一章
1-0
目が覚めると、首が痛みを訴えていた。何故だろう。まだ覚醒し切らない頭で考えると、頭が重い。そこで思い出す。大きなヘッドホンを耳につけていたのだ。
座っていた安楽椅子から身体を起こす。と、耳にしっかりはめていたはずのヘッドホンが背中を伝って落ちて行った。あんなにしっかりした作りだったのに、寝ている間に外れてしまったのか。
時計を確認すると、寝始めてからまだ60分しか経っていなかった。確か注意書には90分と書いてあったはず。
軋む首を巡らせて机に置いた注意書を手に取る。
そこには商品名やイラストはなく、ただ簡潔に少しの注意が乗っているだけだ。
…やっぱり、詐欺だったんだろうか?
もともとこれを…「記憶が戻る」と謳ったこのヘッドホンを見付けたのは、ネット上だった。付けて90分寝るだけ。それだけで思い出せなかったものが、目を覚ました時には思い出せていると。
でも、頼んだはずの指輪の在り処は思い出せていなかった。
妻に送ろうと思って買ったあの指輪。一体どこに仕舞い込んだのか、すっかり分からなくなってしまったのだ。気になったら夜も眠れなくて、ネットに何か思い出す方法がないかと検索したところ、ヒットしたのがなんとも怪しげなこの会社のHPだった。
「忘れてしまったあなたの記憶、取り戻します」
今時風の、可愛らしいキャラクターが持った看板を、初めは鼻で笑ったのだ。だが悪戯や詐欺にしては手の混んだそのつくりに、気が付けば応募をクリックしていた。表示された対価は決して安いものではなかったが、だがそれで本当に思い出せるのなら払える金額だった。
「…まあ、いいか」
深く考えるのはやめにしよう。お金には困っていないのだし、勉強料だったと思うしかない。指輪も流行から外れてしまったし、買い直せば良い事だ。
そうと決まれば善は急げ。早速買いにいかなくては。
「いってきます」
机の上で微笑む妻に一声かけて、私は贔屓の宝石店へ向かう事にした。