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音丘夫婦…否、兄妹

トリップ!

〝異世界トリップとか、一度体験してみたいよね〟

そんなことを言ったのは、同じ読書好きの友達だった。

それは、なんてことはない、妄想と、空想の話。

〝私はいやだな…家族と離れるなんて…〟

〝はいはい、相変わらず、ブラコンで、おじいちゃん子なおばあちゃん子ですね~。そんなに家族が好きか〟

〝あら、当然。家族は自分の居場所だもの。それに、好きというよりも、大事ってほうが正しいかな。それより、さりげなく人参を私のお弁当箱に入れないの。好き嫌いしていると、可愛い妹さんに幻滅されるわよ?〟

〝…なんか、ほんと【おかあさん】みたい。しかも大きくなれないじゃなくて、My sweet angelの妹持ち出すとか、超現実的!!〟

〝あはは、人のこと言えないくらい、シスコン~〟

お昼休みの、いつも通り、意味のない、くだらない…だけど、楽しいやり取り。

異世界トリップだなんて、ただの空想。物語の中でしか起きない出来事。



だからこそ、談笑できたのだ。ありえないことだったから。

でも…



「▲☆◆×〇★!!」

怒号が響く。日本語でも、英語でもない、異国の言葉。

最初は、なんと言っているのかわからなかったけれど、毎日毎日聞いていたので、だいたい『起きろ!』とか、そういう意味の言葉を叫んでいるんだろうと思った。

朦朧とする意識、ぼろぼろの身形に、擦り傷だらけで、うっすらと血の滲む手足。

手首は布で縛られ、足首には鎖と重石の付いた枷。周囲から白いと言われていた肌は薄汚れて、ところどころ黒い汚れが目立つ。


周囲には、人の気配。

自分と同じような状況の複数人の女性と、威圧を放つ男たち。

ガタガタと音とともに響く振動。

窓から光が差すけれど、薄汚れた布がかかっているから、薄暗く、時間の感覚があいまいになる。

与えられる食事は、硬いパンに、水。そして時々まずい野菜スープ。

なぜこんな状況になっているのか、理解できない。だけど、なんとなく、自分が売られていくのだということは理解できた。


『竜紀…』

声が聞こえない。大事な、大事な、居場所がない…。

探さなくては、見つけなくては…。

だけど、この状況から逃げるためには、私はあんまりにも無力だ。

あぁ、今日も…ただ流されるまま、時間が過ぎる…。


【異世界トリップ】

ありえないと思っていた出来事が、まさか自分の身に起こっているなんて、考えたくもない。




数日前 ―― 現代 ――


「依織~」

「竜紀?」

放課後、下駄箱で靴を履き替えようとしたら、タイミングよく双子の片割れである、竜紀に声をかけられた。

声のした方に顔を向けると、竜紀がヒラヒラと手を振りながら近づいてくるところで、その姿をみて、思わず首を傾げてしまう。

「…なんで制服着てるの?」

「いや、学生なんだから、着てて当たり前じゃん…。何、脱いで変態になれとでも?」

「誰もそんなこと言ってないでしょうが。道着は?いつもなら、もうとっくに部活の時間じゃない?」

剣道部員である竜紀は、放課後は部活終わりまで剣道着の袴姿が基本。

今の時間は、すでに部活が開始されているはずで、模範生とも呼べる竜紀が、制服から着替えずにこんなところにいることが、珍しい。


「今日は、部活休みだって、昨日言ったはずなんだが…」

「え?いつ」

「夕飯のあと」

「…………」

言われてみれば、そんなことを言われた気がしなくもない。


「思い出した?」

「言われたような、ないような…うん、ごめん。覚えてない」

「うむ、素直でよろしい。許してしんぜよう」

素直に謝れば、大仰な態度で頷いて見せる竜紀。

その妙に芝居がかった動きに、思わず苦笑が漏れる。


「ありがと。で、どうしたの?」

「どうしたも、こうしたも。お前、今日の放課後、タイムセール行くって、昨日言ってただろ。俺も行く」

「え?いいの!?」

家と学校のちょうど間の距離にある商店街。そこでは毎日、夕方に一斉タイムセールが行われていて、帰宅のついでに、買い物を済ませることが、私の習慣。

今日はその先にあるドラッグストアでトイレットペーパーが一人一個でお安くなっているから、竜紀が一緒だったら、二個買える!

