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勝利の報酬

勝利の報酬


「あーら、ショクシュンちゃんも倒されちゃったわねぇ~」

 魔女の声が聞こえる。って、名前をつけていたのか……

 ……っ!?

 な、なんで、魔女の声がオイラたちの背後から聞こえるんだ!?

 慌てて、レオンとフィオーリア、オイラが背後を振り返ると、嫣然とした笑みを浮かべて、いつのまにか魔女が神殿の中庭に降り立っていた。

 オトコなら、思わず、ポッとなってしまいそうな……

 って、そんな場合じゃなくて。

 魔女、手に香水のビンのようなものを持っていて、振り返ったレオンにシュッとひと吹きした。

「な、なんだ、これは……」

「うふ。これはね、ただの香水よ。いい匂いでしょ?」

 すかさず、フィオーリアが介入する。

「レオン、息を止めるの! 吸い込んじゃダメ!」

 その忠告にしたがう前から、レオン、息を止めていた。さすがというべきか。

 でも、

「あーら、そんなことしてもムダよ。だってこれ、肌からも吸収しちゃうタイプだもの!」

 ……!?

「うふふふ、それとね、この香水、面白い副作用があってね」

 魔女の口元は笑ってはいるけど、視線は鋭いまま、決して笑ってなんかいない。

「なんだ? なんの副作用が…… くっ!」

 レオン、突然、胸を押さえた。

「ふふふ、大した事じゃないわ。ただ、ちょっとした仮死性があるだけよ」

 って、おい!

「もしかしたら、懐かしい人がアンタに会いに来るかもしれないけど、ついて行っちゃダメよ。戻って来れなくなるから。うふふふ」

 その言葉が終わる前に、レオンの体がゆっくりと傾きだす。

――バタンッ!

「レオン!」

 レオンが丸太のように倒れたのだった。息もせず、心臓も止まっている横たわった体は、すでに硬直を始めている。

「ちょっと、これ、効果はいつまでつづくのよ! っていうか、本当に戻ってこれるの?」

「ふふふ。さあ、どうかしら?」

「ちょっと、アンタねぇ!」

 フィオーリアが眼を吊り上げて詰め寄るが、魔女は相手にせず、

「さてと、お嬢ちゃん、ここでいい子にしておし。いいわね。さもないと、お姉さんがこいつでお尻ペンペンしちゃうわよ。うふ」

 って、その手に出したトゲだらけの棍棒はなんでしょうか……?

「いいわね。わかった?」

 寒気を感じるような微笑。美女が、眼の奥に残忍な光を宿して微笑む姿。すごく、凄惨な光景だった。

 背筋(柄)が凍る! 震えが全身に走る。

 思わず、オイラの体が硬直して動けなくなってしまった。

 そして、さすがのフィオーリアも青ざめて、眼に恐怖が。って、わけでもないのだろうが、表情を消して、ジッとしている。でも、オイラは気がついていた。オイラを握る手にすごく力がこもっていて、オイラ、とても苦しいのですが……?

 これは、相当、怒っているな。

 怒りに我を忘れて、実力が数段上のこの魔女にバカなことをしでかしたりしないといいのだけど。

 この魔女は本物だ。どこぞの自称魔女がかなう相手なんかじゃない。

 オイラ、すごく心配だった。


 東の空が青紫色に染まり始めている。もうすぐ、夜明けなのだろう。

 フィオーリアが身動きせず、その場にジッと立っていることを確認すると、魔女は笑みを浮かべ、背後を向いた。

「でも、おかしいわねぇ。あのバカが外でこんなに騒いでいるのを聞いて、飛び出してこないはずないのだけど……?」

 首をひねっている。それから、口の中で『まあ、いいわ』とつぶやくと、

「さあ、いい加減、観念してでてらっしゃい! もう、アンタを守る護衛なんていないわよ!」

 オイラたちにもう関心を向けることもなく、神殿の中へと踏み込んでいくのだった。

 一方、魔女が神殿の中へ消えた途端、フィオーリアが顔を上げ、神殿の方にきつい眼を向ける。

 なにか、唇が小さく動いているのが見える。なにかの呪文をとなえているのか?

