ?
「おい、アレ、後田さんじゃね?」
僕の隣の席にいる野球部の男子、島村君が僕にそう語りかけた。
確かにそうだ、あの少し地味な鞄は後田さんだ。眼鏡かけてないし、前髪もピンでとめている。
それだけなのに顔がもはや別人で、全然分からなかった。
「ええ、ちょっとやってみようかな、なんて」
「へー…良いじゃん、その方が良いよ!」
もしかしたら、あんな少しのイメージチェンジをしただけで性格まで変わってしまったんだろうか。
お世辞にも、あんなに明るく喋る子だとは、今までは到底言えなかったのに。
今は鳴波さんと、その他複数の女子と共に明るく話しをしている。
「なあ霧村山。後田さ、あんなに明るかったか? それに顔も全然違うよな」
僕はその島村君の問いに頷いて答える。島村君も僕と同じこと考えていたみたいだ。
今日の朝、一年D組はずっとその話題で持ちきりだった。後田さんは自分の名前が話の中に出てきただけで、いつも何かを恐れるようにビクビクとしていたのに、今は、全然違う。周りと楽しく話をしていた。
◆◆◆
その日の六時間目。この五十分で授業が終わると考えると、胸がすくようだと、島村君は僕に言った。
それに関しては僕も同感だ。早く部活に行けると思うと、ワクワクする。
しかし、おじさんは今日は一度も来ていない。つまり、六時間目に来る事はほぼかくていしてるんだ。今日は誰がターゲットになるのやら。
授業と授業の間の数分間の休憩が終わり、世界史の教科担任の先生が教室に、無気力感を漂わせて入ってきた。
そうだ、今日はこの人の授業が六校時目だった…。寝てしまう人が続出する事だろう。
日直の、起立、礼、着席…というお決まりの号令のあと、授業が始まった。すでに教室には睡眠をする態勢に入っている人もチラホラいる。
授業が始まって十五分、早くも島村君は夢の中へと入っていってしまっていた。
僕は時計で今の時刻を確認した、その時だ。
「シャープペンシルシンポッキベイベー! シャープペンシルポッキーベイベー!」
おじさんが、歌い、指を鳴らしながら、掃除用具箱の中からやってきた。白いTシャツと絵の具をこぼしたようにあからさまに青いジーンズ、花柄が目立つサンダルもいつも通りだ。
今日は一体誰の前で止まるんだろう。
僕はいつも通り、おじさんを目で追い続ける。おじさんの事、中には全く気にしていない人も居るみたいなんだけど、僕は何故か、彼に惹かれてしまうんだ。
彼はこの教室を二週した。中々、決まらないみたいだ。
おじさんは寝ている人を起こしてまでシャー芯をねだったりはしない。
いつの間にか、このクラスの四分の一が寝てしまっているこの現状…選びにくいのかもしれない。
出てきて一分くらい経った頃、やっと、おじさんは窓側の席で僕の目分量だけど、だいたい1センチだけ浮いているその足を止めた。
今日のターゲットとなった人は陸上部の秋里君だった。彼は割と、おじさんの事が気になっている部類の人だと、僕は把握している。
「シャープペンシルの芯を一本、貰ってもよろしいですかな?」
その問いに、秋里君は気軽に答える。
「うん、いいっすよ。どうぞ」
そう言って秋里君はおじさんに、シャー芯を一本、手渡した。
それをさも、有り難そうに受け取ったおじさんは、すぐさまそれをポキリと折ってしまった。
「ああ、折れた折れた、満足さ。…秋里君、どうやらお姉さんの誕生日プレゼントを何にするか、迷っているようだね?」
「え、ええ! そうなんすよ…。なんかいいのないすかね?」
「そうだね…。お姉さんの年齢はおいくつかな?」
そう言いながら、手を耳に当て、秋里君に近づくおじさん。おそらく、秋里君のお姉さんの年齢が、周りに分からないように配慮しているんだろう。
秋里君も、手に口を当て、おじさんにヒソヒソと、そのお姉さんの年齢を教えたみたいだ。
「そうか…なら、三千円分の図書カードをプレゼントしたらいいと思うよ」
「…なるほど、わかりました! そうしてみます」
おじさんはやり取りが終わったからか、先生に軽く会釈をすると、上に昇っていってしまった。
◆◆◆
ゴールデンウィークが過ぎ、皆んな、かなりだらけた顔で授業を受けている。僕も例外ではない。
連続する休日の間、僕は母と、姉と、妹と共に、北海道に旅行をしに行っていた。
残念ながら、自営業をしているお父さんはついてくることができなかったけれど…。
夏でも冬でもないこの時期に、どうして北海道を選んだのかは最初は謎だったけれど、丁度、桜が満開の頃で、十分楽しめた。
斜上高校は珍しく、ゴールデンウイーク中に宿題は出ない。だからかもしれないね、ここまでダレたのは。
今、受けている、一時間目の授業、僕の部活の先輩の話によると、去年、この学校に赴任してきたらしい。未だ20代の若い男の先生だ。科目は化学。
それにしてもその、鳥原先生、今日は妙にイライラしているように見える。この人は普段、ニコニコ笑っていて気の良い先生だけど……何かあったのかな?
