メンバー第2号
塩原北斗が一人で勝手に立ち上げた〝栃木県同好会〟だが、さっそくメンバーを一人確保する事ができた。
とても幸先がいい。
と、言っていいのか分からないほどの強引さで有無を言わせずまくし立てたわけだが、もっと抵抗されると思っていたら意外と大人しくしている。
(まだ現状を理解し切れてないのかも?)
〝かも〟も何も、全くその通り。
彼女が立ち上げた〝栃木県同好会〟のメンバー第1号の男子生徒、宇都宮真央はすぐ隣で影に同化するようにして、何やら思案している様子。
(まるで栃木県のように影の薄い男子ね……ま、これから私の手によって偉大なる存在へと昇華させるけども!)
たまたま目に付いたまだ部活に所属してなさそうな男子生徒に声をかけてみただけなのだが、名前が宇都宮だとか、真央だとか、色々と奇跡が重なって彼は絶対にメンバーに必要だと思ったのだ。
(はっ……あの子……)
そしてまた一人、彼女のターゲットにされてしまった女子生徒が。
何かシンパシーでも感じるものがあったのか、ビビッときた。
「あの子に決めた! 行くわよ!」
ボーッと思案している真央の手を掴んで強引に引っ張り、お目当ての女子生徒の元へ向かう。
*
大きく深呼吸をしてから、足利美南は緊張の面持ちを隠しきれないままに校門をくぐる。
サラサラと風に流れる長い黒髪。細くて華奢な手足と弱々しい雰囲気は、異性ならば思わず守りたくなってしまうような儚さだ。
恥ずかしがり屋で少々内気な彼女は、田舎暮らしだったがゆえ、都会に憧れていた。しかしいきなり本場の東京の方へ行く勇気は出ず、県内で一番都会と思われる場所へと、進学を機に越してきた。
今まではおばあちゃんの家にお世話になっていたが、幸いな事に美南の母親がこの辺りで暮らしているので、娘の覚悟を受け取って声を掛けてくれたのだった。
(まずは3年使って人に慣れる……それからが本番)
人がいなければ車も通らないようなど田舎暮らしの美南は、結構な人見知りに育った。
まず環境の変化に慣れるために取った手段は、『マンモス校』で有名な学校に通うこと。そうすれば嫌でも多くの人と関わりを持つため、いい特訓になると考えたのだ。
この時のために、訛りが酷かった方言を直すため標準語を必死に勉強して練習もした。思考すら標準語にするためにどれだけの時間と努力をつぎ込んだ事か。
今ではよっぽど慌てたりしない限りは、標準語で喋る事ができる。
(む、ムリぃ……人多すぎ……)
ぞろぞろと川のように流れていく人の群れ。学校とは思えない敷地の広さと人口に、気持ち悪くなってきて立ちくらみすら覚える。
気付けば本当に立ち止まっていて、ドカドカといろんな人から肩をぶつけられる。謝る暇も度胸もなく、人がこれだけいる中で、酷い孤独感に襲われていた。
「あなた、そこに突っ立ったままだと邪魔になるからこっちきて」
そこに、鎖骨あたりで揺れるお下げの女子生徒がやってきて、おもむろに手を掴むとグイグイ脇道へと引っ張っていく。
人の波から脱して、詰まるようだった呼吸がようやく戻ってきた。
「あ、ありがとうございます……」
人混みから救ってくれた救世主に深々と頭を下げる。
「いえいえどういたしまして。お礼は我が〝栃木県同好会〟に加入する事で手を打ってあげてもいいわ」
「僕の時は考える余地すら無かったのに……」
「アンタは余計な口挟まない」
いつの間にいたのか、最初からいたのかも謎な、影も幸も薄い男子生徒が人の波から助けてくれた女子生徒の背後に佇んでいて、言うが早く怒られていた。
どうやら彼も仲間らしい。
「私は総合進学部大学進学コース1年2組の塩原北斗。後ろの男子はその隣のクラスの宇都宮真央。あなたは?」
「わたしは……その……隣のクラスの足利美南、です」
「キ・タ・コ・レ! 字は!? 字はどんな漢字な感じ?!」