 でも、聞き取れた限りでは、オイラのまったく知らない呪文。一体、なにを?

「おっかしいわねぇ~ 絶対に、逃げ出したヤツなんていなかったはずなのに……」

 神殿の中をあちこち探し回った挙句、魔女が戸惑った表情を浮かべて、バルコニーに現れた。

 だから、言わんこっちゃない。とは思ったのだけど、今はそれどころじゃ。

 フィオーリアが、すごくバカなことを始めてる。

 止めなくちゃ! 魔女を怒らす前に、フィオーリアを止めなくちゃ!

 ふっと、魔女が、さっきと同じように庭に立っているフィオーリアに眼を留めた。

「ちょっとお嬢ちゃん? ここに住んでいるいけ好かない魔女の婆さんしらないかしら? だましたり、隠したりすると、アンタを世にも醜いヒキガエルに変えちゃうわよ。うふふふ」

 そう口にした瞬間、フィオーリアの呪文の詠唱が終わった。


 フィオーリアがオイラを握っていない方の手をさっと前に突き出す。魔女はその手を見つめた。オイラの体の中から、何かが急激に外へ出て行く!

 ブワッ!!

 フィオーリアの突き出した手の先、まぶしく巨大な光の矢が生まれた。即座に、すぐ眼の前に立っている魔女に向かって飛んで行く。

「なっ!!」

 魔女が驚愕の声を上げた途端、巨大な光の矢が魔女を包み込んだ。

 ボワンッ!

 辺りが一気にホワイトアウトする。光の洪水で、全てが白く。何も見えない。

 至近距離。しかも、魔女の側は完全に油断していた。これは絶対に直撃だ! ってことは、やった! 倒した! あの強力な魔力を持った魔女を始末した!

 オイラ、思わず、歓喜の声を上げてしまった。

「やった、やった! やったー!」

 徐々に、光の洪水がおさまり、しだいに中庭にあるものの輪郭や色が把握できるようになってくる。

 オイラたちの前には、巨大な光の矢の直撃を浴び、無残にひきさかれ、粉々になった魔女の死体が……

 というオイラの期待、見事に裏切られた。

 光の洪水が完全におさまり、眼の機能が全て正常に回復したオイラたちの前には、驚愕で眼を大きく見開き、呆然と立ち尽くしている魔女がいた。しかも、まったくの無傷で……

「な、なんで!? なんで、アンタ…… アンタみたいなガキが、あのバカの光の破城槌なんてつかえるのよ! アイツしか知らないはずなのに……」

 信じられないというようにつぶやいている。

――チッ!

