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魔物襲来

魔物襲来


 オイラたちは、その夜遅くにフィオーレ神殿にもどった。

 しばらく真っ暗な森の中で待機して、あたりを探り、魔女たちが本当にいないことを確認した上で、昇り始めた半月の明かりを頼りに戻ってきたのだ。

 何しろ、相手は魔女。しかも自分の姿を隠すマントまで持っている。

 慎重に慎重を重ねた対応が求められる。

 おかげで、オイラもシルフさんも精神的にも肉体的にもクタクタ。

 なにしろ、森の中でも、神殿までの道のりでも、極度の緊張を強いられ続けたのだから……

「やっと帰ってこられたわね」

「ああ、なんとかな」

 二人とも、声に疲労が滲む。

 つ、疲れた~

 ともあれ、オイラたちの用心が効を奏したかして、あれ以上の危険な目に会うことはなかった。


 オイラたちが神殿にもどったころには、すでに夕食も済み、人間たちは自室に引きこもっていた。

 おそらく、エリオットもトマスもベッドの中にもぐりこんで、グースカ眠っている頃だろう。もっとも、フィオーリアだけは起きていて、部屋の隅か礼拝所でいつもの瞑想をおこなっているのだろうな。

 オイラは、疲れきった体を引きずるようにして、神殿の廊下を進む。

 途中、ペーターがオイラを発見して、ウーウーうなっていたが、相手している気力なし。

 オイラはその横を素通りしていった。

 ペーターの横を通り過ぎて、フィオーリアの部屋の前。部屋の中は真っ暗だった。

 ま、瞑想しているときには明かりなんて必要ないから、いつも真っ暗なので、別に問題でもなんでもない。

 オイラは、なるべく音を立てないようにして、部屋の中へ移動し、入り口の脇の壁にもたれかかる。そこが夜間のオイラの指定席。

 ここなら、いつでもフィオーリアのことを見守っていられるし、なにか起きれば、一番に気が付くことができるはず。

「ふぅ~」

 オイラはいつもの場所に戻って、大きく安堵の声を漏らす。

 でも、

「ねぇ~? ちょっと、あの子、部屋の中にいないわよ」

 オイラの頭の中にシルフさんの声が聞こえてきた。

「えっ?」

 あの子? あの子って、だれ?

 一瞬、オイラの頭が混乱する。でも、すぐに気がついて、

「部屋にいないの?」

 あわてて、オイラは暗い月明かりにぼんやりと照らされている室内を見回す。

 確かに、フィオーリアの、足を組み、印を結んで瞑想している姿がない。もちろん、隅のベッドも人間の形にシーツが盛り上がってもいない。

「また、今晩もかな?」

「たぶん……」

「はぁ~ 今日ぐらい、ここでのんびりすごしていたいのに……」

 オイラは嘆声をもらす。

「そうね。残念だったわね」

「はぁ~」

 オイラは、廊下にもう一度出て、奥の扉の方へ歩いていった。

 すでに、ペーターはどこかへ消えていて、姿は見えない。

 奥の扉を開けると、月の光すら入り込まない真っ暗な礼拝所。

 いたっ!

 フィオーリアはいつものように祈祷台の陰に隠れるようにして、瞑想姿勢をとっていた。

「やっぱりここだったわね」

「ああ……」

 オイラは、入り口の脇の壁にもたれて、見ていることにした。

 ここにいると、たまにトイレかなにかで起きだしてきたトマスがのぞきにきて、オイラを見つけ、ついでに掃除道具入れの中に放り込んでいったりする。

 なんたる侮辱! このご主人の魔法の箒たるオイラをあんなホコリっぽい惨めな場所へ押し込めるなんて!

 屈辱だ!

 許すまじトマス!

 いつか、トマスにオイラ以上の屈辱を与えてやるぅ~~!!