ゴールデンウイーク中に、奥さんとでも喧嘩したのかな。
そんな風に、授業の内容が全く入ってこずに、色々と余計な考えを脳内に張り巡らしていた時だ、あの、歌が教室中に響き始めた。
「シャープペンシルシンポッキベイベー! シャープペンシルシンポッキベイベー!」
何時ものように、掃除用具入れの中から出てくる。
皆んなダレているからか、良い加減慣れちゃったのか、おじさんのことを気にしている人は少なかった。
ヘタしたら皆んな、5月病なのかも。
いや……考えすぎかな。
指をパッチンパッチンと鳴らしながら、今日は迷わず一直線に、ある場所へとおじさんは向かった。
それは、教卓、鳥原先生の元。
そしてそのままおじさんは、イライラしているオーラを飛ばす鳥原先生に、何の躊躇もなく話しかけた。
初めてのパターンだ。少なくとも、僕にとっては。おじさんが、生徒以外に真っ先に話しかけるところ。
「鳥原先生、授業中ですが、少し、よろしいですか?」
「はっ!? えっ……俺ですか? 生徒でなく」
「ええ」
「しかし、今手元にシャープペンシルの芯は無くって…」
そんな異様な光景に皆んなは気づいたのか、2人の方を注目している。
「大丈夫、チョークでも大丈夫ですから。短めのを一つ、くださいませんか?」
「はあ………。まあ、良いですよ」
生徒は短く、しかし、折りにくそうではない程度の青いチョークを一本、おじさんに差し出した。
島村君が『それじゃあ、チョークポッキベイベー じゃないのか』と、呟いたのが聞こえる。
おじさんは、そのチョークをしばらく手こずってはいたが、なんとか折ることに成功した。ふと、見えたんだけど、何故か手にはチョークの粉がついていなかった。
やっぱり、幽霊だからかな。
「ああ、折れた折れた、満足さ。…ところで、鳥原先生。なにやら機嫌が悪いようですが、どうかされましたかな?」
「い…いえ! 特になにもっ……」
「本当ですかね? 貴方____」
おじさんは先生に耳打ちをした。
ここからではなにを言っているか聞こえなかったが、先生の顔色は、みるみると青くなっていくような気がした。
おじさんが喋り終わったのか、離れられると、驚いたような顔をして、先生は見つめている。
「ど、どうしてそれを?」
「まあ、私ですからね」
「そうなんです、今更、妻には済まなかったと言えず……帰ったらどんな風に謝ったら良いかと……」
なんだ、先生。ただの痴話喧嘩か。
それにしてもおじさんの勘というか、察する力というものはすごい。毎度毎度。
「ならば、良い方法をお教えしましょう」
「は、 はい! 是非!」
おじさんはまた、先生に耳打ちをした。先生はしきりに頷いている。
「わかりました、やってみます!」
会話が終わったのか、先生は先程とは打って変わり、かなり明るい笑顔を見せている。
「家族に思いを伝えられることは良いことです。私は……。では、そろそろ今日は去りますね」
そんな、意味深なことを言っておじさんは上に昇っていった。私は…って、なんなんだろうか。気になってしまう。
一時間目の終了のチャイムが鳴った。
◆◆◆
ゴールデンウィーク過ぎてから初登校からの、1週間後は四時間目の現代文の時間におじさんは来た。
風紀委員である自分を誇りにし、何故か張り切っている女子、樽沼さんに、オレンジ風味のマドレーヌの作り方のコツを教えるといつものように去っていった。
僕は昼休みと五時間目、六時間目を、無事に寝ずに過ごし、ホームルームが終わると共に僕は娯楽部の部室へと向かう。
娯楽部は部活という名前の通り、本当に遊ぶためだけの部だ。パソコンやゲームの持ち込みはこの部活では完全に自由。はっきり言うと、他の部活みたいに、大会とかを目指した活動は何一つしていない。
因みに部室は第三パソコン室。斜上高校はパソコン室が三つもあるのだ。
最近は…というか、僕が入ってからはこの部活は、ネットゲームを主にやっている。
「こんにちは」