 フィオーリアが大きく舌打ちした。それから、挑戦的な眼をして、その黒く長い髪の毛をバサリとかき上げ、払う。

「久しぶりね、エルザ」

「……」

「あら、あたしのこと、見忘れちゃったの?」

 フンッと鼻を鳴らす。

「……!?」

 魔女は口をポカンと開けて、声もでないようだ。

「もう、あれから、十何年になるのかしら」

「……あ、アンタ……」

「……(フンッ)」「……」

 背丈のまったく違うふたり、見つめあい、にらみ合う。

 と、

「……ぷっ。う、く、クハハハハハ、フハハハハハ!」

 魔女が突然、腹を抱えるようにして笑い出した。それを見て、フィオーリアの顔がますます苦虫を噛み潰したような憮然とした表情になる。

「クハハハハハハハハ!!」

「……(フンッ)」

「フハハハハハハハハ!!!」

「……(フンッ)」

「プハハハハハハハハ!!!!」

「こら、エルザ、笑い過ぎだってーの!」

「グハハハハハハハハ!!!!!」

「……」

 目の前で腹を抱え、うずくまるようにして笑っている魔女の姿に、しだいにフィオーリアの眼の端に光るものが。

「ば、バカーーーー!!!!」


 ようやく魔女が笑いを納めた。でも、まだ、肩がピクピク動いているし。

「なんで、アンタ、そ、ククク、そんな風に、なってるの、ククク、なってるのよ? ククク」

「笑うな!」

「は、はい、はい、ククク」

 涙眼のフィオーリアは腕組みして、そっぽをむく。

「仕方ないだろ! ちょっと魔法の薬を作ろうとして、失敗しただけなんだから!」

「ククククク」

「う、うるさい! いい加減、笑うのやめろ!」

「ククククク」

 ん? なんだ、この二人、以前に面識があるっていうのだろうか? でも、どこで? いつ?

 もう一度断言するが、オイラとフィオーリアが、ご主人の小屋で初めて出合って以来、オイラたち、ほとんどの時間一緒にすごしてきたが、こんな魔女と出合ったことなんて、一度もなかったぞ!

 どういうことだ、一体?

 う~ん……

 わ、分からない……


 上空では星が消え、代わりに空全体が青黒く輝き始めていた。

 小一時間ほど、笑いの衝動と格闘した挙句、魔女は眼の端に涙を溜めたままフィオーリアに向き直る。

 でも、その眼は、注意深くフィオーリアの姿を見ないようにしている。また視界に入ると笑いの衝動に囚われてしまうからだろう。

「で、なんで、アンタ、そんなみっともない惨めな姿になったの? 作ろうとした魔法の薬ってなんだったのよ?」

「フンッ! アンタなんかには教えないわ!」

「はぁ~? なに強がってるのよ? アンタ、今、全然、昔の魔力を持ってないじゃない。あたしを怒らせたら、どうなるかぐらい、わかるでしょうが?」

「フンッ!」

「それに、アンタに貸したアイスクリスタルのグラスもまだ返してもらってないし。あたしのお気に入りだったの、アンタも知ってるでしょ?」

「フンッ!」

 頬を膨らませ、ふてくされたようにそっぽを向く。

「あ、そう。アンタがそういうつもりなら、あたしにも考えがあるわ」

 そういうなり、魔女が自分の箒を持っていない方の手で、フィオーリアの胸倉をつかみ、そのまま高く持ち上げた。

 見た目こそ美しい容貌をした美女だとはいえ、その本性は丸太のように太い腕をした太った魔女。子供でさらに小柄なフィオーリアの体など、片手で軽々と持ち上がる。

 胸元を押さえられ、そこを支点に体を持ち上げられたせいか、息がしづらいのだろう。フィオーリアが、盛んに脚をバタバタさせ、その手から逃れようとしている。でも、まったくびくともしない。

 フィオーリアは、さっきから手に握っていたオイラを手放し、魔女の腕にしがみつく。

 不意に、神殿の屋根が赤く輝き始めた。東の山々の間から太陽が顔を出したのだろう。

 東の空が赤く輝き、神殿にふりそそいでいた赤い光がしだいに下へと降りてくる。そう、中庭の中へ。

 そして、神殿の中庭の中で、一番最初に光を浴びたのが……

「さ、アンタ、朝の最初の光の浄化の効果で、アンタにかかった魔法を解かせ、アンタの本当の姿を現しなさい! アンタの醜く老いさばらえた姿をまわりにさらしなさい!」

 ついに、フィオーリアの顔に朝日がふりそそいだ。

 まぶしいのかギュッと眼を閉じる。一方、魔女は何かを期待するかのように、そのフィオーリアの顔を舌なめずりしながらジッと見つめていた。

「ちょ、ちょっと、まぶしいわよ。いい加減、下ろしてよ! 日焼けしたら、どうしてくれるのよ!」

「……っ!?」

 魔女が、なぜか驚愕の表情を浮かべている。

「なによ? なんか文句でもあるの?」

「なっ、そんなバカな! なんで、アンタの魔法、朝の光を浴びて、解けない?」

 呆然とつぶやいているその美しい顔が、今度は朝の光が当たる番だった。

 次の瞬間、魔女の顔が、顔が…… 崩れた!