 ここに来るたびにオイラはそう心に誓っていた。

 もちろん、今回も。

 今日も、オイラの頭の中で、乾いた低い笑い声が聞こえた気がした。


 オイラは礼拝所の壁にもたれかかって、フィオーリアの瞑想を見物している。

 いつもの通り、まったく動きはない。

 フィオーリアは瞑想姿勢のまま、ピクリとも動かず、まるで人形かなにかようだ。半眼を開け、印を結んで、一点をじっと見ている。

 いや、もしかすると、なにも見ていないのかも。ただ、しずかにその眼に像を映しとっているだけか。フィオーリアにとって、何の意味も価値も持たない映像を。

 一体、なにが楽しくて、毎日、毎晩、こんなことをしているのか?

 オイラには、分からない……


――ギィィィイイイイ~~~~

 不意に、礼拝所の扉の向こう。中庭の方から、何かがこすれるような音が立った。

 すぐ気が付いた。

 裏木戸を開ける音だ!

 だれかが裏木戸を開けて、忍び込んできたのだ。

 こんな時間に。みんな寝静まって休んでいる時間だというのに……

 ったく! だれだよ!

 例の黒マントの男か? いや、今日は半月、新月はまだ先だ。

 じゃ、だれだ? だれが来た?

 オイラはフィオーリアの邪魔にならないように細く礼拝所の扉を開いて、廊下越しに中庭の方をみた。

 裏木戸の辺りに背の高い男が立っている。

 ぼんやりとした月明かりに照らされたシルエットからは、特に殺気のようなものは感じられない。その代わり、

「ハァ、ハァ、ハァ……」

 盛んに息を切らしている。

 それでも、油断なく中庭の中を見回すようなそぶりを見せ、振り返った。

「大丈夫。まだ、こっちの方は安全みたいだ」

 この声はッ!

 思わず、身構えてしまう。

 何度もフィオーリアの命を狙って、闇討ちを繰り返し続けていた声。

 そう、レオンの声だった!

 ま、まさか、またフィオーリアの命を!?

 油断なくレオンの様子を窺っていると、その背後から、

「母上は? 母上はご無事か?」

 ん? この声は…… ジョゼフィーヌ!?

 なんだって、こんな真夜中にレオンだけでなくジョゼフィーヌまで?

 それに、なんだか、二人ともすごく慌てている様子。

 レオンとジョゼフィーヌは、町外れ近くのガシュー商会に住まいしている。前の建物は、前回の戦いに巻き込まれて倒壊し、今は再建がなり、前よりも大きな建物になっている。

 ジョゼフィーヌが『母上は?』と訊いたところを見ると、エリオットに会いに来たのか?

 でも、なぜ、こんな時間に?

 身内とはいえ、よその家を訪ねるには、あまりに適さない時間帯のはずなんだが?

 それに、ふたりとも息せき切らしている様子。

 一体、なにがあったというのだろうか?


 レオンはジョゼフィーヌが背後に立っていることを確認すると、息を整える間も惜しむかのように、早口で指示を出した。

「早速、案内を請うてみます。その間に水を汲んでおいてもらえますか?」

「うん」

 レオンはエリオットの部屋の窓の方へ、ジョゼフィーヌは井戸の側へ移動していった。そして、

「もし、エリオット。エリオット、起きてくれ!」

 レオンは窓の前に立ち、閉まった窓の桟をどんどんと叩きながら、大声で呼びかけ始めた。その背後で、ジョゼフィーヌは、チャボンとロープのついた桶を井戸に投げ入れて、水を汲み始める。

「エリオット、エリオット。エリオット、すまぬ、起きてくれ!」

 不意に、エリオットの部屋の中に明かりが点る。そして、窓のカーテンが開かれた。

 窓の向こうに、寝癖でボサボサになった髪のエリオットが立っている。

「エリオット、寝ていたところすまぬ」

 あからさまにホッとした様子で、レオンの声が弾んだ。

 エリオットは窓を開いた。

「なによ、レオン。今、何時だと思ってるの?」

「悪い。でも、それどころじゃないんだ」

「なによ、まったく!」

 トロンとした眼をして、右手でボリボリと頭を掻いている。そんなエリオットに構わず。

「今、町が大変なんだ。エリオットたちは逃げてくれ!」

「えぇ~ それで、なに、一体」

「町が魔物たちに襲われている! もうすぐ、ここにも来るかもしれないから、逃げてくれ!」

 エリオットは一つ大きくうなずいた。

「うん、わかったわ。そうする」

 それから、緊張感の欠片もなく、ほわわとあくびをした後、

「じゃ、そういうことで、おやすみなさい」

 って、そのまま部屋の中へ引き返そうとする。

 完全に寝ぼけてるし!