「当たり前だろ。依織がそういったから、俺も部活休みだから一緒に行くって言ったのに…覚えてないし」

「ごめん!今日の特売とタイムセールの戦略練ってて、聞いてなかった」

「まったく…ほんと、しっかりしてると思わせて、抜けてんだから…」

「My Brother、そこはちゃっかりしてるっていうのよ」

「それでいいのか…My Sister」

ドヤ顔で返すと、今度は呆れたようなため息とともに、竜紀に苦笑された。


「で、あほな会話は置いといて、さっさと行くか」

「だね」

お互いに苦笑しながら、靴を履き替え、昇降口を出た。


「お、音丘夫婦!」

「おとうさん、おかあさん!今日も一緒に帰宅かー!」

「おとうさん、お仕事どうしたの~?」

校門まで、ほんの百数メートルなはずなのに、二人並んで歩いていると、そんな風に次々に、外で部活に励んだり、教室の窓から外を見ていた友人たちに絡まれる。


「お~、今日は部活休みなんだよ。てか、お前ら真面目に部活しろ~」

「教室のみんなも、今、補習中でしょ!集中しないと、長引くわよー」

「「は~い」」

それぞれに、諫めながらも返事をすると、みんなニヤニヤ楽しそうに笑いながら、それでも各自の居場所に戻る。


「たく…誰が父だ、誰が。俺はまだ十代の少年だぞ!結婚もできない年齢だ」

「今更、何を突っ込んでいるのよ。私だって、法律上結婚できる年齢でも、同世代の子供なんていないわよ」

「「というか、そもそも夫婦じゃなくて、双子だし」」


「音丘夫婦」「おとうさん」「おかあさん」

中学生の頃から呼ばれている、私たちの渾名。


物心がつくかつかないかの頃に、もはや写真でしか面影がわからない両親を交通事故で亡くした私たちは、唯一の身よりであった父方の祖父母に引き取られ、愛情たっぷりに、時に厳しく、誰より優しく育ててもらった。

その過程で、料理、裁縫、掃除に洗濯等々の家事や教訓を、しっかりできるようにと教え込まれたので、友人たち曰く「親みたい」な世話焼きの性格に育った。

それに加え、音丘という名字で、竜紀は「音」にかけて「おとうさん」。

私は「丘」にかけて「おかあさん」と呼ばれるようになった。


夫婦というのは、二人の渾名にかけた冗談で、みんな恋人ではなく、ちゃんと双子だとわかっているのに、年齢が上がるたびに、初対面の人間に「学生結婚!?」と誤解され、ちょっとした騒ぎになるのは、不本意だが、春の風物詩と化している(そもそも、中高生の年齢で結婚なんて、高校三年生になるまで無理でしょう)。

まぁ、竜紀はクウォーターだったらしい母に似て、色素の薄いくせ毛に、わりかしはっきりとした顔立ちで高身長(186㎝)。私は、父譲りの黒髪と日本人らしいといわれる、特徴のない顔立ちで、平均身長(163㎝で、双子の身長差は23cmもある)で、外見が似ていないことも、兄妹だと思われにくい原因なんだけど。


