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マンモス校

「偶然の産物」と言えばいいのか、ここまでくればもはや「奇跡」と言うべきか。

 栃木県の事をもっと人々に知ってもらうという目的のため、塩原しおばら北斗ほくとが立ち上げた〝栃木県同好会〟のメンバーは速攻で集まった。


 彼女の強引すぎる勧誘により加わったのは次の二人。


 ——宇都宮うつのみや真央まお

 影も幸も薄い男子生徒で、記念すべき第1号のメンバー。ボソッとツッコミを挟み込んでくるので、三人の中でツッコミ役かと思われるが本人にやる気はあまり感じられない。が、勝手な印象として人付き合いは良さそう。


 ——次に足利あしかが美南みなみ

 サラサラの長い黒髪と華奢な身体つきはまさに女の子といった雰囲気。人見知りで内気なのか、まだまだ距離感を感じるが本人から頑張って距離感を縮めようと努力している様子がうかがえる。ハッキリ言って、モジモジしてるところが可愛い。


(悪くないメンバーが揃っちゃったわね、いきなり。私スカウトマンとかそういう職に向いてるのかも……?)


 己の内に秘められたる意外な才能を垣間見て、自分の将来像を想像しつつも、校門前からそれぞれの教室まで一緒に歩く。

 三人の教室はバラバラだが隣同士なので、目的地は一緒と言ってもいいだろう。


 前に女子二人、後ろに男子一人。


 唯一の男である真央は二歩分下がって歩いているが、紳士的精神で後ろを歩いているわけではなく、人目を避けたいがために後ろを歩いて影に入っているだけ。


「美南ちゃんは体験入学ってした?」

「一応は……。家から距離があったので大変でした」

「もしかして電車通学してるの!?」


 今後一緒に活動していくにあたって、メンバーの事情を把握しておくことは大切だ。しかし彼女が電車通学しているとなると、時間が決まっているためあまり余裕がなくなってしまう。


「ああいえ、もう近くに引っ越してきたので歩きですよ。体験入学の時はまだ引っ越してなかっただけで……」

「なぁんだそういうこと! 安心したわ」


 胸を撫でおろす北斗。


 クラスの中には電車通学している人もいて、毎日時間を気にして、追われるように過ごしているのを目撃しているので少し焦ったが、杞憂だったらしい。


「一応聞いておくけど、アンタは?」

「『一応』って……僕も歩きだよ。ギリギリ徒歩圏内でうんざりしてる」

「二人とも歩きなのね。自転車は私だけか。電車通がいないだけでも僥倖ぎょうこうね」


 通学方法まで都合よく事が運ぶとは、つくづく彼女は運がいい。


 時間による制限は思っていたよりも緩くできそうで今後の活動が楽しみだとほくそ笑む北斗だが、そこではたと気付く。


「美南ちゃんは『山岳部』って言ってた?」

「は、はい。そうです……よ?」

(う〜ん……もちろん部活動を優先してもらいたいし、委員会もそうだし、ということは……〝栃木県同好会〟はいつ活動したらいいのかしら?!)


 眉根に皺を寄せて指でグリグリ考え事。


 活動するならばやはり放課後。しかし放課後は部活動の時間帯である。加えて美南は図書委員という事もあり、場合によっては委員会の仕事も入ったりするだろう。


(やっぱり僕には聞いてくれないんだな……何も入ってないから別に問題ないけどさ)


 後ろをひっそりと歩く真央は蚊帳の外に追いやられているように感じつつも、それはそれで構わないという鋼の心を彼は持ち合わせていた。


「ぁ、あの……う、う、うぅう宇都宮……さん? は、その、部活とか委員会とかは……?」


 顔を真っ赤に染め、うつむきながらも決死の覚悟を思わせる真剣さで、振り返らず背中越しに質問する。

 男子とあまり接した事のない美南のしどろもどろな言葉だが、なぜか彼は感動してしまった。


(聞いてくれてありがとう! 思った通り足利さんは優しい人だった!)

「どうせコイツは何も入ってないわよ」

「何で言っちゃうかな……」

「ほらね?」

「ぁ、あはは……」


 代わりに北斗が答えてしまい、乾いた笑みを浮かべる美南。


「それにしてもこの学校、マンモス校なのは知ってたけどここまでとはね……」


 北斗がげんなりとした声を吐き出すが、入学したばかりの生徒は皆同じ事を一度は考えるだろう。


 ——広すぎる、と。


 幼稚園から高校までが同じ敷地内にあるという巨大さだけに留まらず、さらに高校では3つの学部があり、それぞれに別の校舎が用意されている。


 ついでに大学もあるが、こちらはさすがに別の場所になる。


「自分の教室の場所覚えるのも一苦労よね。移動教室とかクラス内に場所わかってる人いないと迷子になる自信があるわ」

「ああわかります〜。わたしなんか下駄箱の位置すらあいまいで……この前、別の人の上履きを履いてました……」

「それはちょっと……大きさで気付かなかったの?」

「これがふしぎとピッタリで」


 楽しそうに会話しながら、教室のある総合進学部本館へ距離を縮めていく。


 最初はあれだけビクビクしていた美南も、フレンドリーな北斗に対してあっという間に心を開いたようだ。


「体育館とかいくつあるのよ? って話よね」

「『体育館』って名前がついてるのは三つ。それっぽいのが他に二つある」

「へぇ……アンタ詳しいわね」

「まぁ、いろいろ調べましたから?」


 後ろから補足の声。


 そう。何を隠そう敷地の広さもさることながら、この学院は施設も多い。

 校庭も敷地内に四つも抱えているし、現在も敷地の隅に仕切りが作られて工事が行われている。何が出来上がるのか入学したての彼らは知らないが、新たなキャンパスが建設中だ。


「そ、その……塩原さんは」

「北斗でいいわよ。私も『美南ちゃん』っていきなり呼んじゃってるし」

「じゃぁ……。北斗、さん……?」

「んー……まだ堅いけど、良しとしましょう。何?」


 下の名前で呼ばれる事を嬉しく感じながら、北斗は隣を歩く小さな肩に目を向ける。気の小ささを体で体現したかのような女の子が隣を歩いていると思うだけで、優越感に浸る思いだ。


「今日って合同体育があるじゃないですか? 良かったらペアを組んでもらえないかな〜……なんて……」

「モ・チ・ロ・ン! むしろこっちからお願いしたいくらいよ! 美南ちゃんみたいな可愛い子とペアになれるなんて、早く体育の時間こーい!」


 天を仰ぐように手を振り上げるが、そんな事で時間が進むわけもなく。


(あんな急にテンション上がったりして、血管切れたりしないのだろうか)


 後ろからそんな様子を眺めている彼は、皮肉交じりに心配の念を送っていると、敏感に感じ取った北斗は後ろを振り返りながら、訝しげな視線を飛ばす。


「いま失礼なこと考えなかった?」

(エスパーかコイツ!?)


 真央が内心で驚いて、しかし続いて出た言葉に顎が外れそうになる。


「別に私は百合とかレズとかそういうんじゃないから……! 可愛いは正義ってだけだから!」

「ああ、さいですか……」


 言い訳がましくまくしたてる北斗に対して、そっちじゃない、と思いつつ訂正する気にもなれなかったので彼は黙っておくことにしたのだった。

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