「はぁ~ だろうと思った……」

 レオンは大きくため息をついた。そして、背後の井戸の脇にいるジョゼフィーヌを振りかえり、『水桶!』と腕を差し伸ばしながら、叫んだ。

 すかさず、ジョゼフィーヌから水がたっぷり入った水桶を受け取ると、

「エリオット、恨むなよ!」

 そう言いつつ、エリオットめがけて……


「ビェ~クシュン! ちょ、ちょっと、なにするのよ! もう!」

「悪いな。緊急だったんでな!」

「なによ、もう! 風邪引いたら、どうしてくれるのよ!」

 早速、鼻をグズグズ言わせているし。

「そんなことより、眼が覚めたか?」

「あったりまえじゃない! あんな眼にあったら、だれだって眼が覚めるわよ!」

「なら、OKだ。じゃ、さっきも言ったように、いそいで南の森の方へ逃げてくれ!」

「え? 何でよ?」

「だから、今、町が襲われてるから、こっちにまで被害が来ないうちに早く!」

「え? 襲われてる?」

 驚きに眼を見開いて、レオンの顔を見つめている。

「そうだ。今、町外れに魔物たちが大挙してやってきてやがる。なんとか、ガシューたち、町の人たちも戦っているのだが、相手の数が多すぎる。ここらあたりまで来るのも時間の問題だろう」

 そういえば、中庭の向こう、町外れの方からざわざわとした雰囲気が伝わってくるような。まだ、ずい分、遠そうではあるけど……

 オイラのすぐ隣から、シルフさんの声が聞こえてきた。

「私、ちょっと行って見て来る」

「ああ、たのむよ」

「はーい」

 風がオイラののぞいている礼拝所の開いた隙間から外へ出て行った。

 一方、エリオットの部屋の庭側の窓のところでは、

「なんで、魔物なんて」

「わからん! でも、とにかく、急いで逃げろ! ガシューたちも危なくなったら逃げると言っていたから、たぶん途中で落ち会えるはずだ」

「う、うん……」

 一旦はうなずいたのだが、すぐにハッと顔を上げる。

「このこと、ご近所さんたちにも知らせなきゃ!」

「えっ?」

「日ごろからお世話になっているご近所さんたちにも知らせて、逃げてもらわなくちゃ!」

 エリオットとレオンの視線が合った。眼の中を探り合うようにして、しばらく見詰め合う。

 先に折れたのはレオンだった。

 やれやれというようにクビを振る。

「あまり時間がないぞ! いそげ!」

「うん! すぐに支度するわ。トマス! トマス!」

 そのまま、トマスを呼びながら、エリオットは部屋を出て行くのだった。

 それを窓越しに見送り、レオンは、そっと息を吐き出す。

「変わらないな……」

 そう聞こえた気がした。


 よく見ると、中庭にいるレオンとジョゼフィーヌ、泥まみれ。

 エリオットがトマスを起こし、逃げる支度をしている間に、井戸から汲んだ水で、手足の泥や刀にこびりついた泥を洗い落としている。

 なんだろうか? 襲ってきたという魔物は、泥でも吹き付けてくるとでもいうのだろうか?