ホームルームが終わってからすぐに来た僕だけど、毎回必ず、先輩が先に居るから、挨拶しなきゃならない。
どうしてこんなに部室に早く来れるのか…僕にとってはおじさんの次に謎だ。
「来たか、霧村山。さっさとインしろや」
二年の先輩の一人、木々下先輩だ。
こんな口調だけどこの人、身長が男子なのに並の女子よりま低く、顔も幼い。
それをコンプレックスにしてるみたいで、木々下先輩のその身長のことに触れた、一年B組の七松さんは小一時間叱られてしまった。
木々下先輩曰く、七松さんは女子だから一時間という時間で済んだけれど、男子なら五時間は説教してたらしい。
その怒っている顔は、全く怖くなかった。
「あ、はい。そうしますね」
僕はさっさとパソコンを立ち上げ、この部活で遊んでいるネットゲームにログインした。
その間にも、続々と部員は集まって行き、十分後には総勢12人全員が揃い、活動は始まった。
◆◆◆
「では、今日はここまで」
部長の不破先輩の宣言と共に、皆んなはゲームからログアウトして電源を消し、各々、第三パソコン室を出て行った。
「霧村山君、ちょっといいかい?」
不破先輩が僕に話しかけてきた。僕がこの部活に入って以来、こうしてこの人から、一対一の時に話しかけられたのは始めてだ。
「はい、なんでしょうか?」
「君、一年D組だったね」
僕は「そうです」と答えた。
しかし、一年D組だったら何かあるんだろうか? …いや、一つしか思い浮かばない。
きっと、おじさんの事だろう。
「なら、シャープペンシルの芯ポッキーポッキおじさんの事は知ってるね?」
やっぱりそうだった。僕は頷いた。
「そうかそうか、あの人は今もシャープペンシルの芯を折って居るんだね。実は俺も、元は一年D組だったんだよ」
部長は嬉しそうにそう言った。そうか、部長は元一年D組か…。
ぼくは二年前には既に、おじさんが出てくるようになっていたのは知っていた。今、僕と部長が話してるような内容の会話を、野球部で島村君が三年生の先輩としたらしいから。
彼から聞いた話だと、おじさんは二年前も同じ事をしていたらしい。
「そうなんですか」
「ああ、まだ居るんだね。……因みに俺の一年生の時の、三年生の先輩も、同じ事を言ってたよ」
これは新しい情報だ。そうなると、おじさんは少なくとも四年前からずっと一年D組に居ることになる。
シャープペンシルの芯を折って、何かしらアドバイスをして去っていくあのおじさんは……何者なんだろう。
生きていないことだけは確かなんだけど。
「何者なんですかね? あの人。僕は割と好きですけど」
「あ、わかる? あの人って憎めない感じするよね。体が透けてるし、地面から浮いてるし、幽霊のはずなんだけど怖くないんだ」
その後、しばらく先輩は沈黙したが、しばらくして何かに気がついたように自分のカバンを背負い直すと、第三パソコン室の出入口の扉に手をかけた。
「さ、そろそろ帰ろう。もうこんな時間だ」
そう言って扉を開ける。先輩は扉を抑えててくれ、僕はそのままちょっとお礼のつもりで首をクイッと下げながら、外に出た。
そして、そのまま生徒用玄関にむかい、僕たちは帰った。
◆◆◆
そんなこんなで、あっという間に前期中間テストまであと3日。
みんな、少しカリカリしていた。なにせ、高校生になってから初めてのテストなんだ。
僕もそれは同じ。どういった問題形式が出るとか、少しは先輩達から聞く事ができたけれど、それでもやっぱり不安だ。
そう言えば、テスト前だからか、おじさんがここ1週間出てこない。
この事も先輩に尋ねてみたけれど、どうやらテストの2週間前までは、空気を読んで出てこないらしい。
やっぱり、どこか少しおじさんは変わっている。
人によってはおじさんが出てこなくて寂しい、と、言う人も居る。だんだんとおじさんはこのクラスで受け入れられているみたいだ。
今は五時間目、古典の時間。
既にテスト範囲が終わっているから、先生はこの時間を自習ということにしてくれた。好きな教科の勉強をして良いらしい。