 朝の光が当たった瞬間、魔女の顔が一気に百年分以上老け込み、昨日の夕方、オイラが見かけた魔女のしわくちゃ老婆の顔に変化した。その体も、メリハリのついたグラマラスなものから、でっぷりと脂肪のついたものへ。

 なっ……!?

「ふふふ、相変わらず、アンタの本性って醜いわね。同情しちゃうわ」

 フィオーリアが嘲笑する。

「お、おのれっ!」

 眼を怒らせ、魔女がフィオーリアの体を投げ捨てた。フィオーリアの軽い体は、地面に叩きつけられる。

 と、魔女がハッとした顔をした。そして、真剣な表情をして、ひじで上半身を支え、起き上がろうとしているフィオーリアを観察する。

「ま、まさか……!?」

 魔女は、フィオーリアの近くに寄っていった。脚を挙げ、起き上がろうとしている背中を力いっぱい踏みつける。

 フィオーリアは泥だらけになった。

「アンタ、まさか、前に言ってた例の薬を?」

「フンッ!」

 フィオーリアは歯を食いしばり、背中の重みを耐える。

「どうなの? 完成させたの? 完成させたから、そんな風になったのよね? どうなの?」

「……」

 フィオーリアは答えない。

「……ま、いいわ。アンタの姿を見れば、一目瞭然ね」

 魔女の眼が輝いている。

 フィオーリアの背中から押さえつけていた脚をどけ、ついでのように一発脇腹を蹴ってから、その場でウロウロとクマのように左右に歩き始めた。

――ウッ!

 フィオーリアは蹴られた衝撃で、庭に泥まみれで転がる。

 と、魔女、

「まあ、いいわ。アンタが持って行って、まだ返さないアイスクリスタルのグラスのことは、忘れてあげてもいいわ」

 フィオーリアが泥まみれの顔を上げた。

「ああ、そうしてくれ」

 まったくの平板な抑揚のない返事。その顔には、次に魔女の言うセリフが不吉なものだと分かってでもいるかのように、憂鬱そうに曇っている。

「その代わり、あたしにその薬のレシピを渡しなさい! いいわね。それで全部チャラにしてあげるわ!」

「……」


 フィオーリアは魔女を睨んでいる。

 老婆の姿に戻った魔女は、朝の光を全身に浴びながら、余裕の表情を浮かべて、フィオーリアを見下ろしている。

 フィオーリアが口を開いた。

「断るといったら」

「ふふふ。もちろん、アンタの大切な仲間が命を落とすことになるわ」

「……」

 って、それって!

 オイラ、死にたくない! 折角、授かった命なのに、こんなところで失うなんて!

 フィオーリア、お願いだから、その魔女に例の薬とやらのレシピを渡してやってくれ!