 ともあれ、すぐにエリオットは支度を整えて、奥にまだいるトマスに向かって叫びながら、バルコニーから中庭へ出てきた。

「トマス、フィオーリアを起こしてきて」

「はい。お師匠様」

「フィオーリアを起こしたら、中庭にいるレオンに預けて、あんたも東の方のご近所さんたちを起こして回って。いい?」

「はい、分かりました」

 レオンたちの方をチラリと見やる。一瞬、レオンの背後で恥ずかしそうに立っているジョゼフィーヌの姿に眼を留めて、ニコリと微笑む。

 それから、レオンに向き直り、

「じゃ、フィオーリアのことお願いね。ここで待ってなくてもいいわよ。私たちはここへ戻ってこずに、直接、森の方へ行くから、先に逃げておいて」

「ああ、分かった。そうする」

「じゃ、また後で」

 軽く手を振って、裏木戸から出て行った。


 その直後、今度は奥からトマスが姿を現す。

 なにやら、大きなズタ袋を担いでいる。

 キョロキョロと中庭を見回し、誰かを探している様子。やがて、レオンに眼を留めた。

「お、お師匠様は?」

「あ、今、出て行ったぞ!」

「え? そんな。もうですか?」

「ああ」

 そのまま中庭へ飛び出そうとしたのだけど、

「おい! フィオーリアを起こさなくていいのか?」

 ピタッと足が止まる。

――チッ! 忘れてた。

 って、おい! 忘れてたってなんだ!

 すぐに廊下へ引きかえしてきて、フィオーリアの部屋をのぞく。

「フィオーリア? フィオーリア?」

 もちろん、返事はない。

「いないのか。また、礼拝所か……」

 そうつぶやいてから、オイラの方へ近づいてくる。

 ヤバッ! また、こいつに見つかったら、掃除道具入れの中!

 慌てて礼拝所の奥へ逃げようとしたのだけど……

 扉が大きく開かれた。思わず毛がもつれて、バランスを崩す。オイラの体が倒れこむ。

――パタンッ!

 みっともない音を立てて、オイラはトマスの足元に倒れていたのだった。


 ちらりとトマスはオイラを見た。

 当然、トマスはオイラがそこにいることに気がついたはずだ!

 でも、オイラのことを特に気にも留めもせず、オイラをまたいで、トマスは礼拝所の中へズカズカと入っていく。

 た、たすかったぁ~!

「フィオーリア? フィオーリア?」

 礼拝所の暗がりに眼を細めて、声をかける。

 もちろん反応ナシ。

 それはトマス自身わかっていたことなようで、返事がないのにも関わらず、どんどん中へ入っていく。祈祷台の脇に立った。

 そして、

「フィオーリア、返事ぐらいしろよ。まったく!」

 そう言いながら、祈祷台の陰で瞑想していたフィオーリアの腕を乱暴にとった。

「ほら、立てよ。急いで逃げるぞ。準備しろ!」

「ちょ、ちょっとなによ! なんなのよ! もう!」

 立ち上がったフィオーリアは、怒りの眼でトマスを見つめる。暗いせいか、その眼に気づかないトマス、なおも腕をつよく引っ張る。

「ほら、いくぞ! いつまでも、こんなところでグズグズしてられないぞ」

 トマスがさらにドンドン引っ張ろうと力を込めた途端、条件反射のように、フィオーリアの脚が動いていた。

 ピンポイントに全体重をかけたかかとでトマスの脚の甲を踏みつける。

「イテテッ! なにすんだ!」

「『なにすんだ!』はこっちのセリフよ! なによ、いきなり人の腕を引っ張って!」

 フィオーリアが吠える。

「だから、逃げるんだよ!」

 フィオーリアに負けない声を張り上げて、頭ごなしにトマスも叫んでいた。

「はぁ? なんで、あたしが逃げなきゃいけないのよ? しかもアンタなんかと?」

「言い争ってる場合じゃねぇんだよ! 今、町はずれに魔物が襲撃してきている。で、レオンさんが言うには、そいつら強いみたいで、ここまで来るのも時間の問題だろうって話らしい」

「はぁ? なにそれ?」

「だから、逃げるぞ。準備しろ!」

 トマスはフィオーリアの腕を掴んでいた手を放した。

 ブルッと大きく腕をふるってから、フィオーリアはその腕を軽くさする。相当つよくトマスが掴んでいたのだろう。

「分かったわよ」

 しぶしぶという感じで同意の返事をした。

 それから、すぐにオイラをまたいで礼拝所を出て行った。たぶん、自室へ引きかえして、逃げる準備をするのだろう。

 トマスは、その背をやれやれという感じで見送りながら、扉のところまで戻ってきた。

 と急に立ち止まった。その場でしゃがんだ。そして……

 く、屈辱だぁ~!!

 トマスのバカ、オイラを掴んで、廊下の掃除道具入れに放り込んでいきやがった!