だから僕は今、英語の勉強をしていた。
中学生の頃から僕は、すごく英語が苦手なんだ。中学一年生から中学三年生までで取れた英語のテストの全ての平均点数は32点。
いつもいつも、長文問題でつまづいちゃって、あっという間にタイムアップ。気がついたらテストの時間終了。
今年はそれが無いように、できるものから先にやっちゃうように心掛けることにしている。
実は、そう、10日前におじさんにアドバイスされたんだ。
だいたい、この五時間目の半分が過ぎた頃か。
ここ数日間、聞こえてこなかったあの歌が聞こえてきた。
「シャープペンシルシンポッキベイベー! シャープペンシルシンポッキベイベー!」
みんなは驚いて、一斉に掃除用具入れの方を向く。
いきなり音がしたから、というのも理由だろうけれど、大半は今まで自重していたおじさんが、突然やってきたのが気になったからだろう。
おじさんはいつも何回も繰り返している歌を一度しか歌わずに、何故か黒板の前まで来た。
そして、シャープペンシルの芯を要求せずに、教卓の横で生徒用の余っている机と、椅子に座ってパソコンで作業をしていた先生に、耳打ちをした。
先生は一瞬、驚いたような顔をしたけれど、すぐに一本の白くて長いチョークをおじさんに渡すと、教室から特に慌てた様子もなく、出て行ってしまった。
おじさんは、その長いチョークを丁度半分に折った。
「ああ、折れた折れた、満足さ。さて、と…」
チョークの半分を持ったまま、こちらを振り向いてくる。
「おじさんが今から、皆んなに、わからないところを教えてあげよう」
◆◆◆
チャイムが鳴った。
結局、約30分間、おじさんは古典の要点を詳しく教えてくれた。とてもわかりやすく、この授業を受けただけで点数が5点、10点は上がりそうな気さえする。
「それではここまで。さようなら」
おじさんはチョークと黒板消しを置き、いつも通りに天に昇って行ってしまった。
僕を含むみんな、それをボーゼンと見つめる。
僕の後ろの席の鳴波さんが、ひっそり声で僕に話しかけてくる。
「ねえ、おじさんさ、古典の先生だったのかな? 霧山村君はどう思う?」
「わかんない…けれど、そうなんじゃ無いかな。教え方、すごく上手だったもんね」
もしかしたら、元々ここの先生で、心半ばして死んじゃったから、幽霊として出てきている……。そのせんもあり得ないわけじゃ無いよね。
「霧山村君さ、いつも、おじさんが来たら見つめてるよね」
「まあ、不思議な人だし、気になるんだよ」
「私も気になるんだよね……。ね、ね、今度さ、このクラスの数人でさ、おじさんが何者か調べてみない? あ、勿論テストが終わってからよ?」
なるほど、このクラスの数人でおじさんの事を調べる、それは考えつかなかったな。
良いかもしれない。部活も、水曜日と金曜日にしか無いし。面白いかも。
「良いね、そうしよう」
「じゃあ決まりっ!」
◆◆◆
そして、その数日後にテストが全て返却された。英語以外は平均点のプラスマイナス5点程で落ち着いた。
今、返却された英語は……ギリギリ、すんでのところで赤点を回避できた。
まあ、良くも悪くもない結果と言うべきなんじゃないだろうか。僕、個人としてはね。
「鳴波さん、どうだった?」
僕は不意に、彼女に訊いてみた。
「んー、結構難しかったよね…。私、英語が97点とれたかと思ったんだけど、93点だったよ」
マジですか。
こんな言い方するんだったら多分、それ以外の教科も点数が高いに違いない。
「どうしたの? 霧山村君。顔が引きっつってるけど」
「あ、いや。僕は英語、赤点ギリギリだったから、90点以上なんて、すごいなぁ…って思って」
「赤点…確か、平均点より20点下だったら、だったっけ?霧山村君は何点だったの? 平均点は確か、64.7点だったよね」
「…45点」
「あ、本当にギリギリだったんだね」
僕はその後、1日、若干凹みながら残りの授業を受けた。今日もおじさん現れなかった。きっと、明日あたりにまた出てくるようになるんじゃないかな。