 オイラの必死の思いがこもった願い、もちろんフィオーリアの耳に届くことはない。

「そうね、まずは、あっちの隅で膝抱えている坊ちゃんから、あの世へ行ってもらいましょうか」

 フィオーリアが眼を大きく見開いて、庭の隅のジョゼフィーヌを見た。膝を抱え丸くなっている。

 って、まだ、ジョゼフィーヌ、立ち直れていなかったのか。

 と、さっきまで憂鬱そうだった表情が、しだいに青ざめていく。忙しく、ジョゼフィーヌの姿と魔女の間で視線が動く。

 不意に、フィオーリアが力なくうなだれた。

「……わかったわ。アンタにレシピ渡すわ」

「あら、いい心掛けね」

「その代わり、分かっているな。もう、誰にも手出しするな!」

「ふふふ、いいわ。約束してあげる。これ以上、なにもしないわ」

 魔女のしわくちゃの顔にどす黒い勝利の笑顔が広がった。それはそれは醜い笑顔だった。

「ふふふ、アンタの言うとおりにね」


 フィオーリアは立ち上がり、一旦、神殿の自分の部屋の中に引きかえした。すぐに、何かの紙切れを持って引きかえしてくる。

 魔女はひったくるようにして、その紙切れを奪った。それから、さっそく血走った眼をして、その紙切れをむさぼり読む。

「えっと、冬朝顔の花粉、トカゲの尻尾だけを食べて育った蛇の脱皮した抜け殻、巨大イナゴの糞、赤子芋の地下茎から採取した赤い汁、グリフィンだけの笠ね。うん、これなら、全部、あたしのところにあるわね」

 満足そうにうなずいた。それから、

「アイスクリスタルのグラスと。……っ!? アンタ、このためにあたしのグラスを持って行ったの!?」

 唇をかみしめ、別の方角を見ているフィオーリアはそっとうなずいた。

「そう。そうだったの。ふふふ。ま、いいわ。グラスなら予備のがあるし」

 って、予備があるんかい!

 じゃ、今までの騒動は一体なんだったのか……

 ふっと、魔女が紙切れから視線を上げた。

「そういえば、アンタのとこ、龍涎草は栽培しているの?」

 フィオーリアがようやく魔女を見る。

「ああ」

「あたしのとこは海の中じゃない。潮風のせいか、全然育たないのよね。アンタのところの分けてもらえる」

「ち、調子に乗る……」

 魔女が、さっとジョゼフィーヌの方に体の向きを変え、ファイアーボールの呪文を聞こえよがしに唱え始める。

「クッ…… 分かった。もっていけ!」

「まあ、いいの。悪いわね」

「ああ、好きにしろ!」

「ふふふ、じゃ、アンタのその箒借りていくわよ。その箒ならアンタのとこの結界を通りぬけられるみたいだしね」

「フンッ!」

 そうして、魔女は地面に横たわったままのオイラを掴みあげた。

「じゃ、これでしばしのお別れね」

 勝利者の余裕を込めて、ゆったりと微笑む。魔女は自分の箒にまたがった。

「次に会うときは、貧乳幼児体型のアンタと違って、さっきみたいな、ナイスバディなあたしの姿を拝ませてあげるわ。楽しみにして待っていなさい! オーホッホッホ」

「チッ!」

 その後、魔女は飛翔の呪文を唱えて中庭から飛び上がるのだった。フィオーリアの盛大な舌打ちの音を背中に聞きながら。


 辺りは光がふりそそぎ、空の上からなら遠くまで見渡せる。

 な、なんだ、あれは!?