 の、呪ってやるぅ~~~~!!!!


 トマスは慌てていたのか、掃除道具入れの扉を乱暴に閉めたので、ちゃんと閉まらず、細く開いてしまっている。

 オイラは、そっとその隙間から外に出た。

 中庭には、レオンとジョゼフィーヌが並んで立ちながら、あたりを油断なく警戒している。すでにトマスは中庭にはいない。神殿の東の家々を回って、避難を呼びかけにいったのだろう。

 遠くの異質な物音はさっきより幾分大きくなり、近づいた気がする。

 レオンたちもそれが気になるようで、そっちの方角をより気にしているようだ。

 とはいえ、しょっちゅう振り返り、フィオーリアの部屋の入り口に視線をやるので、レオンたちの眼を盗んで、フィオーリアの元へ行くのは至難の技だろう。

 人間に見つからないように細心の注意を払って行動する。それがオイラのポリシー。いついかなるときであっても。

 ヘタに人間の眼にオイラが立って動いていることが映ったら、どんな目にあうことか。ちょっと考えたくはない可能性だ。

 なるべく、そんな目に遭わないように、最悪の可能性が実現することがないように、常にリスク管理を怠ってはならない。

 人の眼に触れるかもしれない機会は避けて通らねば!

 って、でも、そういえば、こないだの戦いのとき、このふたりにはオイラが立って歩く姿を見られたことがあるのだっけ。

 ……はぁ~

 この二人には、オイラがひとりでに動けるってバレているのだった。参ったな。

 オイラはため息をつく。

 今さら、オイラが一人で動いているのを目撃されたところでなんの違いもないわけか……

 オイラは、物陰からゆっくりと歩みだした。

 すぐにジョゼフィーヌが、オイラの姿を認め、ギョッとした顔をするが、すぐに隣のレオンの袖を引く。

「ん? どうしました?」

 ジョゼフィーヌは眼だけで、オイラのことをレオンに知らせた。

「……」

 レオンは何も言わずに、また町の方の気配を探りにかかる。

 オイラを見ないフリすることに決めたのだろう。でも、ジョゼフィーヌの方は、オイラのことが気になるようで、オイラの姿をガン視している。

 って、そんなに熱心に見つめられると、照れちゃうぜ!

 オイラの毛がムズムズする。普段感じなれない人間の視線。驚嘆と恐怖が入り混じった熱視線。

 う~ん……

 意外といい感じかも。

――快感♪


 オイラはジョゼフィーヌにじっと見つめられながら、廊下を進んでいった。

 オイラが一歩踏み出すたびに、ジョゼフィーヌが電気でも走ったかのようにビクッと体を震わす。

 なんか、面白いかも♪

 もし、ここでオイラが全速力で走ったりしたらどうなるんだろう?

 ジョゼフィーヌ、感電死してしまうんじゃ?

