駅前集合、時間は9時!
駅前に鎮座するとある石像。
うっすらと顔のような彫りが見え、手足もある。しかし人のような輪郭ではなく、それは半月状だった。
不幸な事故により真っ二つになるという悲しい過去を持つそれは、二度とそのような悲劇が起きぬよう修理されたのち明るい場所へ移された。
その石像の前に、一人の少女の姿が。
(ちょ〜っと、早く来すぎちゃったかしらね……)
周囲の目を引寄せる胸囲と、目をそらしたくなる鋭い意思を宿した瞳という、相反する特徴を持つ塩原北斗である。
彼女が待ちに待っていた日が本日、とうとうやってきた。
そう、G Wだ。
ウキウキとした高揚感を抑えきれず、〝栃木県同好会〟のメンバーと事前に交わした約束の待ち合わせ場所には一時間も早くついてしまった。
ちょ〜っと、どころではない。
北斗はジッと大人しくしていることもできないのか、踵を上げては下げてを繰り返している。
(この待ち時間どうしましょ……)
動きに合わせて胸も揺れるが、道行く人は一瞬視線を向けるだけで、すぐにそらす。罪悪感からではなく、もし目が合ってしまったらと考えると、自己の保身が先立ってしまうからだ。
それほどに、彼女の眼力には破壊力が秘められている。
一時間という待つだけにしては長く感じる時間をどうするかぼんやりと考えていると、
「あ……」
「あら?」
そこへ、幸も影も薄い男子生徒、〝栃木県同好会〟メンバー第1号である宇都宮真央がやってきた。
まだ集合時間には一時間も早いはずなのに。
彼が驚いた表情を浮かべたのは一瞬で、いつもの無表情へとすぐに戻ってしまった。それどころか、平然と挨拶をしてくる。
「塩原さん、おはよう」
「……おはよ。随分と早いのね?」
「そっちの方が早く来てたでしょうに……」
呆れたように言う真央であるが、彼もまた相当に早い訳で。
彼の場合は「女性には優しくするように」と父親から耳にタコができるくらいに言われ続けて育ってきたため、待ち合わせにおいて〝女性を待たせてはならない〟という刷り込みから早い時間に来たのだった。
が、まさか先を越されているとは思わなかっただろう。
シメシメと、してやったりと笑う北斗。
彼女は他人から見た自分のイメージを自覚している。待ち合わせを約束しておいて言い出しっぺが遅刻するパターンに当てはめられている、ということを。
それを逆手にとって一番に待っていれば、誰しもが驚くはず。
「ふふふ……驚いたでしょう?」
「まぁ、驚いた……けど、それ以上に呆れた」
「はぁ?!『呆れた』ですって?!」
予想していなかった返答に北斗は声を荒げた。
「僕が言うのもなんだけど、まだ一時間前だよ? 遠足前の子供みたいだよ」
「……うぐっ」
痛いところを突かれてしまった。さすがによく人を見ている。
確かにようやくやってきたGWに心が躍ってしまってまともに寝付けなくて、居ても立ってもいられなくて早く来てしまったことは事実。
驚かそうと思った、という理由も後付けだ。
「そう言うアンタこそ大丈夫なんでしょうね。なんか荷物少なくない?」
「男ですから。女の子よりも荷物が少なくて済むんだよ」
北斗は大きめのトランクケースに目一杯の衣服を詰めてきた。他にも今回の『旅行』を楽しめそうなアイテムを沢山。
それと比べると真央の荷物は比べるまでもなく小さい。恐らく必要最低限のものしか入っていないだろう。
まぁ、必要最低限のものさえ入っていれば問題は無いかと思い直しつつ、北斗は腕を組む。腕に乗っかる胸に視線が吸い寄せられる真央だが、周囲の人間と同じくすぐにそらした。
そのまま、見つかるはずもない姿を探して誤魔化す真央。
「あとは足利さんか」