 町外れの方角、ガシュー商会の高い建物の向こうに広がっているはずの畑が、一面茶色のもので埋め尽くされている。

 しかも、その茶色のもの、町中のかなり深くまで浸透してきており、その先端は、すでにフィオーレ神殿の塀の向こうまで……

 って、そういえば、怪物花と戦ったとき、塀の一部が壊れたんじゃ……

 慌てて、真下の塀の壊れた場所を見下ろすと、次から次へと茶色いものが塀を乗り越えて。

「こらー! 腐れ魔女! こいつらの始末、どうするつもりだぁーー!」

 下で黒髪の少女が叫んでいた。

「あら、そんなのアンタが考えなさいよ。あたしは、アンタの言ったとおり、これ以上、ここでは何もしないのだからさ。うふふふ」

 そして、魔女は東の空を目指して飛び始めた。あのご主人の小屋を目指して。

 その背を神の娘の名を持つ少女の呪詛の叫びが追ってきた。

「死ね! 地獄に落ちろ!」


 オイラたちは、ご主人の小屋に着いた。

 小屋の外に着いた途端、魔女はどこからか光るリングを取り出し、オイラの柄にかぶせた。

 うっ……

「ほら、箒、アンタ、いって、畑から龍涎草の房を5つほど、収穫して、ここへ持っておいで」

 はい、マスター。

 オイラは魔女の命令に従って、結界を越え、小屋の敷地の中へ入っていく。

 裏手の畑にまわり、ジメジメとしたしけった土地にある龍涎草の房を5つもぎ取って、今来た道を戻っていく。

 長い柄がバランスをとりにくくしているが、慎重に、丁寧に……

 やがて、オイラは結界を出て、魔女の元へ戻った。

「うむ。お前はもうお役ご免よ、小屋に戻ってもいいわ」

 はい、マスター

 オイラは軽く一礼して、小屋への道を辿り始めた。

 その背後で、魔女が再び飛翔の呪文を唱える。

「ふふふ、これであたしは生まれ変わるのよ! いままでのような、朝になったら解けちゃう一時しのぎの魔法じゃなくて、もう、一生、若く美しいあたしでいられるのよ!」


「箒? 箒? しっかりして!」

 だれかが、オイラを呼んでいる。まわりを見回すが、だれもいない。

「箒? 箒? 私よ、分かる?」

 この声は…… シルフさん?

「そう、私。神殿にもどったら、アンタがいないから、驚いたわよ。ずい分あちこちさがしたわ。なんで、この小屋の中にいるの?」

 え? なぜって、マスターに連れてこられて……

「マスター?」

 オイラは、マスターの姿を思い浮かべ、シルフさんに説明する。

「って、それって、昨日の魔女じゃないの?」

 え? そうだよ。あれがオイラのマスター。

「……」

 なんで、そんな分かりきったことをシルフさんは訊くのだろう? マスターといえば、あの掃除道具入れを荒らしていた魔女のことじゃないか。

「アンタ、操られているのね」

 ……?

「はぁ~ きっと、柄にかぶさってるリングのせいね」

 結局、シルフさんや納屋にいるゴーレムたちの力を借りて、オイラの柄からリングを取り外したのは、その日の夕方だった。

 クッ!

 オイラ、なんてことをしてしまったのだろう。あんなリングに操られていたとはいえ、ご主人の許可を取らずに、畑の作物を勝手に収穫して、他の魔女に渡すなんて……

 もし、こんなことが、ご主人に知られたりしたら。

 ブルブルブルブル――

 考えただけで、心配になって、夜も眠れないや!

 って、もともと、オイラは眠るなんてしないのだけど……


 オイラがリングの影響を逃れ、フィオーレ神殿にもどったとき、すでに、町は平穏を取り戻していた。

 なにがあったのか正確には分からない。

 ただ、いつまで待っても待ち合わせの場所まで来ないレオンたちを心配して、エリオットやガシューたちが魔法生物たちを撃退しながら神殿まで引きかえし、フィオーリアや戦闘不能状態のジョゼフィーヌ、仮死状態のレオンを助け出したようだ。

 で、オイラたちが戻ってきたときには、レオンは、スプラッシュ・ソード*+2を帯び、懐にペーパーナイフ1号と2号を忍ばせていた。

 ってことは、レオン、きっと、生き返ったあと、よほどの大活躍をしたのだろう。

 一方、礼拝所の中では、神の娘の名を持つ長い黒髪の美少女と豪華な金髪を肩から背中に流し下ろす美少女コンビが、長ベンチのひとつでお互いに背中を預けあって眠り込んでいた。

 今回の災難の中でも、ほとんどの町の人は無事に逃げることができていた。そのことを神に感謝するため、礼拝所には多くの人々がひっきりなしに訪れていた。彼らは、二人の美少女が織り成すその光景をまぶしいものでも見るように目を細めて眺めやった。そして、平和そうに眠っている二人を起こさないように、足音をひそめて、そっと通りすぎるのだった。

「ムニャムニャ……クソ魔女! いつか絶対、お前をぶった斬ってやる! ムニャムニャ……」

「むにゃむにゃ……フンだ。オカマ野郎! 気持ち悪い! 死ね! むにゃむにゃ……」



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