 み、見てみたいかも……

 ともあれ、短い廊下、すぐにフィオーリアの部屋の入り口にたどり着く。

 フィオーリアは、中でなにやらごそごそしているようだ。

 子供だとはいえ、フィオーリアは一応、女。女の身支度というのは常に時間のかかるもの。

 オイラは、しばらく戸口近くに立っていたが、なかなかフィオーリアが出てこないので、あきらめて、先に中庭に出ていることにした。

 相変わらず、ジョゼフィーヌが見つめる中をゆっくりとバルコニー部分から外へ出て行く。一歩一歩、しっかりとした足取りで。

 オイラが一歩踏み出すたびに、ジョゼフィーヌが思わず一歩下がる。

 でも、隣のレオンが、じっとその場に踏みとどまっているのに気がついて、苦悶の表情を浮かべながら、その一歩を戻る。

 また、オイラが一歩。ジョゼフィーヌが一歩下がって、また戻る。

 その繰り返し……

 ふふふ、怖がってる。怖がってる。ぐふふ、結構、楽し♪


「大丈夫ですか? なんなら、私があの箒を抑えていましょうか?」

 一瞬、そのレオンの言葉にすがりつくような眼をしてうなづきかけたジョゼフィーヌだが、

「い、いいえ、大丈夫です。このままで、結構です」

 気丈にそう言う。でも、その脚、さっきからガクガク震えているのが、オイラのいる位置からも分かる。

 それを見ていて、ついついオイラのいたずら心が刺激されたりして……

 オイラは、ためしに2,3歩ダッシュしてみた。

「ひっ!」

 消え入るような悲鳴を上げて、とうとう裏木戸へ一目散に逃げていく金髪少女。

 ぐふふふ。あはははは……

 オイラの笑い声だけが中庭に響いていた。

 もっとも、オイラ以外、だれも、ここにいる人間たちの耳には、オイラの笑い声なんて聞こえないのだけど。


――グハハハハハ……

 笑い声が庭中に響き渡っている。

 神殿の壁に反射して、何重にも笑い声が聞こえる。

「あはははは……」

 勝利者の笑い声。愉快でたまらない。お腹の中からの衝動に突き動かされ、もう止めることができそうもない。

 その場でゴロゴロ転がって、腹をねじれさせながら、息も絶え絶えに『アハハハ』『ウフフフ』としていたい。いつまでもいつまでも……

――グハハハハハ……

 そうこんな風に!

 ……!?

 ど、どういうことだ!?

 オイラ、とっくに笑うのを止めているというのに、中庭に響く笑い声、いつまでも続いている!?

 ふと見ると、レオンが顔を振り仰むけて、鋭い視線を頭上に向けている。

 ジョゼフィーヌも裏木戸の陰から、呆然と上空の何かを見つめているし。

 な、なんだ!? なにが起こっている!?

――カァアアーーーー!

 オイラも上を見上げた。そして、見つけた。

 空中に浮かんで、いつまでも止まない笑い声を、高らかに辺りに振りまいている存在を。

 見覚えのない姿だった。

 体型を隠すようなダサダサの魔女の衣装に身を包んでいながらも、一目で分かるほどのメリハリのついた体つき。ボンキュッボン! その顔は非常に整ったもので、まるで大輪の花が咲いたかのように華やかなものだった。黙って立っていれば、どんな男でもたちまち虜にしてしまいそうな美女。でも、残念なことに、首と交差するように伸ばした手の甲を、頬にあてながら、白目を剥いて狂ったように笑っている。百年の恋もたちまちに冷めるような笑い方だった。

「オーホッホッホッホ……」


 肩には、カラスが止まっており、レオンに負けないような鋭い視線を下界のオイラたちに向けている。

 オイラ、そのカラスには見覚えが……

 ってことは、も、もしかして?

 あの時、あの魔女は姿を隠す魔道具を持っていた。なら、姿を変えることだって……

 その途端、オイラは今回の魔物騒動の犯人を悟った。

 クッ! やっぱりあんなことじゃ騙せなかったか……

 オイラは敗北感に包まれていた。

 そして、全身から力が抜けるのを感じていた。

 そう、フィオーレ神殿の中庭の上空に浮かんでいたのは、あの姿の見えない掃除道具入れ荒しの犯人にして、西の海の魔女と名乗っていた魔女エルザだった。


「グホホホ、ついに見つけたわよ!」

 魔女は笑い納め、オイラを眺めた。それから独り言のように、

「おや、お前、元気そうじゃない? ここから見たところ無傷のようね」

 やっぱり、そうだったか。

 ともあれ、ええ、おかげさまでと返事をしても、魔女には聞こえない。

「やっぱり、お前、あのバカに命を吹き込まれていたわけね」

 って、オイラが生きていることもバレてる!?

 当然かッ!! さっきまで一人で歩いていたわけだし……

「まあ、いいわ。それより、ここね! ここにいるのね!」

 ぐるりと中庭を見回し、レオン、ジョゼフィーヌへと視線を順にめぐらす。その視線を受けて、ジョゼフィーヌが腰の剣を抜き、震えながら構えたが、馬鹿にしたようにフンッと鼻で笑った。

「でも、外にはいないようね」

 最後に神殿の方に視線を向け、ビシッと指差す。

「さあ、泥棒猫、隠れてないででてきなさい! でてきて、あたしのアイスクリスタルのグラスを返しなさい!」

 ん? でも、魔女が探しているのは、掃除道具入れの中に隠れている魔女のはず。

 今、神殿の中にいるのは、フィオーリアだけなんだが?