「美南ちゃんは、ちゃんと集合場所に来られるのか正直ちょっと心配なのよね……」
「同感……」
ど田舎から越してきたという足利美南。まだまだ都会の空気にすら馴染めていない彼女が一人で外を歩いて集合場所にたどり着けるのか、一抹の不安がよぎる。
いちおうGW本番がやってくる前に何度かジャブとして予行演習という名のお出掛けを挟んだ。その際に集合場所であるここへの道順は教えてある。だが自宅からここまで一人で来たことはまだ無いはずだ。
「迎えにでも行った方がいいかしら?」
「その方が確実ではあるだろうけど、集合時間までまだまだあるし、待ってようよ」
「それもそうね」
そもそも一時間も早くきてしまう二人の方が非常識と言える。遅刻しないに越したことは無いが、早すぎるというのも考えものだ。
そのはずなのだが——、北斗の鋭い眼光がある人影を捉えた。
「ねぇ」
「なに?」
「あれ、美南ちゃんじゃない?」
「…………ホントだ」
北斗が指差す先を見てみれば、確かに見覚えのあるシルエットが恐る恐る周囲を探りながら歩いてきている。
守りたくなるような細い四肢に艶やかな黒い髪と白い肌を、北斗が見紛うはずもなかった。
「三人してこんな早く集まっちゃうなんてね。私たちってなんというか……」
「みんな子供ってことかな」
「そんな感じかしらね」
二人して苦笑いを浮かべつつも、大きく手を振ってキョロキョロとしている美南に自らの存在をアピールする。
「おーい! 美南ちゃーん! こっちこっちー!!」
「えっ? ——お、おはようございます……!」
すでに二人とも揃っているとは思っていなかったのか、わかりやすく驚いてから、小走りに駆け寄ってきた美南は深々と頭を下げた。
「もしかしてわたし、集合時間間違えてました?!」
遅れてしまってごめんなさい、と美南は言いたいのかもしれないし、そう思ってしまうのも仕方のないことかもしれないが、決してそんなことはない。
時間と場所は正しく伝わった上で、全員早く集まったのだ。
「いいえ、間違ってはいないわよ——って言えばいいのかしら、これは?」
「んー……そうだね。揃ったんだし、いいんじゃないかな」
誰も遅刻をしなかったわけだし。と、面倒くさそうに呟く真央。この態度が彼のデフォルトなので、悪気はないし、気を悪くする二人でもなかった。
「わたし迷子になると思って早めに出たんですけど……まっすぐ来れてよかったです……」
「あぁん美南ちゃんかあいい〜!!」
安心するように言う美南に心を撃ち抜かれた北斗が万力のごとき力で華奢な体を抱きしめた。
「きゃぁ?! ほ、北斗さん……! 死ぬ——!」
「私と心中してほしい」
「もっとまともな口説き文句考えてきなさい」
落ち着き払った様子で真央が、抱きついて離れない北斗を引き剥がして、美南を救出。割と本気で死にそうだったようで、大きく深呼吸して息を整えている。
「さ、早いけど揃ったんだから、もう行こうか」
「ちょっと! なんでアンタが仕切ってんのよ! ここはリーダーである私が仕切るところでしょうに!」
「お、お二人とも……こんなところでケンカはやめてぇ〜……」
「美南ちゃんに言われちゃあやめるしかないわね!」
「……現金なやつというか、自分に正直というか」
相変わらず100か0かのじゃじゃ馬な北斗に嘆息の声を漏らす真央。GWをまともに過ごせるのか非常に心配になってきたのは、言うまでもない。
「そんじゃ、行っくわよ〜! お〜!!」
「お、お〜」
「…………ぉお」
元気が有り余った北斗。恐々と続く美南。念のため言っておく真央。
三者三様の拳が真っ青な天に突き上げられた。
こうして予定より早い集合を果たし、〝栃木県同好会〟初の、合宿という名の旅行が始まった。