まるで爆発するように急にハイテンションになり、微妙なダジャレを吐き出して鼻先が当たりそうなほど近くに寄ってくる。
瞳の内に宿る〝熱意〟による炎の熱気が、メラメラと伝わってくる。
額にじわりと浮かぶ汗は、熱気に当てられたのか、冷や汗なのかも判別できない。あるいはその両方なのかも。
「『足』に利用の『利』で足利。『美』しい『南』で、そのまま美南……です」
あまりこういった質問をされた事は無いのだろう。たどたどしく、あまり要領を得ないながらも何とか答える。
これで伝わったのか不安で、相手の顔色を伺う美南だったが、
「…………。ウッヒョォォォォオ! 私今日はツイてる! 何かもう憑いてるかもしれない!」
謎の沈黙の後、逆バンジーよろしく、胸と一緒に二重の意味で〝ばいーん!〟と垂直に飛び跳ねた。奇声を上げて、あちこち飛び跳ねてしまうくらいには、しっかり伝わったようだ。
「はいもう決定! 同じ女子のよしみとして拒否権の行使を許そうかと思ったけどやっぱやーめた!〝栃木県同好会〟メンバーの第2号に大決定!」
「えっ? えぇっ!?」
突然、何かのメンバーに決められてしまい困惑する。
学校で何かに所属すると言えば「部活」か「委員会」くらいだが、彼女はどちらもすでに先約があり、これ以上所属することはできない。
「美南ちゃんは、何か部活とか委員会とか入ってるの?」
「山岳部に入ってます。委員会は図書委員です」
「なるほど……山岳部に図書委員。すでに入っていたか……私としたことが何たる失態か」
手を顔に当て、愕然とつぶやく北斗。
まるで腹の底から湧き出る怨嗟をそのまま音にしたかのような声に、心優しき少女である美南はとっさにフォローを入れてしまう。
「でも、〝同好会〟ということなら、掛け持ちにはならないと思いますけど……」
「だよねだよね! そうだよね!? ってことは『オッケー』ってことなんだよね!?」
あまりにも落ち込んでいたように見えたのに、あっという間に全力全開のフルスロットルに早変わり。
「ええと、話がよく分からないんですけど……?」
「僕もそうだし今もよく分かってないから安心していいよ」
「だからアンタは余計なこと言うなっての!」
話が上手く飲み込めない美南。
一応助けてくれた訳だし、力になれることなら手を貸してあげたいと思っているのだが、何を求められているのかがいまいち分からない。
後ろでちょくちょく話に入ってくる男子生徒もよく分かっていないらしい。
「旅は道連れってことで、君も来てくれると僕は助かるんだけど。気が楽になるというか。この人がこの調子だから君みたいな落ち着いた子がいないとバランス悪すぎてすぐ崩壊する」
「はあ」
真央の言葉に小首を傾げる。
この二人がどんな関係なのかは分からないが、自分はとにかく求められているようだ。
この学校へわざわざやってきた理由を思い出す。憧れの都会へ行くための練習としてここを選んだのだ。最初は友達ができるか不安でいっぱいだったし、今もそう。
つまりこれは、新たな友達を作るチャンス。
「んと……よく分からないけど分かりました。他の活動と掛け持ちでもいいなら」
「全っ然オッケーよそれぐらい! 私の心は中禅寺湖のように大きくて深いのだから!」
「つまり海よりは狭くて浅いんだね」
「揚げ足とるな! 栃木県には海が無いんだからしょうがないでしょ?!」
余計なことを言ったがために強烈な一撃を頭部に喰らう真央。口から息の漏れる音を残して、それきり余計なことは言うまいと唇を固く結んだ。
(賑やかな人たちだなぁ……)
このやりとりを見ていた美南の素直な感想。
何となく、この二人とは上手くやっていけそうな気がした。
強引な北斗に導かれ、三人は今日初めて顔を合わせた訳だが、今後どうなるのか。どうなっていくのか……神のみぞ知る、というやつだ。
その神が——ここ〝栃木県〟のどこかで彼らをひっそりと待ち構えていることは、他に知る由もなかった。