 一応、フィオーリアは自称魔女だとほざいてはいる。それに、オイラの中の魔力を使ってなら、いろいろと魔法が使えるみたいだ。だが、正直言って、本人自身はそんなに大した魔力を持っているわけじゃない。

 それに、魔女の言っているアイスクリスタルのグラスってなんだ?

 もし、百歩譲ってこの魔女が探しているのがフィオーリアだとしても、フィオーリアがそんなグラスを持っているところなんて見たことはない。

 大体、グラスを返せって言っているってことは、どこかでフィオーリアがこの魔女からグラスを借りたか、盗んだかしたはず。だけど、オイラ、ほとんどの時間、一緒にいたから知っているが、フィオーリアが、こんな魔女と接触したことなんて、今まで一度もないと断言できる。

 じゃ、一体、この魔女はだれを……?

 オイラは困惑しながら魔女とその魔女が指差す神殿を交互に見ていた。

 う~ん……


 と、不意に、神殿の屋根の上になにか小さな黒々としたものが現れた。

 おっ!? なんだあれは? もしかして、魔女が探している者があらわれたのか!?

 オイラが知らなかっただけで、気がつかなかっただけで、実は小さな魔女がこの神殿に隠れひそんでいたのだとか?

 その屋根の上の陰、キラリと双の眼を光らせ、庭の上空に浮かぶ魔女を見た。

 そして、闇夜の重苦しい空気を引き裂くような声で、

――ニャァァァアアアァァァ~~~~!!!!

 ペーターだった。

 ペーター、魔女に向かって背中の毛を逆立てて威嚇している。

――フシュゥウウ~~~~!!

 ああ、ペーターのヤツ、怒ってるなぁ~ ああいうときに毛(手)を出したりなんかしたら、思いっきり深いキズをつけてくれるんだよなぁ~

 なんて、場違いなことを思いつつ。

「フンッ! うるさいね。あっちお行き!」

 魔女がジロリと睨んだ途端、ペーター背中を向けて、一目散。

 よ、よわぁ~

 あっという間に、見えなくなってしまった……

 こないだの戦いで痛い目を見たのを覚えていたのだろうか?

 ともあれ、魔女が探していたのは、ペーターではなかったのだけは確かなようだ。

 ま、最初からそうじゃないのかと分かってはいたのだけど。


 となると、あと神殿に残っているのは……

「ふふふ、アンタ、忘れたのかい? あたしがいろいろな魔道具を持っているってことをさ? ふふふ」

 どこからか、ペンダントのようなものを取り出した。

 手のひらに乗せ、蓋をひらく。途端に、ペンダントから光がまっすぐに伸びる。オイラの方へ。

「アンタ、遠くから見てて、あたしがそいつの毛を一本拝借したのに気がつかなかっただろう? それが運の尽きさ」

 え? あ、そういえば、そんなことも……

「このペンダントはね、生物の毛や爪なんかをセットすると、その元の持ち主が外にいれば、その居場所を教えてくれる魔道具さ」

 そ、そうなのか……

「コレがあれば、ちょっと細工をして外へおびき出せば、アンタの生きている箒の居場所が簡単に突き止められるし、っていうことは、アンタの居場所がわかるって寸法さね」

 な、なるほどぉ~

 って、なんか違うような……

 なんだ、この違和感、モヤモヤ感は?

 う~ん……

 しばらく考えていて、ハッと気がついた。

 この魔女、探している相手(たぶん魔女)とオイラが一緒に行動していると信じている。

 でも、オイラの傍には、この魔女が探しているような魔女なんていないわけで。

 ってことは…… オイラの居場所を見つけたとしても、まったく意味がない!

 なんてこった!

 この魔女、勘違いしてやがる!


 愕然とした。

 なんて馬鹿げた事実なんだ!

 このアホ魔女め!

 侮蔑を込めて、魔女を睨んでみるのだけど、その視線に魔女は気づくこともなく。悠々と神殿の上空に浮かび、胸をそらして、勝ち誇った様子。

 ともあれ、なんとか勘違いをしていることを魔女に伝えねば!