◆◆◆
帰り直前のホームルームが終わった。鳴波さんが、屋上に集まるように言ってくる。おじさんの謎を考えるメンバー全員が来る予定なのだそうだ。
僕はその通りに、屋上へと向かった。
「おう、遅かったな! 霧山村!」
そう、一番に声をかけてきたのは島村君だった。そういえば今日は何故か野球部が休みなんだっけ。校内放送でそんな事を言ってた。
メンバーはざっと見て4人。
僕と鳴波さんと島村君、それに後田さんだった。
「さて、全員揃ったわね! 実は秋里君も参加してくれる予定だったんだけど、やっぱり陸上部が忙しいからキャンセルだって」
「あれ? ……島村君も、今日だけじゃないの? 野球部が無いのって」
「うん。だから俺は今日だけ参加」
となると、普段の活動は3人だけになるのかな。
なかなか不安定な集まりだね。
「さて第一回シャーペンの芯ポッキーおじさんは何者なのか会議を始めるわよ!」
「わー! わー! パチパチ」
鳴波さんが開始の合図を出し、島村君が盛り上げる。これは中々楽しくなりそうな予感がする。
お菓子でも持ち寄りたい気分だ。
「では、一回目の会議は何をテーマにしますか? 鳴波会長」
「決めてるわ。まずはおじさんについてのそれぞれが持ってる情報を合わせるのよ!」
「賛成」
そういうわけで、各々、既に得ている情報を交換することになった。
僕は、おじさんの、『四年以上前から居て、同じ事をしている』『定期テスト等の大事な時は出てこない』という情報を提示した。
島村君は既に知っていたけれど、前者の事を、鳴波さんと後田さんは帰宅部だからか知らなかったようだ。
島村君は彼の先輩から聞いた情報を主にあげてくれて、『シャーペンの濃さはどれでもいい』『チョークよりシャーペンの芯の方が好き』『生前の体重は103キロ』というものだった。
体重は、島村君の先輩の時に、ある太った生徒に痩せるためのアドバイスをしたと共に自分の生前の体重を言ったようだ。
鳴波さんは、古典の先生に聞いた情報を提示してくれた。『この学校で一番、古典を教えるのが上手いのは確か』『昨年には英語を教えたこともある』というものだった。
英語まで教えられる、それには僕達三人は驚かされた。
最後に後田さん。後田さんが教えてくれた情報は『大好物はキーマカレー。嫌いな物は無い』というの一つだった。後田さんは、特に有用な情報がなくてごめんなさい、と、謝っていたが、誰も気にしていないから大丈夫。
「それにしても……大分、謎ね」
「そうね、鳴波さん。でも、少しわかったことがあるわ」
「ん? 何かわかった?」
「うん。おじさんは過去四年間、特に悪いことはしてないってことね。それなら、既に先輩方から注意されてるはずだし、先生方も一年D組の教室を使わせないはずだし」
「それはそうだ」
やっぱり、おじさんは悪い人…いや、霊ではない。そうだね。害がない…だとしても気になるんだ、僕達は。
これから先、これの活動でだんだんとおじさんの事がわかってくといいな。
僕達は少しだべってから、帰ることにした。
おじさんのこと、これから、少しずつ分かっていくといいな、僕はそう、考える。
◆◆◆
「先輩っ、先輩! 先輩は元一年D組なんですよね?」
「そうだよ」
「なら、あの…シャープペンシルの芯ポッキーポッキおじさんって何者ですか?」
僕の後輩が、そう訊いてきた。
結局、僕達はおじさんの謎を一切解明することができなかった。妙に、おじさんは話をはぐらかすのがうまかったんだ。
おかげで人間関係でいろいろあって……野球少年と元地味女子が付き合い始めたりとか、僕に少し口うるさい彼女ができたりとか、本当にいろいろあって…まあ、どれもおじさんのアドバイスなんだけど……そしていつの間にか二年生に上がって、おじさんも見えなくなってしまったんだ。
だから、正体なんてわからない。でも_____
一つだけ言える。確かなこと。
「あの人は、良い人だよ」