「で、今日は何を買うんだ?」

「うんとね、今日は特売のトイレットペーパーと、タイムセールで、お魚とお野菜買って。あと、きらしてた牛乳かな…」

鞄から、ドラッグストアのチラシと、商店街の人に事前に聞いていた特売品のメモを出して目星い商品を答え、ついでにうちにないものを思い出して告げる。

「それだけでいいのか?」

竜紀ものぞき込みながら、少し首を傾げながら、尋ねてくる。

「トイレットペーパー、結構荷物になるし。そんなに重いもの持っていくのもね・・・」

「今日は俺がいるんだから、重い物買い込んだってかまわないだろ。むしろ、俺がいるからこそ、普段なかなか買いに行けないもの買おうぜ。いっつも部活で、買い物はほとんど依織に任せきりなんだから、こういうときくらい頼れよ」

「ありがと、竜紀。じゃあ…お米もきれそうだし、ついでに買っていこうかな」

「おう、任せとけ。筋トレだと思えば楽勝」

二カッと笑った竜紀に、私も思わず笑って返す。

こんな会話が、所帯じみていて、夫婦みたいだと言われるんだろうけど、特にそんなことは気にならない。

兄妹仲がいいから、周囲にはブラコンだ、シスコンだと揶揄され、からかわれてばかりいるけど、むしろ「それがどうした?」と堂々と聞き返したら、若干引かれてしまったことは、いい笑い話だ。


四人家族だった私たち。

けれど、中学二年生の時に祖母を、そして、去年、高校一年の秋に祖父を相次いで亡くし、たった二人だけになってしまった。

たった二人の兄妹。お互いだけが、唯一の肉親。

祖父母を失い、悲しみに暮れ、まだ世間を知らない子供二人で生きていくことに不安はあったけれど、近所にいる、祖父の古くからの友人の息子さんで、昔から家族ぐるみで仲良くしてもらっている道場(剣道に始まり、空手、柔道、合気道、テコンドーなどその他もろもろ多岐にわたる)の若夫婦が、後見人となってくれたおかげで、変わらず、祖父母の遺してくれた小さな平屋の家に二人で暮らせている。

そんな風に周囲に助けられたおかげで、いつまでも二人で殻に閉じこもることもなく、祖父母が亡くなる時に、私たちの身を案じてくれていたこともあって、何とか前を向いて生活している。


昔から、祖父母にも「兄弟仲良く、助け合って生きていかなければいけないよ」と教えられて育った。

刷り込みと言われたらそうかもしれないけれど、それでも、もう唯一の自分の家族なんだから、大事なのは当たり前。

依存しているわけではない。むしろ、高校生ながらに、早くお互いにいい相手を見つけて、幸せになってほしいと願いあってはいるけれど、今はまだお互いの隣にいるのは双子の片割れで、それで十分だと思っているのだ。

いつか必ず、離れ離れになる時が来るのだから。


「じゃあ、まずどこの店に行く?」

「そうだね…清州八百店で、大根買おう!」

「了解」

竜紀が顔を覗き込んできて、私が笑顔で答えると、竜紀も笑顔で、敬礼のようにびしっと左手をあげる…瞬間、竜紀の足元に、マンホール大の黒い穴が現れた。


「え…」

「なっ!」

お互いが発した言葉を、聞き取った瞬間には、竜紀の姿が落ちていく。

「竜紀!」

「依織!」

お互いの距離なんて、三十センチもなかったはずだ。

なのに、お互いが延ばした腕は空を描き、竜紀は、その黒い穴の中に落ちて行ってしまった。

音もなく表れ、竜紀の体を吸い込み、消えてしまった黒い穴。


「たつ…き…?」

呆然と、うまく状況処理ができない。

ついさっきまで、自分の隣にいたはずの、双子の片割れが消えてしまった。

理解が、現実に追いつかない。

ただ、空を描いた自分の腕が、ひどく冷たくなった気がした。


「嘘…」

そうつぶやいた瞬間…今度は、私の足元に、その黒い穴が現れる。

「は!?」

たった一言、むしろ一音。

それだけ発して、今度は私が、悲鳴を上げる暇もなく、その穴の中に落下していった。

最後に見たのは、落ちる瞬間見上げた、雲一つない、晴れ渡った、夏の青空だった。


そして、二人は消えてしまった

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