 ここには、お探しの魔女なんていないぞって教えねば!

 夕方、この魔女と接触してみて、柄(骨身)に染みて分かるけど、この魔女はマヌケかもしれないが、その魔法の実力は本物だ!

 いくら探している相手が出現するのを待っていてもムダなのに、いると信じて、おびき出すために魔法をつかったりしたら、どうなることか。

 あるいは、なかなか現れない相手に業を煮やして、暴れまわったりしたら……

 たとえ、レオンがいたとしても、大惨事間違いなしだ!

 そんなことになってはいけない!

 なんとか、できるだけ早く魔女に勘違いだと伝えねば!

 ここにはいないと教えねば!

 オイラが直接それを伝えられれば一番いいのだけど、あいにくそんなことはできない。

 オイラの意思を伝えられる存在といえば、シルフさん。

――し、シルフさん?

 呼ぼうとして気がついた。今、近くにシルフさんはいない! 町外れの方へ魔物の襲撃の様子を確認しに飛んでいっている。

 魔物の襲撃によって発生している緊張感をはらんだ音、さっきよりだいぶ大きくはなってきているが、まだまだ遠い。

 その代わり、近所の何軒かの家がにわかに騒がしくなっている。エリオットやトマスの知らせが効を奏し始めたのだろう。

 ともあれ、シルフさんがもどってくるのはまだまだ先の話だろう。

 グッ! こんなときに! シルフさんがいないなんて!

 シルフさんがいれば、勘違いだってこと、オイラからシルフさん、シルフさんからジョゼフィーヌ。そして、魔女へと伝言ゲームのように伝えることができるのに!

 オイラ、焦燥と無力感に苛まれていた。

 早く、早く、伝えねば! でも、どうやって? そんな手段、思いつかない!


「さあ、いつまでも隠れてないで、観念おし! さもないと、この建物ごと、アンタをふっとばすわよ!」

 オイラ、そんな機能もないというのに青ざめる。

 でも、その魔女の宣言が響き渡っても、神殿の方からは何も動きはなくて。

 って、当たり前か。魔女の探している相手なんてここにはいないのだから。

 なんとか、勘違いだと伝えねば……

 ダメもとでレオンに話しかけてみる。

「レオン、聞こえるか? 聞こえていれば、その場で小さくうなずいてくれ!」

 もちろん、レオンは腕組みしたまま、まったく動かない。

 さらに、大きな声で、チャレンジ。やっぱり動かない。

 ムゥ~~~~!!

 今度は裏木戸の方のジョゼフィーヌに、

「ジョゼフィーヌ! 聞こえないか? 聞こえていれば、返事を!」

 もちろん、やっぱりジョゼフィーヌもだまったまま。

 どうすれば。どうすればいいんだよぉ~!


「いいわ、分かったわ! そういうつもりなのね! もう、怒ったわ! もう、容赦しないわ!」

 魔女も堪忍袋の緒が切れたとでも言うように、そう宣言した。

 それから、なにやら呪文の詠唱が始まる。

 オイラは、レオンにかすかな動きがあるのに気がついた。

 腕組みをしたままだが、その手首の先で、自分の懐を探っているようだ。

 キラリと、レオンの手元でなにかが月からの弱い光を反射する。オイラの位置からはなにをしているのか確認できるが、魔女からは見えないように気をつけながら。

 どうやら、小さなナイフを取り出したようだ。

 ナイフ? レオンのナイフといえば……

 次の瞬間、魔女の詠唱もレオンの動きもみな止まった。

「さっきから、うるさいわね! 相も変わらずギャーギャーと」

 神殿の中から甲高く鋭い声が聞こえてきた。

 魔女は満足そうに薄く笑っている。でも、その眼は油断なく、神殿の方を睨んでいる。

「やっと、観念したのね。このダメ魔女のグータラめ! クソめ!」

 そして、魔女の罵声を浴びつつ、その場にいた全員の注目を集めながら、神殿のバルコニーからゆっくりとした足取りで一つの人影が中庭に出てきた。



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